鎮火
読者様方からのご意見は全て目を通させて頂きました。
本当にタメになる事ばかりで、今後の創作の参考とさせて頂きます。
「『破裂する魔弾』……!」
煌びやかに輝く魔法の弾丸がサヴィルアの構える杖、『銀竜の人差し指』の先から凄まじい勢いで放たれ、真っ直ぐギア目掛けて飛んでいく。
だがそれは、ギアの周囲を囲う豪炎に飲み込まれ、あっという間に燃え尽きてしまった。
続いてクレイドが大弓に番えた鉄製の矢を二本一気に放ったが、それもまた分厚い炎の壁に阻まれ、ギアに届く事は無い。
「なんて強い火……これじゃあ攻撃が通らない……!」
クレイドは頰に浮かぶ一筋の汗を輝かせながら、そう漏らした。
状況は変わらず、お互い決定打に欠けたまま続く戦闘。
「むぅ……」
遠距離攻撃が可能な隊員達は魔法や狙撃で攻撃を繰り返しているが、近接攻撃しか出来ないウィッテンはただ大盾を構えながら、ギアの動作を観察する事しか出来なかった。
そんな彼の背後で、モーガンは応急治癒用の魔法薬を飲み干した。
「ぐふぁ……沁みるぜ」
そう一人呟くと、ウィッテンが此方に背中を向けたまま口を開いた。
「火傷の痛みが引いただろう? アテンシア謹製の魔法薬だ」
「はい、かなり楽に……持って来てくれてありがとうございます、隊長」
「礼ならアテンシアに言うのだ、モーガン。 私はただ、それを運んだだけに過ぎないのだから」
「分かりました……」
肉体に蓄積した疲労が解されていくのを感じながら、モーガンは頷いた。
「ぐっ……サヴィルアに炎耐性を上げる魔法を掛けて貰ったが、やはり熱いな……貴殿は大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは、言えないですね……痛みは引いても、火傷を負ったって事には変わりませんから」
解魔の剣で防いだとはいえ、掻き消せたのはあくまで炎だけ、身を蝕む高熱は決して消える事は無いのだ。
その上直撃した『熱波』による熱は消えかけの『分厚い魔法防壁』を容易く貫通し、モーガンの皮膚を焼いた。
制圧作戦の時の様に黒焦げ、とまでは行かないが、皮膚の表面には淡い桃色の火傷跡が全身に満遍なく広がっている。
「クソッ……」
モーガンは最早感覚の薄れてきた四肢に鞭を打って、何とか立ち上がった。
「む、モーガンよ。残りは私達に任せよ、その為に私達は馳せ参じたのだから」
「でも……流石に皆に任せたまんまじゃ、俺としても良い気分ではないので……!」
「……分かった」
彼はウィッテンの巨大な背中から顔を出して、ギアの様子を窺った。
彼女は鉄の矢で貫かれた腕の痛みを必死で耐えながら、杖を振るって辺り一面に炎を撒き散らしていた。
その勢いと熱に第二部隊の面々は手こずり、魔法や弓矢の狙撃も全て焼き払われてしまっている。
炎の壁は厚く、何もかもを拒み、その中心に居るギアを固く護っている。
まるで精緻に飾られた国宝を守る近衛兵の様に、堅牢な炎。
その隙間から覗く彼女の顔に、最早余裕と冷ややかさは残っていなかった。
端正な顔立ちは腕を貫かれた激痛に醜く歪み、双眸には目を背けたくなる程の憤怒が宿っている。
何としても、止めなければ。
モーガンは先程貰った麻袋から治癒の魔法薬が詰まったガラス瓶を取り出すと、その中身を一気に呷った。
薬草やキノコ、虫などが凝縮された苦味に眉を顰めながら、彼はギアの姿を眺めた。
(あの火の壁は多分、貫ける)
まだ数回しか振っていないのであくまで憶測でしかないが、恐らく解魔の剣の効果が発動するのは刀身が魔法に触れた時に限定される。
そして、防ぐ事の出来る魔法には種類があるという事。
巨大な火球を放つ『太陽の種火』は防げるが、『熱波』にはなす術が無い。
きっと何か法則性がある筈だが、そんな事考える余裕は体力的にも精神的にも無い。
ただ今は、『熱波』が防げないという最低限の情報だけで充分だった。
(……だが、衝撃波が邪魔過ぎる……多分解魔の剣じゃ破れねぇし……)
モーガンは左手をポーチの中に突っ込んで、その中に残った小ガラス瓶を、一縷の希望を探った。
(……あれを破るには、もう呪術に頼るしか無ぇ!)
有効な手立ては残されていない、だからこそ自らの誇る呪術を信じるのだ。
モーガンは奥歯を噛み締めながら、右手の剣を握る力を強めた。
可能性は最早無いに等しい、主力の攻撃系呪術の媒体は尽き、『毒霧』や『淀み』といった媒体の残っている呪術はいとも容易く灼かれてしまい、その毒がギアの元へ届く事は無い。
呪術を絶たれたモーガンなど、ただ武器を振るう事しか能の無い脳筋だ。
現段階、モーガンの扱える呪術はあくまで戦闘を円滑に進める為の補助装備に過ぎない。
何故なら習得済み、又は媒体の量産が可能な呪術のおよそ殆どが液体と気体で、直接的な攻撃を加える事が出来ないからだ。
彼にとっての『弱さ』とは、呪術を使わなければ思い通りに戦いを進めれない事だ。
現にギアも、この解魔の剣が無ければ手も足も出ず、ただ焼かれるのみだった筈だ。
『弱さ』とは乗り越える物、それを越えたその先に、真の『最強』の玉座があるのだ。
(……やっぱ、馬鹿だな、俺。こんなヤベェ状況でも、呪術を使いたがっちまう。しかも攻撃用の呪術なんて、もう残ってねぇのに)
モーガンは、自分のどうしようも無く馬鹿な性に笑みを浮かべた。
そして口の端に付いた魔法薬の雫を右腕で拭って、必死に頭を回し始めた。
(『熱波』だっけか、あれは……厄介な術だ。詠唱時間も短いし、術式自体単純だから何発でも撃てる……)
恐らく然程集中せずとも放てるので、効率が良いのだろう。
様々な対策が脳裏に浮かぶが、其れ等を実行する体力も環境も無い。
「クソッ……」
モーガンはポーチの中で残り僅かとなった小ガラス瓶を二本、適当に取り出した。
簡単に砕ける様に薄く加工された特注の、茶色のそれ。
それらのツルツルと滑らかな表面に貼られたラベルに書かれたメモを見ると同時に、モーガンはふと思い付いた。
「………ッ、そうか……!」
それは論理的に破綻しているとも取れる、余りにも歪な作戦だった。
仮に、仮にあの『熱波』による衝撃波が魔法により一瞬で熱された空気を揺らしているだけで、空気の波自体が魔法ではないとしたら?
水面に刻み込まれた波紋と波紋が互いに打ち消し合う様に、その原理を応用させる事が出来るのではないか?
…………。
そうだ、方法はこれしか無い。
この他にも、サヴィルアなど、他の隊員に魔法を撃って貰うという手段も無い訳ではないが、それは余りにも危険過ぎる。タイミングが合わず、折角相殺したのに留めを刺すのが遅れて焼却、というオチは笑えない。
特攻するしか無いのか、そう諦めにも似た感情が脳内を掠った。
そうだ、もうこれだけ。
あの復讐に囚われた鬼を倒すには、最早これが最後の望み。
「……隊長」
高壁の様に巨大な大盾を構えて、自分の前に立つウィッテンにモーガンは尋ねた。
「何用だ、簡潔に頼む」
「ちょっと、俺の踏み台になってくれませんか?」
「……む?」
その時初めて、ウィッテンがモーガンに視線を向けた。
彼は赤褐色のスリッド越しに見える双眸をジッと見つめながら、説明を続ける。
「俺がこの剣と、呪術を使ってトドメを刺します。ギアは宙に浮かんでるので、一気に近付く方法がもう跳ぶ事しか無くて……」
ギアは目測で、地面からかなり離れた宙に浮かんでおり、何人も近付けない程の強烈な弾幕で自らの身を守りながら、周囲の大気を激しい炎で燃やし続けている。
「成る程。確かにあの距離を詰めるにはそれしか無い。だが、貴殿にあの炎を破る算段はあるのか?」
「はい。これと、ある呪術を使って」
「そうか……ふむ……」
ウィッテンは暫し考え込んだ後に、こう尋ねた。
「聞こう。貴殿の考えとやらを」
「はい……!」
そうしてモーガンは自分がほぼ瞬間的に構築した計画をウィッテンに簡潔に話した。
それを聞いた彼は意外にもあっさりとした声でこう言い放った。
「そうか。存分にやるといい」
彼は赤褐色の兜の下で、フッと微笑んだ。
「貴殿は覚悟があるからこそ、その計画を実行するのだろう? それをどうして私が止めよう事が出来るだろう、いや、出来ない。貴殿が今、此処で命を散らす覚悟があるのなら、喜んで貴殿を死地へ送ろう」
「……死に場所は決めましたよ。死にませんけど」
「ガハハハハハ、そうか!」
ウィッテンは重厚で巨大な特大剣をモーガンのすぐ横に振り下ろすと、真剣な声で言った。
「ほら、モーガン。跳ぶのだろう? 来ると良い」
「はい!」
モーガンは数歩後退りして、適当にウィッテンとの距離を離した。
「行きます!」
「よし、来いッ!」
ウィッテンが威勢の良い声で叫んだ後に、モーガンは駆け出した。
彼は速度を緩める事無く走り、ウィッテンの眼前まで来ると、軽く跳躍した。
そして、彼の構える特大剣の刃先に右足を着けると、其処からは階段を駆け上るかの様に左足で腕、右足で肩という風に身軽な動きでその巨体を登っていく。
そして肩に踏み掛けた足に渾身の力を込めると、残り僅かな力を振り絞って高く跳び上がった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
突然の事にギアは目を見開いて驚いたが、直ぐに杖を構えて詠唱を始めた。
空中では動いて避ける事が出来ない、彼女にとって今のモーガンは宙に括り付けられた、ただの的に過ぎない。
「『熱波』……!」
先程と同じ様に、杖の先に強く凝縮された炎が灯り、それが爆ぜると同時に高熱を孕む衝撃波が空気を揺らし、モーガンに襲い掛かる。
今しか無い。
彼は左手に持っていた小ガラス瓶を握り潰すと、その中に詰め込まれていた媒体を取り出した。
それは夜の暗闇が凝縮されたかの様に黒く、澱んだ液体だった。
「『薪』!」
モーガンは術名を半ば雄叫びの様に叫び、媒体から錬成した粘度の高い黒色の液体を右手から放り投げた。
それとギアの放った熱波が衝突する。
刹那、
モーガンとギアの間で、激しい炎が燃え上がり、凄まじい爆発が発生した。
「えっ…!?」
初級呪術、『薪』。
重油に少量の薬草を混ぜた物を媒体として発動する、着火性の高い粘液を発生させるという呪術だ。
ほんの少しの火、それでこそ燃え尽きた灰に燻る残り火でも着火してしまい、大爆発を起こしてしまうので、取り扱い危険と思って今迄使わなかったのだ。
用途も精々発生させた粘液を瓶詰めにして、即席火薬瓶にする程度しか無いと思い込んでいたが、まさかこんな使い方もあるとは。
その爆発は激しい炎と共に凄まじい轟音を立て、『熱波』を打ち消してしまった。
「……ッ!」
それと同時に発生した大量の黒煙に、辺り一面は包まれ、視界が遮られた。
ギアが慌てて詠唱を始め、再び炎を纏おうかとしたその時、立ち込める煙幕が綺麗に両断された。
その向こうから姿を現したのは、解魔の剣を携えたモーガンだった。
髪の毛は焦げ、皮膚は焼け爛れ、体力も尽き、最早身体を炙る炎の熱すら感じなくなっているだろう。
満身創痍。
だというのに、彼の背中にはそんな弱々しさは微塵も見当たらない。
其処にあるのは剥き出しの闘志、意地、そして勝利への渇望だ。
「うおあああああ!!」
一瞬先に待ち受ける未来を悟ったギアの顔が、醜く歪む。
それと同時に、絶望と憤怒に血走った右眼に解魔の剣が突き刺さった。
「ーーーーーーッ!」
ギアが声にもならない、野獣の咆哮にも似た悲鳴を上げて地面に墜ちる。
左腕から地面に落ちたモーガンは突然自分の身体を走る激痛に目を大きく見開いた。
どうやら骨が砕けたらしい、普通なら悶絶する程の痛みだが、今のモーガンにとって、そんな物はクワガタムシか何かに指を挟まれた程度にしか感じなかった。
彼は素早く立ち上がると、動かすだけで激痛が走る左手でポーチの中から呪術の媒体を取り出して、地面に倒れるギアの側に近寄った。
そして媒体が入った小ガラス瓶を握り潰すと、左手の掌をギアの口に付けた。
「『深い夜の夢』ェ!」
すると、モーガンの掌から青白い煙が放たれ、ギアが突如痙攣し出した。
いや、正確に言えばそれは痙攣ではない。
反撃する為に身体を動かそうとしているが、彼女の四肢が僅かにしか動かなくなっているのだ。
何故なら、彼女の身体は即効性の神経毒に侵されているのだ。
初級呪術『深い夜の夢』、これを発動するという事はつまり、モーガンの計画が全て円滑に終わった事を示す。
「……今からお前を縛り上げて、憲兵団本部の地下牢まで護送する。勿論、杖は取り上げるぜ」
モーガンは万が一の場合に備えて、魔法を放てない様にギアの手から杖を引き抜く。
彼女の手には握力も無く、スルリと杖が離れた。
ああ、やっと終わった。
だが彼の胸の中に危機を撃退した達成感と安堵感は無い、あるのはギアに対する微かな罪悪感とそれを掻き消してしまう程の疲労感だった。
「モーガン! 良くやった!」
ウィッテンがモーガンの元へ駆け寄って来る。
「……ウィッテン隊長、終わりまし……た……」
信頼する上司の姿を視認したと同時に、不意にモーガンの視界が揺れた。
「ッ、モーガン!」
地面に顔から倒れ込む直前にウィッテンの手がモーガンの右腕を掴む事で、間一髪激突は免れたが、ホッと息を吐く余裕も、今のモーガンには残されていなかった。
「大丈夫か、モーガンよ! サヴィルアはギアを縛れ、アスコウはガンザを、トレイスとアテンシアは周囲を警戒しろ、私はモーガンを背負う!」
「分かった……!」
170を越えるモーガンの身体を、まるで人形でも扱うかの様にウィッテンは軽々と背中に乗せて、歩き出した。
「………ぅ…」
揺り籠の様に一定のタイミングで揺れるウィッテンの背中は冷たく硬いものの、何故か安心出来て、モーガンは安らかに瞼を閉じた。




