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混沌邪妖戦記・ウニ=カレー  作者: 赤城てんぷ
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金沢事変

 7月27日・土曜日――石川県・金沢市。


 新鮮な魚介類を用いたお寿司とスープカレーが美味しい事で有名なこの場所は、現在大量に押し寄せる屍鬼グールの軍勢によって、蹂躙されようとしていた。





「嫌ー!!誰か、助けてー!」


「や、止めやがれッ!?……俺の身体に、金箔を塗りたくるんじゃねぇッ!!!!」


「た、頼むッ!!今日は本当に雨が降りそうなんだ!!……だから、弁当は良いけど、傘だけは持っていかないでくれッ!!」





 そのような金沢市民の断末魔が至る所で巻き起こり、辺り一面は目を覆いたくなるような阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 金沢には自衛隊の駐屯地があるため、隊員達は所持する武器で屍鬼グール達を討伐出来ていたが、それも一時期的なモノに過ぎなかった。


「クソッ……!!コイツ等、まるでキリがないぜ!」


『グウゥゥゥゥ……!!』


 自衛隊員の視線の先には、大量の屍鬼グール達の姿があった。


 なんせ彼らはどれだけ倒しても、際限なく出現してくるため、単調な攻撃であろうと決して油断の出来るような相手ではなかったのだ。


 さらに、問題はそれだけではない。


 若い隊員が激しく苛立ちながら、叫ぶ――!!


「クソッ!!……補給も届かない状態で、どうやってコイツ等と戦えっていうんだよ!?」


 銃で屍鬼グールを打ち倒しながら、兵士達が僅かな間に諦念が入り混じった視線で空を見やる。





 ――そこには、禍々しいオーラを放つ巨大な障壁が、金沢を覆い尽くすかのように展開していた……。





 この瘴気によって構成された暗黒結界とでもいうべき存在は、外部から来たりし者の侵入を阻み、内部にいる者がここから出る事を許さないまさに監獄の役割を果たしていた。


 これにより、自衛隊は外部からの補給を受ける事も出来ずに、現在ある装備と備蓄で屍鬼達との終わりの見えない闘争に身を投じなければならなかった。


 また、障壁から漏れ出た瘴気による影響によってか、大規模かつ深刻な通信障害が永続的に発生しており、この異常事態が日本の……いや、世界のどこまで広がりを見せているのか、誰にも全容が把握出来ていない有様であった。


 現在、石川県にいる者が分かっているのは、この異常事態が滋賀県から発生した事、そして、隣の福井県や富山県もこの障壁内に囚われる形で外部から隔絶されている……という事のみであった。


 未来に希望が全く見えない状況の中、国民を守るという使命感に殉じた自衛隊員達が最後の瞬間まで声を上げながら、屍鬼グール)達を裂帛の気合とともに撃退し続ける――!!


『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』


『……グウゥゥゥゥッ!!』


 武器も尽きかけ、退路を断たれた自衛隊員達に膨大な滅びの使徒達が殺到していく……!!









 このとき、ブラック企業勤務の男性社員だった・・・関前田かんまえだ 翔一しょういち(25歳)は、地獄絵図と化した金沢市内において、屍鬼グール)達に見つからないように路地裏をコソコソ隠れながら移動していた。


 自信なさげに怯えた表情にも関わらず、翔一の格好はこの世紀末ともいえる状況下においてなお異様といえるモノであった。





 ――『タピオカ女学園』と刺繍された上下一式のジャージの上から何故か羽織った、青い法被はっぴ


 ――ジャラジャラと音が鳴りそうな、アイドルアニメの絵柄がプリントされたピンバッヂをいくつも着けた異彩を放つリュックサック。


 ――そして、頼みの綱と言わんばかりに強く握りしめられたサイリウム。





 この本人なりにかぶいた格好と装備から分かる通り、彼もまた最近活動を始めた”なろうユーザー”の一人であった。


 とは言っても、その心構えはまだ彦根で現地住民の避難のために戦い抜いた『インド人とウニ』企画参加者達には遠く及ばないモノであり、翔一は視界に映っている屍鬼グール)に襲われた人々を助ける事も出来ぬまま、見捨てる形でここよりも安全な場所を目指して先を進み続ける。


「誰か……誰か、助けてッ!!」


 悲痛な女性の悲鳴が耳に入ってくる。


 罪悪感を胸に抱えながら、翔一は心の中で後悔を繰り返す。


(許してくれ!!……俺には、そんな力はないんだ!俺は、アイツ・・・のように強くなんてなれなかったんだ!!)


 翔一がそう必死に頭を振りながら、聞こえた悲鳴をかき消そうとしていた――そのときだった。





「グウゥゥゥゥゥゥゥッ……!!」





 ジャララッ!と背中の音を響かせながら、翔一が声のした方に視線を移す――!!


 塀の上から顔を覗かせていたのは、一体の屍鬼グール)だった。


 屍鬼グール)は翔一と視線が合うと、知性がないにも関わらずニタァ……ッ!!と笑みを浮かべるかのように口の両端を吊り上げて翔一に向かって勢いよく飛び掛かってくる――!!


(クソッ!!……俺の全力を発揮するためとはいえ、流石にこの非常時に音が出るピンバッヂを完全フル装備にするのはマズかったか!?)


 そう思考しながらも、すぐさま翔一は震える手でサイリウムの起動スイッチを押して、赤色に指定していく。


 これこそが、翔一が覚醒めた『ドルオタの冴えないブラック企業勤めの青年が、異世界転移で無双する』系の自作品の力であった。


 現にその事を証明するかのように、翔一は自作品の力が込められたサイリウムを朱槍のように構えると、迫りくる敵に向かって叫びながら勢いよく突き刺す――!!


「てっ、てぇへんだ!てぇへんだ!!……てぇへん、てぇへん、底辺だァァァッ!!」


 名乗り上げと共に放たれた、翔一の鋭い刺突。


 サイリウムによる強烈な一撃は、相手を容易く貫く……はずだった。


「グシャアァァァァッ……!!」


 叫びとともに振り払われた屍鬼の腕によって、翔一のサイリウムはあっけなく地面へと転がり落ちる。


 それというのも無理はない。


 翔一は初心者なろう作家な上に、それほど興味もなく好きでもないのに『これで簡単に人気を得られるかもしれない』という安易な理由から”異世界転移”作品を執筆したのだが、そのような意図を読者に見抜かれているのか、作品の人気はあまり芳しくなかった。


 また、多忙な日々の業務疲れや、思ったほどのPV数や評価が得られなかった事から現在更新は止まっている状態であり、彼はお世辞でも決して強い”なろうユーザー”とはいえない存在だったのである。


 あっけなく攻撃の手段を奪われた翔一は、屍鬼によって壁際に追いつめられる形となっていた。


「グウゥゥゥゥ……!!」


「ク、、クソッ……!!」


 焦りながら、必死に相手を睨みつける翔一。


 流行に乗っただけの形とはいえ、それでも、忙しい時間の自分の”アイドルアニメ”愛を上手く取り込んで書き上げた力作のつもりだった。


 それがあっけなく破られたうえに、命の危機が迫っている……。


 けれど翔一は、他の者達のように死の間際にまで郷土愛にすがりつくような叫び声をあげる事はなかった。


(俺は、”ブラック企業の社畜”や”石川県民”なんてラベルじゃなく……一人の人間として、この世界に生きた痕跡を刻みつけたい……ッ!!)


 それは、無為に過ぎ去る日々の中で、精神と資金のみがすり減っていく翔一の心に根差した本気の渇望であった。


 しかし、どれだけ願おうともこの状況を打破するための突破口には成りえない。


 心が挫けかけながらも、眼前の敵を翔一が必死に睨みつけていた――そのときである!!





「――伏せてください!危ないですよ!!」





 突如、そんな言葉が路地裏に響き渡る。


 声の主は屍鬼の背後から姿を現した一人の少女だった。


 彼女は勢いよくタッパーを振りかぶると、屍鬼グールに向かってそれを投擲する――!!


 屍鬼グールに直撃したタッパーの中から、盛大に何かがぶちまけられる。


 それを浴びた瞬間、屍鬼グールは強烈な叫び声を上げ始める――!!


「ッ!?ゲ、ゲギャアァァァァァァァァァァッ!!」


 突然の出来事を前に、呆然と立ちすくんでいた翔一のもとにも飛び散ってきたスパイシーな香りを放つ温かい固形物。


 ――それはまさに、”カレー”という他ない代物であった。


 カレーを顔面に浴びた屍鬼は、単に熱がっているだけとは思えない苦し気な断末魔を放っていた。


 次第に、カレーを浴びた部分から屍鬼グールの表面がグズグズに溶けていき……完全に活動を停止したかと思うと、ドウッ……と地面に倒れ込んだ。


 困惑する翔一。


 そんな彼のもとに、倒れた屍鬼の向こうから少女が近づいてくる。


 危機が立ち去ったという事を遅まきながら理解した翔一は、少女の方に向けてゆっくりと顔を向ける。


「……君、は……」


 翔一の前に姿を現したのは、『CO・ドリル・カレー』というカレー屋特有の黄色いエプロンを身に着け、健康的な褐色肌と艶やかな黒髪が特徴的な一人の少女だった。


 そんな彼女は相手を確認せずに危機に駆け付けたらしく、翔一の姿を見ると驚愕を浮かべて絶句していた。


 なんせ、それも無理はないだろう。


 襲撃されている屍鬼を退けた先にいたのは、この非常時にも関わらず、アイドルアニメグッズに身を包んでいる重度のアニオタと言っても過言ではない存在だったのだ。


 対する翔一も、この短い時間の中で立て続けに起きた事態を前に処理能力が追い付かず、二の句が継げずにいる。





 ――カレーをぶつけただけで、屍鬼という脅威を退けた少女店員。


 ――アイドルアニメのキャラクターグッズに身を包んだ、弱小なろう作家の青年。





 この場所だけ時間が止まったような異質な雰囲気に包まれながら――こうして二人は、終わりかけた世界の片隅で、運命的な出会いを果たす事となった――。

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