13 車輪 (4)
二杯ほど酒を飲み交わした後、酒の力で幾分気の持ち直したハリーが帰っていくのを、戸口横の部屋の窓からガンティスはしばらく見ていた。
その夜。
ガンティスの妻のタラは寝室で繕い物をしていた。夫は鼻唄を歌いながらベッドで寝転び、両手を頭の下に敷いて仰向けになって天井を見ている。
それまで夕飯の時には眉を寄せ話しかけても生返事で何事か考えに耽っていたようだったガンティスは打って変わって今では上機嫌のようだ。
「なにさあんた、さっきまでとは随分違うじゃないのさ。さっきはあんなに黙りこくって。ベアトリスが生意気言ってもいつもみたいに怒らないで無視してさ」
「なあ、タラ。ベッツィはもうすぐ何才だ?」
ベッツィはガンティスとタラの一人娘だ。
「ベッツィはやめてベアトリスって呼んでって。次の誕生日で13だよ。娘の歳も忘れたのかい」
タラは自分の名前が嫌いだった。短くて可愛くない。だから自分に娘が出来たら絶対に長くてお姫様のような響きの名前をつけようと決めていた。そうして名付けた名前に村人達は「村娘が貴族の名前をぶら下げている」と揶揄した。
言われたガンティスはチラリと妻を見るとガバリッと体を起こした。
「どっちでもいいさ。それよりタラ、お前、村の宿に泊まってる行商の男を知ってるか?」
「行商人の男ならこの前キリエ婆さんとこで話してるのを見かけたよ。怪我やなんやで足止め喰らって暇を持て余してるらしいじゃない」
妻の話にガンティスは片眉を跳ね上げ、思案顔に顎を撫でる。
「お前、そいつと何か話したか?」
「見かけてちょっと話してるのを聞いただけ。何かあったの?」
「ああ。いいか、これからはその男に会ってもうちのことやハリーん家のことは何も話すな。村の誰でも知ってるような事は話してもいいが、それ以上聞かれたら誤魔化して逃げろ。それよりもそいつが話す事の方を注意してよく聞いてこい。いいな」
「なんでさ。あんた、なんかやらかしたの? それともハリーが何か言ってたの?」
「いや、そうじゃねえ。
へへ、どうやらオレにもやっと運が向いてきたかもしんねえぞ。もしオレの考えてる通りだとしたら、こりゃ一生に一度のチャンスだ。おい、ちょっとこっちに来い」
そう言って縫い物をしていたタラの手を止め傍に呼び、頭を寄せてヒソヒソと話し出す二人の影が薄暗い部屋の中、蝋燭の灯りを受けて細く怪しい影絵を生み出していた。
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辺境の田舎の季節は王都よりも早く移ろいゆく気がする。
何度目かの田舎町への往路、フレデリックは延々と続く畑とその向こうに聳え立つ緑深い山並みを馬上から望みながら思った。
もうすぐまたあの子に会える。
前回渡した本はもう読み終えただろうか。あれからまた背が伸びているのだろうか?最近は会う度に大人びていくようで毎回驚かされている。しかしそれは自分にとって新鮮で喜ばしい経験だった。そうやって彼女の成長を目の当たりにし、気付ける今の自分の立場に感謝している。
無論、これで満足かと問われれば否と答える。だが、今はこれで我慢するより仕方ない。仕方ないからフレデリックは足を運ぶ。アデルの喜びそうな土産を携えて。
お読みいただきありがとうございます。




