14 転機 (1)
大伯母の家の庭のポカポカと陽のあたる隅で干した洗濯物を裏返しているとダンテがひょっこり顔を出した。きっと注文していたソーダ水を届けてくれたのだろう。
大伯母はソーダ水をケースで注文する。炭酸が腸を刺激してお通じが順調になるから健康の為に飲むのだとアデルには言っているが、それよりもこのソーダ水で蜂蜜や果汁やお酒を割って夜に一人で飲むのを密かな楽しみにしているのをアデルは知っている。
「よっ! 勝手口が閉まってたから、こっちから入ろうか?」
「ああ、ごめんなさい。今開けに行くわ」
言いながらダンテはシーツを裏返す作業を自然と手伝ってくれた。
裏返し終えると二人で家の中を通って勝手口まで行きダンテがケースを運び入れた。
「ゆっくり出来るの? お茶飲む?」
「おう、オレ、これで上がりなんだ」
ダンテは人懐こい笑顔を見せるとキッチンの椅子を引き寄せ座った。
アデルは薬缶を火にかけお茶の準備をする。アデルも一緒に休憩にするつもりで焼いておいたクッキーを皿に乗せてダンテに勧めた。
「ありがとな。アデルのクッキーはやっぱり美味いな」
実は楽しみにしてたと言われればアデルも悪い気はしない。今度はダンテの好物のチーズクッキーを作ってあげようなどと考えてしまう。
暫く出されたクッキーをパクパクと頬張っていたダンテだが、その内視線が部屋の隅の丸椅子の上に置かれた本の山へチラリと向けられた。
「なあ、アデル。アデルは勉強が好きなのか?」
急に振られた質問にアデルはキョトンとした。
「最近、いつも本読んでるだろ? それだけじゃない。司教さまや孤児院にやってくる何とかって貴族に勉強教えて貰ってるって聞いたぞ」
きっと孤児院の子供達にでも聞いたのだろう、ダンテがアデルの最近の様子を的確に突いて聞いてきた事に少し戸惑いを覚えた。
「本を読むのは前から好きだったし、勉強は、する機会がなかっただけで…」
そう、これまでは日常に困らない程度の読み書きと計算が出来るくらいしかおばさんにも大伯母さまにも望まれていなかった。それでも大伯母さまは家にある本などはアデルが読みたいならば読んでいいと許可してくれていた。それでアデルが分からない所を聞けば偶に教えてくれたりもした。けれどそこまでだった。アデルの境遇では裕福な家の子のように、わざわざ家庭教師を付けて勉強したり、何処かの"学校"という勉強をする為だけの場所へ通ったりする事は考えられなかった。
それなのに最近のアデルは楽しくて仕方ない。毎日本を読み時間をやりくりして勉強をしている。それも全て数ヶ月前に出会ったさる貴族さまのお蔭だ。
偶然出会ったその人は王都の有力貴族(それも侯爵!)だそうで、最初はその身分の高さに畏れ慄いたが、何故かアデルを気に入ったようでこの町に来てはなんやかやとアデルの事を気にかけてくれる。アデルが孤児達に簡単な勉強を教えていると知るやその授業を見学しアデルを賢いと褒めちぎり、果てには司教をして大伯母を説き伏せさせ、アデルが学ぶ後押しまでしてくれている。
そればかりか侯爵は為になる本を与えてくれ、今ではこうして堂々とキッチンの隅でとはいえ勉強をする時間を取ったりする事も出来る。
自分の出会った幸運と親切で優しい侯爵の存在に自然と頬が緩んでくるのに気が付かないアデルに、ダンテはまだ何か言いかけた言葉を飲み込み、シラけた様にため息を一つ吐いて次のクッキーに手を伸ばした。
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「よく勉強しているね。」
手元の紙を卓の上でトントンと揃え、満足そうな微笑みをたたえてフレデリックに告げられ、アデルは思わず嬉しくて笑み溢れた。
日頃からアデルの勤勉さを褒めていた侯爵が前回町を去る時に「次に来た時は少しテストをしてみようか」と提案した言葉通りに今日、アデルは簡単なテストを受けた。
場所は教殿のいつも子供達と食事や勉強、諸作業をする長机のある部屋だ。
小さい子達はお昼寝を、大きい子達は外で侯爵の従者に体術を教えて貰っている。
テストの内容はこれまで司教さまやフレデリックに教わったこの国の歴史や簡単な地理、読解力の必要になる文章題などであった。フレデリックから見てアデルは総合的に学力があり、非常に勉強熱心で飲み込みが早かった。
これならば……
「アデル、王都の学校に行く気はないかい?」
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