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 27 手紙 (4)

 



 そんなフレデリックとの会話のせいか、将又天の采配か。


 結局、アデルの強い意志は変えられずに学園ではあるけれどもアデルの王都の学校行きが決定したのだった。いや、まだ試験に通らねばならないが。


 その重要な入学試験を受けに王都へ行く為、明日はワイデマン侯爵自らアデルを迎えに来てくれる予定になっている。

 迎えについてはアデルも最初は遠慮したのだが、初めての王都行きに流石に一人では心許なく遂には侯爵の申し出に甘える事になってしまった。



「さ、支度もあるだろうし、今日はもうお行き。早く帰ってよく休むんだよ。王都への道中は長くなる。体調を整えておかないと」



「はい、司教さま」



 部屋を出ると数名の子供達がアデルを待ち構えていた。

 先頭にいるのはエメだ。利発そうな瞳がきらきらしている。



「アデルお姉ちゃん、明日出発するんでしょ? "王都"に行って大事な"試験"を受けるんでしょ?」



 エメは王都やら試験やらの言葉がさも特別で自分はそれを知っているというのが自慢のように得意げに話したが、アデルには年下の女の子が多少知ったかぶりした所で可愛いとしか映らない。

「ええ、そうなの、エメはよく知ってるわね」と頭を優しく撫でてやれば、他の子供達も我も我もと頭を押し付けてくる。

 すると輪から一歩引いたエメが、これっ、と両手をアデルへと突き出した。

 その両の手の中には角の取れたまあるい綺麗な石。

 それに倣うようにして他の子供達も一斉に手を差し出して来た。全員似たような丸い石を持っている。



「皆で探したの。それでお水できれいに洗ってから教殿でお祈りを捧げたの。アデルお姉ちゃんのお願いが叶いますようにって。お守りよ」



 それはこの地方で伝わる簡単な神頼みだった。丸い石に願いを込めて肌身離さず持っていればやがて願いが叶うと云う。

 一人一人の小さな手から丸い石を貰うと今まで彼らの手の中にあった温もりがじんわりと伝わりアデルの胸中を温かいもので満たした。



「ありがとう、みんな。すごい、こんなに沢山あったらなんでも出来そう。これ、持って行って試験受けてくるね」



 アデルは子供達にお礼を言って別れ、孤児院を出た。

 表の通りに出ると近くで立ち話をしていた女性達がアデルを見て口を噤んだ。何やら視線を感じたがアデルは其方を見ないようにして通り過ぎた。


 アデルの学校の話が出てからこの手の視線をアデルはよく感じるようになった。

 きっと王都の学校の試験を受ける孤児が珍しいのだろう。しかも貴族の口利きだもの、耳聡い者が早々に聴きつけ、噂に上ったのだろうとアデルはあまり気にしない事にしていた。



 大伯母の家に戻るとカーラさんが夕飯の準備をしていた。アデルがカーラさんと一緒に作っていると大伯母がキッチンへ顔を出した。

 大伯母は明日の出立を考慮して今日はもう帰っていいと言ってくれたのでいつもより早いがアデルは帰る事にした。今なら回収し終えた乳缶を町外れまで運ぶ馬車に乗せて貰えそうだった。


 明日はワイデマン侯爵が馬車で迎えに来てアデルを連れて行ってくれるという。

 平民のアデルは乗合馬車を乗り継いで王都へ向かうつもりだったが、貴族の侯爵さまに乗合馬車に同乗して貰う訳にもいかず、侯爵の馬車に乗せて貰う事になった。

 侯爵は明日町に来てすぐ出立するつもりのようだ。

 アデルは大丈夫だけれど、ワイデマン侯爵は疲れないのだろうか。馬車の中では侯爵の邪魔にならないよう大人しくしていようとアデルは思った。




 おばさんの家に帰って暫くすると、外からおばさんも帰ってきた。



「もう、帰っていたのかい。大伯母さんも随分あんたを甘やかすね」



 おばさんはアデルを見て少しびっくりした後鼻で笑いながらそう言うと、納戸の扉を開けて持っていた道具をゴソゴソと仕舞い始めた。すると、



「あーーっ、こりゃまたしまった、大変だ! あー、うっかりしてたね」



 おばさんは、片手を額に当て大きな声で騒ぎ始めた。



「いやね、今日カラムの実が沢山生ってるのを見つけて籠に山盛りに捥いだのさ。

 丁度いい具合に熟れてて、これがまた美味しそうだったんだよ。はやく取らなきゃ明日には鳥や獣に喰われるかもしれないし。

 何より今日ならお前が明日出かける前に食べさせてやれるだろう? なのにあたしったら、その籠を森の側に置いてきちまったんだよ。帰りに寄って取ってくるのを忘れちまった。

 あー、うっかりしてたね、せっかくお前に取ったってのに、なんてこったい。明日取りに行ってももうないだろうね、きっと。夜のうちに獣に喰われるに決まってる。そりゃあ甘くて美味しそうなカラムだったのに!」



 聞いてもいないのに、途中からはアデルに向かって話しだしたおばさんは、森で取ったらしきカラムの実の見事さを力説するとアデルに背を向け、しまったしまったと連呼し出した。そして、ポンと手を打つとアデルに言った。



「そうだ!アデル、お前、これから一走り拾いに行ってきてくれないかい? 

 今日は帰りが少しばかり早かったようだし、今から行けば暗くなる頃には帰ってこれるだろう。

 その代わり今日の夕飯はあたしがこさえるから、それなら何の心配もないだろう?」



 確かに森までは行けない事もないだろう。けれどちょっと躊躇う位の距離はある。

 そんなアデルの様子にもう一押しと思ったのか、おばさんは重ねて行った。



「明日は貴族さまが来るんだろ?せっかくこんな田舎まで来られるんだ、新鮮なカラムの実を差し上げたら喜ばれるんじゃないかい?」



 確かにこの季節、カラムの実はまだ出始めだろう。この辺りならではの早生のカラムは珍しい上にとても甘く、侯爵さまも喜んでくれるかも…



「ほらほら、ボケっと突っ立ってないで早く行っといで。森の側の藪の裏さ。分かるだろ? 早く行かないと暗くなっちまうよ!

 ああ、そうだ、誰かに会ってもあたしに言われたなんて言わないでおくれよ。まるであたしがこき使ってるみたいに聞こえるよ。誰にも見られないように行くんだよ、いいね!」



 いつの間にかおばさんの中でアデルが籠を回収しに行く事が決定し、アデルは有無を言わさず外に放り出されてしまった。

 空を見上げてみると西の方のそらが薄らオレンジ色になっている。



(こうなったら早く行かないと。どの道おばさんはカラムの実を諦めないだろうし。それに侯爵さまにも差し上げてって…そうよね、せっかく来てくださるのだし、少しでも感謝の気持ちが伝わるといいな)



 アデルは決心すると森へ向かって走り出した。









お読みいただき、ありがとうございます。

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