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 9 契機 (4)

 



 隣に座るフレデリックの思いなど想像もしていないのだろう。アデルはニコニコしながら今日来る前に作ったという本日のおやつについて話していた。



「…それでカーラさんが大伯母さまに上手に言ってくれて、午前中のうちにナッツ入りのパウンドケーキを焼く事が出来たんです。ワイデマン様はその、ナッツ入りのケーキはお好きですか?」



「私かい? ああ、好きだよ。フルーツやジャムを使った物も食べるけど、ナッツ入りの方がよく食べているかもしれない」



「よかった! 前にナッツ入りのクッキーをお出しした時にいつもより食べていらした気がして。カーラさんにも聞いてみたら大人の男の人はナッツ類のお菓子が好きな事が多いと言われました」



 手を打って喜ぶ姿に目を細める。

 今日のおやつはアデルが昨日町に着いたばかりの自分の嗜好を気にかけて、本来のおやつに加えてわざわざ作ってくれたらしい。

 アデルの作ってくれた物ならなんでも美味しいし、なんでも"好きな物"になるとは言えず、只管目の前のアデルを(可愛い…、可愛い)と甘く見つめる姿を見咎める者が周囲に居なかった事は偏に幸運であったと言うしかあるまい。



 何度も会って話すうちにフレデリックはアデルが自分の血を分けた娘だと確信するようになっていた。鳶色の髪は母親のアネットよりは若干濃い気がする。そしてその瞳の色は。



 アデルの瞳を見つめるフレデリックの胸に焦燥が込み上げる。


 言いたい。この()に君は私の娘なのだと。迎えに来たと胸を張って言いたいのに、調査は進まず証拠が出ない。この数ヶ月の間、フレデリックは一日千秋の思いで過ごす毎日であった。


 そんな事を考えながらアデルの話に相槌を打っていると、その中のある一文が耳に引っかかった。



「………小さい頃聞き覚えた唄に似たような節があったんです」



「アデル、小さい頃というと、まだご両親と一緒に住んでいた頃? アデルはその頃の事、どのくらい覚えているかな?」



「それ程沢山は…。もうお父さんとお母さんの顔もうろ覚えなんです。

 でも一緒に歌った歌や話してくれた物語で覚えている物もあるし、思い出もいくつかあります。

 よく覚えているのはお父さんが山に連れて行ってくれた事があって、多分薬草や茸を取りに行くのについて行ったんだと思うんですけど、私、嬉しくてはしゃぎ過ぎちゃって。途中で転んでしまって手には詰んだ花や拾った木の実なんかを握りしめてて顔からいっちゃって。痛いのとショックなのとで大泣きしちゃって止まらなくて、お父さん困ってました。帰りはずっとお父さんがおんぶして帰ったんです。私は途中で寝ちゃったみたいで気が付いたら家でした」



 遠くを見つめ幸せだった日々の思い出を話すアデルは懐かしそうに、少し寂しそうに微笑んでいた。

 彼女が6歳で失った家族という形の幸せ。アデルの表情と口ぶりからそこには確かな愛情があったのが、有り有りと分かった。

 自分以外の男性を"お父さん"と呼ぶ声に幾分胸にチクリとした痛みを感じ、フレデリックは複雑な思いが交錯する。

 今のアデルがいるのは亡くなった二人が愛情込めて育ててくれたお蔭とは理解しながら、一方でアデルの幼い頃の思い出に自分ではない者が親として存在する事への羨望。

 一つ大きく息をするとフレデリックは己の気持ちを振り払うように切り出した。



「いいご両親だったんだね。アデルはどちらに似ているんだろう。そういう事を言われた事はある?」



 アデルは此方を向きながら目をパチクリと瞬いた。



「そうですね。う〜んと、お父さんは黒っぽい髪で焦茶色の目、お母さんは茶色の髪で瞳の色は金色だったと思います。私の髪はお母さん譲りで、目の色は先祖返りか何かだと思います。

両親に似ていると言われた覚えは…あまり無いです。こっちの人は私の両親を知らないし…」



 徐々に自信無さ気な声に変わっていき、最後には俯いてしまい、両手を膝の上でもじもじとさせている。そんなアデルにこれ以上追い討ちを掛けるような物言いも出来ず、フレデリックは「そうか、先祖返りか。綺麗な瞳だね」と優しく返した。



 アデルの瞳は緑だ。それも透き通るような若葉色。陽に透けるとキラキラと金色の筋が浮かぶような明るい薄緑の瞳は珍しくフレデリックの知る限りでは他にはアネット以外に思い当たらない。

 しかし、だからと言ってそれが親子の証になる筈も無く、これはそろそろアネット本人へ面会の打診をせねばならないかと思案するフレデリックだった。





お読みいただき、ありがとうございます。


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