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第一話 空気になりたい俺はヤンキーを殴る。

この小説を読んで少しでも楽しんでくれたら幸いです。

ちょっと長いですが。


11月26日追記

タイトルでこの小説が貞操逆転ものだと思って開いた方、大変申し訳ないのですが貞操逆転しません。ごめんなさい。

それでもいいと思った方はどうか読んで下さると幸いです。

「俺は貞操逆転が読みてえんだ!」と言う方はブラウザバック推奨です。

釣りみたいになってしまって申し訳ありませんでした……。


「ふぅ、今回のストーリーも良かった……。やっぱり貞操観念が逆転した世界って神だよなぁー」


 殺風景なアパートの一室で辻桐乃丞(つじきりのすけ)はベッドに寝転がりながらエロ本を閉じた。

 え? エロ本片手にベッドで何してたかって? そんなの言わなくても分かるだろう、同志たちよ。

 枕元のティッシュは漢の勲章だ。

 かなり夜更けまで自慰行為に耽ってしまった俺は翌日の学校の準備をして歯磨きをする。


「あーあ、マジで貞操観念が逆転した世界にならないかなぁー」


 シャコシャコと音を立てながら己の欲望を独り言ちる。


「あわよくば男がこれでもかってくらい少なくてー、女の人が養ってくれて、女の子に話しかけるだけで発情されるみたいな、オプション付きのやつ。あ、あとイケメンになることも忘れちゃいかんね! って、んなことあるわけ無いんだけど……」


 鏡を見れば平均以下の見た目でぼさぼさの髪、無精ひげをこしらえたさえない高校生の姿だった。


 妄想を口に出して虚しくなってきたので欲望を消すように共に口に含んだ水を吐き出す。


「――寝るか」


 カチッっと部屋の電気を消して俺はベッドに寝転んだのだった。



 翌朝、信じられないほど俺は焦っていた。その理由は単純であり――

 

「やばい! 寝坊だ!」


 昨晩結局邪な妄想が止まらず寝たのが四時過ぎになってしまった俺は急いで高校の制服に着替えつつ、なるべくクラスで目立たない様に寝癖を直し、髭を剃った。

 

「そもそも高校生で一人暮らししてる時点でかなりラノベみたいな生活してるんだけどな」


 これで少しでも見た目がよくてコミュ力があって友達と彼女がいればなぁ。

 ないものねだりだが、無いものが多すぎてどれか一つくらい神にプレゼントされても誰も文句を言わないくらいに俺は陰キャの凡人だった。

 そんな俺がホームルームに遅刻して目立ってしまったら陰で何を言われるか分からない。

 まあ影の住民は俺だから陰口というよりかは陽口か。

 あれ、全然悪口な気がしないぞ、これからは悪口を言われても、あいつらは俺の陽口を言っているんだと思えば気にしないで済みそうだ。

 そんなくだらない思考を挟みながら俺はギリギリホームルームに間に合う電車に飛び乗った。

 通勤、通学ラッシュの時間帯で車内はパンパンの人で、熱気が籠ってなんとも言えない匂いが立ち込めている。

 貞操観念が逆転したとしても満員電車には乗りたくないなぁ……。

 乗車した駅から三つ目の駅で後ろに押されながら降車する。


「はぁ、ほんとみんな殺気立ってるよなぁ。毎日毎日……」


 ぶつぶつ文句を言いながら改札を通り抜けて俺は教室へ走った。

 とにかく注目を浴びないように。これは俺の辻桐乃丞の信条であった。

 いじめもせず、いじめられもしない。まるで空気(・・)のような人間になること。

 ホームルーム開始五分前にようやく到着したクラスの扉をなるべくゆっくり、音を立てないように開けてその合間を滑り込むように教室に入る。

 よし、誰も俺が来たことに気付いていないな、これでいい、いやこれがいい。

 ホームルーム直前の学生でごった返している教室を気配を消してクラスメイトの間をスルスルと抜け、ゆっくりと席に着く。

 そして周りを見渡して貞操観念が逆転してないことを確認すると、机に突っ伏して寝たふりを開始した。

 ホームルームが始まれば先生に注目されたりしないようにしっかり目を覚まし、そして授業の間や、昼休みは寝たふりを繰り返す。

 授業が終われば即座に家路につく。

 これが貞操観念が逆転した世界に行けない、不細工な俺のルーティンである。

 勿論友達も彼女もいない。

 寝ている俺に話しかけてくる人間はいるけど、その時は邪険にせずそれなりの対応をしている。

 別に嫌われたいわけじゃないからな。好かれたいわけでもないけど。

 とにかく俺は貞操観念が逆転しないとやる気が一切出ないのだ!

 今日も学校が終わってスマートに学生鞄を担いだ俺はある程度人が出て行ったのを確認してクラスを出た。

 最初に帰るのも陰キャっぽくて注目されちゃうからね!

 俺は陰キャにはなりたくないんだ。

 何故なら陰キャと空気は似ていながら非なるものだからだ。

 陰キャというのは周りから暗いと認識(・・)されている人間が言われるもので、空気にそんな呼称は無い。

 かつ、空気というのは無いと困るけど、合っても全く意識しないものである。

 陰キャは別にいなくても、困らないだろ?

 まあ大抵の人間は居なくても困らないけど。

 ちなみに空気が信条の俺は、何か依頼があれば無いと困るような人間になろうとも思っていてひそかに先生の手伝いや、あちこちの委員会、部活動の手伝いを行っている。

 それじゃあ逆に目立つって?

 それが違うんだな、もはや完全に空気となった俺は『どこにでもいる真面目な人間』として認識されているため、いくら人の為になるような行動をしたところでそれは『当たり前』であり、結果空気になりえたのだ。

 ちなみに今日はどこからも手伝いの依頼を受けていないのですんなり家に帰ることができる。

 駅までの道を貞操逆転について考えながら、同じ制服を着た集団に紛れて歩いていると甲高い女性の声が耳に入ってきた。

 

「や、やめろよ! このっ!」


 あ、これこの間手伝いに行ったダンス部二年の舞島マイカの声だな。

 わざわざ手伝いにいってあげたのに俺のことを無碍にして、事あるごとにいちゃもんをつけてきたやつだ。

 空気になりたい俺は注目を集められたくなかったため、彼女の言葉をほとんど聞き流していたけど。

 俺は気になったので声の聞こえてきた路地を覗く。

 すると舞島が刺青を入れた筋骨隆々のいかにもヤンキーっぽい男に絡まれているところだった。


「いいだろ、俺と一緒に遊ぼうぜ」

「いやよ、あんたみたいな男! 強引な男は嫌いだし、さっさとどっかに行ってくれない!?」

「そういう気の強い所もそそられるな、最高だ。ぐへへへ」


 舞島は強気で必死に男に抵抗しているが、力ではやはり男に敵わないらしい。

 俺はこの場面を覗き見ながら、貞操が逆転したら俺もああやってお姉さんに襲われちゃうのかなとか考えていた。

 全くもって不謹慎である。

 でも八割も足を露出している上に、ワイシャツは第三ボタンまで開いて、金髪ショートカットで可愛かったら声かけられるのは自明の理だ。

 でもしばらくは舞島も襲われなさそうだし、しばらく妄想(貞操逆転)のネタになってもらうとしよう――。

 さて、あれから五分ほど経っただろうか。

 俺の妄想もセックスする直前まで到達したところで、現実に帰ってきた。

 何故かって? セックスしたことないからそれ以上妄想できなかったんだよ! くそ、妄想するにも経験が必要なのかよッ、世知辛い世の中だぜ……。

 ちなみに現実の舞島はどうなっているのかと言いますと――。


「キャア! 止めて、本当にそれだけは!」

「うるせえ女だな、おめえが抵抗するからしょうがなく俺が脱がせてやってんだろうが!」


 ヤンキーもとい、暴漢にワイシャツを掴まれ思い切り引っ張られていた。

 ワイシャツのボタンは殆どすべて弾け飛び、女子の柔肌が露わになる。


「ぐへへへ、綺麗な肌してんじゃねえか。犯しがいがありそうだぜ!」

「た、頼む。それだけは勘弁してくれ!」

「ここまで来て拒絶すんのかよ、もう諦めたらどうだ? お前が助かる道はもうねえんだよ」

 

 ネチャッと男がにやけると、舞島はさっきまでの強気が嘘のように怯えて肩を震わせている。

 

「ひっ、ひいい! 止めて!」

「おいおい、それが人にものを頼む態度かよ、おい」

「や、止めてください、お願いします……」


 男の威圧に負けて膝を折り、男に対して土下座のように頭を下げる舞島。

 それに対して男は、「やめないけどな!」と一言いうと舞島のブラを思い切り掴んだ。


「い、いやあ! やめて、だれか! 誰か助けてぇ!」

「ばーか、こんな路地裏にお前のこと助けに来る奴なんていねーよ! ぐへへへへへ!」


 舞島、絶体絶命のピンチである。

 それを目の当たりにした俺はと言えば。

 

「――やっべぇ、出るタイミング見失った……」


 一人頭を抱えるのだった。

 正直、舞島を助け出すことは出来ると思う。

 しかしそれをやってしまうと口の軽そうな舞島から吹聴されて俺が一躍ヒーローのような扱いにッ!

 この予想は決して自惚れている訳では無い。

 信頼できる(ラノベ)から得た情報だ、間違いは無いのだ!

 くそ、だが助けないという選択は無い。

 ならばどうする? 

 顔を隠して間を割って入るか?

 そんなことをしても制服である程度当たりはついてしまうし、顔を隠せば舞島は恐らく救世主探しを始めるだろう。

 とにかく俺は注目されたくないだけ。


「あ、そうか」


 数秒間本気で逡巡していた俺だが、すぐに結論が出た。


「舞島を口止めしよう」


 そもそもあいつが何も言わなければ済む話だ。

 方法は後でいくらでも考えればいい、多少強引でも条件は飲ませて見せる。ただ今はとりあえず――、


「助けに行こうかな……」


 ザッ、ザッ――、俺は敢えて足音を立てて舞島たちに近づく。

 いち早く気付いたヤンキーが振り向く。


「おい、悪いことは言わねえからさっさとここから離れろや」


 これからというところで邪魔をされたからか、かなり苛立っているらしい。

 空気が一気に張り詰めるのを感じる。


「た、助けて! 私何でもするからぁ!」


 対して舞島は突如現れた人間に必死で助けを求めている。

 というか俺だって気づいてないな、これ。

 男の背後から登場したため、覆い被された舞島は俺の顔を認識できてないのか。

 

「おい、さっさとどっか行けや。この女の前にお前を絞めたっていいんだぞ」

「ま、待て!」


 立ち上がろうとした男を思わず制止する。

 そのままお前が立ち上がったら俺だってバレるでしょうが!


「んだよ、もうビビったのか。ほれさっさといけ、チキン野郎」

「そ、そんな! お願い、本当にお礼なら何でもするから私を助けて!」


 ふむ、何でもする、か。

 これは口止めさせるいい口実になったな。


「本当になんでもするんだな」

「ほ、本当だ! エッチなこと以外なら何でもするから! お願い!」


 よし、言質とったからな!

 喜べヤンキー、もう立っていいぞ。


「分かったお前を助けてやる」

「……あんだと?」


 性欲に支配されたヤンキーが青筋を立てて立ち上がりこちらに向かってくる。

 滅茶苦茶睨んできてるなぁ、もう顔覚えられる前に倒しちゃおう。

 俺もヤンキーに数歩近づく。

 お互いの拳が届く範囲になってから、ヤンキーは「うおおおおお!」と雄たけびを上げて大きく拳を振り上げたので、俺は一言「おやすみ」というとヤンキーの顎に最短距離でジャブを叩きこんだ。


「シュッ」


 それは数ミリしか当てずに掠らせることでヤンキーの脳を揺らし気絶させたのだ。

 勿論ヤンキーが拳を振り下ろすことは無かった。

 しばらく立ち止まっていたヤンキーは仰向けに受け身もとらないで倒れる。

 頭とか打ってない? 怪我しても自業自得だけども。

 

「あちゃー、白目剥いてるな。首を鍛えないと、首を」


 気を失っているヤンキーに届くことのないアドバイスをした後舞島を見る。

 視線が合った後、舞島は信じられないという風に目を見開いた。


「え、もしかしてあんた……」

「チッ、流石に覚えてるか」


 もしかしたら俺のことを覚えてないんじゃないかと舞島の馬鹿さに賭けたのだが、どうやら人の顔を覚えるのは得意らしい。


「辻……、辻桐乃丞、だよな」

「違う」


 まさかフルネームまで覚えていやがるなんて。思わず違うとか言ってしまった。

 まあいい、覚えていたとしても口止めすれば済む話だしな。


「ち、違わないでしょ! あんたこの間うちの部活に手伝いに来たじゃんかよ!」

「うるさいな、さっさと上着着て帰れよ。目の毒だ」


 俺はバッグからジャージを取り出して舞島に投げた。

 舞島はポカンとした顔でジャージを受け取った後、自分がどういう格好をしていたか思い出したのか、速攻でジャージを着てチャックを閉める。


「それじゃ、俺行くから。ジャージは洗って俺のロッカーに入れておいて」

「ち、ちょっと待て!」


 俺はダンス部の時の舞島の態度の悪さを思い出し、関わり合いになりたくないのですぐさま踵を返したのだが、彼女はどうやら俺と違ったらしい。


「何だよ、俺早く帰りたいんだけど」

「いや、あんた実は喧嘩強いんだな。少し見直し――」

「ああ! 思い出した!」

「き、急になんだよ、大声出すな!」

「今日の俺のことは絶対に、誰にも話すな。出来事は話してもいい。だけど俺のことは絶対に伏せろ」


 危ない、俺としたことがこんなミスを犯すなんて。

 帰りたい気持ちが強すぎて口止めするのを忘れていた。

 もし舞島が俺を止めなかったら俺は明日から不登校になるところだ……。


「は? どうして言っちゃいけないんだ? だってあたしがこのことを話せば辻はクラスどころか学校中の注目の的に――」

「だからだよ」

「え?」


 こいつマジで意味が分からないって顔してやがんな。

 一から説明するのも面倒くさいしもうゴリ押そう。


「いいか舞島。お前は俺に助けを求めた時何でも言うことを聞くと言ったな」

「……い、言ったけど」

「おいおい、助けてもらって言葉を濁すつもりか?」

「た、確かに言ったけどあれはエッチなことしないとも言ったぞ!」


 ん? こいつもしかして俺が手を出すと思ってるのか?

 妄想はいい加減にしろ、全く。


「はぁ、別に手は出さねえよアホ。いいかよく聞け。俺が聞いてほしいお願いは一つ、今日の俺を口外しないことだ。分かったな?」

「んな!? わいアホじゃないし! もう分かったよ、今日助けてくれた人は辻桐乃助じゃない。そういうことだな」

「物分かりが良くて助かる、アホは撤回しよう。じゃあな」

「あ、ありがとな!」


 去り際にお礼を言われるのは気分がいいな。

 俺もなにか言葉を返した方がいいな。


「そうだお前、わいって一人称最近流行ってるみたいだけど、青森県民以外は可愛くないから使うのやめた方がいいぞ」

「はあ!? みんな使ってるからいいんだよ! バーカ!」

「あっそ」


 今度こそ俺は路地から出ると家に帰った。

 いろいろあったせいで帰宅時間が押して帰宅ラッシュに巻き込まれた。

 家に帰ったらストレス発散しよ。

 今日はどんな妄想をしようか、今からでも楽しみだ……ッ。


 翌朝、昨日も昨日で妄想に歯止めが利かなくなって妄想に力が入って寝坊してしまった。

 我ながら阿保だなと思いつつ教室に走る。

 いつも通り扉を最低限だけ開けて教室に忍び込む。

 よし、誰も俺のことを見ていな――い?

 普段感じない視線が俺の身体を貫いたのが分かる。

 もしやと思い振り向くと――。

 案の定舞島であった。

 数舜目が合うと俺はすぐに逸らして席に座って居眠りを始める。

 昨日の今日だからな、俺を見てしまうのも分かる。

 一日二日我慢すれば俺への興味も消え去るだろう……。



 そう思った二日前の俺を殴り殺してやりたい。

 何故かって?

 それは――。


「な、なあ辻。どうせ寝てるんだったらあたしと一緒に昼飯食わないか……?」


 全国の高校生が最も活発に行動する時間帯、この数日俺に強烈な視線をぶつけてきた舞島マイカが俺に声を掛けてきたからだ。

 少し顔を上げればクラスに残って昼食を食べている奴らが全員こちらを見ていた。

 最悪だ……。

 何故か頬を朱色に染めた舞島とクラスの視線をどう収めるか、俺にとって最悪の一日が始まったのだった。

読了お疲れさまでした、もし興味があればブックマークと評価お願いします。

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