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もっと早く知りたかった  作者: 蔵前
現実こそ悪夢
17/48

十六 世界は暗闇に満ちていた、から

 屋上から臨む世界は灯りがほとんど落ちていて、まだ日が落ちたばかりの時間だというのに、丑三つ時のような真夜中のような有様だ。

 大きな看板やビルの電源はついているが、一般家庭と思われるマンションや一戸建てには何一つ明かりがついていないのだ。


「何が起きているの。……やっぱり亨君が云った通りの世界になったの?」


「あいつは君に何を言ったんだ?」


「病院は食べ物や非常電源があるから、上手くやればそこを拠点にできたのにねって。」


 ぽんと頭を撫でられ、すると、宇津木はマスクを外し、それからわさわさと白い防御服を破り捨てる様にして脱ぎだした。


「ああ、邪魔くさい。止めだ、止め。」


 防御服を脱いだ宇津木は背が高く筋肉質な大男のままだったが、亨君の兄であることがよく分かった。

 筋肉質でもすらっとして見えるバランスの良い体型に、なんと、少々厳ついが、亨君の面影がある整った顔つきでもあるのだ。

 短く刈られた髪の毛で額は丸出しだが、その額は形がよく、彫りの深い目元は洋画の映画俳優のようでもある。

 頬骨が出ている所は亨君と違うが、そう、男性のカテゴリーとして亨君とは違う存在だが、彼は彼として格好の良い男性だったのだ。

 高杉が階段で格好が良いと言っていた真っ黒の特殊部隊員の制服もまた、彼を特別めいて見せる小道具にもなっていた。


「あなたはやっぱり亨君のお兄さんだったのですね。凄く似ている。」


「え、似ていないでしょう。俺は厳つくて不細工だろ。」


「え、似てますよ。頬骨が出ている所は違いますけど、額の形と目元はそっくりです。」


 彼は目を真ん丸にして私を見返して、そして、物凄く良い笑顔を見せてくれた。


「本当にあいつは君に会いに来たんだ。それで、君もあいつを好きでいてくれたんだ。」


 私は一瞬で言葉が詰まり、宇津木に対して頭を上下させていた。

 実在していた亨君が、私はすごくすごく今でも大好きなのだ。


「何やってんですか。外に出るんならマスクぐらいしましょうよ。」


 自分で言っておきながらマスクを外している高杉も、宇津木と同じくらい、いや、私の亨君以上に見た目の良い男だった。

 亨君と同じような体型に身長の彼は、亨君よりも派手な顔つきをした遊び人風の外見でもある。

 アメリカドラマのように出撃をほとんど聞いた事のないSATという日本の強襲部隊は、選抜書類に、才色兼備、なんて項目があるのだろうか。

 私は外見が良かった男二人を眺めていると、高杉が制服のポケットの一つから一昔前のガラケーを取り出してどこかに電話をし始めた。

 ガラケーにはマイクのようなアンテナもついている。


「はい、俺です。立神さんは生きてますか?うちのシャバ僧が話したいそうで、そうですか、よかった。今代ります。」


 宇津木は軽く高杉を肘で小突きながら電話を代わって小声で話し出し、手ぶらになった高杉は私の元に来ると私にスマートフォンを差し出した。


「君も電話しよう。お母さんに。」


「あ、お母さんは生きているの?」


「生きているでしょう。このバイオハザードが起きた早朝に、君のお母さん達病理研究者は問題究明のために専用施設に連れて行かれている。君が死んだと知って、お母さんはかなり意気消沈しているらしいね。」


「え、私は死んでいるの?」


 亨君が見せてくれたテレビ映像が本当だったのだと、胃の中がむかむかしてきた。

 彼は私を助けようと、本当に頑張ってくれていたのだ。


「うん。そのようにテレビで放送はされた。言ったでしょう。この病院で寄生虫を制圧するつもりだったって。感染している全員を焼き殺す予定なんだよ。」


 私はひぃっと小さく悲鳴を上げると、高杉から彼のスマートフォンを手に取り、とりあえず母に連絡しようとして、そのスマートフォンが自分のものであったことに気が付いた。


「え、どうしてあなたが私のスマートフォンを?」


「うん。四階にあったから。なんでか知らないけどね、ベッドでブルブルしていた。」

 

 確かに手渡された私のスマートフォンには着信を知らせるメッセージもあったが、それは見慣れている母の勤めている研究所の番号でも母の携帯番号でもない。

 私は母へではなく、その見覚えのない番号にかけていた。

 もしかしたらと、その思いだけで。

 コールは四回鳴り、ぶつっと切れると、私が聞きたかった声が応答した。


「はい。宇津木です。ただ今電話に出ることは出来ません。ご用のある方はぴーとなりましたらメッセージをお願いします。」


 電話の向こうでピーと鳴り、私は亨君大好きだよと叫んでいた。


「うん、わかった。わかったからママに電話して。俺達にはヘリが必要だ。」


「うん。うん。ありがとう、高杉さん。ありがとう。」


「いや、お礼は良いよ。そしてその番号はうちの大将のものだから。」


 私は顔を上げて高杉を見つめ、そして彼の後ろでごめんなさいと両手を合わせている宇津木の姿が目に入った。


「ごめん。美梨ちゃんが見つかるかなって、俺が何回か電話をかけていた。」


「声がそっくりすぎるよぅ。」


 私は恥ずかしさよりも亨君がこの世にいない現実に泣き出していた。

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