分岐9 処分が決定している死者じゃないか
宇賀神は変態の癖に、世界を憂いる台詞を呟いた。
浅はかな人間によって世界が終わってしまった?
いいじゃない、終わってたって。
愛した人はもういない。
そして私は、もう人間じゃない。
皮膚が再生されず、生活反応が見られない、それは死体そのものだ。
そして人の血で体が再生すると言うならば、私は歩く死体どころか人を食べる化け物そのものじゃないかと、宇賀神に突きつけられたも一緒なのだ。
「僕は後悔で一杯だ。どうしてあの日の僕は見逃したのだろうって」
私は宇賀神に目線を戻す。
彼は困ったという表情で、がしがし自分の頭を掻いている。
その手で触って来たら殴ってやる。
「あの日って、何か発見があったのですか?」
「君のあの日と違うな。僕のはもっと前。たぶん発端に僕は立ち会っていたのに、僕はそこに気付けなかった」
「発端?そういえば。あなたはどこでこんな虫の話を聞いたのですか?ぺスト村なんて全然知りませんでした。宇津木さんは全部内緒話だったみたいなことを言っていたわ」
「僕は大学に研究室があってね、そこに封書が送られて来たんだよ。虫に噛まれて以来黒い黒子が増えました。何かの病気でしょうかって。同じ虫だと思いますって、丁寧に、虫も一緒に」
宇賀神は自分のダレスバッグをもぞもぞと開き、その中から小さな円柱型をしたサンプルケースを取り出した。
中には小さなハエが入っている。
「それがその虫ですか?ハエが噛むの?」
「ブユだよ。ええと関東ではブヨって呼ぶんだっけ?人に噛みついて時には重篤なリンパ節炎だって引き起こす。それなのに、幼虫はきれいな水でしか育たないって、凄い皮肉だよね。ヒヒ」
「笑い事じゃ」
「だね。いや、僕は笑われるべきだ。ひと目でブユだとわかった僕は、虫について何も調べもせずに、無責任な事を返しちゃったんだ。心配はいりません。黒子は体質的なものでしょう。ただし、リンパ節炎など引き起こされることもあるので、念のため病院の診察を受けてください。とね。その人物はその後全身を真っ黒にさせて亡くなり、僕は遺族から罵倒の電話を貰った」
「え?」
「患者は熊谷君が言っていたペスト村の人だよ。」
「それで調べて」
「全て遅かったけどね。遺族からの電話を貰って、僕は彼の家へと向かったが、土砂崩れで道は封鎖。電車も折り返し運転で、彼の家がある町には辿り着けなかった。それどころか、自宅に戻ったそこで僕は警察に連れていかれ、研究室にも家宅捜査が入った。サンプルも何もかも押収されて研究どころじゃないね」
「でも、その虫は残った?」
「ああ。関係ない僕の今までの研究は持ち去って台無しにしたくせに、彼が僕に送って来たブユの死体だけは見逃された。ヒヒ。僕はそれで俺を見殺しにした罪を償えって彼からの呪いだと思ったが、やっぱり僕はどこまでも無能だったな。この虫が残った事こそ彼のメッセージだと受け取るべきだった」
「呪いでなくメッセージ?」
「そう。こいつこそ駆除しろってメッセージだ。虫が人の罪悪感を共有させ、同じ映像を見せつける。体験したね、僕達は。すると、僕は既に感染していることになるが、僕が上京した日はパンデミックが起きた日だ。ではどこで感染したのだろうか?ヒヒ。とっくに感染していたと見るべきだ。こいつが広めた」
宇賀神はプラスチックケースを軽く振る。
羽も取れた小さな虫がケースの中で動き、まるで生きているみたいに見えてぞっとした。
「それが広めていた?でも、でも、虫に噛まれたって聞かないわ」
「ブユの幼虫が育つのはきれいな水の中で、だ。僕達が毎日飲む水だよ。水道の浄化施設ではフィルターもあるが、それを取り抜けたか、あるいは、なんとかの綺麗な水としてペットボトルで売られているか。ヒヒ。皮肉だ」
「じゃあ、もうすでに全国に広まっている?」
「東京の人は無駄死にだね。だけどどうして必死に東京だけを燃やそうとしたのだろうか。まるで、罪を燃やすかのように、必死だったね」
宇賀神は変な笑い声を出す代わりに、私をじっと見つめる。
その顔は真面目すぎるほどに真面目で。
まるで私こそ真実を知っているはず、そんな目で。
私は自分に何を期待しているのと宇賀神に言いかけて、黙った。
私の目の前に、数日前の電車での出来事が出現したのだ。
男は何かを私に喋りかけて来た。
その男は、私の目の前で爆発した。
男は、私へと真っ直ぐに来た。
そして、何かを私に言った。
それで目の前で爆発した。
男は、私へと真っ直ぐに向かってくる。
満員電車なのに彼に道ができるのは、彼を目にした乗客誰もが、彼に対して彼に触れまいと逃げ出すからだ。
彼の顔にはたくさんの黒子が散っている。
膨らんで動いている黒子。
羽を生やした生きている黒い蠅が、彼の顔に纏わりつき這いずり回ってもいるのだ。
「美梨!美梨!翔斗を、絵美理を、お前が殺したんだ!!」
「死んだって私のせいじゃない!!あいつは不倫女だってみんなに教えただけよ!!あいつの職場、あいつが産んだあれが通う学校!!みんなに教えてやっただけよ!!あいつは不倫女で、あれは不倫で出来た子だって!!」
私は知らない。
あの女と弟だっていう小学生が心中してた何て知らない。
勝手に貯水池に車ごと飛び込んだだけよ!!
私が殺したわけじゃない!!
「あんな奴らなんて死んで当たり前よ!!お父さんこそ死ねば良かった。私とお母さんを捨てたお父さんこそ死んじゃえば良かったのよ!!」
男は爆発した。
私の目の前で。
私は感染者の血を浴びた。
私はあいつらの仕返しを受けたんだ。
ばしゅん。
宇賀神が頭を破裂させた。
私の目の前で。
私は生贄となった男の血を浴びた。
戸口には宇賀神を撃ち殺した人が立つ。
左手に銃を持つその人は、真っ黒のVS-SAT制服を着ている。
腕章は01-27。
その人物はその制服のサイズが体に合わない上に額に穴があるせいで、B級映画の安っぽさとなっている。
「嘘つき。ミリミリって、そう言う事だったんだ。ミリミリって。あなたは私に惚れてなんかいない。人殺しを毎日見張っていただけなんだ!!」
彼は私へと歩いてくると、私に手を伸ばして私を抱き締めた。
椅子に座っている私の頭を彼の胸に当てるように、彼は身を屈めて私をぎゅうと抱きしめる。
「俺は君をいつも見ていた。あの日だって君を見ていたと言ったよね」
「最後の日にがっかりだね。私がこんな最低な子で」
「それでも好きだよ」
「どうして宇賀神を殺したの?」
「処分対象だからだよ、彼も、君も。こいつ自身も。インカムを聞かなかったか?VS-SATは全滅させよ、だ。ぶんぶんうるさいBUZZは消し去るべきなんだよ!!」




