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 28 森森 (1)

 




 息を切らして森へ着いた頃には、遠く空の端向こうから淡やかな茜色の気配が近づきつつあった。


 森の入り口を少し外れた所に鬱蒼と茂る藪がある。鋭い棘があるので動物はあまり近寄らない場所だ。



(それにしてもカラムの実のなるには少し早いんじゃないかしら。おばさんは一体どこで見つけたんだろう)



 藪へ向かいながらぼんやりとアデルは考えた。


 カラムの実というのは少し涼しくなった秋の季節になる果物で、アデルの住むノストラフェノール地方は国のなかでも早くにカラムが出回り始める事で有名だった。


 森にもカラムの木がいくつかあり、毎年紅くて美味しい実を成らせていた。

 その時期になるとアデルもよく実を取りに出かけていた。カラムの実はジャムやドライフルーツにして保存食にしたり、カーラさんと作る焼きカラムやパイはアデルも大好きだった。



(今回は時間がないからそのまま渡す事になるかしら。少しなら今晩の間にジャムを作れるかもしれない。侯爵さまはカラムはお好きだったかな…)



 そんな事を考えながらアデルは漸く藪に辿り着いた。

 ところが目的の籠らしき物が置いてない。

 おばさんが余程用心したのかと考え、腰を屈めて藪を覗きながら探し回ったが、何処にも見当たらなかった。

 既に動物が食い散らかしたかと思い辺りをキョロキョロと見廻してみても、それらしい影も跡もなかった。


 もう少し奥の方かと考え進みだすと不意に、背後からガサリッと音がした。

 アデルが驚いて振り向くとそこには森番をしているジンキムが立っていた。



「アデル。何してんだ?」



「こんにちは、おばさんが置いた籠を取りに来たんだけど、見つからなくて」



「籠なら俺が小屋に持って行ったぞ。ついて来い」



 通りで探しても見つからない筈である。

 納得はしたが、ジンキムの小屋というと森番の小屋の事だろうか?

 森番の小屋なら森の入り口から近く、帰り道の方角に当たるので取りに行くのは丁度いい。アデルは頷き返事した。


 アデルが引き返そうとすると、背後でジンキムの足音が遠ざかるのが聞こえた。振り返って見ると何故かジキムは森の中へと進んで行く。

 慌ててアデルはジンキムの後を追うと声をかけた。



「どこへ行くの? 籠を返してくれるんじゃないの?」



「…ああ、そうだ、籠だ。 取りに行くぞ」



 言いながらもジンキムは足を止めずにずんずんと森に入っていく。



「待って。森番の小屋はこっちじゃないでしょ? 方向が逆だわ」



「ああ、森番の小屋じゃないぞ。薪小屋の方だ。用事で薪小屋に行く時に拾って持っていったんだ」



 アデルは焦った。そんな話は聞いてない。

 薪小屋といったら森の中程にある冬の間の薪を蓄えて置く備蓄庫の様な物で、夏の終わりの今はまだ使われていない筈だ。そもそも、森番の横に新しい倉庫が作られ、薪小屋は殆ど使われなくなっている。


 ジンキムは何んで薪小屋へ?


 不審に思いながらも森番の仕事なら薪小屋にも用事があるのかと思い直し、アデルは黙ってジキムについて行った。



 人も通らなくなり草が茂って半分無くなりつつある道を進み、やっと薪小屋に着いた頃には辺りは夕闇が迫り森の中は黒い影がざわざわと忍び寄り、どこかで夏を惜しむ虫の声がしていた。


 ジンキムが扉を開けて入って行くのをアデルが小屋の外で眺めていると、入り口でジンキムがこちらを振り返った。



「何してんだ、入れ」



「え? あ、……」



 ジンキムに促され戸口へと近づくものの、何となく中へ入るのが躊躇われて入り口で立ち止まると、そんなアデルをジンキムが入り口横で見下ろしているのに気がついた。



「私、ここで待ってるから、籠を下さい」



 小屋の中の思ったよりも暗い様相に思わず後退りながらそう言った途端、ジンキムの腕がアデルへと伸びてきたのを(すんで)の事で避ける。



「おい、逃げるな」



「何するの!」



「籠がいるって言ったのはそっちだろ? 小屋に入れ」



 何かがおかしい。左程愛想のないジンキムの顔はいつもに増して険しいし、大体、薪小屋に籠を置いてそのままにするなんて、カラムの実はどうなったんだろう。



「か、籠に入ってた茸はちゃんとあるの?おばさん、採るのに苦労したって言ってたわ」



「あ? ああ、あるぞ。中に入って自分で確かめろ」



 ジンキムは表情を少し緩めて戸口を大きく開けて見せた。



「全部ある?茸」



「ああ、もちろんだ。美味そうな大きな茸だ。オレは触ってないぞ」



「そう…」



 やはり、そうとなったらアデルの取る行動はただ一つ。


 アデルはざっと後ろを向くと一目散に駆け出した。






お読みいただき、ありがとうございます。

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