呆気無い結末
「くっ……」
やはりツヴァイヘンダーは特大剣の名を冠するだけあってメイスとは比べ物にならない程重い。
筋力も平均程しか無いモーガンにとっては片手に持つのは厳しく、武器として扱う為には両手で持たなければならない。
しかし両手が塞がってしまえば媒体の詰まった小ガラス瓶を握り潰す事も出来ず、従って呪術を放つ事も不可能だ。
「やっぱり……こうするしか無ぇなぁ!」
モーガンはツヴァイヘンダーの刃先を蹴り上げると、その折れた刀身を右肩に乗せた。
肩当てが付いてる為良いものの、もしこれが無ければ超重量を誇る刃は自重だけで沈み、鎖帷子を貫いてやがて皮膚をも斬り裂くだろう。
設計者には感謝の一言しか無い。
「さて……これで安心して振れるな」
メイスを携えた時の俊敏な動きとは裏腹に立ち回りは重鈍な物になってしまう筈だ。
だが呪術が使えるという事だけで、安心感が違う。
モーガンにとって呪術とは、何よりも信頼出来る武器なのだから。
彼が弟王子を中心に円を描く様に歩きながら様子を見ている内に、反対側にガンザが到着した。
不安げにキョロキョロと首を回す弟王子の肩越しに、ガンザの双眸が輝く。
モーガンはツヴァイヘンダーの柄を握り締めると、静かに頷いた。
そして、空いた左手をポーチの中に突っ込み、なけなしの小ガラス瓶を掴み取った。
それを握り潰すと、拳を自らの胸に当て吼える。
「『蠍星の祝福』!」
確か闘技場で蜥蜴人にトドメを刺す時に使った、モーガンの知る限り最強の上級呪術。
全身から微量でも数多の生物を簡単に死に至らしめる程の強い毒性を持つ煙を発動させるという効果で、この煙を吸い込んで生き延びた者を彼は知らない。
これは重いツヴァイヘンダーを持つ事で咄嗟の防御が出来なくなった為、保険として貼った防護壁だ。
あの大槌を持った弟王子が簡単に近寄れなくする為の策。
立ち止まらない為ドーム状には広がらないものの、それでも両手の届く範囲の空気は強い毒の粒子で満たされる。
側から見れば紫色に染まる炎を纏った剣士が歩いている様にも見えるだろう。
自分の姿を見る事は出来ないので、あくまで推測に過ぎないが。
「……クソッ」
何の意味も無しに悪態を吐くと、モーガンはツヴァイヘンダーの柄を握り締め、ひたすら気を窺う。
すると、不意にガンザが武器を構えて駆け出した。
どうやら痺れを切らしたらしい、あの眼は本気だ。
ガンザの突撃に不意を突かれた弟王子は彼の方を振り向いて、大槌を構えた。
するとモーガンの目の前に投げナイフが突き刺さった背中が露わになった。
一瞬斬り掛かって背面から奇襲を仕掛けようとも思ったが、何か意図があって敢えて無防備な背中を晒しているのではないかと警戒し、それ以上近付く事はしなかった。
「ふんッ!」
弟王子が力任せに振り下ろした大槌をガンザは横にローリングして回避すると、直ぐに立ち上がってガラ空きになった脇腹に剣を突き刺した。
「……がぁ…!」
彼はヤケになってガンザを蹴り飛ばすと、大槌を頭上に構えて短く詠唱すると大量の霊魂を呼び出した。
その数は少なく見積もっても先程繰り出した物の二倍以上、到底躱せる数ではない。
「『怨嗟の追跡者』ぁぁぁぁ!!」
只ならぬ気配を感じたモーガンとガンザは一斉に駆け出し、弟王子との距離を取った。
だがその背後を追う様にして霊魂達は真っ直ぐ近付いてくる。
あれ程の量だ、被弾すれば身体中が焼け爛れて、とても戦える状況は保てないだろう。
モーガンは走りながらも決して弟王子から視線は離さない。
立ち止まる事もせず、只ひたすらに走り続ける。
彼は確かな希望を胸に、声を潜めて、仲間の名を呼ぶ。
恐らくこの声は、彼の耳に届く筈だから。
「おいガンザ。おい、ガンザ!」
かなり離れているが、この程度の声でもガンザには聞こえるだろう。
あの神懸かり的な地獄耳はこれ程の声量でも決して聞き逃さない筈だ。
「聞こえてるなら床を剣で叩くか、さっきみてぇにナイフを弟王子に向けて投げろ」
そう捲し立てた後、モーガンはただガンザの動向に注意した。
すると彼は腰のベルトから小さなナイフを取り出すと、それを弟王子に向けて投げた。
ナイフは大槌によって簡単に打ち落とされてしまったが、それでも一方的であるが情報伝達が可能であるという事を表してくれた。
「よし、聞こえてるな。この弾は多分かなり時間が経たねぇと消えねぇから走り続けて撒きたいんだけど、そんな時間は無ぇな。今から俺が近付くから、その隙に背後から斬り掛かってくれ。良いな?」
恐らくこの声も聞こえているだろう、ガンザは再び投げナイフを投擲した。
弟王子がそれを大槌の頭で防いだのを見計らって、モーガンは彼に向けて全速力で走り出した。
だが、やはり通常と比べれば僅かに遅い。
それに気付いたのか、弟王子は大槌を左手に持ち替えると右手に先程と同じ長槍を生成して、それを接近するモーガンに向けて投げた。
機械弓か何かで射出されたかの様な凄まじいスピードで迫り来る魂魄の長槍はあっという間にモーガンの眼前に到達した。
彼はその場に足を止めてグッと力を込めるとツヴァイヘンダーの柄を両手に持ち、肩から刃を足元に落とすと、飛来する長槍を斬り上げた。
「オラァッ!」
ツヴァイヘンダーの鋼鉄の刃は長槍と衝突して喧しい金属音を立てると、見事に長槍を弾いたのだった。
突然外部からの力が加わったそれは宙に浮かび上がると、床に落下した。
「……くっ」
両手に走る痺れに一瞬顔を歪ませたが、直ぐにツヴァイヘンダーを右肩に乗せると再び走り出した。
「何……!?」
驚愕の色に顔を染める弟王子が特大剣の間合いに入った事を直感的に悟ると、モーガンは弟王子の脳天にツヴァイヘンダーを振り下ろした。
だがその斬撃は弟王子が咄嗟に構えた大槌の長い柄で簡単に受け止められてしまった。
(良し、掛かった……!)
これはブラフだ。
背後からガンザが近付き、確実に仕留める隙を作る為の。
いつの間にか音も無く接近していたガンザは剣を構えると、弟王子の首元に飛び掛かった。
「ッ!」
反射的に彼はモーガンを突き飛ばすと、振り返ってガンザに大槌を振り下ろした。
だがその渾身の一撃はヒラリと身を翻して回避された。
それと同時に彼は、セルヴィ・ジェルドラ・ガーランドは気付いた。
自分の背中が全くの無防備になっている事を。
「し、しまっ……!」
モーガンは獰猛な笑みを浮かべると、弟王子の背中を蹴り飛ばした。
そして地面に伏した彼の首元を足で踏み付けて固定すると、ツヴァイヘンダーを天高く振り上げた。
「ッ、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そして弟王子の首に、ツヴァイヘンダーの刃が叩き込まれる。
グジャリ、という肉が裂け脊髄が砕ける鈍い音が鳴り響き、生々しい感覚が鋼を通じてモーガンの両手に伝わって。
刹那、裂傷から鮮血が噴水の様に湧き出て得物の鋼を真紅に染める。
「……ゔ、ぁ」
漏れる息と共に呻き声を上げたのを最後に、弟王子は床に倒れた。
それと共に彼の右手に握られていた霊魂を凝固して造られた大槌が輝きを失い、ボロボロと崩れ去り、最後は砂塵となり石レンガの隙間に消えていった。
そしてモーガン達を追っていた大量の霊魂も。
まるで全ては夢幻か何かだったのではないかと錯覚してしまう程に。
そして訪れる、深く重い沈黙。
冷たく血生臭い空気の帳を切り裂いたのは、モーガンの言葉だった。
「……つくづく、不思議に思う。もしこの方が放逐されていなければきっと、王都の発展に尽くせたんじゃないのか?」
彼は弟王子の死体を見下ろして、言った。
「何で、何で錬金術と降霊術を学んだだけでこんな扱いを受けるんだ? それゃ人間を創るなんて倫理的にも人道的にも問題しか無いかもしれない。だけど……こんなのあんまりだ」
「……それがこの国の法律だ。王族だろうと捻じ曲げる事は許されない」
ガンザはその骸の首に手を当てて脈を測った。
そんな姿を眺めながら、モーガンは苦笑した。
「でも……この人、弱過ぎるんだよ」
ピタリと、ガンザの手の動きが止まる。
「俺達が二手に分かれて攻めた時、明らかにこの方は焦った。どっちから相手にしようっていう風に。だからこそバックアタックの危険性に気付いていなかったし、俺達の片方が仕掛けても、その対応に一杯一杯になっていた」
「……やはり、お前も気付いていたか」
「当たり前よ、伊達に六年武者修行してねぇよ」
「それで、そんなお前は何を思った。弟王子の戦闘スタイルを見て」
「戦い慣れしてねぇな。命取る事に抵抗感を持ってた」
モーガンはまるで食堂で出てきた料理の感想か何かを言う様にアッサリとした口調で切り捨てた。
「本当は復讐なんて上っ面だけだったんじゃねぇか? もし本気で王都ぶち壊すつもりなら、態々ギア使って憲兵団に危機伝える必要も無かっただろ」
「…………人としての温情や民を想う心を、捨て切れなかったのか」
「あぁ、もしそうだとしたらこの方は……素晴らしい王にも成り得た」
彼はポツリと呟いた。
「何で、そんな人がちょっと罪を犯しただけでこんな場所に閉じ込められたんだろうな……」
そんな呟きに、ガンザは生真面目に答えた。
「…………錬金術と降霊術は使い方次第で利益も危害も生むかもしれない。それこそ歴史に名の残る歴戦の騎士や魔法使いの魂を創り出した肉体に降ろせば最強の軍隊が作れる。逆に国家反逆を狙う犯罪者を創り出せば、国はこれ以上無い危機に見舞われる。術を身に付けている事、それだけで罪に成り得るだろう」
「…………」
モーガンは歯を噛み締めて、俯いた。
「俺達が考える事ではない。俺達は国と国王に仕える一介の憲兵に過ぎない、罪を裁量するのは国王と側近の大臣達の役目だ」
「……あぁ、そうだな」
彼は血に染まったツヴァイヘンダーを弟王子の首から引き抜くと、それを肩に担いだ。
「……すまんな、ガンザ。余計な事考えちまった」
「別に構わん」
「ありがとう……さぁ、早く最下層まで行くか。モタモタしてるとこの蟲が王都に辿り着いちまう」
「そうだな、先を急ごう。他の仲間達は待つか?」
「いや、待たねぇ。大量の蟲を相手取るのに時間取っちまったから、急がねぇと」
「了解」
そうして彼等は疲弊した身体に鞭を打つと、砦蟲の弱点があるであろう最下層へと足を進めた。
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朝方から突然降り始めた雨は、八時に差し掛かっても依然止む気配を見せなかった。
どうやら通り雨の類ではないらしい、一日中降り続きそうだ。
暗く澱んだ雨雲、横たわる灰色の下に、それらは建てられていた。
超巨大生物来訪により万が一の場合を想定して、王都の外の平原に設けられた避難所、此処は強力な魔法で守られている為怪物が侵入してくる危険は極端に低い。
避難者が撃退作戦終了までの時間を過ごす為に建ち並べられた大量のテント。
その中の一つに、エスパダとギアの姿があった。
彼等は事情を知っているからとはいえ只の一般人に過ぎない。
エスパダは数日間憲兵団の監視下に置かれていたギアを引き取り、一緒に避難していたのだ。
お世辞にも広いとは言えないテントの中、エスパダが戦術書を読んでいると不意にギアが声を上げた。
「あ……」
彼女は虚空を眺めながらゆっくりと立ち上がると、そのまま棒立ちになった。
エスパダはその不審な様子が気になり、書面から目を離して尋ねた。
「ん? どうしたんだ?」
彼女は一切身動ぎする事も無いまま、極めて平坦な声で告げた。
「今、セルヴィ様が死んだ」
「え……?」
「挟み討ちを、喰らって、首に、特大剣を、叩き込まれて、死んだ。敵は二人組で、とても、強かった」
すると次の瞬間、ギアのうなじ付近に小さな青痣が浮かび上がった。
それは徐々に広がるとまるで剣で斬られたかの様に細長い跡を創り出したのだ。
「あ……あ、あ……!」
ギアは両手で自らのうなじを覆い隠すと、膝から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫か!?」
息を荒げる彼女の様子を見て、流石に只事ではないと悟ったエスパダは慌てて声を掛ける。
だがその声は、ギアの耳には届かなかった。
「そっか、魂が共有、されてるから、死んだら、傷も、リンクするんだ。勿論、痛みも」
「な、何を言っているんだ、お前は!?」
彼女は俯きながら、ポツリと零した。
「セルヴィ様は、ボクにとっての、光だ。そのものだ。だからこそ、その光を、遮る、邪悪な暗雲は、取り払わないと」
そして、氷の様に冷たく感情の無い声色で小さな言葉を口にした。
「……許さない」
「え……?」
ギアの呟きは、彼女の抱く激しく醜い感情の増幅に合わせて大きくなっていく。
「許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない」
彼女はフラフラと覚束ない足で立ち上がると、そのままゆっくりと出口に向かって歩き出した。
「なぁ……? お前は一体、今から何処に行くつもりなんだよ……?」
「セルヴィ様を、殺した、憲兵達を、殺す」
「な、何ィ!?」
いくら蟲妖精だとしても、こんな年端もいかない少女に殺しなど覚えさせてはいけない。
そんな正義感と共にエスパダはギアの手首を掴んだ。
「ちょっと待てよ、落ち着け!」
「落ち着ける、筈が無い。多分時間的に、奴等は、まだ、トローノの心臓まで、辿り着いてない。今から、行けば、間に合う」
「おい、ちょっ……!」
「しつこい」
ギアがそう呟いた次の瞬間、エスパダの身体はまるで巨人か何かに蹴り飛ばされたかの様に吹き飛んだ。
「っぐほぉ!?」
彼は突然の事態に困惑の悲鳴を上げながら防具や道具の入った木箱の山に突っ込んだ。
「あ、熱ッ!」
エスパダは鎧越しでも感じる身を焼く程の凄まじい高熱に目を見開き、思わず情け無い声を上げた。
瞼が焼け、皮膚が爛れてしまうのではないかと錯覚してしまう程の熱が、彼を襲ったのだ。
「……それは、ぐふっ……魔法、か……!」
先程感じた衝撃は明らかに魔法により放たれる衝撃波のそれであり、尚且つ炎の様に高温の空気を撃ち出す手段など、エスパダは魔法以外知らなかった。
だが、高温の衝撃波を放つ魔法を彼は知らない。
火炎系魔法から派生した物だろうか、そんな仮説が頭の中で飛び交うが、テントから出ようとするギアの姿を見ると、その様な疑問は一気に消し飛んだ。
「ま、待てギア……!」
外は雨だ、と言って上半身を起き上がらせようとしたが、此方を振り返ったギアの双眸を見て、思わず静止した。
沼だ。
泥や死骸、腐葉土に腐った果実など、ありとあらゆる不純物が積もりに積もって形成された深い沼の如く、その奥底に隠された感情が見えない。
殺意や怨嗟といった物全てを超越した感情、少なくともエスパダにはそれを理解出来る程の経験を積んでいなかった。
敬愛する主人が殺されたのだ、その苦痛と悲しみ、怒りは想像を絶するだろう。
彼が押し黙っていると、ギアは首を傾げた。
「何も、無いなら、行くよ」
そう言い残して、彼女はテントから出て雨の降り頻る外へ姿を消した。
エスパダはゆっくりと立ち上がると、未だに熱で痛む頰に手を当てながら小さくごちた。
「…………すまねぇ」
虫の羽音の如き小さな謝罪の言葉は、喧しい雨音に掻き消されていった。




