第三話 舞島マイカの好き嫌い。2
舞島マイカの好き嫌い後編です。
前編をまだご覧になっていない方はそちらを先にお読みください。
その後の練習は酷いもので、周りのあたしを見る目がずっとおかしかった。
なんで辻を帰したの?
悪いのはマイカでしょ?
そう言われている気がして全く身が入らず、その日は結局早めに切り上げてしまった。
練習後エリが何かを話しかけてきたがずっと生返事で、それを次の週まで引きずってしまった。
そんなことがあった後の次の月曜日は部活に出なかった。日曜日は休みだったのであれから行っていない。
放課後いつもと違う時間に帰るのが悲しく感じて、辻もこんな気持ちだったのだろうかとさえ考えてしまう。
そして事件が起きる。
暗い気持ちに引っ張られたのか、あたしの足は知らず知らずのうちに人気のない方へどんどんと進んでいって、ふと気づいた時はいかつい見た目のヤンキーに肩を掴まれた時だった。
振り返るとゲスな笑みを浮かべた男がいて、しきりに「俺と遊びに行こうよ。げへへへ」と言っていた。
あたしは今までのイラつきを抑えきれずに悪態を吐く。
それが悪かった。
あたしの言葉にしびれを切らした男はあたしのワイシャツを強引に破き、下着に手を掛けたのだ。
「キャア! 止めて、本当にそれだけは!」
「うるせえ女だな、おめえが抵抗するからしょうがなく俺が脱がせてやってんだろうが!」
嫌だいやだ!
あたしはこんな男に初めてを捧げたくなんかない!
誰でもいいから助けて!
辻に暴言を吐いた天罰なら土下座してあいつに謝るから。
「や、止めてください、お願いします……」
あたしは辻ではなく暴漢に土下座をして許しを請う。
嘆願を口にしているが、これは辻への謝罪のつもりだった。
あわよくば男が見逃してくれますように……。
「やめないけどな!」
そんな願いも虚しく男の手はとうとうあたしのブラを掴んで引きはがそうと力を込めた。
「い、いやあ! やめて、だれか! 誰か助けてぇ!」
「ばーか、こんな路地裏にお前の事を助けに来る奴なんかいねーよ! ぐへへへへ!」
ああ、もうだめなんだ。あたしはこれからこの男にレイプされて二度と子供を産めないような身体にされるんだ。
行為が終わった後に生きていればまだいいかもしれない。
口止めに殺される可能性だってある。
神様、あたしが悪かったです。どうか、どうかあたしを助けてください!
――最後にダンス踊りたかったな……。
あたしはもう抵抗することすら諦めて、レイプされるのをただただ待っていた。しかし、突然路地に一つの足音が響いた。
それはあたしにとって希望の足音だった。
「おい、悪いことは言わねえからさっさとここから離れろや」
男はあたしに跨ったまま後ろを振り向いた。
やった! 神様が願いを聞いてくれたんだ!
あたしはここぞとばかりに叫ぶ。
「た、助けて! あたし何でもするからぁ!」
「おい、さっさとどっか行けや。この女の前にお前を絞めたっていいんだぞ」
そのまま男が立ち上がろうと腰を上げた。
やった! しかしそう思ったのもつかの間、
「ま、待って!」
どこかで聞いたことのあるような声が男の行動を制止した。
「んだよ、もうビビったのか。ほれさっさと行け、チキン野郎」
「そ、そんな! お願い、本当にお礼なら何でもするからあたしを助けて!」
こんなチャンスはもう二度と来ない。
別に男を倒してくれなくたって構わない。
男を刺激してあたしの上からどかしてくれたらそのまま逃げてあんたにお礼をするから!
何でもするから、お願い!
「本当になんでもするんだな」
まるであたしの心の声に答えるかのように顔の見えない彼が話す。
「ほ、本当だ!エッチなこと以外なら何でもするから!」
レイプから助けて貰ってお礼にエッチしたら助けて貰った意味ないからな!
そう言ってしばらくたった後。
「分かった。お前を助けてやる」
その言葉を聞いた時に、あたしの中で顔も見えない彼の好感度が一気に上がったのを感じた。
なんて男らしい発言だろうか。それはあたしがずっと求めていた男性像そのままだった。
「……あんだと?」
その舐め切った態度が男の癇に障ったのか、あたしの上から彼と対峙するようにすんなり立ち上がった。
やった! やっと自由になれた、これで逃げて助けを呼びに――。
……本当にそれでいいのか?
やっと見つけたあたしが好きになれるかもしれない男の顔を見ないまま逃げるのか?
でも声を聞いた感じ特別ガタイが良さそうでもなかったから早く警察を呼ぶのが正解かも知れない……。
どうしよう! 正直めっちゃ顔見たい! あわよくば連絡先聞きたい! よし、待ってよ!
ほんの数秒前まで貞操の危機を迎えていたはずのあたしの頭の中はあっという間にピンク色に染まってしまっていた。
それこそ、この声の主に出会えたのだから男に襲われてよかったと思いそうになるほどに。
「うおおおお!」
しかし男の雄たけびによってあたしのピンク色の脳内は一瞬で恐怖に塗り替えられた。
そうだ、そもそもあんなガタイのいいヤンキーに勝てるわけない!
やっぱり速攻警察呼びに行った方が良かっ――「シュッ」た?
口から空気を吐いた音がしてから思い切り拳を振り上げていたヤンキーの動きが一瞬停止した。
そして瞬きの間にドサッと言う音と共にガタイのいいヤンキーが倒れて、あたしを助けに来てくれた彼の姿が露になった。
まさか、アイツはっ、アイツは――!。
「あちゃー、白目剥いてるな。首を鍛えないと、首を」
気の抜けた声で倒れたヤンキーにアドバイスをしている彼をあたしは良く知っている。
間接的だがあたしが路地に入り込み、ヤンキーに襲われる理由を作った男であり、そのあたしを颯爽と現れて一瞬で助けてくれた……
「え、もしかしてあんた……」
「チッ、流石に覚えてるか」
彼はあたしが気付いたと見るや苦い顔を作った。
それを見た途端、あたしの心臓はギュッと縮む。
苦しい、なんだこれ……。
「辻……、辻桐乃丞、だよな」
「違う」
違うはずない!
いかにも初めてお会いしました見たいなテンションで答えられて返答が少し遅れた。
「ち、違わないでしょ! あんたこの間うちの部活に手伝いに来たじゃんかよ!」
「うるさいな、さっさと上着着て帰れよ。目の毒だ」
辻桐乃丞の表情は変わらず不機嫌そうに鞄から取り出した体育ジャージをあたしに投げた。
なんでジャージ? とも思ったが自分が今どんな格好をしているか気づき、慌ててジャージを着てチャックまで閉める。
「それじゃ、俺行くから。ジャージは洗って俺のロッカーに入れておいて」
「ち、ちょっと待て!」
それを見た辻桐乃丞はそのまま帰ろうとするから思わずあたしは呼び止めてしまった。
どうにか彼との繋がりを作っておきたかった。
それにこの間のことを謝りたかったのもある。
「何だよ、俺早く帰りたいんだけど」
「いや、あんた実は喧嘩強いんだな。少し見直し――」
「ああ! 思い出した!」
「き、急になんだよ、大声出すな!」
「今日の俺のことは絶対に、誰にも話すな。出来事は話してもいい。だけど俺のことは絶対に伏せろ」
見直したからこの間のこと許してくれないか?
そう言おうと思った。
我ながらプライドが変に高くて絶対許してくれなさそうな言葉だったが、辻はそれを遮って今日のことを絶対に話すなと言った。
それは間接的にあたしとの関係を断とうということだろうか。
真意が気になって質問する。
「は? どうして言っちゃいけないんだ? だってあたしがこのことを話せば辻はクラスどころか学校中の注目の的に――」
「だからだよ」
「え?」
良かった、あたしと関わりたくないわけじゃないらしい。
でも彼の返答は意外なものだった。
人気者になりたくない?
そんな人間がこの世にいるのか?
説明するのが面倒なのか、彼は捲し立てる。
「いいか舞島。お前は俺に助けを求めた時何でも言うことを聞くと言ったな」
「……い、言ったけど」
「おいおい、助けてもらって言葉を濁すつもりか?」
「た、確かに言ったけどあれはエッチなことしないとも言ったぞ!」
ち、ちょっとそれはまだ早いと言いますか……ね?
正直吝かではないと思ったあたしはビッチなんだろうか。
「はぁ、別に手は出さねえよアホ。いいかよく聞け。俺が聞いてほしいお願いは一つ、今日の俺を口外しないことだ。分かったな?」
こ、心を読まれた!?
「んな!? わいアホじゃないし! もう分かったよ、今日助けてくれた人は辻桐乃助じゃない。そういうことだな」
「物分かりが良くて助かる、アホは撤回しよう。じゃあな」
そう言って彼は今度こそ路地の出口に向かって歩き出した。
ああ、辻が行ってしまう。謝らなければ。いやそれとも連絡先を教えてもらった方がいいのか?
それとももっと話を長くするべきか!?
悩んでも仕方ない! 今もっとも彼に伝えたい言葉だけ伝えよう。
「あ、ありがとな!」
その言葉はすんなり出てきた。
ありがとう。部活の手伝いも、そして今回ヤンキーから助けてくれたことも含めて。
すると彼は立ち止まって。
「そうだお前、わいって一人称最近流行ってるみたいだけど、青森県民以外は可愛くないから使うのやめた方がいいぞ」
……とか言いやがった。
「はあ!? みんな使ってるからいいんだよ! バーカ!」
「あっそ」
雰囲気台無しじゃんか!
辻って何、空気読めないの!?
マジあり得ない!
「あたしも帰らなきゃ」
ヤンキーが起きる前にこの場を離れないと。
落ちてるあたしの鞄を拾う為に屈むと同時にふわっと辻のジャージから匂いが鼻腔をくすぐった。
いい匂い……。
――わいって言うの止めるかな……。
読了お疲れさまでした。興味があればブックマークと最新話の一番下にある評価をよろしくお願いします。