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思いがけぬ洗礼






 あれから二週間後、憲兵とモーガンの言葉は遂に現実の物と化した。


 モーガンとエスパダという二大エースが抜けても尚、変わらぬ人気を誇っていた闘技場に遂に憲兵団の捜査の手が伸びたのだ。

 捜査はモーガンの助言通り週末に行われ、彼の予想は見事的中した。


 その日の闘技場は満員で、多くの人間でひしめいていたのだ。

 出入り口に施された転移魔法が打ち消された事により逃げ場を失った観客、剣闘士、主催者達も一人残らず捕縛され、投獄された。


 風の噂に聞くと、ガーランド王は怒り心頭であり、闘技場の運営に関わっていた人間は中枢末端にも関わらず全て斬首刑だと。

 そして観客達は多額の罰金を支払い、剣闘士達は強制労働を命じられる様だ。


 やはり王は規律に厳しい人だ。だからこそ社会的弱者である農民や商人など平民階級からの支持が厚いのだろう。


 さて、闘技場が完全に制圧された日の翌日の早朝。

 モーガンは王都ロジェスの中央区に来ていた。


 帝王一族の居であり、またガーランド帝国の顔である王城のお膝元である中央区は城勤務の近衛兵や諸機関の役人などの為の飲食店が多く並び、それに伴い宿泊施設、食材や武器、衣服などの販売店なども集まり、それ故に人間も多く集まる。

 今日も早朝だというのに大通りは多くの人々で賑わっていた。


 そんな雑踏の中をモーガンは歩いていた。

 カーキ色のシャツに紺のジーンズ、茶革のシューズというラフな格好の彼をあの黒鉄の呪術師モーガ ン・チェンバレンと判る者は少ないだろう。


 ただ、腰に提げられた物々しい雰囲気を醸し出すメイスと、呪術の媒介が敷き詰められた携帯ポーチが無ければの話だが。


 彼は溜め息を一つ吐くと、シャツの襟元をパタパタとはためかせた。


「ったく……何でこんな日に限ってこんな暑いんだよ…」


 確か今の季節は秋。

 しかし、今日のロジェスは平年を大きく上回る程の猛暑に襲われていた。まるで真夏の如き鋭い陽射しが地上の万物を貫き、熱する。


 そんな脳漿も煮え返りそうな暑さに眉を顰めながらも大通りを歩く理由がモーガンにはあった。

 それは中央区にある憲兵団本部へ赴き、憲兵団に所属する為の採用試験を受ける為だった。


 ジークバルドの話によると憲兵団の新兵採用は春季だけだが、隊長又は団長が気に入る程の腕前と才能があれば中途採用も充分有り得るらしい。

 それを目指して彼は憲兵団本部へ行こうとしているのだ。


 だが、その数は極めて少なく、数年に一人出るか出ないかのレベルのようだ。


 モーガンは自分の戦闘能力を、いや、自らの操る呪術を信じている。

 確かに毒や呪いを操る呪術は憲兵の様な清廉潔白な職業とはかけ離れてるかもしれないが、威力は魔法や奇跡にも引けを取らない。

 だが、そこら辺の冒険者には決して負けない腕前はあるという確かな自信は存在していた。


 そういう訳で彼は憲兵団本部を目指して練り歩いているのだ。


 因みに、『孤蟲』でジークバルドのここ数週間の動向を探った結果、彼女が間違い無く憲兵である事が分かった。

 提供した情報も全て事実だった為モーガンは彼女を信用して、こうして憲兵団本部へと向かう事にしたのだった。


 右手にはゼルーニャに頼んで描いて貰った地図を握り締め、人通りが少しずつ増えていく大通りを往く。


 キョロキョロと周囲を見渡しながら地図に従った道のりを辿っていくと、


(ん、これは………)


 不意に風に乗って何処からか雄叫びと剣戟と思わしき甲高い金属音がモーガンの耳に届いた。

 戦いを好む者としての性なのか、彼はその音の響く元へと自然と歩を進めていった。


 何度も街角を曲がり、曲がり、歩く。


 そうして彼はとある場所に辿り着いた。


 戦車や兵隊でも楽々と通り抜ける事が出来るような石レンガ造りの巨大な門。

 二人の屈強な門番が護るそれの上に大きく貼り付けられた白梅の刻印。


 地図と周囲の地形を照らし合わせたが、間違い無い。恐らく此処が憲兵団本部だ。


「………行くか」


 襟元を正し、門へ向かってゆっくりと歩みを進めるモーガンに鉄鎧を纏った門番は声を掛けた。


「お、おい君。何だその腰にぶら下げたメイスは」

「あっ、すいません。何か此処で憲兵の採用試験があるって聞いて持ってきたんですけど……」

「新兵の採用は春だけ……あ、もしかして中途採用の志願者かい?」

「はい。そうです」


 門番は納得した様な顔付きで頷いた。


「成る程……しっかし珍しいな…最近の若者は中途で憲兵になるよりも冒険者を選ぶ者が多いというのに……」

「ははは…ちょっと憲兵の知り合いから誘われて…」

「ほう?因みにそれは誰だい?」

「アンナ・ジークバルド……っていう奴です。第二部隊の」


 モーガンがそう言うと門番は目を丸くした驚愕に顔を染めた。

 

「第二部隊かい!?そりゃまた………」

「ん?どうかしたんですか?」

「いや、何でも無い。それよりも君、今から中途採用の試験を受けに行くんだろう?それなら注意するといい。アレはちょっとした……罠みたいな物だ」

「…?…はぁ、善処します」


 彼は一瞬門番の言葉の意味が解らず首を捻ったが、「志願者の決意の真偽を見定める通過儀礼か何か」だろうと見当を付けて自己解決させた。


「それじゃあ気を付けなさい。受付はこの道をずっと真っ直ぐ行った所にある」

「はい、分かりました」


 門番に向かって一礼すると、モーガンは大門を潜って憲兵団本部へと足を踏み入れた。


 高く聳え立つ門の中は案外広かった。

 石像や彫刻などの煌びやかな装飾は障害物と見做されているのか、そういった物は影さえ無い青芝の園の上では多くの憲兵達が訓練に勤しんでいる。


 剣を模した鉄棒で鍔迫り合いを繰り返す憲兵を見て、モーガンは先程門外で聞こえた剣戟の正体を把握した。


 門番の助言通り石畳の道を歩き、奥に見える本部へと向かった。


 入り口で立ち塞がっていた高級感の溢れる黒檀の二枚扉を開けると、正面に現れたのは巨大な騎士の銅像だった。

 白梅の彫刻が施された盾を右手に携え、左手に握った直剣を高らかと掲げている。

 

 その生きているかの様な躍動感と猛々しさに目を奪われていると、

 

「素晴らしい銅像でしょう?」


 モーガンは不意に声を掛けられた。


「ッ!?」

「あぁ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」


慌てて振り返ると、其処には綺麗な亜麻色の髪の女性が立っていた。

 その華奢な身体をカジュアルな服装で覆った彼女はクスリと笑みを零した。


「いえ、大丈夫ですけど……この銅像は何ですか?」

「この銅像はガーランド王国が建国される際、大軍を成して押し寄せる他国の軍勢を少数の兵士を率いて追い払ったとされる伝説の英雄『コレージ・ハートグレイブス』を模した物です。見ての通り彼は白梅を好んでおり、現在では憲兵団のシンボルとして受け継がれています」

「成る程……」

「因みに、白梅の花言葉はご存知ですか?」

「えっと………すいません、知りません」


 毒草以外の花や野草の名前や見た目には詳しいが、モーガンは花言葉などに関する知識は全く無い。

 当然、そんな事到底知り得る筈が無く、素直に頭を下げた。

 その様子を見ていた女性は可愛らしくドヤ顔で胸を張った。


「それなら参考程度にも教えておきましょう。白梅の花言葉は忠実、忍耐、気品。国家と都市、そして国民を護る忠誠心と何事にも染まらぬ正義の花なのです」

「おぉ……丁寧な説明、ありがとうございます」

「良いですよ、別に」


 柔らかな笑みを浮かべていた彼女はモーガンの腰に提げられたメイスを見て、不思議そうに首を傾げた。


「あら、それはメイスですか?まったく、そんな物騒な物を持ち込んで……」

「すいません。俺、中途採用の試験を受けに来てて……」


モーガンがそう言って事情を説明すると、女性は眼を爛々と輝かせた。


「あっ、そうだったんですか!へぇ……」


 彼女はジロジロとモーガンの身なりを見て、神妙な顔付きになった。


「にしては……ちょっと試験には不向きな服装だと思いますけど…もしかして、そのポーチに秘密が?」

「まぁ、そんな物ですかね…」


 実際は外が暑過ぎてかなり熱が篭もる鎧を着たくなかっただけなのだが、それは言ってはならないだろう。

 ふと、その時モーガンの頭に一つの疑問が浮かんだ。


「あれ?そういえば………採用試験って一体どんな事をするんですか?」

「あら、もしかして知らないんですか?」

「はい。ちょっとこの前失業しちゃって、詳しい事とか調べずに受けに来たんです」

「そうなんですか……」


 彼の言葉に嘘は無かった。

 二週間前酒場で出会ったジークバルドに憲兵の勧誘を受けて中途採用もある事を知り、こうして自ら憲兵団へ赴いたのだ。

 彼女から言われた事以外で彼が知っている情報は無い。


「それでは教えてあげましょう。本来の採用試験であれば水泳や学力検査などがありますが、中途採用の場合にはそれらが一切ありません。試験内容は模擬戦、ただそれだけです。対戦相手は団長か隊長、又は前者から推薦された隊員。彼等を倒すことが出来たのなら、晴れて憲兵団の仲間入り、という訳です」


女性はニヤリと悪戯っぽく笑った。


「それでは……ここで少し私の自己紹介をしましょうか。初めまして、私の名前はエクティ、エクティ・スタンドリッジ。この憲兵団を統べる団長を務めている者です」


 その言葉の意味を理解するまでにモーガンは数秒を要した。


「っ、そうなんですか!?」

「はい♪こう見えても私は結構強いので」


こんな細身の女性が憲兵団を率いているとは、驚きだった。


 身長は160前半だろうか。透き通る様な白い肌、ルビーの様に紅く輝く瞳、後ろで束ねた亜麻色の髪は絹の様に艶やかで一見すると貴族の一人娘の物のように見える。

 剣を振るうよりも屋敷の奥で紅茶を啜る方が似合っている彼女、スタンドリッジは首を傾げた。


「それで…貴方のお名前は?」

「あっ、はい。俺はモーガン、モーガン・チェンバレンです。今日は中途採用試験を受けに来ました。宜しくお願いします、スタンドリッジ団長」

「はい。こちらこそ宜しくお願いします」


互いに自己紹介を終えた所でモーガンは質問を投げかけた。


「そういえば、試験の内容って対人の模擬戦ですよね?相手は団長や隊長やらの憲兵団団員………もしかして、貴方と一戦する事になるんですか?」


 その問いにスタンドリッジはクスクスと笑った。


「いえ、私ではありません。チェンバレンさんが戦うのは第二部隊の者です。もし対戦相手を見事打ち破れたのなら、貴方は正式に第二部隊に所属する事になるでしょう」

「そうですか……!」


 第二部隊といえばモーガンに憲兵団の勧誘を持ち掛けたジークバルドが所属する部隊だ。

 成る程、あの憲兵の部隊なら強敵との遭遇に期待出来そうだ。


「………随分と楽しそうですね」

「え?」

「いえ、チェンバレンさんの眼が爛々と輝いていたので。お好きなんですね、戦いが」


 そうか、そんなに顔に出ていたのか。

 実感が無いから気付けなかった。


「ふふふっ、面白い人ですね」

「ははぁ……」


モーガンはただただ作り笑いを浮かべて頭を下げる事しか出来なかった。


「それでは……そろそろ行きましょうか。試験会場へと」

「あ、はい」


 スタンドリッジの先導の元、モーガンは憲兵団本部から憲兵達が訓練に励む庭園へと出た。

 そして彼等は石畳の道の上を歩いてその中の一角へと向かう。

 そこは正真正銘、庭園の隅だった。


 陽当たりが良いとも悪いとも言えない場所、其処に座り込む七つの人影があった。


 一つ、見上げる程の身長に重厚感溢れる鎧を身に纏った大男。

 一つ、大弓を背負った長身の華奢な麗人。

 一つ、珍妙な装飾が施された長剣を携えた剣士。

 一つ、左腕に鋭い眼光を放つ大鷹を留まらせた少女。

 一つ、顔をスッポリと覆い尽くすバケツの様な兜を被った男。

 一つ、紺色の異国風の装衣でその痩せこけた身を覆った少女。

 一つ、憲兵の鎧をしっかりと着こなした青髪の女性。


 大小それぞれ様々な体躯を持つ彼等を周りから見れば、サーカス団か何かに見えるかもしれない。

 これが本当に憲兵なのか?

 一瞬モーガン自身もそう疑ったが、その七人の中に見知った顔を見つけるとその疑問は瞬時に解消された。


「ジークバルド……お前、本当に憲兵だったんだな」

「あっ、チェンバレンさん!本当にいらっしゃったんですね」


 青髪の憲兵は二週間前酒場で出会ったジークバルドだった。

 彼女は依然として気付いていない様だ。かれこれ二週間、彼女の鎧の隙間に入り込んでいた白百足の気配に。


(……流石に気の毒だな)


 モーガンは白百足を操作すると、鎧から這い出させ、地面へ降り立たせた。

 そしてその後に百足を『孤蟲』の術式の支配下から解放させて、野生に戻した。


 出来れば回収したいが、流石にこの地域には本来生息しない筈の白百足を偶然見つけてポーチに納めるなどすれば、少なからず怪しまれるだろう。

 少し惜しい気もするが、仕方が無い。


 彼は平穏を装って受け答えをした。


「あぁ。良い機会だったからな」


ふとその時、スタンドリッジが目を丸くして尋ねた。

 

「あら、お知り合いなんですか?」

「はい。この前酒場で出会って……俺を憲兵団に誘ってくれたのは彼女なんですよ」

「へぇ、それはまた…」


モーガンの紹介に合わせ、ジークバルドは慌てて頭を下げた。


 そんな彼女にスタンドリッジは提案を投げ掛けた。


「今この人の採用試験の為の面接官を探しているんですけど………知り合いなら都合が良いですね、貴方に模擬戦をして貰いましょうか」


その言葉はジークバルドの肩をビクリと震わせ、その端正な顔を青白に染め上げた。


「いっ、いえ!私にはそんな事、荷が、重過ぎます!」


 吃りながら首を横に振る彼女の様子を見てスタンドリッジは「あら残念」と零し、今度は赤褐色に燻んだ鎧を纏った大男に目を付けた。


「それなら、ウィッテン。貴方がチェンバレンさんの相手をしてください」


ウィッテンと呼ばれた大男は兜のスリット越しにモーガンを睨み付け、響き渡る様な低い声を出した。


「良かろう。団長の望みとあれば」


 彼は膝元に置いてあった特大剣を手に取ると、その場に立ち上がった。


 デカイ。


 モーガンの身長はおよそ176だが、この男はそれよりも50は高い。

 身長は平均以上である彼がまるで成長期真っ只中の少年の様に見えてしまう。

 この高身長という大きな武器に加えて右手に携えた猛々しい獅子を模した装飾が施された特大剣。

 こんな得物をこの大きな落差で脳天に叩き込まれたのなら、例え兜越しだろうと並大抵の頭部であればスイカか何かの様に軽々と叩き割られてしまうだろう。


「私は憲兵団第二部隊隊長ホネスト・ウィッテンだ。貴殿は?」

「俺はモーガン・チェンバレンです。今日は中途採用試験を受けに来ました。宜しくお願いします」


そう言ってモーガンは頭を深く下げた。


「ほう、礼儀が良いな。中途採用目当てに此処へ来る者は盗賊上がりかならず者、己の実力を十分に理解していない高飛車な若者ばかりだが………貴殿は少し違うようだ」

「ははは、ありがとうございます」

「……ふむ、人間性は憲兵として及第点だな。だが………


…こちらはどうだ?」


彼は特大剣を高らかと掲げると、その刃先をモーガンに向けて高速で振り下ろした。


「ッ!」


 咄嗟の判断でモーガンは後方に飛び退いて剣の斬撃の脅威から逃れた。


「っほぉ!今の奇襲を避けるか!」

「危ないじゃないですか急に!」

「済まぬ、ちょいと貴殿の瞳の中に強者の貫禄を感じたのでな、つい手を出してしまった!」


 その言葉はまるで悪戯好きな少年の様だ。

 だが今の斬撃のキレと特大剣を振り下ろすスピード、そして効率良く身体の膂力を瞬時に出し切る技量と爆発力。

 成る程、強い。

 思わずモーガンは薄ら笑いを浮かべた。

 

「隊員達、今すぐ私達の側から離れよ!さもなければ巻き込まれるぞ!」


 ウィッテンの檄にジークバルドを含めた隊員達は急いでモーガン達から距離を取った。

 スタンドリッジは面白そうに目尻を落としている。

 

「さぁ、舞台は整ったぞチェンバレンよ!かかって来い!」


 その挑発とも取れる言葉にモーガンは笑い、ポーチから呪術の媒介である毒蟲の死骸の粉末が入った小瓶を一つ取り出した。


「言われずとも分かってますよ!」


 掌の内で小瓶を握り潰し、内部から媒介となる粉末を取り出すと拳を固く握り締め、


「『毒霧』」


 開いた掌から毒々しい紫色に染まった霧を噴出させた。


「ほう、呪術か!面白い!」


感嘆するウィッテンの姿を搔き消すかの様に毒を孕んだ濃霧を周囲一帯に撒き散らした。


「うわっ、何これ!?」

「もしかして毒!?」

「『安堵の壁』…!」


 混乱する隊員達の一人が展開した魔法の障壁がモーガン達の周囲を包み込んだ。

 これは毒や呪いといった穢れを通さない謂わばフィルター。

 これにより周囲の人間達が被害を被る事は無い。


「貴殿、中々愉快な事をしよる……良いぞ、気に入った!」


一寸先も目視出来ない毒霧の中、ウィッテンは毒素を吸い込む事も気にせず豪快に笑った。


 モーガンはそんな彼の背後に素早く忍び寄り、メイスの柄を握り締めた。


 そう。この『毒霧』は相手を毒で苛む為ではない。目眩しだ。

 視界を悪い状態にして視覚という人間にとっては最も重要な感覚を潰す事で隙を作り、敵に致命の一撃を与えようという魂胆なのだ。


メイスを振り上げ、ウィッテンの頭に振り下ろそうとしたその刹那、


「其処だァ!」


 彼は振り向きざまに忍び寄っていたモーガンの脇腹に蹴りを叩き込んだ。


「ぐふぅ!?」


 完全に防御の姿勢を解いていたモーガンは吹っ飛ばされ、魔法の壁の外へと弾き出された。

 青芝の上を幾度も転がり、巨樹の幹にぶつかる事で彼は漸く止まる事が出来た。

 

 脇腹の鈍い激痛とクラクラと揺れる視界の気持ち悪さに耐えながら、モーガンは立ち上がり、呟いた。

 

「何だ、この、パワー……人間じゃねぇ…!」


ふとその時、鬱蒼と立ち込めていた毒霧が晴れ、その中から赤褐色の鎧のウィッテンが姿を現した。


「甘いな、チェンバレンよ。私にはそういった目眩しは効かんのだよ」

「へへ……そうです、か……!」


口内に溜まった血液を吐き出し、モーガンはウィッテンを睨んだ。


「だが、毒は少しばかり効いたな。少し吐き気を催してきた」

「これが終わったら……解毒剤を渡すので…ご安心を…」

「おっと……敵に気遣われたら憲兵として立つ瀬が無いな。毒が完全に回る前に終わらせなければ」

「くははは……出来るなら俺も…早目に終わらせたいですよ……!」


 ズキズキと痛む身体に鞭を打ち、モーガンは大地を力強く踏み締めた。


 そんな彼に対して赤褐色の戦士は言い放った。


「私を貴殿の毒で苛んでみせろ、チェンバレンッ!」


その言葉を合図に、モーガンは駆け出した。






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