19 転機 (6)
ダンテとはアデルが大伯母の元へ通うようになってから知り合った。言わば幼馴染ともとれる間柄だ。いきなり知らない大人達ばかりに囲まれて暮らし始めたアデルにとってダンテはこの地で初めての友達だった。
だからダンテが理不尽にこの様にアデルに言い募っているのでなく、アデルの身の上を心配しまた、近しい者としてアデルがこんな一大事を黙っていた事に憤りを感じ、同じ年代同士置いて行かれる事への焦燥感などが綯交ぜになっているであろう事がひしひしと伝わってきた。
ならば余計にダンテには言葉を尽くして自分の気持ちを分かって貰わねばとアデルは思う。
「そうかもしれない。前の私ならそう思ったと思う。
でもね、私、王都に色んな学校があって、貴族やお金持ちだけじゃなくて色んな人が入れるってワイデマン様に教えて貰ったの。
私、知らなかったの、そんな事。私でも学校に行けるかも、なんて考えてもみなかった。だけど頑張って勉強すれば私も…って考えたら。
……私ね、行ってみたいって思ったのよ」
アデルの話をダンテは眉間に力を入れたまま、黙って聞いている。
そんなダンテの様子にアデルはふーっと小さく息を吐くと話を続けた。
「ダンテ、考えてもみて。今の私、何も無い、ただの孤児のアデルなの。毎日、おばさんや大伯母さまの手伝いをして、居候して食べさせて貰って。
これからこの先どうなるの?
私は大人になってもこのままでいるしか無いと思ってた。大伯母さまのお世話をして、その内おばさんはきっと私をネイソンのお嫁にするつもりだわ。嫌よ、そんなの。勿論、二人には引き取って貰って感謝もしてる。だからって大伯母さまのお世話はともかく、おばさん家に縛られたくないしネイソンのお嫁さんなんてもっと嫌。
でも勉強は好きだし、学校に行ったらきっとちゃんとした仕事に就けれるし。それに優秀な成績で卒業出来たらこんな私でも女官としてお城で働く事も出来るかもしれないんですって。私みたいな境遇の子が。凄いと思わない? 何より……」
「何より、なんだよ」
ギラリと目から光線でも出そうに強く見られてアデルは一瞬口籠るが、それでも言いかけた口を閉じる事なく一生懸命最後まで言い切った。此処はきちんと告げたかった。大事な所だ。
「…何よりワイデマン様の期待を裏切りたくない」
ーそこかよー
ダンテの心の声が聞こえてきそうな静寂にアデルの頬に僅かに朱が走る。
「アデル、お前…、相手といくつ離れてると思ってんだよ」
「な、何考えてんのよ、馬鹿な事言わないで! そんなんじゃ無いわよ。ワイデマン様は、あの人は…」
「あの人は?」
「…わ、笑わないで聞いてね? 私ね、ワイデマン様といると、なんとなく…お父さんを思い出すの。死んだお父さんは貴族でも騎士でもなんでもなかったけど。
あんな、どこからどう見ても貴族の立派な紳士を見て、どうしてお父さんを思い出すのか自分でもよく分からないけど。でもね、お父さんが生きてたら、こんな風に私の話を聞いてくれたかなって思ったり、なんか、そんな感じに思っちゃうのよ」
そりゃ、もうあんまりお父さんの事覚えてないけど、優しいお父さんだった、などとぶつぶつ呟くアデルを尻目にダンテは固く握り締めていた拳からいつの間にか力が抜けていた。
「あ〜あ、ちっくしょお!」
ー相手が父親じゃ敵わねえじゃねえかー
ダンテは急に大きな声を出すと片手でガシガシと頭を掻いた。アデルは思わず身体がビクリッとなった。
「ダ、ダンテ?」
「何でもない。大きな声出して悪かった。ごめん」
アデルは、ううん、と言ってぶんぶんと頸を振った。
「まぁ、そこまで考えてるなら勉強頑張れよ。俺は応援くらいしかしてやれないけど、何かあったら言ってくれ。けどさ…」
「うん?」
チラリとダンテの視線が少し離れた物干場の傍の切り株に注がれる。
「いいのかよ。あいつの事は……」
アデルもつられる様に切り株へと視線を送り目を細めた。まるでそこに見えない何かを求めるかのように。
やがてダンテの問いには何も答えずに少しだけ微笑むとアデルは「もう行くね」と言って立ち去っていった。
その日、アデルがおばさんの家に帰り着き、玄関の扉を開けて家に入った途端、目の前を何かの影が掠めたかと思うと顔に衝撃を受け、アデルの身体は右方向に横へ吹き飛び、固い壁に肩をしこたま打ち付けその場で床に崩れ落ちた。
「この恩知らずが!!」
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