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1巻 序章 決意編参

 あれから、わざわざ帰り道とは反対方向のコンビニまで付き合わされ、その上ダラダラと小林の話に付き合っていたから、気づけばもうすっかり夜が更けていた。とぼとぼと歩いていると、だんだんと施設―つまるところ俺の寝床が見え始めてきた。二年前から俺が最年長、そして俺以外の同居者は一番大きくても中学生3年生なのだ。

 だから、もう深夜近いこの時間では当然っちゃ当然なのだが、明かりの点いている様子は無かった。施設といっても、実のところ高校生以上になれば門限も無く、個人部屋と鍵も与えられ、ほぼ不自由はない。とはいえ、今や小学生がほとんどになってしまったこの施設では、普通の高校生のように夜更かしや友達を引っ張ってのドンチャン騒ぎも出来ない。

 俺は財布のキーホルダーに備え付けられた鍵で特に問題も無く鍵を開ける。もう皆寝静まっているからか、蛍光灯すら灯ってない。電気をつけるのも憚られたので、携帯端末のライト機能を使って少し玄関からは遠い自室の元へと向かおうとした途端―


「わっっっっっっっ!!」


 深夜に似つかわしくない甲高い声と共に、懐中電灯によって浮かび上がった顔が目の前に現れる。急に暗闇から顔が飛び出したのだから驚く―というわけでもなかったのは、この手のイタズラは既に何度か受けていた為である。


「・・・もう深夜ですよ、お嬢さん。」


 ニッシッシと言いながら、その声の持ち主は、


「逆に深夜まで出払っていた、お兄ちゃんは一体どんないかがわしい事してたのかな?」


とからかってくる。もう中学生だというのに、こういう所は昔から全く成長が見えない。もう少し大人の振る舞いをしてくれれば施設のスタッフも楽だろうに、と思いつつ、その願いも半ば諦めである。


「・・・リサ、もう皆、寝ているんだから自分の部屋の戻りなさい。」


 そこから急に真顔になって、靴を履き替える俺を見据える。


「・・・嫌だ。部屋行く。」


「ダメだ。いくら夏休みでも、あんま夜更かしすると良くないぞ。変なサイクルのなると成長にも触るだろうし。」


「もし、部屋に行かせてくれなかったら、明日からお兄ちゃんのピーマン食べてあげないから。」


「うげ・・・。」


 思わず顔をしかめた。俺は生まれつきピーマンが大の嫌いである。そして随分昔、というかこのリサ―高村リサが入居してきた時から俺は、このツインテふさふさ女にずっとあの緑色が飯に出る度に、コッソリと食べてもらっていたのだ。特段、残したら罰則などのルールは無いのだが、多くの年下、それも純粋無垢な年下の子供たちの前で残すのは、なんかこう、教育上良くない。

 そしてこの類の脅しによって(他にもいくつかある)俺は彼女に頭が上がらなくなっている。三個下だというのに。


「・・・分かったよ。シャワー浴びてから戻るから、先に部屋に部屋に戻っててくれ。」


「あいよ~。」


 満足そうに言ってリサはとっとと俺の部屋の方へ、ダッシュで向かっていった。

 リサと俺は別に本当の兄妹ってわけじゃない。「お兄ちゃん」と呼ぶのは少し恥ずかしいから止めてくれ、と言ってもいいのだが、なんだか言い出せずにずるずるここまで来てしまった。それはもしかしたら、彼女には元々は兄貴がいて、この施設に移ってくる前に亡くしたことを打ち明けられたからかもしれないし、本当は俺も心の中でリサの事を妹のように思っているからかもしれない。


「・・・全く。」


独り言を言った後に、「妹ってヤツは。」と言いそうになったのに気づく。俺も大概、毒されている。




「で、今日はどこを教えてほしいんだ?」


 シャワーをこっそり浴びて、身支度を整えそこからさらに、そろそろと自室に戻るとリサは既に俺の学習机に自分の勉強用具を広げていた。


「もう上がったの?ちゃんと洗った?お兄ちゃん、たまに臭いときあるから気を付けてよね。」


「うっせ。」


 毎晩毎晩、人の部屋に押しかけておいてこの態度。


「その態度で私立受験なんてできるのか。一応面接もあるんだろうに。」


 私立。そのほとんど政府統制の公立学校に統合された今もなお、その資金力と政治への介入力を生かして生き残っている私立高校群。しかもその大体は、高大のエスカレーター式なのだ。ただでさえ大学進学の難しい今では、その扱いの良さはトップクラスだが、勿論難易度もトップクラスだ。少なくとも、普通の中学の義務教育課程をこなすくらいでは到底合格水準には満たない為に、小さい頃から進学塾に通うことが求められる。

 だがリサは小学生のころから俺を家庭教師にしてずっと一人で勉強に打ち込んできたのだ。やや中学生になって派手なナリになったが、芯は全くブレてない。自分と向き合って、自分のなすべきことを努力する。俺が彼女のわがままを聞くのは、そういう面をずっと見てきたからかもしれない。


「面接官がお兄ちゃんじゃなければ、大丈夫。」


 いや、そこは仮にも俺が面接官でも何とか頑張り通して欲しい・・・。と言いかけたが、もう夜も深い。あんまりリサと遊んでいるわけにもいかない。学習机をのぞき込み、その内容の高度さに舌を巻く。ぱっと見、高校2年の内容の数学問題だ。


「・・・また難しい問題やってんな。」


「もう実践演習に入ってるからね。やっぱり少し難しい。」


 二学年上の内容を「少し」難しいというだけで、十分すごいと思うのだが、そんなリサでも模試では、合格ボーダーギリギリを取るのがやっとなのだから、私立とは恐ろしいものだ。

 リサの詰まっている所を見ると、計算過程で一つあまり使われないパターンが使われていたことに気づく。そのことを指摘すると、


「分かったから、少し待ってて。」


と言って黙々問題に取り掛かる。元々、勉強嫌いの俺が、一応進学も進路として採れるB組に入れているのは、こうしてリサに教えるために少し頑張っているからでもある。やっぱり、状況的には健気に頑張っている女の子に頼りにされれば、多少カッコの一つでもつけたい思うのが男というものだ。・・・まぁ、ピーマンを食ってくれと泣きつく男が頼りがいがあると思われるかどうか、甚だ疑問ではあるが。

 10分くらい経つと、リサはそれまであくせく文字を羅列していたノートと解答集をまとめて、無言で押し付けてきた。机はリサがふんぞって使っているので、仕方なくベッドに寝っ転がりながら採点する。問一は小問集合。少しひっかけも入っているが、しっかり地力があれば大したことない問題ばかりだ。案の定、リサは全問正解していた。難易度の跳ね上がるのは次の記述形式からだ。ここからは高三までそこそこ真面目に勉強してきた俺でも、答えを理解するのに頭を悩ますレベルなのだ。そうして、うんうん言いながら問題に格闘すること15分。ようやく採点が終わった。


「問一は全問正解。問二も完答。問三は(2)まで正解。(3)は部分点かもな。問四は・・・全滅だ。」


「・・・ありがと。まぁ、実践演習始めたにしてはデキは良い方かな。」


そう言いながらも釈然としない様子で、俺から返されたノートや解答集と早速にらめっこを始める。そんなリサの後ろ姿を、ベッドに寝っ転がりながら眺める。最近妙に洒落っ気づいたのか、好きな男でもできたのかは分からんが、各月に支給されるお小遣いを引っ提げて服屋に出払っているのを見かける。だから休日の私服はかなり垢抜けつつあるのだが、そのギャップで、クソダサクマさん柄パジャマを着て必死に勉強する姿がなんだかおかしい。

 もしかしたら、反抗期の娘を育てるお父さんもこんな気分なのだろうか。


「別に採点しなきゃならんなら、いくらでも起きるけど、あんま根詰めすぎんなよ。飛ばしすぎると、後半失速しちまうぞ。」


「私が失速する前に、成績が失速したら意味ないでしょ。」


真面目か。コイツは。一体どうしたら楽しい盛りの中学生が、こんな勉強熱心になるのだろうか。勿論、施設にいるから、同世代の子たちよりも随分と自立しているのかもしれないが、にしても私立をほぼ自主勉強だけで受けようと努力するのは、並み大抵の覚悟では不可能だ。


「それに今日はもう、今の答え合わせ見直したら寝るから、お兄ちゃんは寝てていいよ。」


「それ、俺の部屋ですんの?」


「当たり前でしょ。」


「せめて寝るのは自分の部屋にしてくれよ。お前も来年高校生なんだし。昔みたいにベッドにお漏らしされても―」


そこまで言うと分厚い英和辞典が飛んできた。仕方なしに布団をかぶる。ほんとは真っ暗にして寝るタイプだが、ここ最近ずっとこのパターンが続いているので、少しずつ明かりがある中で眠ることに抵抗がなくなってしまった。シャープペンの走る音と、ペラペラと解答をめくる音がしばらく続いてから、リサが口を開いた。


「・・・起きてる?」


「・・・寝てる。」


「起きてんじゃん。」


それからまた静寂。


「進路、結局どうしたの?」


今日は女難の相でも出ていたのだろうか。少しデジャブを感じながら、俺はぼそぼそと答えた。


「・・・軍で出した。」


とは言うものの、今日、早くも行けない可能性を指摘されて意気消沈している訳ですが。


「そうなんだ。なんかお兄ちゃんに向いてないね。」


随分トゲのある言い方だったので、反論しようとしたが、言葉が出ない。それは自分でもかなり自覚していることでもあったからだ。


「・・・そうかもな。」


当たり障りの無い言葉を返す。


「もし入っても、偶には戻ってくんの?」


 軍に入るんだったら別に週休はローテーションで与えられるはずだが、俺の進みたい士官学校は全寮制でしかもここからかなり遠い、福島県にその演習施設を持つ。長期休暇もなく、そこで丸二年間、訓練と座学漬けの日々を過ごすことになる。


「二年くらいは無理かもな。」


「・・・。」


また静寂。


「寂しいか。」


「・・・うん。」


 しおらしく、妙に素直なのが、からかいたくなる衝動に駆られる。だが、流石に漢和辞典まで受け止める気力は無いので諦める。

 施設でのリサはあまり積極的にコミュニケーションを取るタイプではない。そのうえ同年代の居住者もいないので、確かにやや浮いている。今、通っている中学には友達もいるだろうが、私立に行くどころか、受ける子もいないだろう。それを普段は歯牙にもかけない素振りでいるが、本当は寂しさを感じているはずだ。しかも一人で難題に立ち向かおうとしている。まるで、自分の価値を証明するように。


「・・・俺も寂しいよ。一応、お前が入ってきたときから見てた訳だしな。軍に連れていくわけにも行かないから、一人でピーマン食べられるようにならないといけないし。」


すると急に胸板から足元にかけて体が重みを感じる。


「・・・お漏らしだけは勘弁してくれよ。スタッフの人に俺がしたと勘違いされても困る。」


「馬鹿。」


罵声と共にみぞおちに鋭い一撃をもらう。中々良いパンチ飛ばすようになったもんだと思いながら、俺は意識を手放した。



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