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篝火が消えた後






「ん……ぅぁ……」


モーガンは窓から入り込む冷たい風に、目を覚ました。


「此処は……」


身体を起こそうとした瞬間、全身を駆け巡った鈍痛にモーガンは小さな呻き声を上げて再び倒れ込んだ。

どうやら此処は医務室らしい、彼の身体はフカフカのベッドの上に寝かされている。半年前、入団試験の後に寝かされたベッドと同じ物だ。

開いている窓の外から見えるのは煌びやかに輝く星が一面に散りばめられた、幻想的な黒に染まる夜空だった。

そして衣類も気が付けば、いつもの鎧ではなく質素で着脱が簡単なシャツに変わっている。


「………あぁ、そうか……」


彼は思い出した、自分が此処まで運び込まれるまでの経緯と原因を。

聳え立つ巨大な塔、その最下層で待ち構えていた弟王子、怨嗟に身を焼くギアの事。


暫し天井を眺め、あの時の事を鮮明に思い返していると、モーガンはベッドの側にある机に林檎が満載された籠が置かれている事に気付いた。

その側には白いメモ用紙。


モーガンが左手を伸ばそうとすると、左肩を鋭い痛みが走った。


「ほげっ……そういや、折れてたな……いや、砕けてた?」


よく見ると、シャツの下から覗く四肢には薄い桃色の染みが出来た包帯が巻かれている。左肩の粉砕骨折には、恐らく治癒魔法で応急処置が施されている筈だが、完璧に修復されている訳ではない。痛みはしっかりと感じる。


唯一無事、とはいっても火傷を負った右手を伸ばして、そのメモ用紙に書かれた文章を読んだ。


『食事はこれで済ませろ。じきに様子を見に来る』


裏側には達筆で書かれた『ホネスト・ウィッテン』の文字。

意外と字綺麗なんだな、と思いつつモーガンは林檎を手に取り、表面を服の裾で磨いてから齧り付いた。

前歯がその果肉に突き刺さると同時に溢れ出る、甘味と酸味が混じった黄金の果汁が口一杯に広がる。


「美味ぇ……」


果肉を噛み砕いていると、急に空腹感が込み上げてきた。

モーガンは『飢えを満たす』という本能に従い、籠に入っていた十数個の林檎を芯まで貪り尽くし、およそ全ての林檎を一気に平らげてしまった。

所要時間は恐らく十分も掛かっていない、モーガン自身も驚く程の食欲だった。

普段からそこまで食が細いという訳ではないが、流石にこれ程の量は簡単には食べ切れない。


モーガンが葉巻でも無いかと、辺りの机や棚を物色していると、不意に医務室のドアが開かれた。


「あっ、起きたとね」


若い女性の、独特な訛り混じりの声。

モーガンはその声の主が誰なのかを一瞬で悟った。


「アスコウか」

「そうよ。隊長の代わりに様子見に来たばい」


彼女はモーガンの横たわるベッドの側まで歩み寄ると、其処に置いてあった椅子に腰掛けた。そんな彼女にモーガンは問い掛けた。


「……あれからどれくらい経った? 俺達が、その、作戦を終えてから」

「丸々二日」

「二日っ!? そんなに俺寝てたのか……」

「仕方無かよ、あんな凄い戦闘をしたけん」

「だけどさ……そんな長い間寝るのは流石に大人として情け……」


ふとその時、モーガンは自分より一足先に魔法の炎に焼かれて戦闘不能に陥った戦友、ガンザの事を思い出した。


「ガンザ、アイツはどうなった?」

「ガンザはもう起きとるばい。幸い火傷も軽かったけん、今は宿舎に戻っとるよ。まぁ、全身包帯でグルグル巻かれとるけどね」

「そうか……」


『分厚い魔法防壁』でその身を護られているとはいえ、あの獄炎に直接焼かれてその程度の負傷で済むのは、ガンザ自身が持つ生命力の賜物だろう。


「俺は多分、暫くは前線には出れねぇな。左腕骨折してるし、メイス振れねぇし……憲兵団、有給休暇ってあるっけ?」

「無かよ。仕事ばせん人間には、一ダリアも与えられんよ」

「だよな……そんな美味しい話ある訳無ぇよな……」

「でも、その怪我なら隊長に申請すれば、一ヶ月は休めると思うよ? モーガンは色々と活躍したらしいし、臨時収入も出るど? それ使えば三ヶ月くらいは何もせんくても暮らせるばい」

「そうか……金出たら、仕事放っぽり出して故郷帰ろっかな……」


そうモーガンが半ば無意識にボヤくと、アスコウは目を輝かせた。


「お、里帰りね。家族に顔出すんね?」

「いや、家族じゃ……うん、家族だ。折角の機会だし、六年振りに帰ろっかなって」


一瞬師匠の事を話そうかという気も起きたが、そう易々と話す様な内容でもないと思ったので止めた。

それに、モーガンの指す家族という括りには、師匠以外の人間、彼の本当の肉親も含まれているから。


「……本っ当に久し振りだ」


ふとその時、モーガンは彼女の眼下に微かな黒紫が浮かび上がっている事に気が付いた。

それに目を凝らして見ると、眼もどこか眠たげで、透き通る様な白い肌は僅かな青味を帯びていた。


「ん? お前、何だか元気無ぇな。頰も若干痩せこけてるし……まさか、寝てねぇな」


やや覇気の薄れたアスコウの姿から何かを感じ取った彼は、いつになく真剣な表情で問う。 


「一体どうしたんだ? 何かあっただろ」


するとアスコウは不自然に視線を膝元に落として、首を僅かに横に振った。


モーガンがその様子を無言のまま眺めていると、その貫く様な視線と空気の重圧に耐え切れなくなったのか、ポツリポツリと、まるで其れ等の言葉を口にする事自体を憚るかの様に躊躇しながら喋り出した。


「急だった、余りにも急だったと……!」


ふとアスコウが顔を上げ、弱々しい視線をモーガンに向ける。

その表情は笑っている様な、泣いている様な、様々な感情が一緒くたにかき混ぜられた複雑な色をしていた。


「………良か? これはモーガンの責任じゃなかけんね? 誰にも止めれんかった事よ?」

「だから何だ、アスコウ。何があったんだ!」


モーガンがベッドから上半身を起こすと同時に、アスコウは冷たい口調で言い放った。




「ギアが殺された」




一瞬、その言葉の意味が理解出来なかった。理解したくもなかった。


「え……?」


数秒置いた後に、モーガンは激痛に苛まれる身体を無理矢理起こして叫んだ。


「何故だッ!」


口調を荒げてモーガンは尋ねると、アスコウは視線を下に落としながら説明し出した。


「あの後、縛り付けて無力化したギアを地下牢に収監したとたいね? 看守も普段の倍の人員ば動員して、厳重に警戒しとったとたい。それであの日の夜、一時くらいに、看守の交代で地下牢に行った憲兵が……その、見たとよ。首を斬られた看守三人と、外側から(・・・・)強引に捩じ切られた鉄格子、それと……看守みたいに首の無いギアの死体を……」


戦慄、そして恐怖。ただそれしか感じなかった。


「何で、そんな事を……一体誰が」

「それが全く分からんとたい……ギアの事は第二部隊と第四部隊、各隊の隊長、それと団長と副団長くらいしか知らんのに……今、第二部隊の隊員が事情聴取を受け取るとたい」

「アスコウは、終わったのか?」

「そうよ。ウチは何も知らんから直ぐ終わったばい。その時間は宿舎で寝とったし、それに鉄格子を破る力は無かしね」

「…………まぁ、だよな」


アスコウは単純な筋力よりも、剣を操る技量と付与魔法などを扱う理力に優れた、俗に言う魔法騎士。

その太いとは言えない白い腕では、あの堅牢な鉄格子を歪める事も出来ないだろう。


「じゃあ、誰が……」


ふと、その時モーガンが何かを思い立ったかの様に肩をビクリと震わせて、俯いていた顔を上げた。

そしてアスコウと目を合わせ、怪訝な表情を浮かべながら呟いた。


「まさか、外部の人間が?」

「……そうとしか、考えられんね」

「看守も殺されたんだろ、証拠も潰されてるし……俺達にはもうどうしようも無ぇ。犯人探しは第八部隊に任せるしかねぇな」


第八部隊は諜報や尋問、事件の捜査などに携わる、所謂情報機関だ。

第四部隊とは異なり、有罪である事が決定している罪人ではなく、あくまで嫌疑が掛けられている状態の人間から情報を聞き出すというのが彼等の仕事だ。

当然拷問などは出来ず、血腥い強硬手段に出る事は出来ない。

だが彼等の情報収集能力はガーランド王国でも随一で、王家直属の諜報機関をも上回るという噂だ。

魔法をふんだんに用いた捜査にも定評があり、彼等の手に掛かれば犯人を探す事など容易い筈だ。


「にしても……なんでギアを?」

「今回の騒動で殉職した憲兵の身内が怨みに任せて……って、第八部隊は見とるらしいばい。でも、そんな檻を破るごた怪力を持つ一般人なんて……そう居るんかな?」

「分からねぇ。だけど、少なくとも居るだろうな。ウィッテン隊長みてぇな半巨人かとか……」


モーガンは顎に手を置き、思考を巡らせたが……直ぐにそれを止めた。

自分にはこの捜査に介入する権利も力も無い事を、彼は理解したからだ。

やるせ無さと憤りが、透明な血に濡れたモーガンの精神を蝕む。

それはまるで、彼の操る毒の様に。


押し黙る彼を見兼ねたアスコウは、この沈殿した雰囲気を変える様に徐に手を合わせてパンという快音を立てた。


「ま、まぁこの話は第八部隊に任せといて……それよりモーガン、ベッドから出れる?」

「え? いや、ちょっとこの怪我じゃあ動けないな……」


「なぁ、お前治癒魔法使えるっけ?」

「いや、ちょっと厳しいとよね……スペル覚えとらんし、下手だけん」

「あぁ、そうか……もし使えたら、松葉杖があるなら動けるくらいまで回復させて欲しかったんだけどな……」


悔しそうな表情を浮かべるモーガンを見て、何かを思い出したのか、アスコウは不意に腰に括り付けられた小型のポーチから何かを取り出した。


「あ、そうそう。隊長からこれ、預かっとったけん。ホラ」


それは銀色に輝く鉄製のケース、葉巻保管用のヒュミドールと昔知り合った行商人から譲り受けた愛用の携帯用ライターだった。


「おっ、ありがてぇ……丁度欲しかった所だ」


モーガンはヒュミドールの中からレイヴェナ産葉巻の『安息(ティエラ)』という銘柄を一本引き抜くと、その先をケースの中に同封されていた小さな刃物で切り落とし、其処にライターで火を着けた。

勿論煙が部屋内に充満しない様に、ベッドから身を乗り出して窓枠から、外に身体を出した。

それを口に加え、暫しその独特な臭気を放つ煙を堪能する。


「ふぅ……」


赤熱する葉から、細い紫煙が一筋、天目掛けて昇っていき、いつの間にか星空に消えていく。そんな様子を、モーガンは静かに眺めていた。


「……葉巻って、美味いと?」


不意にアスコウがそんな事を尋ねた。


「美味くはねぇ、香木齧ってる様な気分だよ。ただいつも、気持ちを落ち着けたい時とか、気分を変えたい時に吸ってんだ。それに葉巻って中々高いし、そう簡単に手に入る代物じゃねぇからな。お前も吸うか?」

「いや、大丈夫。ウチ、一回だけ吸った事あるけど、煙た過ぎて咳き込んだけんね。そっからはもう全然。ニオイもキツ過ぎて、ウチは吸えんね」

「ははぁ、そうか……」


モーガンは闘技場に入りたての時、まだ剣の振り方もまともに知らない彼に様々な事を教授してくれた先輩剣闘士から教わり、葉巻の味を知った。

それから数ヶ月後に彼は蜥蜴人に心臓を槍で突き刺されて死んだが、六年経っても尚葉巻だけは忘れられずにいた。


「……止めとけよ、葉巻は。何か起こった時、直ぐ頼る様になっちまうからな。それに、こんなの使ったって大人にはなれねぇし」

「うん、分かった……」


アスコウはモーガンの横顔を眺めながら、ポツリと呟いた。


「モーガンって、確か二十二歳よね?」

「あぁ、そうだ。アスコウは……二十三、だったか」

「そうばい……にしても、年下なのに、ウチよりもしっかりしとるね。なんかこう……悔しか」

「俺よりも性格が明るいって事だろ。俺がしっかりしてるなら、クレイド副隊長はどうなる。料理も出来るし、計画性化け物だろ」

「そ、そうよね……」


アスコウは苦笑いを浮かべながら、照れ臭そうに髪をガシガシと掻いた。

自分にはお淑やかさや清らかさなどは似合わない、女として相応しくないとでも思っているのだろうか。

モーガンは鋭く尖らせた唇から細い煙を吐きながら、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「……別に、大人っぽいか子供っぽいなんて、そんなの些細な事だろ。もしかしたらその明るさに惹かれる人も居るかもしれねぇからな」

「もう、またそがん事言って……」

「自信持てよ。俺からしたら、お前は充分魅力的な人なんだから」


実際、日々の任務の中でも、日常生活でも、アスコウに救われる事は多々ある。

その朗かな性格と親しみ易い人柄で一般市民からの信頼を得ており、警邏中でも擦れ違う商人や住民から挨拶される事も多い。

人から愛され易いというのは誇れる事なのだ、それを渇望しても尚手に入れる事の出来ない者が多いのだから。


「……モーガン、ちょっと一本くれん? その葉巻」

「え? お前さっき吸えねぇって……」

「いいから!」


突然の申し出に面を喰らったモーガンは苦笑を浮かべて、ヒュミドールから真新しい葉巻を取り出すと、アスコウが顔を逸らしたまま差し伸べた右手の上に軽く火を付けた葉巻を置いた。

彼女は葉巻を人差し指と中指の間に挟むと、いきなり口に持っていった。


「あ、吸い方にもコツがあるからな! 肺まで吸い込むなよ、味が重過ぎて肺が駄目にな……あ、あー……」


慌てて叫んだモーガンの忠告は、アスコウの激しい咳によって掻き消されたのだった。





これで三章終わり……! 

この時点で二十万字超えてるっていう事は、今構想が出来てる第七章が書き終わる頃には百万字超えるかもしれませんね。

まぁ、それまでモチベが続くかどうかですけど……。



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