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1巻 序章 決意編壱

 ぼやけた視界の中でエアモニターを必死に追おうとする。いつもならすぐに視線認証で呼び出せるステータス画面が上手く開けない。その間にも青年はもぞもぞと芋虫のように体を動かしているが一向に立ち上がる気配はなかった。何回かステータスの呼び出しに失敗しながらもなんとか、エアモニターに目的の画面を表示することに成功する。

 だが、すぐに落胆の表情を浮かべた。目につくほとんどの隊員のステータスにSRAF―生存反応オールフラット―の文字が浮かんでいた。勿論この通信障害の中でデータリンクが死にかけているのは確かであり、全てが全て正しいわけでは無いだろう。実際、あちこちを骨折しているがまだ息をしている青年自身のステータスにもSRAFと出ている。

 そんな中、数名といない生存反応信号を出している者の中に青年が求めている少女の名前があるのを見つける。


「・・・ミサキ・・・。」


 安堵と体内に詰まった熱気と共に少女の名前を吐き出す。生きていた。思わず安堵を覚えるも頭はすぐに次のことを考え始める。彼女の直援隊は急襲を受けなかったということか。それとも、何とか彼女だけうまく逃げ出せたのか。混乱する思考の中で状況を必死に飲みこもうと努力する。 

 継戦強化服も対G薬処理も切れてしまった脳は、若者に人気のライブハウスに入った時のようにガンガンと響くようで、驚くほどうまく機能しない。彼女の周りの者はどうだ。直援隊にはあいつもいたはずだ。

 佐原春臣―ステータスカラー赤。生存確認。戦闘行動軌道確認。―戦っている。明らかに西側の連中はこちらの作戦を把握していた。だからこそデバイサーを地平にブッシュさせるという奇策を取れたのだろう。だがそんな本隊が壊滅した状況で、直援隊だけが生き残れるものなのか。

 少し思案している最中に数少ない生存ステータスを記していた者も、次々とSRAFへと状態が代わっていく。最初は気付かなかったがミサキ―百瀬ミサキのステータスカラーも戦闘中であることを示すレッドになっている。その煌々と光る赤色が目についた瞬間、芋虫のようにうねうねしていた体は、急に立ち上がり方を覚えたかのように直立二足歩行で立ち上がる。

 助けなければ。そんな思いだけが沸沸と体の中で渦巻く。継戦強化服も半壊し対G薬処理も切れた今となっては、残る装備はDCSD―Deadperspn Connect Surviver Device―のみだ。せめて継戦強化服さえ生きていれば負荷もあまりかからないで済んだのだが、今となっては骨折した箇所や出血箇所を防ごうとはしてくれてはいるものの、エラーで生地が伸びたり縮んだりを繰り返すだけになってしまっている。

 もはや意味はないと諦めてエアモニターから視線認証、操作を行いその機能を最小限の発汗調整と体内恒常制御にとどめる。すると、いままで湖に小石を投じたかのように波紋を広げては戻るということを愚直に繰り返していたダークグレーの強化服は、ぴったりと青年のボディラインに沿うように収まっていった。現時刻1655。作戦開始時刻は1600。既に東側の襲撃から約1時間が経ってしまっていた。


「・・・CP,こちら本隊所属アリエル04。状況確認求む。繰り返す。こちら本隊所属アリエル04。状況確認求む。」


 むなしい声だけが唯々、響く。勿論、つながるとは思っていなかったから、そこまで悲観的な気持ちにはならなかったが焦りは募る。この体ではDCSDで飛べる範囲は限られているし、何より戦闘領域は旧市街である津市東域である。それはつまるところ無鉄砲に飛行をすれば簡単に遮蔽物から撃ち落される可能性を示し、ついでに出合い頭に戦闘しても今のコンディションでは逃げるのが精いっぱいだ。

 つまり、何かの策、もしくは保険も無く飛べば、ステータスに表示されているSRAFが本物になるだけなのだ。そんな時、


「・・・こちらハウンド01。アリエル04。応答求む。」


 やけにクリアで、そしてずっと待ちわびていた無機質な声。いつも聞いていたはずなのに随分久しぶりな気がする。聞き逃したくなくて思わずヘッドドライブを思いっきり右耳に押し付けて応答する。


「桃瀬か⁈。大丈夫なのか。今どこだ。」


「・・・こっちは大丈夫。さっきまで戦闘状態だったけど、ビルを使って巻いたから。そっちは?」


 相変わらずの落ちついた声。こんな事態になっても、桃瀬は冷静さを失っている素振りを微塵も見せる気配がなかった。


「DCSD以外の装備はお釈迦になったけど、まだ飛べる。それよりなんで回線が生きているんだ。さっきCPにコールしても全く応答なかったぞ」


「・・・こっちもCPには繋がらない。SRAF関係なく隊員に片っ端からコールしたから回線状況は分からないけど。」


 簡単そうに言ってのけるが、いくら同期一位とはいえ戦闘中に仲間に連絡する余裕があるということに驚きを覚えつつ、恨み言の一つでも言ってやりたくなったが、それよりも今は優先すべきことがあるのを思い出す。


「春臣はどうした。一緒じゃなかったのか。」


「・・・さっきまで一緒。でもさっき陽動を引き受けると言って別れてから通信してない。」


 ふと目線で春臣のステータスを確認した。まだ赤のままだ。戦闘の基本はツーマンセル。士官学校に入ってすぐ、座学で散々叩き込まれた大原則。同期で最も優秀なコンビでさえ、その原則を放棄しなければならないことが事態の切迫さを改めて青年に認識させた。


「とりあえず合流しよう。今はどこにいる」


「・・・ポイント177。そっちは。」


「ポイント332。」


 本当は、敵の奇襲を受けた際には、二人の配置位置は離れていたのだが運よく二人のポイントは、百瀬の散発的な戦闘と共に、運良く、近づいているようだった。青年は作戦モニタを見ながらコンマ5秒かけてから百瀬に答える。


「そこならポイント228はどうだ」


「・・・了解。」

青年は桃瀬の言ったポイントと自信のポイントから、素早くランデブーポイントを提案した。比較的ビル群も少なく奇襲も受けずらいが、直線的な移動が少なく、敵に遭遇しても撒きやすい。


「回線はこのままでいいか?次、いつ接続できるか分からん。」


「・・・切った方が良い。」


「どうして?」


「・・・敵はどこまで情報システムに介入しているかわからない。秘匿回線でもないこの回線は、友軍なら容易に拾えるかも。」


敵―つまりここでの敵は今回の作戦情報を漏洩した裏切り者ということ。


「了解した。回線接続後、時計合わせ5分で到着でいいか。」


「・・・問題ない。」


「分かった。じゃあ―。」


「・・・死なないで、西野。」


そう、ぼそりと桃瀬は呟いて、一方的に回線を切った


「死ぬなって、こっちにも言わせてくれよ・・・。」


そう一人ごちるも、この状況では青年―西野の方が死にやすいのは確かだ。


「死ぬなよ桃瀬。」


もう一度西野が言葉を放ったと同時に、静かな駆動音だけがその場所に取り残された。


























「へそに集中しろ!!へそに!!」


 罵声とも怒鳴り声とも見分けのつかない声が、体育館に響き渡る。館山第二高校体育館はその使用用途から、潤沢な防音工事予算が割り振られているはずだが、このダミ声までは防音できているかはかなり怪しいものだ。

 どっちにしても、あと十数秒このV字バランスに耐えられる気がしなかった俺は、小休憩を取ろうと一度マットに頭部をつけようと試みる。本音を言えば、足の方を下ろしたいが、さっきの怒鳴り声をあげていた監督教官である島津ノブヲ―通称鬼島津―は、生憎とステージからこちらを監視している。すると角度的に足をつけて休めば、サボりが即バレ確定である。ヤツはほとんどの生徒が嫌がる履修義務科目、兵科教練のサボりは必ず逃がさないという、恐らくこの世の誰も歓迎しない謎の才能を与えられているので、足を下ろしてV字バランスをサボるなんてぬるい手を使えば即、トレーニング追加を命じてくるだろう。

 だが、こうして、飯終わりの時間での日光の差し込む状と角度と、事前に確保していたトレーニングスペース位置の角度を利用すれば、こうしてキツイ時に小休憩を取るぐらいの隙は突けるということだ。ことだったのだが―


「西野!!」


 急に名前を呼ばれてドキリとした。それと同時に誤魔化すようにすぐV字バランス状態に復帰する。


「貴様、俺の教練でサボるとはいい度胸だな」

 

 拡散器を使ってないのに体育館中に声が響く。馬鹿な。今までこのパターンでサボったことは何回かあったが、バレた所かこっちを見る気配すらなかったのに。一体どうして。この後になんて言い訳するか、そして、そのことによるリスクを計算していた頭にシャッ、シャッという音が飛び込んできた。思わず音のする方向を見ると、そこには生真面目にもカーテンを閉じるこの教練の助教の姿があった。

 確かに今日は夏休み中の補講初めだったから、日差しがキツかった。それを防ぐカーテンがあっさりと俺の目論見を打破したというわけだ。そうこうしている内に終了を知らせるビーという電子音が鳴る。そして同時に、


「西野は追加90!!」


 という慈悲もクソもない指令が飛んできた。



「集合!!」


その声と共に先ほどまで伸びていた生徒たちが、一気にステージ前に集合、整列、休めの態勢までを済ませる。俺も明らかに人の三倍の汗を必死に振りまきながら、所属クラスであるB組、さらには所属小隊である小林班の一番後ろに加わりに並んだ。

 小林班は兵科教練成績が低い為、後方だが、そのおかげで汗ダラダラな姿を女子にあまり見られずに済むのは、不幸中の幸いと言えた。と、同時に小林班班長―小林ナナミがショートカットを少しゆらしながら、こちらをチラと見やる。


『アイス一本』

  

 アイコンタクトが飛んでくる。当然サボりの責任は小隊の連帯責任になるから、この四人の教練の席次はまた下がる。簡単に言えば通信簿が悪くなるのだが、進学や就職においてそこまで問題視されない。

放課後、小隊長へのアイス一本献上で済まされるのが精々、関の山だ。


「夏休みに入った訳だが―。」


 鬼島津はそこで、いつも通り一区切りつけた。恐らくこの後に紡がれるであろう言葉は、ひよっこだった一年生の時から全く変わらない。


「冷戦は続いている。」


 冷戦。世界史の教科書の最後の単元であり、俺たちの日本が東西に分断されている理由。結局、終戦後にドイツや朝鮮のように、日本も正式な手続きとお題目の上に分割統治が決定された。資本主義と社会主義。両者は一度、この日本で激しくぶつかったものの、ここ十数年は均衡状態が続いている。

 とはいえ、そんなことは歴史の教科書でしか習わないし、普段は意識しない。一度大きく衝突して―京都動乱―以降はどっちも平和路線であり、今では大使交流もなされるレベルである。雪解け―とはいかないまでも、少なくとも東側は徴兵を10年前に停止し、西側はもっと前に辞めていた。

 そんな中でこの兵科教練は数少ない冷戦を体感させる一種の装置、という扱いとなっていた。教官たちは一応、軍から派遣されるが、少し怖めの体育教師と表向きには変わらない。


「勿論、3年生である諸君にはこれからさまざまな道に進んでもらいたいと思っているが、そんな中でも、今自分が戦乱の渦の巻き込まれていること、そして君自身の命を、さらには仲間の命を守るのは自分自身という意識を強く持たなければならない。勿論、それは軍属、民間関係なくこの日本民主共和国に籍を置くものが持つべき意識だ。」


 一言一言、言葉を吐き出すように鬼島津は語りかけた。


「確かに、今は平和と思っているかもしれん。だがな、人は常に平和でも戦っていることもできない生き物なのだ。そうして同一種族で競争することで、繁栄を積み重ねてきたのだ。だからこそ、臆してはいけない。逃げてはならない。戦うことに。向き合うことに。」


 一瞬、鬼島津がこちらを見つめた気がするが、そんな俺の逡巡をよそに、再び巌のような巨体から言葉が紡がれる。


「明日からの教練でも、諸君らの努力を期待する。以上!!」


「礼!!」


 A組主席小隊長がするどい声を上げ、全履修者がそれに倣い礼をする。勿論聞いた話を右から左に受け流しながら、だ。



「ここ、二学期中間に出しますから。」


 小柄な世界史教師が腕をブンブン振りながら必死に黒板を指さす。とはいえ、進学や就職に出す成績は3年に1学期までに決まっているし、そこまで熱心にノートを取っている者はいない。精々が受験組だが、彼らも暗記科目の世界史を今さらやっているようでは遅いということで、内職に励む者も多かった。そんなわけで腕をブンブン振っているちっこいの、B組担任でもある姫路先生がほとんど空回りして授業を続けているだけだった。

 にしても、これで三十路なんだから、先生はいつかアンチエイジング研究機関のサンプルにでも回されてしまうのではなかろうか。いまだ独身の噂が嘘に思える程度には可愛らしく(綺麗でも可愛いでもなく)、生徒には人気だが、案外同年齢からは避けられやすいタイプなのだろうか。確かに一生ロリコンと言われ続けるのは、結婚を躊躇する理由になりえるのかもしれない。


「・・・そもそもですね。第二次世界大戦と呼ばれる一連の戦争の中ではですね、それまで主役を担っていた戦艦から、戦闘機とその戦闘機を積んだ空母を用いたものへと変わっていったんですね・・・。」


 それにしても暑い。一応数年前から物資制限が解除されたらしく、学校にも空調が積まれることになったから良いものの、それでも暑いものは暑い。一体先人たちはいかにしてこの酷暑を乗り切ったのだろう。ただでさえ教練の後は体が悲鳴を上げているのに、その後に授業に集中なんて土台無理な話である。ウトウトしてしまう。


「・・・しかし、最後まで徹底抗戦を続ける枢軸側である日本は特攻戦術や人間魚雷など、なりふり構わず抵抗を繰り返しました。そこで決め手に欠けると判断した連合軍は、極秘裏に植民地での新資源回収と基幹技術の開発を決定したのです。ちなみに、公民では、この時に植民地等で行われた非人道的な研究の被害者権利を・・・」


 はぁ。もう本格的に瞼が下がってきてしまう。俺の席は最前列の一番左。案外寝ていてもバレないし、バレても相手は姫路先生だ。鬼島津ってわけじゃない。そう思った途端、意識が隔絶する。


「・・・そこで、1945年、東京に投入されたのが、西欧・米・ソ共同開発のなされた『デバイサー』部隊だったのです。」




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