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静かに這い寄る






まだ陽が昇ったばかりの王都ロジェスの大通りは賑わっていた。

今日は朝市が開催される日。

各地から特産物や珍しい品などが集まり、ただでさえ賑わう王都の朝がいつもより活気に満ちていた。


道を埋め尽くす程の露店や買い物客。

その間を突っ切るかの様に闊歩する二人の男とその背後にピッタリとくっ付く少女の姿があった。

片方は異質、憲兵団規定の鎧の上にバケツの様な形状をした鉄兜を被っている。

もう片方が至って普通の憲兵である為に、その男の異様さが目立っていた。

少女はこの近隣ではあまり見ない異国風の衣裳に身を包んだ細身の少女。


そんな彼等を人々は道を開ける様にしてすれ違っていく。

それはただ単に彼等の出で立ちが珍妙である為ではない。

彼等がこの街を守る憲兵であるからだ。


「なぁ、ガンザ」


ふと、新入りの憲兵、モーガン・チェンバレンが口を開いた。


「何だ?モーガン」


くぐもった声でガンザ・シュライデンは訊き返した。


「俺まだ憲兵になってまだちょっとだけど…警邏の時っていつもこんな風に避けられるのか?」

「あぁ、そうだな」


今日でこうした警邏を始めて三週間目だが、未だにこの感覚には慣れない。

まるで自分が奴隷を導く大魔法使いにでもなったかの様な気分だ。


「俺達嫌われてんのか?」

「いや、それは無い。俺達は謂わば畏敬と恐怖、羨望を一身に受ける身。疚しい事は無くとも、避けるのは当然だろう」

「そう…仕方無いよ……」


あの激闘から一ヶ月。モーガンは無事憲兵団に入団する事が出来た。

所属は勿論第二部隊、ウィッテン直属の部下となり、あのアンナ・ジークバルドと同僚(キャリア的には後輩)になったという訳だ。


トレードマークである黒鉄の鎧は今や憲兵団規定の純白の鎧となり、メイスはシンプルな装飾が施された物に変わった。

鉄は黒鉄よりも軽量だが強度も低く、酸や毒で簡単に腐食してしまう為、可能であればあの鎧を着たいのだが、新入りであり何の実績も持たないモーガンにはそれが出来ない。


防具の自由装備権、憲兵団規定の物以外の装備を着る場合にはそれが必要なのだ。

その権利は、白梅勲章と呼ばれる大きな功績を挙げた少数の憲兵にのみ授けられる勲章に付属して、その者に与えられるのだが、これを有する憲兵は少ない。


モーガンと親交がある憲兵であっても三人。

第二部隊隊長のホネスト・ウィッテン、憲兵団団長のエクティ・スタンドリッジ、そして意外や意外、ただ今モーガンの背中にくっ付いているサヴィルア・バルディリスだ。


サヴィルアはこの様に見えてもかなり腕の立つ魔法使いで、憲兵団の中でも有数の実力者らしい。

見た目で物を判断してはいけない、とはまさしくこの事なのだろう。


そんな彼等は憲兵の鎧ではなく、それぞれが好む防具を纏っている様だ。

いつか自分も、そう思うモーガンであった。


「でも…私ね……この感覚好きだよ………」


後ろでトテトテと可愛らしく歩を進めるサヴィルアが不意にそんな言葉を口にした。


「え?どういう事だ?」

「だって…私達の力が……認められたみたいで………嬉しくなる」

「……そうか?」

「うん………」


小さく口角を上げる彼女の笑みは儚げで、少しでも触れれば音を立てて崩れてしまいそうだった。

ふとその時、鉄兜の下のガンザがゴホン、と咳払いをした。


「まぁ、屋敷に住む貴族が自らの雇った近衛兵の近況を一々気にしない様な物だ。じきに慣れる筈だ」

「だな……」

「さぁ、無駄話は終わりだ。業務に集中するぞ」

「分かった」

「オッケー…」


そして彼等は口を紡ぎ、群衆の様子に目を凝らした。

色とりどりの野菜や果物を売る商人、それを買い求める主婦、僅かな小遣いを握り締めて街を歩く少年少女、新調したばかりの真新しい装備に身を固めた冒険者、ボロボロのコートを着て歩く浮浪者。

それらを一つ一つ、繊細な注意を払いながら観察していく。


その最中、モーガンはほぼ無意識的に口を開いた。


「……右手には森羅万象に牙を剥く猛毒を宿し、

左手には怨嗟を撒き散らす呪詛を携え、

海を渡りし悪魔達を蹴散らした。

耳長き悪魔を薙ぎ払い、苛み、脅かし、嬲る彼こそ降臨せし鬼神。

さぁ、愚かな者共よ。

平伏せよ、崇めよ、畏れよ、祷れよ。

禁忌を操る者、テパサド・デュル・アンドリューズを」


そこまで言い切ったその時、彼は鉄兜越しにこちらを射抜くガンザの視線に気付いた。


「それは一体何だ?」

「え、えっと……昔師匠に読ませて貰った呪術書の巻頭に書かれてた一文だ。まぁ、要するに呪術の祖って謂われてるテパサド・デュル・アンドリューズっていう聡明な呪術師を讃える言葉だな」


あれから十年近く経った筈だが、よく覚えている物だ。

モーガンは心の中で感嘆した。


「成る程な……随分と物騒な単語ばっかりだったのは何故だ?」

「アンドリューズは新大陸の原住民でな、旧大陸から流れて来た移民のエルフを怨んでて……呪術を使って大虐殺を行ってたんだ」

「………エルフを?」

「あぁ。魔法やら奇跡やらを使ってくるエルフの軍勢を猛毒と強力な呪いで片っ端から殺していったんだ」


元々旧大陸に住んでいたエルフ達は度重なる戦火と人口増加に伴う食糧不足に陥り、その結果旧大陸よりも遥かに巨大な新大陸への移住を決意したのだ。

海を渡った彼等はその強力な魔法や進んだ技術力を用いて原住民を蹂躙し、我が物顔で新大陸に居座った。


その行為に激怒し、アンドリューズはエルフを一匹残らず追い出さんと蜂起したのだ。


エルフの持っていた当時未発達な学問として敬遠されていた呪術に目を付け、それを攻撃的な型へと大成させた彼はその猛威を己の正義とエルフの駆逐の為に使った。

その結果移り住んできたエルフの大半は死滅、僅かに生き残った者達は逃げ帰る様に旧大陸へとんぼ返りしたのだ。


それを受けた旧大陸の人間達はアンドリューズもとい原住民の脅威を畏れ、その後に新大陸に移り住む者達は彼等を蹂躙するのではなく、共生の道を選んだのだ。


そういった歴史があるからこそ、エルフ族は新大陸ではなく旧大陸に多いのだろう。


「にしても……そんな歴史があるのか?昔読んだ歴史書ではそんな事書かれてなかったが…」

「あぁ、これはあくまでも呪術師達の間で広まってる伝承みたいな物でな、この話が事実だっていう根拠は何一つ無い。勿論、このアンドリューズが存在してたっていう痕跡もな」


通説では移住してきたエルフに対し、新大陸中の原住民が団結し、反乱を起こした事で開拓の魔の手を退けたという物が一般的だが、モーガンはアンドリューズの存在を強く信じている。

それはまるで詩に登場する英雄の如き冒険者に憧れる少年にも似た、純粋な気持ちであった。


「だけど…信じてるんだね……その人の存在を………」

「そうだ。俺にとっては師匠と同じ、超えるべき目標だからな。例え雲の上の存在だろうと、目指す分には問題無いだろ」

「頑張って…ね……」


モーガンは微笑んで、サヴィルアの頭を撫でた。


その時の事だった。


「……ッ!」


ガンザの鉄兜が不意に揺れた。


「どうした?」

「この道の先で、悲鳴が聞こえた。若い女、それに何かが激しく音が鳴った。落下音?音の大きさと高さから推測するに木箱か何かだ。それに球体が転がる音。そして……ん、男の声だ。太い、成人男性の声」


そう早口で捲し立てる彼の姿を呆気を取られるモーガン。

サヴィルアの方に目を向けたが、彼女はモーガンの呆然とした顔を悪戯っぽい笑みを浮かべて眺めていた。


「そしてそれに紛れる喧騒。そして何か鋭い物が空を切る音…マズイ、非常にマズイ。おい二人、行くぞ」


そう言い残すと、ガンザは鉄兜を深々と被り直し、走り出した。


「ち、ちょっと待てよ!」


慌てて手を伸ばしたが、彼は疾風の如き俊足であっという間に人混みの中に消えてしまった。


「………一体どうしたんだ?」


その呟きにつぶさに反応したのはサヴィルアだった。


「ガンザ…耳がすっごく……いい………」

「そうなのか?」

「うん…。実際に…本部の訓練場の端からでも……話し声と足音だけで………どこに人間が居るか判る………みたい………」

「………ただの化け物じゃねぇか…」


そう漏らしてガンザの身体能力の高さに舌を巻いていると、サヴィルアはモーガンの右手を引っ張った。


「行かないと…多分……あっちで何かが………起こってるから」

「………あぁ…!」


彼等は俄かに騒がしくなった人の波を掻き分けてガンザの走り去った方へと向かった。


擦れ違う通行人に口々に謝罪の言葉を吐きながら走っていると、不意に響き渡る怒声が風に乗って聞こえてきた。

それも二つ。


「動くんじゃねぇ!このクソッタレが!」

「落ち着け、武器を下ろせ!」


鋭利なナイフの刃先を向ける男の威嚇と、それが諌めるガンザの激しい口調。

憲兵団規定の直剣を右手に、剣と盾が融合した様な特殊な形状をした鉄盾を左手に携えたガンザは鉄兜越しに男を睨んでいた。


「っ、ガンザ!」


モーガンは慌てて野次馬の海から這い出て、ガンザの元へと駆け寄った。


「おぉ、モーガン。見ての通り一触即発の状態だ。お前も加勢しろ」

「オッケー……俺は右に回るから。ガンザは左に頼むぞ」

「了解…」


素早く段取りを合わせると、彼等二人は武器を構えて凶器を構える男を睨んだ。

汚れだらけでボロボロな旅装束に身を包んだ男は無精髭を蓄えており、一目見ただけで家を失ったホームレスか旅人か何かの類だという事が判った。

左手にはパンパンに膨らんだ麻袋。持ち主が動く度にジャラジャラという鈍い音を立てていた。


そしてそんな服装だからこそ、右手で爛々と輝くナイフの銀色が余計に映えて見えた。

刃先がカタカタと揺れ、目は血走っている。明らかに錯乱した、狂気の混じった殺意だ。


(………マズイな、ここで捕り逃したら確実に誰かを刺すな…)


チラリとガンザを見ると、彼自身もそう考えている様だ。

鉄兜の覗き穴の中から輝く瞳が焦りに染まっている。


「い、い、いいから道を開けろ憲兵共!このナイフが、み、見えねぇのか!」


吃りながらナイフを振り回す男、このままでは近付けない。


「クソッ……」


モーガンは腰のポーチから呪術の媒介が詰まった小瓶を取り出し、術を発動させようとしたが、


「待てモーガン、早まるな。ここは俺がやる」


不意にガンザが右手を伸ばしてモーガンを制した。


「………何?」

「こんな狭い市街地、尚且つ一対一(タイマン)っていう状況はお前には不向きだ。それに…俺達憲兵は犯罪者を殺す事が目的じゃない、あくまで捕縛が任務だ。お前の毒じゃあ、こんな浮浪者イチコロだろうし……お前には任せられん」


鉄兜の下に隠された口が微かに笑った様な気がした。

モーガンが苦笑を漏らすのを見届けた彼は、息を大きく吸い込むと剣盾を構えた。


「おい、今すぐ武器を捨てて地面に伏せろ。これは警告だ、俺達にはお前に危害を加えてでも捕縛する義務とそれを遂行する権限がある」

「知らねぇよそんな事ォ!いいからさっさと道を開けろ!」


どうやら男にはこちらの要求を受け入れる気は毛頭無いようだ。


「……………そうか」


ガンザはそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。


「ッ、止まれって言ってんだよ!」

「断る」


明らかに動揺する男に、ガンザは臆する事無く歩を進めていく。


「俺は忠告を済ませた。だから……泣き言を吐くなよ」


そう呟きながらも彼の歩みは一切緩む事無く、一歩、一歩と確実に男との距離を詰めていく。

それと同時に少しずつ、少しずつ男に掛かる重圧と恐怖は増大していく。


「うぅ…な、何だよお前ぇ!」

「だからさっき言った筈だ、俺は一介の憲兵だ」


そう言っている最中でもガンザは歩き続ける。

そのブーツの固い靴底が地面を叩く規則正しい快音は、病人に死期の来訪を告げる死神の足音を連想させた。


そして、ガンザと男の間合いがあと僅かとなったその瞬間、男のストレスが爆発した。


「く、クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


男は濁った雄叫びを上げながら、ナイフの柄を握り締め、その鋭利な刃をガンザに向けて振り下ろした。



刹那、



「ッラァ!」


ガンザはその斬撃を剣盾を薙ぎ払って弾き返した。


ガキィィィンッ!という甲高い金属音と共に激しい火花が散った。


「っ何ィ!?」


突然襲ってきた衝撃に不意を突かれた男は体勢を崩し、地面に尻もちを着いた。

その好機をガンザが見逃す筈が無く、彼は男を蹴り飛ばして地面に倒すと、その上に右足を乗せた。


「これで、終わりだ…!」


男の首元に剣の峰を振り下ろし、彼の意識を刈り取った。


「お見事……」


その一部始終を見ていたモーガンは思わず呟いた。


『パリィ』、それが今、ガンザが繰り出した技の名前だ。

敵の攻撃をタイミング良く弾く事で、攻撃に掛かった力を全て跳ね返し、体勢を崩した所に致命の一撃を与えるという特殊な戦法だ。


攻撃を『防ぐ』のではなく『弾き返す』という斬新な盾の使用方法から、どうやら特殊な技術とコツが必要らしく、会得者はかなり少ない。

第二部隊、ひいては憲兵団全体で見ても完璧にパリィを使い熟す事が出来ている者はガンザだけ。


その奇抜な見た目からは想像出来ない程の実力者、それがガンザという男だ。


「さぁ、早い所コイツを縛ろう。サヴィルア、ロープを作ってくれ」

「うん…分かった……」


いつの間にか歩み寄ってきていたサヴィルアが魔法を駆使して簡易的なロープを創り出した。

それを使って気絶した男の身を縛っていると、野次馬が騒がしくなった。


「あの鉄兜の憲兵強ぇ…!」

「あんな奴がいたのか…」

「凄いわね、惚れ惚れしたわ」


彼等が口々に言うのはガンザへ向けた賞賛の言葉。

モーガンは悪戯っぽい笑みを浮かべてガンザの肩を叩いた。


「良かったな、ガンザ。賞賛の嵐だ」

「ふん……やはり目立つのはどうしても好きになれん。憲兵は嫌でも注目の的になる職業だと割り切ってはいるが……」

「やっぱり慣れが大切だな」

「あぁ」


魔力を帯びた強固なロープをキツく縛って完璧に男の身体を拘束した。

このロープには魔力や奇跡を封じる効果もあり、これで男は反抗する手立てを完全に失ったという訳だ。


「よし、サヴィルア。『揺れる綿帽子』でコイツを浮かべてくれ」

「分かった…」


サヴィルアが縛られた男に手を触れると、彼の身体が浮かび上がった。

これは『揺れる綿帽子』と呼ばれる、術者が触れた物を宙に浮かべるというシンプルな魔法だ。

彼女はモーガンの頭上程の高さまで男の身体を上げると、彼に向けて言った。


「さぁ…隊長に報告……しよっか………」

「あぁ、そうだな」


ふとガンザの方に目を向けると、彼は滅茶苦茶に荒らされた露店の主人の事情聴取を行なっていた。

するとモーガンの視線に気付いた彼は右手を払って、サヴィルアに着いていく事を指示した。

どうやら後始末や状況確認は自分が引き受けるつもりの様だ。


「それじゃあ…行こ……」


サヴィルアが立てた人差し指を振るって男の身体を宙で動かした。


すると、彼が纏っていたボロ衣同然のコートから何か小さな鉄瓶がポトリと地面に落ちた。


「ん、何だ?」


モーガンは怪訝に思い、身を屈めてそれを手に取った。


「何…それ……?」

「いや、何だろうな……」


鉄瓶の蓋を開けると、中身を掌に出した。


「うーん……これは……」


試しにそれに鼻を近付け、臭いを嗅いでみる。


「………ッ!」


その刹那、モーガンは息を飲んだ。


「……どうしたの…?」


サヴィルアの問いに、彼は苦笑を漏らしながら答えた。


「甘酸っぱい様な、独特な華の香りがした…」

「………!もしかして…それって……」

「あぁ……」


掌に積もった、白い結晶の薬物を強く握り締めた彼は低く唸った。




「これ、麻薬だ……」




王都を苛む悪魔が、今モーガンの目の前に姿を現した。





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