0 星影
プロローグです。
昼間の暑気も夕方頃から薄まり、夜ともなると涼やかな風と共に秘かな冷気すら感じられる。
息を潜めてじっとしていると、暗がりの中、賑やかで楽しげな音楽が漏れ聞こえくる。まだ大広間での宴は続いているのだろう、招待客達のさんざめく物音が微かに響く。
つい先刻まではあの賑わいの中に自分もいた筈なのに。
アデルは今、一人静かに寝台の端に座っていた。薄く、普段使っている物より装飾は過多なのに、何故か肌を隠すには心許ない寝衣を身に纏い、広い部屋の広い寝台の端にいる様は、この部屋に頼りない薄明かりを灯すたった一つのランプと似ていた。
もうすぐ彼もここへ来るだろう。そのためにアデルは促され一人先に宴を辞し、湯を浴び身支度を整えこうして暗い部屋の中、飲食もせず、横になって眠るなど以ての外、静かに大人しく起きて待っているのだ。
不用意なのか故意なのか、カーテンを閉め忘れた窓の外には黒い木立の影と深い紺碧の夜空が見える。今夜も幾千の星が、煌めく宝石の欠片が散りばめられた様に美しい。若しくは群青色の天鵞絨に魔法の銀粉を振りまいたのか。
ぼんやりと見遣りながら、アデルは今日に至るこれまでの出来事を思い返していた。始まりは一体いつだったろう。養い親が亡くなった時? もしくは町で彼と出会ったあの日? それとも王都へ降り立ったあの瞬間? いいえ、私の運命はきっともっと前…。
そうだ、ならば私は最初からまるで川に押し流される折れた小枝のようだったのだ。沈まぬように、水底に引き摺り込まれぬように、ただ必死に水面に浮かびながら漂っていく折れた小枝。
自分の事をそんな風に考えていた時、軽いノックの音と共に扉が開き、一筋の明かりが差し込むのと同時に黒い人影が一つ、部屋に細く細く伸びた。
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