分岐7 虫のように逃げろ
「撤退、撤退!!急いで建物の中に入れ!!五階まで下りたらそこから下へ飛び下り、建物から完全退去!!いや、敷地外へと逃げて各々身を守れ!!」
俺は叫んでいた。
俺の号令で立神と立神の副官である吉川そして田辺、紅林、遠藤、呉松の六名が屋上から内階段へと飛び込み、俺の指示通りに階段を駆け下りて行く。
彼らを追うようにして、高杉が宇賀神を追い立てながら駆け出す。
そして俺は、亨を肩から下ろした。
彼を置いていけば美梨は残る。
彼を担いでは、俺も美梨も逃げ切れない。
俺は腰から鉈の形状をしたナイフを引きだし、亨の右手首に打ち立てた。
「いやあああ!!宇津木さん!!」
俺は切り落とした亨の右手を拾い上げ彼女に手渡し、その次は猫にするようにして美梨を持ち上げて彼女を担いだ。
彼女は横腹に銃創を受けている。
筋肉や神経組織を再生できるというのに、皮膚再生はできないとは、本当に皮肉極まると笑う。
さあ、後は走るだけだ。
階段を駆け下り、自分が部下に指示したとおりに動くだけだ。
でなければ生きたまま燃やし尽される事になる。
政府はヘリで救助活動なんかする気はそもそも無かった。
彼らがしたかったのは、感染者を一か所に集めて処分する事だ。
俺達が占拠している病院より近くに聳え立つ、ヘリポートの設置もある大きなビルが、ヘリからのミサイルを受けて俺達の目の前で爆発炎上したのだ。
燃え立ちながら崩れるビルから、建材どころか人型をした小さなものがパラパラと落下していくのである。
次は確実にこの病院だ。
逃げろ、逃げろ。
一刻も早く建物からどころか敷地外へと退避せねば、瓦解した建物によって生き埋めとなってしまう。
「ヘルファイヤ搭載のアパッチ飛ばすって何を考えてるんだ!!」
「皆殺しでしょうよ。熊谷と立神がした事を密告した奴がいたのだから」
俺は足を止める。
俺の脇を走っていた男も足を止め、俺を見つめる。
「君か。君はいつだって知り過ぎていたものな」
高杉はがくっと頭を下げる。
そのせいで彼の表情がわからなくなったが、彼の口元が、歯を食いしばって震えているのはよくわかる。
「――あいつをあんな目にした奴が許せなくとも、あいつが計画したことを認める事なんかできない。それでその結果が、市民の安全のために動くどころか、市民には内緒の上の奴らの全員避難です。俺は考えるべきだった。熊谷をあんな目にして口を噤んでいた奴らに期待できるのかって。VS-SAT隊員全員の処分は、俺の密告のせいです」
「そうか」
高杉はがばと顔をあげ、俺を睨んだ。
「それだけですか?俺のせいであんたまで呼び出され、訳が分からないまま処刑仲間にされたんですよ!!」
「わかった。五階から飛び出してからケツを叩いてやるから安心しろ。いや、俺達は三階にするか。俺一人でお前と宇賀神を抱いて地面に飛ばなきゃならんのだからな。とりあえず足を動かせ」
「ちょっと!!みんな飛んじゃったのに、どうして君達は来ないの!!」
俺と高杉は目線を交し、呆れた笑い声をあげた。
五階まで行って上がって来るよりも、そのまま自分が飛び降りれそうな階まで行って降りてくれれば良かったものを、という宇賀神への呆れだ。
「急ごう」
「こっから飛び下りましょう。俺も感染者です。たぶん、行ける気がする」
「宇賀神は重そうだ。五階に行くぞ。ほら!!宇賀神!!荷物となる君こそ五階に向かえ!!」
俺は再び階段を駆け下り、俺の大声に応えるようにして、宇賀神は再び階段を降り始める。
上の階に来られた事を良い事に、宇賀神は自分の大きなダレスバッグを横掛けにして登山用リュックを背負いと、ただでさえ大きな体をさらに無駄に荷物にしているのだ。
「女子高生を俺が担当で、あの鈍重そうなオジサンを隊長とか考えないんですか?そしたら五階まで行かずになんとかなるかも」
俺を追いかけてきた高杉が俺の横に並び、俺に声をあげた。
俺は冗談めいた口調で彼に返す。
「君は嘘つきだからな」
「ちゃんと超人化してますよ。四階のナースステーションの辺りで俺は死にかけたんです。女性患者らしきものに蹴り飛ばされたあの時ですよ。それで壁に体を大きくぶつけて動けなくなりました。たぶん背骨はその時に折れたと思います。腰から下の感覚が全くなくなりましたから」
「だが君は異常なしと。あの時」
「ええ。異常なしになりました。背骨が折れた感覚こそ錯覚だと思いましたが、俺は生きてますね。俺はいつ感染したのでしょうね」
俺は今回も、そうか、としか高杉に返せなかった。
気の利いたセリフなどこの状況では不要である。
ドオオオオオオオン。
俺達が一階半だけ階段を降りたところだった。
轟音は病院を揺るがすほどに大きく、建物はぐらぐらとしばらく揺れた。
最初にヘリではない航空機のエンジン音が頭上で響き、その次にこの地震並みの大きな揺れが起きている。
「何を落とした?」
「音は六本木方向、ですか?」
「ええ! 六本木って一番深い駅があるとこだよね!!じゃあ、これってバンカーバスター? バンカーバスターって日本にあったの?」
宇賀神の大声は間抜けだったが、俺達に恐怖を与えた。
バンカーバスターどころか単なるミサイルだとしても、東京壊滅作戦は既に始まっているのだ。
そこで恐怖に駆られた俺達は、一番近くの窓から飛び降りを決行したのである。
もちろん、俺達を助けた宇賀神だって道連れで、だ。




