012 第二回料理教室
「まずは、玉ねぎをみじん切りにしましょう。」
「みじん切りってどうやるの?」
「小学校の先生って、調理実習とかあるんじゃないですか?」
「…はい。」
「子どもに聞かれたとき、困っちゃいますよ?」
「返す言葉もありません。」
小学校の先生という仕事の幅広さは、数ある職種の中でもかなり上のクラスだ。
国語や算数を教えるだけでない。
生活科ではチューリップを植え、
音楽ではピアノを弾き、
体育では球技から器械体操、水泳まで幅広くこなし、
理科では観察や実験のために、メダカを捕まえたり、紫キャベツを湯でて煮汁を作り、
社会では漁業の大変さや歴史の普遍性を説き、そして家庭科では料理の仕方や裁縫の仕方を子どもたちに教える。
しかし、翔が聞いた現場の先生の話によれば、そんなものは氷山の一角にすぎないらしい。
事務や学校運営の仕事を含めると、まさに過労死レベルの仕事を日々こなしているという。
何はともあれ、翔は桃花に教わり、つたない動きでみじん切りを始めた。
「まぁ何事も繋がっているってことだね。」
「うん…?何のことですか?」
ナツメグやパン粉などの材料をボウルに準備しながら、桃花はきょとんとした顔で質問した。
「僕と桃花ちゃんは、偶然に町の中で出会って、迷子だった桃花ちゃんに道を教えてあげた。その結果、桃花ちゃんは僕にお裾分けをくれて、今は料理を教えてくれている。」
桃花は手を止めて、翔の話に聞き入っていた。
「そしてきっと、僕が将来先生になったとき、未来で子供たちに、みじん切りの仕方を教えてあげられる。
そう思うと、世の中いろんなことに意味があって、繋がってんだなぁって。」
翔は桃花に教わった方法でみじん切りを終え、切った玉ねぎをボウルに移している。
「なんか深いですね。世の中意味のないものはないってことですか?」
「いや、将来的に役にたったり、何かを得たりすることに繋がるって意味では、何も意味がないこともあると思うよ。いいことをしたことや、努力したことが必ずしも報われるわけじゃないようにね。」
「…そうですね。」
「でも、仮に何の意味もないとしても、ただ楽しいって感じるなら、それだけでいいんじゃないかな。」
人は哲学的な話をしている時、普段言えないようなことまで、正直に、大胆に、話してしまうことがある。
「私は…翔さんに出会えて、神戸の色んなこと教えてもらったり、面白い話を教えてもらったりして、毎日すごく楽しいです。」
桃花は自分でも驚くほど正直に気持ちを言葉にした。
「私にとって、翔さんと過ごす時間は、絶対に意味があります!それだけじゃなくて、とっても楽しいです!」
「そうかな。そういってもらえると嬉しいよ。」
桃花はどんな言葉を紡げば、一番自分の想いを的確に言い表せるか思考を巡らせた。
「私にとって…、翔さんはもう既に、とっても大事な人です。だから私も…、翔さんにとって、料理だけじゃなくて、もっと色んな意味で…、私と出会ったことが、翔さんの未来に繋がったらいいなって…思います。」
そこまで言ってから、桃花はボウルの中身に目を落とした。
ボウルの中には、ひき肉と玉ねぎの混ざり合ったものがあるだけだ。
「うん…そうだね。」
賢明に伝えようとする桃花の言葉に、翔はとても胸が温かくなるのを感じた。
色んな意味…それは友情だろうか。兄弟姉妹のような愛情だろうか。それとも…。
翔と桃花の二人の間柄は、もうただのお隣さんという言葉では言い表せない気がした。
「僕も桃花ちゃんと出逢えたことが、色々な意味で…未来に繋がっていたらいいと思うよ。」
熱く語ってしまうと、熱くなったその分、終わったあとに感じる気恥ずかしさも増える。
よくもまぁ…アルコールの力もなしに、高校生の女子に熱く語ってしまったと反省する翔と、つい告白にもとれるような言葉を口にしてしまったのではないかと、顔を火照らせ悶える桃花の姿があった。
※読んでいただける人が増えてきたので、今後の恋愛の展開等についてコメントでご意見いただけると嬉しいです。(誰と誰をくっつけろ、どのタイミングでくっつけろなど、お色気は控えろ、いやもっとやれだとか……こんなイベントやれ、こんな料理作れ、とか……)
邪道かもしれませんが、天の声のみなさま(読者様は神様)が喜ぶ展開になるよう、参考にしたいと思います。