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「この恩知らずが!! よくもぬけぬけと帰って来れたもんだ!」



 頬がカアッと熱くなりじんじんと疼き出して初めてアデルは自分が殴られたと分かった。

 見上げれば目を剥きかつてない程に怒りを露わにしたおばさんが立っていた。



「今日、あたしが伯母の家でどんな目にあったと思う? あたしゃ顔から火を噴くかと思ったよ!」



 肩を怒らせ口から唾を飛ばしながら、おばさんは怒鳴り続けた。



「ここまで大きくしてやったのは誰だと思ってるんだい!? 面倒見てやったのは!! 誰だか分かっててこの仕打ちかい! はっ! ずい分ご立派なこった」



 けれどアデルの頭にはおばさんの言葉は理解出来なかった。余りの衝撃に声は聞こえていても頭の回転が追いつかないのだ。

 おばさんにはこれまでにもキツい仕事を与えられたりヘマをすると食事を抜かれたりと、それ程いい待遇をされた訳ではなかったが、それでも今まで暴力を振るわれるような事はなかった。



「何が王都だっ。学校だって? ちょっとばかり貴族さまに目をかけて貰ったからっていい気になるんじゃないよ。愛人になるならと思って黙ってりゃ勝手なことを。お前なんかが行ってどうすんのさ。学校なんか出たってどうせお前はこの町に帰って来るしかないんだ。そうじゃないと、伯母やあたしの老後は誰が看るっていうんだい!?


 いいかい? よく覚えておくんだね。お前は親も財産もないただのみすぼらしい孤児なんだ。伯母が身内だと名乗ってくれて、あたしが家に置いてあげてるだけで有難い事なんだよ。それ以上の事なんて望むんじゃないよ!! 分かったら戸締りをしてさっさと部屋に入るんだ」



 俯き何も応えないアデルに散々詰るだけ詰って気が済んだのか、おばさんはチッと舌打ちを一つすると踵を返して奥へと消えた。



 やがて壁を支えにゆらりと立ち上がると、アデルは痛む肩を反対の手で押さえながら誰も居なくなった部屋を見廻した。戸棚も椅子も窓に掛かるカーテンも、どれも見慣れた物のはずがアデルの目には酷くよそよそしく映った。

 アデルは言われた通りに戸締りをし、灯りを消すと自分に与えられた小部屋へ戻った。






 翌日、割り当てられた仕事もそこそこにアデルは朝食も摂らずにおばさんの家を出た。

 ぶたれた跡はあれから濡れた布で冷やしたお蔭で、僅かに頰に赤みが残るがそう目立ちはしないようになった。

 それでもカーラさんには直ぐに分かったようで、痛ましいものを見る目で見られて居心地の悪い思いがした。



「ちょっと顔からベッドから落ちちゃって」



 (流石に苦しいかな)



「そう、気を付けるんだよ」



 カーラさんはそう言った後は何も聞かずにいてくれる。



 (今、聞いてみようか)



「あの、カーラさん… えっと、その…」



「?」



 思い切って口火を切ったものの、何と言っていいのか分からずもごもごしていると、カーラさんは違うようにとったらしく、アデルの右肩を軽く労るように撫でてきた。



「っ!」



 僅かにアデルの肩がびくりと震えた。



「アデル?」



「私、裏からハーブを採ってきますね」



 アデルは慌てて踵を返すと勝手口から出て行った。カーラはその後ろ姿を心配そうに見送ると、やがて(かぶり)を振りふり何事もなかったように仕事に戻った。


 その後大伯母さまにはなるべく身体の右を向けるようにして左頰の赤みを知られる事なく乗り切ると午後からアデルはいつもの様に孤児院へと向かった。








お読みいただき、ありがとうございます。

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