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再会は突然に

そういえば書き忘れていましたが、当作品に於いての世界観はよくある中世ではなく、市民革命や産業革命が乱発する時代よりも若干前、つまり近世中期くらいを意識しています。


その為史実で言う大航海時代で大陸に入ってきた文化(葉巻など)がある、という認識でお願いします。


それでは4章、開始です。





 新大陸の西側に位置する高く険しいカトライア山脈の麓、マテュート地方と呼ばれる其処は遥か古来より鉄鉱石や青銅などの鉱山資源の採掘が盛んだった。

 その土地と金属を求めて、古豪国として名高いインルートやガーランド王国、アライバなどの国々の間で支配権の奪い合いの戦争が繰り広げられていた。


 だが、ここ数百年の間は比較的国交も平和になり、現在はガーランド王国の領地となっていた。

 大陸北部に走るセリーバス山脈と共に、新大陸全土をまるで屋根の様に覆っている事から『世界の大傘』とも呼ばれている。


 そんなマテュート地方の更に北側、大規模な街が多い麓部分からそれなりに離れた場所にある閑散とした森。

 脅威となり得る怪物も少なく、小鳥の囀りとザワザワと木々の葉同士が擦れる音だけが風と共に静かに流れる。


 春の光を一身に浴びて煌びやかに輝く翠緑、けぶる様に鮮やかな森の中を行く人影が一つ。

 白いシャツに紺のジーンズという普段通りの質素な私服に身を包み、その背中には荷物が入って張り詰められた革製のバッグ。

 腰には聖職者向きとされる武器、メイスを提げたどう見てもその様な道の者には見えない黒髪の男、モーガン・チェンバレンだ。


 彼は激戦による怪我を理由に、隊長から一ヶ月の休暇を取っていたのだ。

 その間は業務と憲兵としての活動義務の一切が免除される為、給金は発生しないが、それでも先の大規模作戦による臨時収入を使えば一ヶ月働かなくとも生きていける。

 それどころか日々の食事にラム酒を一杯追加する余裕すら出来る筈だ。葉巻をもう少し上等な物に買い替える事も出来るかもしれない。


 だが、臨時収入の半分の金は破損した鎧の新調代と呪術の媒体の補給に消し飛んでしまったのだが。

 その上に歩ける程回復した後に行った新型呪術の開発でプラスマイナスゼロという事態になってしまったのだ。


 だからといって後悔している訳ではない、何故なら彼の呪術開発は六割方成功したのだから。


「はぁ……久し振りに歩くな、この道も」


 この雑多な獣道も、その傍に生える木々一本一本も、六年前から何も変わっていなかった。

 丁度あの日、数年に一度という豪雨の後、晴れ渡る青空の下で師匠に見送られた日から。


 彼が生まれ育ったこの地を六年振りに訪れた理由は、勿論呪術の師であり育て親でもあるエルミータ・ブラッシュに会う為だ。

 前々から再会したいと思っていた、今回の怪我で一ヶ月の休養を余儀無くされたのは良い機会だろう。

 憲兵団専属の医務官が言うには、左肩の粉砕骨折に全身を覆い尽くす中度の火傷。

 後者はスタンドリッジ直々の強力な治癒魔法で数分程度で完治したが、肩の骨折だけは荒療治をすれば骨が歪んでしまう可能性があるという話で、こうしてギプスを巻いて安静にしておく事しか治療法は無いらしい。


 その為メイスを握る事も呪術を発動させる事も出来ず、したがって業務を満足にこなせない。

 だからこそ彼は骨折が治るまで、休暇を取る事にしたのだ。


 よくよく考えればモーガンが憲兵団に入団して早半年が過ぎた。

 口腔を負傷しながらも合格した入団試験、ディンガール制圧作戦、そして砦蟲の侵攻を止め、セルヴィ弟王子、ギアの抹殺。勿論日々の警邏などの業務も。

 集団に身を置く事が無かった彼にとって、この半年間はかなりの濃度を伴う物だった。

 折角の再会だ、六年間の体験談を師匠に話そう。


 そう思い立った次の瞬間、森を抱擁していた心地良い静寂は、突然鳴り響いた甲高い爆音で無惨にも打ち破られた。


「ッ!」


 乾いた鉄塊と鉄塊が同時にぶつかり合ったかの様な音。

 モーガンはそれに聞き覚えがあった。

 間違い無い、銃声だ。それもかなり近い場所で聞こえた。


「おいおい……」


 こんな森深くで狩猟をする狩人が居るとは思えない、それに銃はかなり高価な物だ。狩人がおいそれと手を出せる物ではない。

 ならば貴族か? いや違う、貴族なら狩りに出掛ける際は必ず護衛を含めた十数人程度の部下を携える。彼等は主が弾丸を放った時、必ずご機嫌取りも含めて態とらしい歓声を上げる筈だ。

 だが、それすらも聞こえない。

 ガンザが居たのなら、音だけで距離や人数を正確に把握出来るかもしれないが、あんな超人的な聴力をモーガンは持ち合わせていない。


「……取り敢えず、行ってみるか」


 モーガンは念の為に護身用としてメイスを右手に構えると、そのまま音がした方へと小走りで向かった。


 木々の幹の間を掻き分け、進んでいく。

 生い茂る草や時々顔に触れていく小さな羽虫達に眉を顰めながら歩いていると、不意に開けた場所に出た。

 天に枝を広げる樹と樹の隙間を斬り裂いたかの様に空いた隙間からは丁度頭上で輝く太陽の光が射し込んでいる。


 モーガンが辺りをキョロキョロと見回していると、不意に鉄臭い香りが鼻腔を貫いた。


 もしや、そう思ったモーガンの視線の先には眉間を綺麗に撃ち抜かれた、巨大な大樹鹿(ウッドホーン)が地面に臥していた。

 森の裂け目から差し込む日光で鮮血に濡れた体毛が鈍く輝き、それこそ大樹の様な木目が走る一対の剛角の右片方は倒れた衝撃で先端が欠けていた。

 ビクビクと痙攣しながら血の海に溺れる鹿を一瞥し、モーガンは一言呟いた。


「……やっぱりな」


 何の変哲も無い、可食部が多く栄養も豊富な大樹鹿を標的とした、普通の狩りだ。

 その事実が判明し、何の事件性も無いと安堵した彼。

 大樹鹿の死体に背を向けて、その場を離れようかしたその時、とある疑問を覚えた。



 この大樹鹿を撃ち抜いた狩人は何処へ行った?


 

狩りであれば、絶大な威力を誇る分標準を定めるのが難しい猟銃を使っているのであれば、必ず大樹鹿の索敵範囲に入らないギリギリの所で弾丸を放った筈だ。

 発射時のブレが大きい分、近付かなければ狙い通りの部位に弾丸が命中しにくい為、必然的にそうなる。

 その上、命中した後は完全に仕留められているかを確認する為に、標的が立ち上がらない内に迅速に接近する必要がある。


 それなのに、何故狩人がこの周囲に居ないのだろう。


 考えれば考える程、足元から大蛇の様に鋭い悪寒が這い上がってくる。

 額に冷や汗を浮かべ、ただならぬ事態に恐怖を覚え始めた。


 この場に留まり続けるのは危険だ、そう判断し、急いで走り出そうとしたその時、

 

 モーガンの後頭部、頭蓋骨と背骨の繋ぎ目に、何か棒の様な物が突き付けられた。


「……ッ!?」


 髪越しでも分かる、その冷たい感触。材質は鉄、そして形状は円柱だ。

 今、モーガンの背後に立つのは冷酷な狩人、いや、それを遥かに越えた何かだ。


 硝煙と血の臭いが紛れる沈黙の中、木々の葉が揺れる音だけがやけに大きく聞こえる。

 緊張が限界まで高まったその時、


「……おい」


 狩人は静かに、地鳴りの様に感情の無い低く小さな声を発した。


「親に習わなかったのか? 狩りの現場に、居合わせてはいけないと。流れ弾や跳弾が当たるかもしれないからな。子供でも知っている事なのに」


 モーガンは左手に持ったメイスを地面に地面に投げ捨てて、両手を上げた。


「習ってませんよ、猟銃を使った狩りの時の注意点だなんて。生憎、俺の親は狩りには猟銃じゃなくて機械弓(クロスボウ )を使ってたので」

「ただの弓ではなく機械弓を使うのか。変わった親だな。それなら、お前はその親から何を学んだ?」


その問いに、彼は微笑みながら答えた。


「呪術の使い方と礼儀作法、野菜の育て方ですね」

「たったそれだけか……?」

「おっと、文字の読み書きも忘れてた。それが無けりゃ、俺は何も出来なかったでしょうね。あっ、それと綺麗な内臓の取り出し方」

「そうかい。まったく、教える知識が偏ってるな、お前の親はどんな人なんだ? 狂人か? 奇人か?」


 モーガンは後頭部に突き付けられた銃口に臆する様子を微塵も見せる事無く、ゆっくりと振り向いて、銃口を眉間に押し付けながら笑った。


「強い人ですよ。丁度貴女みたいに」


 その答えに満足した様に、狩人は猟銃を構える両腕を下ろした。


「お久し振りです、師匠」

「あぁ。元気そうで安心したよ、モーガン」


 深緑に紛れる鮮やかな翠色の狩人衣装に身を包んだ女性、エルミータ・ブラッシュは猟銃の銃身を肩に乗せて微笑んだ。


「どうして私だと分かったんだ? もしかしたら本当に普通の狩人かもしれなかったのに」

「猟銃を使ったなら……いえ、普通の狩人なら弾丸が獲物に命中したら留めを刺す為に近付くでしょう? それなのに狩人が忽然と姿を消すなんて、普通じゃ有り得ませんから」


 それに、と言いながらモーガンは敬愛する師匠の顔に目を向けた。


「十年も一緒に暮らしてたんですから、声作ってても直ぐ分かりますよ」


 すると、エルミータはその夕暮れの様な橙色の双眸を歪ませて、柔和な表情を浮かべた。


「流石は私の弟子だ」

「散々鍛えられたので、貴女に」  


 六年振りの再会、あの時はほぼ同じだった目線も、今ではモーガンが視線を落とさなければ目が合わなくなっている。六年の月日は彼を肉体的にも精神的にも成長させたのだ。

 

「それにしても、一体どうして脅す様な真似を?」

「大樹鹿を家まで引き摺っていこうとしたら、丁度人の気配を感じたからね。誰かと思って警戒して、木の上に隠れてたんだ。そしたら、まさか六年振りに弟子と会うなんてね」


 エルミータはモーガンの頭頂部に目を向け、神妙な顔付きをしながら質問を投げ掛けた。


「大きくなったね、身長。もしかして私、抜かされたかもしれないな。モーガン、今身長は?」

「えっと……去年の秋に計って176……でしたね」

「176!?多分抜かれたな、私。正確には計った事は無いけど、170前半だからな……まったく、大きくなったね」


 そう言う彼女の声は優しく、子供の成長に感慨を覚える母親の様に慈愛に満ちていた。


「あぁ、そういえば……何で猟銃なんて使ってるんです? さっき言いましたけど、前まで機械弓使ってたじゃないですか。まさか壊れました? 六年経ちましたから」

「いや、壊れてはないよ。ただ、試験的に猟銃を使ってみてるだけさ。まったく、銃ってのは使い難いね。音も出るし、何より高価だ。まぁその分、威力は凄まじいけどね。機械弓みたいに着弾した瞬間に折れるだなんて事も無いから」

「あぁ、成る程……」

「まぁ猟銃を使っているのは、これを使う為でもあるけどね」


そう言ってエルミータがポケットから取り出したのは、陽に照らされて輝く弾丸だった。

 ディンガールの構成員も持っていたマスケット銃専用の型で、片方が丸くなった筒の様な形状をしている。

 そこまでは普通の、何ら変哲の無い弾丸だ。


 その色が、明らかに金属ではない赤紫をしていなければ。


「これは……?」


 その弾丸を受け取ったモーガンは手の平の中でそれを転がしてみる。

 確かにこの冷たさは金属のそれ、だが色からして明らかに鉄鋼やその類の金属ではない事が分かる。

 正体も判らぬまま、首を傾げる彼の姿を見てエルミータは不甲斐無い弟子に教授する事にした。


「それは『造型』という呪術で作った毒の銃弾さ」


 その言葉の意味を理解する前にモーガンはそれを反射的に投げ捨てた。

 毒を操る者として、毒やその副産物の危険性は何人よりも理解しているからだ。

 宙に飛び上がった弾丸は綺麗な放物線を描き、地面へ落下した。


「ハハハハ! 何を恐れているんだ、モーガン」

「だって……」


 苦し紛れな言い訳をしようとしたその時、モーガンは先程のエルミータの言葉に違和感を感じた。

 『造型』という名の呪術は彼の膨大な知識の中に含まれていない。

 数百の呪術を記憶し、その発動源となる媒体の細かな配合をも完璧に暗記しているモーガンだが、そんな彼ですらその名を冠する呪術を知らない。

 何年も何年も繰り返して読んだ呪術書には、その様な記述は無かった筈。


 という事はつまり。


 モーガンは固唾を飲み、恐る恐る尋ねた。


「師匠……もしかしてその呪術って……自作ですか?」

「あぁ。『造型』は私の編み出した呪術さ。効果は……毒素を凝縮させる事」


 そして、エルミータは嬉々とした表情を浮かべ、悪戯の成功を自慢する少年の様に明るい声で告げた。


「成功したよ、毒素の凝固技術の開発」


 それは彼女の悲願が、数年越しの夢が成就した事を意味していた。

 モーガンは静かに驚き、そして、深々と頭を下げた。

 

「おめでとうございます、師匠!」


 弟子として、一人の呪術師として賛美の言葉を送る。

 物理的なダメージを与える方法が少ないという呪術の欠点を克服する術を見出した天才に、モーガンは有りったけの感情を込めて称賛を送った。


「ありがとう、後でモーガンにも媒体の配合を教えてあげよう……君も使うだろうからね」


 顔を上げたモーガンに、エルミータは笑い掛けた。


「頑張っているんだろう? その顔と怪我を見れば分かるよ。六年前から、かなり成長しているみたいだ。何処をほっつき回っていたか、後でタップリと話して貰うよ」

「はい、勿論。そのつもりで帰ってきましたから」

「因みに、いつまで居るつもりだい?」

「そうですね……長くて一ヶ月くらい居ようかなって思ってますけど、そちらの都合は大丈夫ですか?」

「別に構わないよ」


 あぁ、とエルミータが何かを思い出したかの様に一際大きな声を上げた。


「折角だし、『造型』を応用して編み出した呪術を幾つか見せてあげよう。いや……君も媒体の備えがあるなら、手合わせしてみるかい?」

「いや、でも、肩が……」


 右手の人差し指で包帯が巻かれた左肩を指差すと、彼女は悪戯っぽく笑ってみせた。


「私の渾名を忘れたか?

「いえ、まさか」


 戯けた様で、どこか余所余所しげな表情を浮かべるモーガンの胸板にエルミータは親指を押し付けた。


「『脱走者』」


 それは彼女が十五年間背負い続けている重荷を、辛苦を、呪縛を象徴する言葉であった。

 甘美な蠱毒に唆され、自らの使命と義務、信念から逃れ、その結果手にした物は余りにも少なく、それでいて小さかった。

 だが彼女はいかに蔑まれようと、罵られようと、胸を張って誇るだろう。

 自分は幸福を手に入れたのだと。


 エルミータは微かに笑った後に、モーガンから指を離した。


「その程度の傷、どうせ医者から魔法では治せないとでも言われたんだろう?」

「はい、まぁ……」

「それなら仕方無い、私が治してあげよう」

「ほ、本当ですか、ありがとうございます」

「だが、申し訳無いが杖は家にあるんだ。大樹鹿の事もあるし、一度帰るか」

「はい、そうですね。六年振りにお邪魔しますよ、師匠」


 軽々しく大樹鹿を肩に担ぐ師匠の背中を見て、変わらないなとモーガンは思いつつ、その後を追うのだった。






エルミータ・ブラッシュ ??歳

身長 166 体重 48


生粋のコーネリウス派呪術の使い手であると同時に、モーガン・チェンバレンの師である。

世界の喧騒から逃れる様に森の奥深くに居を構えており、近くに存在したという小さな集落も消え失せた今、彼女の家に迷い込む者は誰も居ない。

あらゆる呪術師が希求した毒素の凝固技術を大成させたという点から分かる通り、呪術に懸ける探究心と情熱は凄まじい。

その精神は弟子であるモーガンに受け継がれた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ギリギリの戦いがありとても読みやすいです。 [気になる点] 2ヶ所ほど読み取れないのか四角い枠にOBJという単語がはいってるものがありました。それはジーコージ様が自分で入れた文字なのか、そ…
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