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 1 少女

本編の始まりです。

 



 アデルは片田舎で生まれ育った、と思う。

 思うというのは、自分の出自を(しか)とは知らないからだ。なんらかの理由で、生まれてすぐに子供のいない夫婦に養子に出されたらしい。


 養父母は可愛がって大事に育ててくれた。田舎の倹しい暮らしだったけれど、朧げな記憶の中では、アデルは優しく頼もしいお父さんの背中が大好きだったし、あったかくて朗らかなお母さんは抱きつけばいい匂いがした。だが、アデルが6歳の頃、二人一緒に事故で亡くなってしまった。


 その後アデルは養父母の遠縁を名乗る女性に引き取られた。今もその女性のところにお世話になる身だ。けれどそこからの生活は思い返してみても、特に楽しい思い出は無かった。


 虐げられたり酷い目にあった訳では無い。地味で質素ではあったが服も食事も与えられ、使用人の様ながらも部屋もあった。その家の家事仕事と、遠縁の女性とは別に大伯母ーどうやら此方の方が正確にはアデルの身元引受人らしいーと呼ばされた女性の小間使いをさせる為だったのだろうが、文字も計算も教え込まれ、大伯母の家の限られた中ではあるが本を読む許しも得られた。

 身寄りのない娘にとっては充分に与えられたと思う、愛情以外は。

 愛情、その一点については、アデルにもどうしようもなかった。それを得る為、幾ら努力してみても虚しい独り相撲だったから。

 それまで養い親とはいえ両親からの愛情を一身に与えられていた幼いアデルが失ったそれを再び求めたとしても何の不思議があるだろう?



 やがて遠縁の女性ーアデルはその女性を"おばさん"と呼んでいたーや大伯母からは求めるものは得られないと分かるとアデルはその渇望を他所へと求めるようになった。自分と同じ境遇の者達へと向けたのだ。



 幸い、"おばさん"の家は片田舎といえどそこそこの大きさの町の外れに在り、大伯母はその町中に一人住まいをしていた。アデルが"おばさん"の家から大伯母の家に向かうその町にはこの国の信仰する神様の教えを説く"教殿"とそこに併設された孤児院があった。


 アデルは信仰心の篤い大伯母に頼まれて、よく教殿へ遣いに行った。そうしているうちに自然に孤児院へと顔も出すようになり、時間を見つけては時折孤児院の手伝いをするようになった。傍から見れば奉仕に取れるこの行動は「世話になってる身で他人の世話だなんて」と、おばさんから嫌味を言われはしたが、大伯母からは黙認された為、禁止されはしなかった。

 大伯母が孤児院へ行くのを禁じなかったのは教殿の司教のお蔭もあった。司教とは教殿で神様の教えを民に伝えるお仕事をしている人だ。司教は耳が遠い為教殿での教話がよく聞こえない大伯母の元へと以前より個別によく訪れてくれていたのだ。信心深い大伯母はその事にとても感謝していた。



 そうした中で司教からアデルに、孤児達に文字や計算を教えて欲しいという話になった。大伯母に代わり本を読んだり、バザーに出す小物を編んだり、ちょっとした家計費の計算をしたり。アデルが常日頃行っていたそれらを少しずつ孤児達に教えてやれば彼らの今後の生活には大いに役立つからと司教が大伯母に協力を求めたのだった。


 こうしてアデルは片田舎の寂れた町の吹けば飛ぶような孤児院の小さな教師になった。



 幼いながらも毎日を懸命に生きるうちに、養い親を亡くし引き取られたあの日から六年の月日が経ち、アデルはもうすぐ13歳になろうとしていた。






お読みいただき、ありがとうございます。


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