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1巻 起章 士官学校入学編壱

ようやく本筋。長い。

五月二日早朝。世間がゴールデンウイークに浮かれる中、馬鹿デカい軍用車輛が施設の前に止まった。どうやら遊びに行けるワクワク感で早く目覚めたらしいガキ共が、まるで新しいおもちゃを与えられたかのようにはしゃいでいて、その軍用車輛―ウラル4420の周りをウロチョロする。車輛に勝るとも劣らない立派な体躯の男が、小綺麗な式典用の軍服にはちきれんばかりの身を包み運転席から降りてくる。キラキラした目でタイヤを突っつき始めた子供たちは、その巨漢に一喝されると蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。男はゆっくりと、だが、確かな足取りでこちらへと向かってくる。


「おはようございます、島津壱尉。」


大男―島津ノブヲ壱尉は軽く手を振りそれに答えた。教官でなく、階級で呼ぶのは卒業式を終えて、鬼島津とは兵科教練教官と生徒ではなく同組織の上司と部下の関係になるからだ。

学校の教官用ジャージを着用している姿を見たことしかなかったから、制服姿がどんなもんか、多少は気になってはいたのだが驚くほど様になっている。そして相変わらず両足義足とは思えない挙動のスムーズさだった。


「もう、施設の人には挨拶したのか?」


「えぇ、今日の出立が早いからということで、昨日挨拶を済ませました。」


「そうか。」


リサ―高村リサがこの場にいないのは、彼女がぐうたらの女神だから、ではなく単純に彼女が研修旅行に行っていて出払っているからだ。彼女とは空港へとお見送りする時に、既にお別れの言葉は交わし、ついでにこたつ以外のプレゼントもしっかり渡しておいたので、もうこの施設ですべきことは特になかった。


「よし、なら早速向かうとするか。」


どこへ―。決まっている。今日は士官学校の記念すべき入学式なのだ。士官学校は福島の過疎化地域にあるので、行くには、必然的に車が必要になる。そこで俺は島津壱尉にダメ元で頼んでみると、快く受け入れてくれたのだ。話を聞くと俺が受かった日から休養日にしてくれていたらしく、本当に頭が上がらない。


そして、ゴールデンウイークの渋滞を避けるために、この時間に迎えに来てもらったという訳だ。訳なのだが・・・。


「島津壱尉、質問よろしいでしょうか。」


「車に向かいながらでもいいなら構わん。言ってみろ。」


島津壱尉についていき、開けてもらった助手席に乗り込みながら、ここまでずっと疑問に思っていたことを質問した。


「なんでわざわざ軍用車輛なんですか?これ多分、備品ですよね。使用許可取れているんですか?」


テキパキと運転の用意を進めながら答える壱尉。


「よし、答えてやろう。まず一つ、俺はこのウラル4420が最も乗りなれている。貴様を輸送する際に万に一つでも事故を起こさないようにという配慮だ。二つ、一応ひよっこだが既に貴様は軍属となっている。軍に籍を置く者が、軍に関わる行事に向かう際に軍用車を使用するのはむしろ情報管理、安全管理、責任管理の観点において、推奨されるものだ。そして三つ、」


そこまで言って二重シートベルトを自分のと、そして何故か俺のもチェックし直し、アクセルを踏み締めて言い放った。


「―単純にコイツが俺の知りうる車の中で一番飛ばせるから、だ。」


そう言うやいなや、反論も許さず、車輛は急発進した。そして俺は今まで体感したことのない加速感と車酔いで、乗車わずか5分で目を回してブラックアウトする羽目になった。




「ん・・・?」


次に俺が自分の意識を取り戻した時、フロントの右下に映し出されたマップシステムは、既にこの車輛が、士官学校の演習場がある福島県に突入している事を示していた。本来、民間の車では強い電波障害の影響で、GPSによるカーナビなど死に体も同然なのだが、これも軍用のおかげなのだろうか。壱尉はこちらが起きたのに気付いたのか、簡易ダッシュボードから新品の水を片手で手渡した。


「起きたか?全く・・・。仮にも上官がいる場で居眠りをこけるとは、大したやつだな。」


「すいません。」


いや、それはどう考えてもこの怪物車輛と壱尉のハードでタフなドライブテクが原因だと思ったが、ここで反論しても仕方がない。なにせ相手は、俺が何か月も死の狭間を彷徨い続け、なんとかクリアした『健康調査』を何とも思わない化け物なのだ。微生物が人間に文句言うようなものだ。比較ができない者と争うほど不毛なものは無い。


「ところで、後、何分くらいで着く予定ですか?」


「今、須賀川だからな。演習場のある相馬までは30分もかからんだろう。排便・排尿なら我慢しろ。もしくは漏らせ。」


「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝します。」


文字通りクソみたいな気遣いに表面上は感謝しておく。とはいえ、意識がなくなる前は酷かった酔いも眠っている間に無くなり、体にかかる加速感の負荷も軽減されているので随分マシになっていた。


「・・・『デバイサー』になればこの位の負荷、すぐに大したものでないと思い知るぞ。」


少しニヤリとしながら壱尉は語りかける。

野郎、わざわざそんな事教えるためにこんな車用意しやがったのか。危うく、口から飛び出しそうになった言葉を何とかギリギリで飲み込む。

確かにいくら鍛えていると言っても隣の化け物も人間だ。身体能力ならまだしも、生まれたときから三半規管や平衡感覚が図抜けて強い人間などほぼいない。

だが、この車輛を俺が気を失っている間も運転し続けていた壱尉は実際に体への負荷など、どこ吹く風といった様子だ。それもこれもデバイサーとしての技量と訓練の賜物ということなのだろう。

「ちなみに貴様の親父はデバイサーになる前にHALO降下―高高度降下低高度開傘―訓練で、上空一万メートルの空の彼方でも腕組みしながら爆睡していたぞ。」


「壱尉も寝てらしていたんですか。」


「いや。お前の親父に輸送機に乗る前に散々に脅かされてな。ビビって金玉縮みすぎて、輸送機の乗っている間は、金玉が無くなったと思ってビクビクしてたな。」


それはそれで正しい怖がり方なのかよくわからないが、こんな人たちの話に一々、気を取られても仕方がない。今から向かおうとしているのはそんなヤツらの巣窟なのだから。


一度思い出して堰を切ったのだろうか、そこからしばらく壱尉は、親父との思い出の話をし続けた。

最初は勘違いで因縁をつけてしまったこと。

二人でテストデバイサーに志願するも親父だけ選ばれたこと。

その後の追加招集を死に物狂いで突破し、親父に追い付いたこと。

夜に街に繰り出してのナンパ勝負でも負け続けたこと。

バレンタインデーには、まだ少なかった女子隊員や事務員のほとんどからチョコを貰ったこと、壱尉は一個だったこと。

それらの話を厳つい顔を破顔させ、楽しげに笑いながら話す壱尉はまるで、少年に戻ったようだった。


「すまんな。俺ばかり話して。なにせ昔話に花を咲かせる旧友もそう多く残ってないんでね、こういう機会があるとベラベラ話しちまう。」


「いえ、俺も親父の話を聞けて嬉しいです。壱尉から話を聞くまで、京都で殉死したというくらいしか知りませんでしたから。」


そして俺は、思い切って、もう一つ気になっていたことを尋ねることにした。

「壱尉は、お袋については何か知っていることは無いですか?」


以前、壱尉がお袋について触れたのは、デバイサーの技術高官であったという部分だけだった。話を聞く限り親父もかなり破天荒な人っぽいが、そんな二人が結ばれたのは息子の俺としては、怖いもの見たさも相まって、気になることだったのだ。

だが、俺の言葉を聞いた壱尉は先ほどまでの饒舌ぶりと陽気さを引っ込め、代わりに静かに語りかけるように答えた。


「―君の母上に関して知っているのは、きわめて表面的なことと、噂交じりの事だけだ。それでも構わないか。」


「勿論。でも壱尉は親父とそこまで仲良かったのに、親父経由で聞いたりしたこと無かったんですか?」


ここまで親父の話を聞かされたんだ。この線は結構あると思ったのだが、俺の思惑は呆気なく外れた。


「ヤツは基本的には、柔軟で上手くこなすことに長けていたが、いくつか頑として、例え上官に注意されても譲らない信条のような物があった。共に酒を酌み交わしたデバイサーでないとバディは組まない、とかな。一回ペーペーの面倒を見ろとヤツが言われたことがあったんだ。その時も上官に向かって『酒も一緒に飲んだことのない者と命を懸けて飛ぶことはできません。』って正面堂々と宣言してたか。ま、そんなわけで貴様の母上の素性を話さない、というのもその内の一つだったようだ。」


「なるほど・・・。」


「だから俺が正しい情報と断言できるのは、君の母上が共和国に置ける『デバイサー』装備、技術に置ける最高技術責任者であるということ。そして名前が久邇 蜜香ということだけだ。」


「―久邇 蜜香。」


くに、みつか。何度か頭で反芻する。それが俺のお袋の名前で、今この国のデバイサーを飛ばす技術を編み出した人。


「・・・そして。」


そこで一呼吸置き、ことなしか、運転も控え目しながら壱尉は述べた。


「戦後に解体され、東西に散った旧皇族の血筋でないかという噂が、まことしやかにささやかれていた。」


ソ連率いる社会主義陣営は勿論、西欧諸国もこぞってその不合理性を批判した天皇制は、分割統治後に即廃止の運びとなった。今でこそ、再評価もされているが、戦後直後は戦犯の責任を理不尽にも軍部と共に押し付けられ、口に出すのも憚られるほどだったという。一応、地方に散らばり、旧華族系に接収されたということが歴史の教科書の端っこに記されてはいる。


「そんなこと信じている人いたんですか?」


「最初はただのゴシップのようなものだった。こじつけるとすれば、その苗字と、いくら実績を積み上げたとはいえ基地一つを自由に動かせる権力を20代で、それも当時はまだ男社会の色のより濃い軍部で握っていたことぐらいだ。もっとも後者に関しては、その程度では見合わないほどの研究成果を残された方だったが。だが、君の親父―西野サトルが彼女と結婚、それも当時は珍しかった養子縁組したことで、かなり信憑性が高いと言われるようになったんだ。」


「仮にそうだったら、そんな人と親父はなんで・・・。」


親父は一般家庭出身で、早くに両親を亡くした壱尉と共に、正月などに一緒に顔を出していたという話だった。もし母親の家が旧皇族という話が本当だったとしたら、結婚なんて到底許されるものではないだろう。だというのに親父は結婚、しかも婿養子にまで漕ぎつけていたのだという。


「分からん。だが、貴様が母上のことに関してそこまで気になるようだったら、総技研―日本民主共和国軍総合技術研究開発局―に呼ばれるほどの『デバイサー』になれば、探れる可能性は残されているかもしれん。あそこは『デバイサー』関連技術のトップシークレットだが、いまだに久邇弐将の『遺産』で動いていると専らの噂だ。それに貴様のご両親もその前身組織で出会っていたようだし、資料は残されているのかもしれない。ま、参考程度に覚えていても、損はないだろう。」


「ありがとうございます。」


両親について謎の残る部分は多く存在するが、それでも壱尉からの話を聞けて俺はかなり嬉しいというか、少し安心した気持ちを感じていた。

死者は生者の中に生きている。例え、物質的には触れられなくても壱尉の話から、その存在を確かめることができたように。そして生者も死者によって生かされている。僕の命が二人から託されたものであるように。

そう考えていると、今まで延々とあぜ道が続いていた為に差し込んできた日光が弱まるのを感じた。2センチはあろうかという分厚い防弾ガラス製の窓から外を覗くと、辺りは雄大だがはっきりと人工的に整備されたと分かる杉並木に囲まれていた。それに、いつの間にか、あぜ道の激しい振動を自動的にカットするためにあくせく作動していたスウェイキャンセラーも、その機能がオフられていることがフロントモニターに示されていた。目に前に、どこまでも続くような漆黒のコンクリート道路が広がっている。


「・・・随分と懐かしいな。」


恐らくその音量的には俺に語りかけているのと、独り言の中間ぐらい。


「・・・今、振り返ればあの頃が一番、ただ生きる事を楽しめていたのかもな。」


そう言って正門前で車を停止させた。


俺は、その言葉に何も返せない。その言葉には色んな意味が含まれている気がした。

多くの散っていった仲間の命を背負い続ける辛さ。復讐に燃え続けるでもなく、かといって自暴自棄になるのでもない。ただその思いに向き合い、生き続けるという事実。

俺はこの人より強くなれるのだろうか。今はまだ、分からない。けど、きっと無理だろうな。

何となくそんな予感がした。

俺はついに長い旅路を終えて、次の旅へと向かうために、もう随分と耐性のついた軍用車輛を飛び降りた。


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