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赤褐色の巨人






 モーガンはポーチから砕いた石片が入った小瓶を取り出した。


「……『結晶の恥骨』」


 小瓶を掌に乗せて握り潰すと、その中から取り出したキラキラと陽を反射して煌びやかに輝く粉末をメイスの打撃部に振りかけた。

 刹那、ピキピキと何かが裂ける様な音と共にメイスの鉄部分から鋭く透明な結晶が一面に生え出した。

 これは『結晶の恥骨』という石化の呪いに罹った者の恥骨を媒体として発動する、任意の物体に鋭い結晶を発生させる呪術だ。

 これにより鋭い凹凸が付いていたメイスの打撃部がより鋭利になり、結果威力が増すのだ。

 

 こういった『結晶の恥骨』などは呪術の呪いという部分を色濃く受け継いだ術式である。

 毒属性の呪術は呪いから発展した物で、呪属性の呪術は云うなれば攻撃系呪術の基盤。

 正統的に呪術の形を受け継いでいるという訳だ。

 

 水晶で強化されたメイスを軽く振り、呟く。


「よし、まずはこれで…」


モーガンはその柄を握り締めると、ウィッテンへ向かって全力で駆け出した。


「逃げずに向かってくるのか、この私に!良いぞぉ!」


彼は嬉々として声を弾ませ、特大剣を構えた。


 そして、モーガンの身体が特大剣の間合いに入り込んだ瞬間、ウィッテンが動き出した。


「ふんっ!」


 ウィッテンの振り下ろした特大剣の一撃をモーガンはローリングで避けた。

 そこから体制を立て直し、その空いた横腹にメイスの一撃をお見舞いするも、分厚い鎧に阻まれてこちらの攻撃は一切通らない。

 呪術の結晶で威力が底上げされている筈だが、その鋭利な凹凸はその装甲を貫く事が出来なかった。


「効かんなぁ、チェンバレン!」


駄目だ、鎧が硬過ぎてメイスの威力が到底届かない。


 右手を伝う痺れに眉を顰めながらモーガンは急いでウィッテンとの距離を取った。


(クソッ、硬い……どうやって攻め込めば…)


 ウィッテンの纏う赤褐色の鎧は一見錆び付いて劣化した只の鉄の様に見える。

 だが、一発殴って分かった。これは鉄ではない。

 それよりも更に強固で、貴重で、重厚で、高価な金属だ。

 鉄鋼でも金でも、銀でもない。ましてやカートライト鋼でもない。

 20余年の人生で見た事が無い様な素材で作られた鎧。


 一体どうすればこの分厚い鎧を打ち砕き、本体にダメージを与える事が出来るのか。

 

 ゆっくりと思索する暇は無い、ただひたすら動きながら方法を模索する。

 ただそれだけだ。


 モーガンはポーチから瓶に入った呪術の媒体を取り出し、詠唱した。


「『淀み』、喰らいやがれぇ!」


掌に成人男性の頭部程あるヘドロの塊を召喚すると、それをウィッテンへ向けて全力で投げ付けた。


「小癪だな!」


 彼は歩みを一切止める事無く、それを大剣の分厚い刀身を盾にして受け止めた。

 やはり一撃の威力が軽い為か、簡単に防御されてしまう。

 本来呪術とは術の持つ破壊力ではなく、毒や呪いの脅威で敵を蝕むという物。

 魔法の様に極炎で数多の人間を焼き尽くす事も、激流で街一つを飲み込む事も、地震を起こし全てを瓦礫の下に埋める事も、強風で森羅万象を薙ぎ倒す事も出来ない。


 だからこそ、近接攻撃で作り出した隙の合間に呪術の毒を入り込ませる。

 それが近代呪術の本来の活用方法なのだ。


 だが今はどうだ。

 その入り込む隙すら作り出す事が出来ない。


「硬いなやっぱ……!」


 今日の採用試験はどうせ苦戦しないだろうとタカを括っていたが、どうやらそれは自惚れだったらしい。

 こんなに強い奴が憲兵団に居るとは、想像していなかった。

 間違い無い、このホネスト・ウィッテンという男。モーガンが知る剣士の中でも最強クラスの腕前の持ち主だ。


 モーガンは額に浮かぶ脂汗をシャツの裾で拭いながら、スリッド越しに覗く碧い双眸を睨み付けた。


「おや、焦っているのか?貴殿。まだまだ試験は始まったばかりだ。焦る必要は無い……」

「いやいや…大有りですよ。こんなバカみてぇに硬くてハイパワーなのが試験官だなんて想像すらしてなかったんで、どう倒そうかって必死になって考えてんですよ、今」


その言葉にウィッテンは高らかに笑い声を上げた。


「ガハハハハハ!!私もまさかこんな骨のある奴とは思わなんだ!」

「それならもう合格にしたらどうですか?」

「いいや、残念だがそれは駄目だな。しっかりと最後まで見極めなければ!」


 その刹那、ゆっくりと近付いてきていたウィッテンの姿が一瞬で消えた。


「ッ!?」


 突然の事に動揺を隠せず、首を回して行方を探る。


「上だ馬鹿者!」


 その檄と同時に自分の身体を埋め尽くした影が網膜に映った瞬間、モーガンはその場から全力で跳躍して飛び退いた。

 刹那、彼が立っていた地面に特大剣が突き刺さった。


「剣を交えている間、敵の気配を見失うのは愚か。一瞬一瞬、神経を限界まで研ぎ澄ませ続けろ!」


無様に地面を転がるモーガンにウィッテンはアドバイスを投げ掛けた。


「ッ、余計なお世話!」


 一瞬で体勢を立て直した彼はウィッテンの兜に向けてメイスを振り下ろす。

 ガキィンッ、という鈍い金属音が鳴り響いたが、兜は原型を整ったまま。

 その装備者である彼は肩を震わせながら地面に刀身を埋めた特大剣を引き抜いた。


「何、ムキになるではない。これは貴殿より多くの歳月を生き、多くの修羅場を渡った一人の男としての指導であるからな」

「成る程、そういう事ですか!」


 横に薙ぎ払われた特大剣の刃先をバックステップで回避し、距離を取る。


 しかし、


「っしゃぁ!」


 ウィッテンは瞬時に手首を回転させて得物の軌道を変え、モーガンにその堅牢な刃を振り下ろした。


「ぐっ!?」


 咄嗟にモーガンは頭上にメイスを掲げ、その柄で遠心力が乗った会心の一撃を受け止めた。

 強化目的で柄に鉄心を仕込んでいた為か何とか斬撃は止めれたものの、彼の両腕を今まで経験した事も無い様な痺れが駆け巡っていた。


「おぉ、今の一撃を耐えるとはな」

「はは……伊達に鍛えてないですよ…!」


 特大剣の刃を流し、一旦距離を置く。

 それは言う事を聞かなくなった両腕を回復させる為であり、それと同時にウィッテンを打ち崩す為の打開策を練る為である。


 後ろへ後ずさりしながら、頭を最大限まで回し続ける。


 どこかに。

 どこかにあの要塞の如き男を倒す希望は無いのか?

 そう考え、ウィッテンの全身を隅々まで観察する。


 膝裏や太腿までもが分厚い装甲に包まれた脚部。

 鎧越しでも判る、筋肉隆々な両腕。

 城壁の様に強固で巨大な胴体。

 先程メイスで叩いても傷一つ付かなかった兜を被った頭部。


 それらを見た刹那、不意にモーガンの脳内を一筋の電流が走った。


「…………!」


 彼は遂に発見したのだ。

 あの砦の如き男を倒す手立てを。


「行ける……」


 モーガンは不敵に嗤い、ポーチから小瓶を大量に取り出した。

 乾燥したヘドロと少量の毒草が混じった粉末がこの小さなガラス瓶の中に敷き詰められている。

 それらを掌で握り締めて一気に潰した。


「……『淀み』」


 そして生み出したヘドロの塊を上手投げでウィッテンに投げた。


「ガハハハ、無駄ァ!」


 濃灰色の球形は速度を一切落とす事無く、直線の軌道を描いたが先程の様に特大剣の刀身で防がれてしまう。


「まだまだァ!」


 それだけでは飽き足らず、モーガンは何度も何度もヘドロを投げ付ける。

 それらは全て防がれてしまったが、彼は内心ほくそ笑んだ。

 

「むぅ、悪足掻きのつもりか?」


 赤褐色の兜の下でウィッテンが眉を顰めているのが手に取る様に判る。

 何故なら、刀身にこびり着き、芝の上に散らばったヘドロの破片が腐敗臭の様な強力な悪臭を放っているからだ。


「……貴殿、後片付けを忘れるな」

「ハハァ……掃除道具お借りしますね」


 冗談混じりに言い返し、ポーチから貴族が使う香水の様な形の小瓶を取り出した。

 ガラスの中は怪しげな橙色の丸薬で敷き詰められており、栓を開けるとツン、と強力な刺激臭が鼻腔を貫いた。


 彼はそれを三粒程取り出して口に含むと、舌で転がした。

 苦くて、酸っぱい。だが贅沢は言ってられない。

 

「…………うし」


 メイスの柄を握り直し、息を整えるとモーガンはウィッテンへ向かって駆け出した。


「万策尽きての特攻か?甘い!」


 ウィッテンはモーガンの身体を一刀両断せんと特大剣を頭上から振り下ろした。


「違ぇよ!」


 その斬撃を身を翻して回避したモーガンはウィッテンの丸太の如き両腕を踏み台にして跳躍すると、彼の兜を両手で力強く掴んだ。


 それはまるでギロチンに罪人を固定する木製の土台の様に。


 モーガンは小さく呟いた。


「終わりだ」


そして兜のスリット越しにウィッテンを睨み、



 橙色に染まった霧を口から吐き出した。



「っぐぅぁ!?」


突然の奇襲に驚いたウィッテンは身体を仰け反らせる。


 赤褐色の兜から両手を離すと、地面に倒れ込んだ。

 地中から掘り起こされた芋虫の様に背を丸くして、激しく咳き込む。


「ぐほっ、がはっ、ごほっ、ゔぉ……!」


 唇から肺、その間に存在する舌や声帯などの器官が余りの激痛に悲鳴を上げている。

 その上息も出来ない。

 それも無理は無い、呪術の酸によって気道の表面が溶け出しているのだから。


「ぐぁ……『酸の吐瀉物』…!」


 痛みに耐えながら、視線の先で横たわるウィッテンの姿に呻き声を上げる。

 その赤褐色の兜からは蒸気が立ち上がり、少しずつ融解し出していた。

 

 そう、これは初級呪術『酸の吐瀉物』。

 人喰い華が持つ、強力な酸を分泌する消化腺を乾燥させた物を練り合わせた丸薬を媒介として発動させる物なのだが、この呪術には欠点がある。

 それは人肌に近い温度を保った人間の唾液と反応して初めて媒介としての効力を帯びるという点だ。

 つまりこの呪術は口から吐き出す事でしかその真髄を発揮出来ないのだ。


 それ故に術の酸で口腔がこの様に溶け、鋭い激痛に苛まれる事となるのだ。


(はぁ……はぁ……クッソ、痛ぇ……)


 だが、スリッド越しでも直接顔に酸を浴びせられたのだ、ウィッテンも無傷では済むまい。

 酸の臭いに気付いて警戒されない為にと臭い消しとしてヘドロを撒き散らしたが、どうやらその心配は杞憂だった様だ。


「お、おい!この二人を医務室へ運び込め!」

「担架持ってくるぞ!隊長には荷車だ!」


先程まで周りで観戦していた憲兵達が騒ぎ出した。


(へっ……勝てた……)


 脱力して空を仰いでいると不意に誰かが歩み寄ってきた。


「血湧き肉躍る様な、素晴らしい戦闘でしたね」

「……………」

「あら、そういえば口の中怪我してましたね。待って下さい、今話せる様にしますから」


 亜麻色の髪を靡かせる彼女、スタンドリッジがモーガンの顔に手をかざすと、その陶磁器の様な掌が柔らかな深緑色に発光した。

 すると口腔を苛んでいた激痛が消え、呼吸も楽になった。

 『生命の息吹』、回復魔法だ。


「ありがとうございます、スタンドリッジ団長…」


喋れる様になった喉で彼は感謝の言葉を口にした。


「良いんですよ、別に」

「……あの人は大丈夫なんでしょうか?」

「ウィッテンの事ですか?彼は無駄に頑丈なので直ぐに治りますよ」

「でも、酸を頭から被ったんですよ?回復出来るとはいえ、かなり重傷な様な気が…」

「ふふふっ、別に彼は文句も何も言わない筈。だから安心して下さい」

「…………そう、ですか……」


 起き上がろうとしたが全身の節という節が痛み、悲鳴を上げている。

 このままでは立ち上がる事はおろか、身体を起こす事も出来ない。

 ふとそんな時、担架を持った二人組の憲兵が此方へ走って来た。


「団長!この志願者も医務室へと搬送しますが、良いでしょうか!」

「はい、どうぞ」


 彼等はスタンドリッジの許可を得ると一礼して、モーガンの身体を担架に乗せた。


「それではまた会いましょう。チェンバレンさん」


 小さく手を振る彼女の姿が遠ざかるのを見ながら、モーガンは静かに目を閉じた。





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