10 車輪 (1)
一日の労働の疲れを少しの酒とそこそこの料理で紛らわせる男達の憩いの場がそこにはあった。
村の中央の通りーーー通りといっても、村の中を突っ切る馬や馬車の通った跡が自然と道となっただけであるがーーーに構えた店は寂れた村の宿と食事処と雑貨屋とを兼ねたなんでも屋もいいところであった。
そんな疎放な店に似合いの男達が今夜も数人、壁際の卓に着きガヤガヤと酒を飲み食を喰んでいた。
どれもこの村では見飽きた顔ぶれではあるが中に一人、新参の顔があった。
まだまだ働き盛りの頃に見える歳の割にボサボサな髪に地味で粗末な服装のパッと見、あまり冴えない風貌に村の者達も警戒する様子を端から見せなかった。
男達は酒を飲み冗談を言い仲間を揶揄い終えた辺りで新参の男に話を振った。
「まあ、あんたも運が悪かったな。こんな何にもねぇ、草臥れた村でよりにもよって足止めを食うなんてな」
「ちげぇねえ。これがナムベリーの町ならもっといい酒と食事にありつけたのによ」
「同じ金を払うなら、美味い方がいいに決まってらぁ!」
ワハハハハ!と男達の笑い声が響き渡る店の中、この店の亭主が無言で睨みを効かせている。
因みにナムベリーとはここから4日程、荷馬車で揺られれば着けるここいらでは一番の賑わいを見せる町だ。
旅をして商いを営むならば容易に思い描けるだろう街の様子に、新参の男は愛想笑いしながら返事した。
「いやあ、オレにはこの村で充分でさぁ。あの荷車がかなりイカれてたのは百も承知してたけんど、まあ、もう少しだけ頑張れるかぁ思ってな。騙し騙しここまで来ちまった。もっと早く修理しねえといかんかったのは分かっとったがなあ。金もかかるしな…」
男の言葉に周りの常連達も、ああ、そんなもんだと肩を落とす。
世の中、糊口をしのぐのがやっとの者が大半で、日々の蓄えなぞあったものじゃない。
使える物は使い潰すまで使うのが当たり前、使えなくなってもどうにかして保たせようとして無理を通すのが彼らの日常であった。
「まぁ、とにかく車輪が割れたのが山ん中とかじゃなくて良かった。おまけで腕まで痛めちまっててよう。村から遠くない場所だったのが御の字だったさあ。あん時は村の入り口に座る婆さんが女神さまに見えたよ」
男のカラリとした物言いに周囲も再び明るさを取り戻し「皺の多い女神さまもいたもんだ」とガハハと笑いを取り戻した。
そうして場も落ち着きを取り戻した頃、男が隣の男に話しかけた。
「荷馬車の事やら何やら、あんたにはすっかり世話になっちまったな。助かったよ」
そう話しかけた新参者の男ーー男の左腕は袖には通されずに包帯が巻かれ首から布で吊るされていた。
話しかけられた隣に座る男は人のいい笑顔を向けると手を振り振りかぶりを振る。
「いいって事よ。あんたもツイてないな。荷馬車は壊れるわ、ケガはするわで。ま、大ケガでないだけ、めっけもんだな」
「利き手じゃねえだけマシだと思えば、ツイてんだか、ツイてねえんだか…」
そう言って男は眉を寄せて苦笑しながら己の負傷した腕を摩る。
「ツイてたと思えば運も開けるってもんだ。具合はどうだ?まだ痛むか?」
「まぁ、最初ほどには痛くはねぇけど、動かすのは当分無理だなあ。どうせ車輪も上がってこねえし、しばらくはこの村に厄介になるさ」
壊れた車輪を新たに村の請負屋ーーこういった村には何でも請け負って仲介など差配してくれる世話人がいる。大抵それは村長やそれに近しい人物だーーに注文したが、近くにある私兵団の注文も入っている為、時間がかかるという。
よろしく頼むと頭を軽く下げて何気なく話を続ける。
「しかしオレは運よくアンタに手当てして貰ったけど、村に医者がいねえと大変だなあ。ケガや病気、お産の時はどうするんだ?」
「ここ何年も大したケガ人は村ん中じゃ出てないからな。病人は町に荷馬車で運ぶしかないが、大抵の風邪や熱は地の薬草を煎じて飲むだけだ」
「そうかあ。どこも田舎は似たようなもんだな。お産は?」
「十年位前までは産婆をする婆さんがいたんだが、婆さんがあの世に行っちまってからは子供のいるかみさん達がお互い手伝い合ってるよ」
「ふーん、産婆もいねえのか…難儀だな」
「ああ、なんとかやってるさ」
……本当に難儀だな。
男はそう胸の内でもう一度呟いた。
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