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昏い聖戦





湿った黴臭い空気を肩で切り裂きながら慎重に階段を下っていく。

メイスを前に構え、左手に『静かなる黒霧』の媒体が詰まった小ガラス瓶を握り締め、神経を研ぎ澄ませながら静かに歩を進める。


仲間は居ない。

ただ一人でこの先も見えぬ道を歩いているのだ。

他の憲兵達は、依然階段で戦っている彼等は無事だろうか。

何人が死んで、何人が生き残っているのだろうか。

そんな事、モーガンには知る余地も無い。


彼はただ、最後の一人になっても武器を振るうだけだ。


「…………!」


薄い苔が覆う石段の先に見えたのは、見上げる程巨大な鉄製の扉だった。

手で触ってみても特段変わった感触は無く、地下塔の入り口に付与されていた様な侵入と脱出を防ぐ魔法は掛かっていない事が分かる。


この先に、この騒動の元凶であるセルヴィ・ジェルドラ・ガーランドが居る。

モーガンはこの長い激闘の先が見えた様な気がして、思わず顔が強張った。


そして意を決すると、彼は重々しい鉄の扉を開け、その先へ足を踏み入れた。


「……此処は」


其処は天井から吊るされた巨大な燭台に燃える炎だけが照らす、薄暗いフロアだ。

到底独房とは思えない程巨大な円柱形の部屋の中心に置いてあったのは朽ちかけのテーブルとそれを囲む二つの椅子。


その中の片方に、誰かが座っていた。


「やあ、初めまして」


それは長身の初老の男性だった。

頰は痩せこけ、白髪混じりの髪や髭は茫々に伸びて縮れている。薄汚い麻製のマントに身を包んでいたが、それでもその立ち姿には確かに高貴な魂を感じた。


モーガンは彼から目を離さずに階段を下ると、そのままゆっくりとテーブルに近付いた。

男はモーガンの横目で見ながら、首を傾げた。


「む、見る限り此処に辿り着いたのは君だけらしいが……他の憲兵達は上で戦っているのか?」

「……その前に、名前をお聞きしたいのですが」


息を潜めて冷静さを保ちながらモーガンは尋ねた。

その答えは薄々勘付いている物だったが、一応の確認の為に質問を投げ掛けたのだ。


「おお、これは失敬。何しろ家族以外の人と話すのは久し振りでな、礼儀作法も忘れかけているのだよ」


男性は椅子から立ち上がると、まるでウェイトレスか何かの様に恭しく丁寧に頭を下げた。


「私の名はセルヴィ。君達が倒しに来たトローノ……あのデカブツの主人だ」

「……! そうですか、やはり貴方がセルヴィ弟王子……!」

「出来れば名前だけで呼んでくれ。私はとうの昔に血筋を捨てた身だからな」


その言葉を聞いて息を飲んだモーガンは床に片膝を着いた。


「分かりました、セルヴィ様。お目に掛かれて光栄です」

「うん、それで良い。それで、貴様の名は?」

「俺は憲兵団第二部隊所属モーガン・チェンバレンです」


彼は満足気に笑うと、椅子に腰掛けた。


「さぁ、道中で様々な刺客と一戦交えて疲弊しているだろう? お茶でも飲み給え」

「……お茶? こんな場所に紅茶なんてあるんですか?」

「フッ、じきに分かる」


セルヴィ弟王子は長く伸びた顎鬚を指先で弄りながら、瞼を閉じる。

すると、彼の背後に突如白い靄の様な物が立ち込めた。

モーガンが驚いている間にも、それはまるで粘土細工の様に形状を自由自在に変え、遂にはハッキリと視認出来る程鮮明な人間のシルエットを創り出した。


「そ、それは一体!?」


思わず椅子から腰を浮かべたモーガンの驚愕した顔を嘲笑うかの様に、セルヴィ弟王子はクククと殺した笑い声を上げた。


「幽霊さ」

「幽霊?」

「あぁ。私の操る『降霊術』により召喚しているのさ。彼女の名前はカラスコ、昔王城に給仕として仕えていた女性だ。とはいっても先代の時代だけれどもな。とっくに死んだ故人よ」


その時モーガンは初めて理解した。

この塔に侵入してから、いやそれ以前からずっと解けずにいた謎の答えを見つけ出した。

セルヴィ弟王子は錬金術で異形の蟲の肉体を創造し、その上剣術や武器の扱いなどの知識を与える為に降霊術で魂を宿していたのだ。

ならば先程の蟲騎士長の様な明らかに高度な技術と知能を感じた剣捌きも説明出来る。

そして、独りでに何の仕掛けも施されていない罠が発動した事も。


彼が犯した禁忌は一つではなかったのだ。


「……まさか貴方は、降霊術にも手を染めて……」

「あぁ。降霊術は錬金術に並んで王国ではタブー視され、忌避される技術。当然それを習得した私は王家を追放され、この様な場所に監禁された、という訳よ」


弟王子は机に両肘を着いて、手を組んだ。

そして蝋燭の光が淡く照らす顔を歪ませ、不敵に笑った。


「君はこんな惨めな私を笑うかい?」

「いえ、学問に熱心な姿勢は評価に値しますし、それに人間の好奇心とは簡単に抑えれる物でもない。禁忌と呼ばれる術にも手を出したくなるのが人間の性でしょう」

「ククク……君は面白いな、チェンバレン」

「勿体無きお言葉」


ふとその時、幽霊が古びた木製のお盆を持ってフワフワと浮かびながら机に寄ってきた。

そしてその上に乗っていた二つのティーカップを向かい合う二人の手前に置くと、そのまま何処かへ消え去っていった。

残されたティーカップには並々と注がれた鮮やかな小麦色に透き通る液体。

恐らくこれがお茶である筈だが、この液体は紅茶や緑茶の類とは到底思えない程の強烈で独特な匂いを放っていた。


思わず眉を顰めるモーガンの姿を見て、弟王子は目を見開いた。


「……おっと、もしかして君は『緑腥草(りょくせいそう)』で作った茶を見るのは初めてか?」

「こ、これって『緑腥草』で作ったんですか!?」

「あぁ、いかにも」


緑腥草とは一般的にも広く知られる薬草で、その驚異的な繁殖力と独特な臭気から戦場では重宝されるものの庭園を持つ貴族や庭師などからは雑草だと疎まれる存在だ。

胃腸薬などに使える事は知っていたが、まさか茶葉として利用する方法もあるとは。


「本当は旧大陸の文化なのだが、錬金術を学ぶ際にふと気になってな。この塔に幽閉されてからはよく飲んでいるんだよ」


彼は天井を指差した。


「ホラ見給え。幸いこの監獄には緑腥草が群生している。水も壁から湧き出る地下水を溜め込んだ物を使っているんだ」


薄暗い天井は確かに凄まじい量の緑腥草で覆われていた。

その全ての葉々は青々と茂り、日光の無い地下でも健気に成長を続けているのが見受けられる。


「住めない所は無い、それが私がこの十年近くで学んだ事さ。まぁ最初は右も左も分からず、錬金術の精度も悪かったから苦労した物よ」


これを、と言って弟王子は身に纏うボロ布当然のマントを開けて自らの肉体を晒した。

麻製の囚人服を加工して作られたそれの下に隠された皮膚は土色に汚れ、身体には最早骨と皮しか残されていなかった。

長い年月を日光も当たらない陰鬱な場所で過ごした為か、四肢は痛々しい程に痩せ細っており、ミイラと形容しても申し分無い程だ。


思わず言葉を失ったモーガンは瞼を閉じ、ただ「成る程」と呟いて再び椅子に深く座った。

そして彼はこんな質問を投げかける。


「…………貴方は、自分をこの様な姿にさせた王国を、延いては王族を恨んでいますか?」

「当たり前よ。でなければこの様な暴挙には至らず、君達憲兵が私の元へ来る事も無かった」

「……俺はこの蟲を内側から破壊し侵攻を止める事を命じられ、十一人の仲間と共に塔へ足を踏み入れました。もし貴方が俺達の足止めをするのであれば、俺達は貴方を憲兵団の名の下に殺めなければなりません」


モーガンは緑腥草の茶を飲み干すと、静かにメイスを引き抜いた。

そしてそれを弟王子の眼前に突き出すと、真剣な表情で続ける。


「俺達も貴方の様な方に刃を向けたくありません。どうか是非、そのまま椅子に座っていて下さい」


暫し弟王子はモーガンの双眸を睨み、そして不意に笑った。


「その願いは、聞き入れられないな。私はこの時を長年待っていたのだ。泥水を啜り、錬金の過程で生まれた失敗作の肉の塊を頬張りながら、この薄暗い地下牢で。今更引き返せるか」

「そう、ですか……」

「年を経れば君も分かる様になる。時間は感情を風化させる物だが、その代わりに余りにも強く醜い感情は削る事が出来ず、逆に増幅させてしまうという事を」


彼はモーガンの構えたメイスの頭を掴んだ。


「さぁ、やろう。君と私で、国の命運を賭けた素晴らしい決闘を」


弟王子が緑腥草茶を飲み干し、椅子から立ち上がろうとしたのをモーガンは制した。


「お待ち下さい。もう一つお聞きしたい事が」

「ん? 何だ」

「貴方が寄越した蟲妖精の少女、ギアについてです」


その問いに弟王子は一瞬目を丸くしたが、直ぐに平然とした表情を取り戻した。


「…………ククク、そうか。誰かに保護されたという事は知っていたが、ギアは君と出逢っていたのか」

「正確には俺の友人ですけどね……それにしても、何故分かるんです? あの娘の行動が」

「あの娘は肉体を錬金術で、魂は降霊術で創り出した私の従順なる僕だ。そしてギアの魂には私の魂の欠片を分け与えている為に、今彼女が何処に居るのかという事や感情などを何となく把握出来るのだよ」

「…………?」

「……申し訳無いね、久しく外部の人間と話していなかった為か言葉が少々あやふやになっている。説明もよく解らないだろう?」

「はい、そうですけれど……大体把握しました。つまり貴方はギアの動きを何となく察知出来るという訳ですね?」


モーガンは呪術以外の魔術や奇跡などの術式には滅法疎い。

それ故に詳しい原理などは理解出来ないが、ギアの動向は確認出来るという簡単な事実なら解った。


「まぁ、そういう事だ。君の友人、名前は?」

「えっ……えっと、ドメイル・エスパダです。冒険者やってます」

「そうか……ドメイル・エスパダ。彼は良い人間だな、偶然出会っただけの少女にああも尽くせるとはな。友人として大切にし給え」

「……言われなくても」


モーガンはメイスを下げると、小さく微笑んだ。


「…………セルヴィ様、やっぱり貴方は優しい人だ」

「優しい人だと? 禁忌に手を出し、あまつさえ復讐を行なっている世紀の大悪党が?」

「はい。わざわざ錬金して創り出した部下を派遣して危機を伝えて民を避難させる猶予を与えるなんて、普通に復讐を企てる人間ならそんな事お構い無しだと思いますよ」


弟王子はハッと息混じりに笑みを溢すと、麻のマントを翻して背中を向けた。


「……トローノは重鈍である為に王都に辿り着くまでは時間が掛かる。それに私は王族の殺害ではなく王都の破壊と僕の蟲達を使った土壌の汚染を目指しているだけだ。民の命までもは奪わない」

「それでも、民の生活は奪うんですね」

「当たり前よ。それが目的を達成する上の過程なら、私は喜んでそれをしよう」


モーガンは弟王子の背負う怨嗟と人間性が混ざった激しく醜い感情の片鱗に息を飲み、そして立ち上がった。


「…………貴方を今此処で殺す理由が出来ました。王都を破壊されたら、俺達も路頭に迷う事になってしまうので」

「クククク……丁度良かった。私も君を殺したいと思っていた頃だったよ」

「よし、それでは……」


ポーチから取り出した媒体の詰まった小ガラス瓶を左手の中で握り潰し、彼は叫んだ。


「俺はお前に武器を振るぞ、セルヴィ・ジェルドラ・ガーランド!『静かなる黒霧』!」


そして左腕を振るうと、その掌からドス黒い毒霧が噴射し辺り一面を包み込んだ。


「おぉ、これは呪術! しかもかなりの練度だ! 」


弟王子がマントの端で口を覆ったと同時に隙が生まれる。

それを見逃さなかったモーガンは黒霧の中に突入して、弟王子の頭にメイスを振り下ろした。

だが、その会心の一撃は防がれる。

弟王子の右手から突如出現した白い大盾により。


「ッ、何だこれ!」


息も吐かせぬままに何度も連撃を浴びせるが、それらの打撃は全て大盾に防がれて弾かれてしまう。

白い靄が凝固した様にも見えるそれは一見脆弱と思えるが、防がれた時に感じる感触は鉄壁のそれに酷似していた。


予想外の事態に戸惑っていると弟王子は大盾と同じ様に左手に突如現れた巨大な長槍で薙ぎ払ってきた。

モーガンは地面を転がってその刃の軌跡から逃れると、そのまま後退して弟王子との距離を取った。


「それは一体?」

「この長槍と大盾は降霊術を応用した物でな、霊を凝固させる事により鉄の様な硬度を持つ武器を生成出来るのだよ。確か術名は『魂魄の武器』だったかな」

「へぇ……詠唱やらは無ぇのか?」

「確かにしたが、かなり短縮させていた。術式も単純で無駄ばかりだったからな、削りに削った結果二秒程あればこの程度の降霊術を放てる様になったのだ」

「……大分訓練したんですね」

「時間なら腐る程あったのでな」


弟王子は長槍を頭上に掲げると小さく何かを呟いた。

すると彼の身体の周囲に靄の塊の様な物が出現し、漂い始めた。

恐らくあれが彼の言う霊なのだろう。そうするとこの状況はかなり危うい。


「さぁ、今度はこちらから仕掛けさせて頂こう。『怨嗟の追跡者』」


長槍を振り下ろした瞬間、その大量の霊魂達がモーガン目掛けて飛んできた。


「こ、これは……!」


慌てて彼はその場から退くが、白い霊魂達はその軌道を追うかの様に曲がってモーガンを追い掛ける。

追尾しているのだ、逃げ惑うモーガンを。


「クソッ!」


彼は弟王子を視界に捉えたまま霊魂の行く手から逃れようと走り出すが、その背中を執拗に付け狙っていく。


「いつまで追ってくるんだコイツ等は……」


モーガンは走り続けながら霊魂を撃退する術は無いかとポーチの中を探る。

ふとその時、彼は気付いた。

視界の端から高速で迫り来る何かの存在に。


「ッ、うぉぁ!」


それは大盾を構えて突進してくる弟王子だった。

彼はあっという間にある程度あった筈の距離を詰めると逃げていたモーガンの眼前に立ちはだかると鋭利な魂魄の長槍を振り下ろした。

モーガンは反射的にメイスを構えて防御したが、その斬撃は余りにも強く、それを一体に受けたメイスからバキッという嫌な音が鳴り響いた。


思わず音の鳴ったメイスの柄を見ると、木製の部分が砕け、内部に通った鉄芯も歪んで曲がっている。

恐らく此処までの道中で散々使い続けていた結果ガタが来てしまったのだろう。

これでは全力で叩く事が出来ず、使い物にならない。


「マジ、かよ」


そう呟いた刹那、モーガンの背中に先程の『怨嗟の追跡者』が着弾し、爆ぜた。


「ぅぐぅぅぅ!!」


数発当たった所で彼の身体は爆風と衝撃で吹き飛び、地面に弾き飛ばされた。

鎧越しでも感じる高い威力と熱、これが降霊術なのだろう。

モーガンは立ち上がりながらボンヤリと考えた。


「メイスが壊れてしまったか。丸腰だからといって手は抜かんぞ。例えどんな木っ端だろうと、手を抜かないのが礼儀よ」

「ハハハ……解ってるさ」


弟王子が再び長槍を天高く挙げて、先程と同じ様に『怨嗟の追跡者』を放とうと詠唱を始めた。


「さらばだ、勇猛なる戦士よ」


浮遊する霊魂の環の中で勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべる弟王子。


その顔が不意に歪んだ。


「っ、ぐふぅ……!?」


何が起こったか解らないとでも言う様な苦悶の表情を浮かべその場で片膝を着いた弟王子の肩には小さなナイフが突き刺さっていた。

深さから見るに致命傷には至らないが、それでも激痛が彼を襲っている筈だ。


彼を囲んでいた霊魂達は消え失せ、それに併せ両手に構えていた長槍と大盾も霧散する。


「無礼をお許し下さい、セルヴィ弟王子。何しろ私も先に突っ走った挙句武器を失った仲間を助けなければいけませんので」


そんな冷淡な声が独房内に鳴り響いだ

少しくぐもった様なその声を、モーガンは知っている。

彼は声の主を横目で眺めながら、その名を口にした。


「……ガンザ」


それは同じ第二部隊所属の憲兵、ガンザ・シュライデンだった。

恐らくあの大量に蠢いて行く手を遮っていた蟲達を全て倒し切り、此処まで辿り着いたのだろう。

彼は階段を飛び降りると、背中から何かを取り出した。


「おいモーガン。壊れたメイスの代わりにこれを使え、さっき倒した蟲が持ってた武器だ」


そう言って彼は背中に背負っていた何か巨大な武器を床に滑らせてモーガンの元へ届けた。


「これは……ツヴァイヘンダー」


それはまさしく、先程倒した蟲騎士長が携えていた特大剣、ツヴァイヘンダーだった。

刀身が折れていたものの、それでも直剣よりもやや長い程のリーチは保たれている。

これで何とか戦えるだろう。


「お前武器は耐久も鑑みて使え。さもなくば今の様に戦いの最中で壊れてしまう」

「あ、ありがとう……っていうか、よく持って来たなこんな物……」


彼は鉄兜の下で笑うと、その側面をコンコンと指先で叩いた。


「お前がメイスを振っている時、柄がバキバキと音を立てていた事に気付かなかったのか?」

「…………あぁ、成る程な」


凄まじい聴力。

かなり離れていた筈なのに、使い手すら聞き取れなかった武器の悲鳴に気付いていたらしい。

本当にこの男は、頼りになる。


ガンザはモーガンの側まで足早に近寄ると、未だに苦しみ悶える弟王子に向けて剣盾を構えた。


「あの奇襲が無ければ、お前は死んでいた……この前のヴィンガール制圧の時の借りは返した」

「あぁ、そうだな……他の憲兵は?」

「僅かだが、生き残っている。今直ぐにも到着するだろう」


その時、弟王子がユラリと立ち上がった。

ガンザは剣盾で身を守り、モーガンは折れたツヴァイヘンダーの柄を右手に握り、長い刀身を右肩に掛けた。

勿論左手には媒体の詰まった小ガラス瓶を握り締め。


「うおぉぉ……今のは効いたぞ、憲兵達よ……」


彼は血走った双眸でモーガン達を睨みながら息を吐くと、両腕を頭上に掲げて小さく詠唱を始めた。

すると彼の掌に霊魂が現れ、それが次々と集ってやがて巨大な槌を創り出した。

メイスなど比べ物にならない程柄も頭も巨大で、対峙する者に威圧感と『潰される』という実にリアルな恐怖を与えていた。


「……『魂魄の大槌』という名らしい。詠唱の後に術名を呟いた」

「聞こえんのかよ……」

「耳が良いからな。にしても……あれ程巨大だとパリィも出来ないだろうな。両手でしか扱えないなら挟み撃ちしよう」

「それが良い。俺の媒体も残り少ないけど、何とか気を引こう。お前が背後に貼り付いて隙を突いてくれ」

「了解」


そして彼等は手の甲を叩き合うと、そのまま二手に分かれて走り出した。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


弟王子の咆哮と共に、王国の命運の賭かった一戦が幕を上げた。




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