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薄闇に蠢く音

誤字が多過ぎて泣ける……。







入り口付近に立ったホイットマンは、その腰に携えていた螺旋を模ったレイピアを引き抜いた。

それを横目で見て、モーガンは数日前のホイットマンとスタンドリッジのやり取りを思い出した。


作戦が伝えられ、そのまま解散しようかとしたその時、彼等の元に高級感溢れる箱を胸に抱いた副団長がやって来た。

彼はその箱をスタンドリッジに丁重に渡した。

そして彼女はそれを開け、中から一本の剣を取り出した。

煌びやかに輝く、明らかに戦闘には向いていない形状をした螺旋状のレイピア。


『……それは一体?』

『王城の宝物庫からお借りした、解魔の剣です。人間や怪物を貫くには余りにも脆過ぎますが、魔法の防護壁を突き刺して破壊するには充分過ぎる代物です』


訝しんだホイットマンに、スタンドリッジはその剣の効力を丁寧に説明した。


『それは凄い……』

『でしょう? 国王に事情を説明したら、アッサリと貸して頂きました』


やはり帝王にとっても王都の危機は何としても避けたい所だろう。

国宝一つ二つ貸し出す事くらい、痛くも痒くもない筈だ。


『ホイットマン、これを貴方に授けます。貴方はこれで、扉に付与された錠の魔法を解いて下さい』

『魔法を……解く?』

『はい。ただその剣を、扉に突き刺すんです。それで魔法が解除出来る筈です』


もしあの言葉が真実なら、そのレイピアを刺せば中へと繋がる道が開く。

だから、それまで耐えるしか道は無い。


螺旋のレイピアを扉に突き刺している間、ホイットマンは無防備になる。

だからこそ、モーガン達憲兵が守らなければならない。


「あと二十秒、耐えてくれ!」


ホイットマンはレイピアの刃先を扉に突き立てながら叫んだ。

モーガンとガンザは背中を合わせると、辺りに群がる蟲達を一掃する為に足を踏み出した。


「ガンザ、お前蟲はパリィ出来んのか!?」

「出来な、いッ!」


剣を振って蟲を両断すると同時にガンザは答えた。


「俺がパリィ出来るのは人間の攻撃か中型の化け物の物だけだ、俺をどんな攻撃でも防げる万能人間だと思うな!」

「おう、スマン!」


モーガンはパリィで撃ち落とした蟲を踏み潰した。

グシャリという嫌な音と寒気が彼を襲ったが、そんな事に気を取られている暇は無い。

戦況は常に変動し続けるのだから。


「ッ、空いたぞォ!」


戦場にホイットマンの声が響いた。

それと同時に、憲兵達は武器を納めて真っ直ぐ入り口へと全速力で駆け出した。全員で扉の中に駆け込むつもりだ。

だが、当然蟲達がそれを易々と見過ごす筈は無い。

奴等は羽根を羽ばたかせて、逃げる憲兵の背中を追った。


「クソッ、しつけぇな!」


モーガンは舌打ちをすると、後ろを振り向いてポーチから小ガラス瓶を取り出した。それを右手の内で握り潰すと、両手の間に挟み、吠えた。


「『静かなる黒霧』!」


両腕を広げると同時に、手の平から大量の毒霧が溢れ出る。

しかも只の毒霧ではない、黒紫という更に禍々しい色になっているのだ。

これが『毒霧』よりも更に強力な毒素を帯びた上位互換、『静かなる黒霧』だ。

『毒霧』より遥かに貴重で高価な物を媒体にするので出来れば使いたくなかったが、


突如強い毒に当てられた蟲達は右往左往して、バタバタと地面へと落ちていく。


「よし、今の内に速く入れ!」

「あぁ、ありがとうな!」

「礼なら後でたっぷり言いな、それか行動で示してくれよ?」


塔の上に残る憲兵が全員扉の中に入った事を確認すると、モーガンは自分のその後に続いて、ヘッドスライディングで飛び込み、扉を閉めた。

その刹那、再び魔法の効果が発動して、扉は一切動かなくなった。


モーガンは何度かドアを引いた後に、首を傾げる。


「……これ、大丈夫か?」

「だってそりゃ、このレイピアを引き抜いちまったからなぁ? そりゃ解魔の効果も切れるよ」


ホイットマンはその場に座り込み、石壁に背を預けた状態で答えた。

他の憲兵達も同様で、皆肩を揺らして息を整えている。

そして、モーガンは気付く。


「……隊長、二人居なくなっています」

「…………そうか。誰が居なくなってる?」

「……エミュ・サンド、ティミー・パンプスの二人です」


早速二人の憲兵が命を落とした。

恐らくあの蟲達に襲われたのだろう、今頃毒針によって全身に穴が空き、猛毒が回って目も当てられない形に変形してしまっている筈。

最早手遅れだ。助けても命は無い。


「……早速かよ、クソッ」


ホイットマンは項垂れて、自らの太腿を拳で叩いた。


「……しょうがねぇ、残った九人で行くぞ、この先」

「…はい」


まだ部隊を組んで数日だが、王都を守るという目的の元に集った仲間を失った事はショックだった。

しかし、喪失感と悲しみに囚われたままではいけない。

彼等には、砦蟲を殺すという最大の任務が託されているのだから。


彼はゆっくりと立ち上がると、その螺旋のレイピアを再び腰に差して、代わりに背中に背負っていた騎馬用の矛を引き抜いた。


「それじゃあ斥候を身軽なジェンキンス、そしてナーバック。その後に俺達が続くっていう隊列で良いよな」


名前を呼ばれた二人の憲兵ははい、と言って頷いた。

どうやら彼等の装備はそれぞれ短剣二刀流、剣と盾。

いずれも身軽で、咄嗟の襲撃にも対応し得る俊敏さと能力を兼ね備えている。


「その後ろを残った八人で固める。流石に何も居ないとは思うがな、罠がある可能性もある」


心して行けよ、というホイットマンの言葉を背に、斥候の二人は地下へ伸びる階段の先へと姿を消していった。


「さて、俺達も行こうぜガンザ」

「…………」

「ん、どうした? そんな黙って」

「静かに」


ガンザは静かに立ち上がりながら、耳元に手を当てた。

そして暫しの沈黙の後、


「…………何か、嫌な音がする」

「嫌な、音?」

「あぁ。身の毛もよだつくらいの、嫌な音。何だ? 蠢く、蠢く音。羽? 壁やら天井を這って固まっている。細かい量は分からない、だが、凄い。多過ぎる、多過ぎるんだ……」


ガンザは耳から手を離すと、剣を引き抜いて、言った。


「気を引き締めろ。これから先はかなり危険だ」

「……あぁ」


その忠告は、異様なまでの現実味を帯びていた。

モーガンは入団してから現在に至るこの半年の間で、ガンザの持つ異常に特化した聴力とそれを利用した高度な索敵能力を見てきた。

だからこそ、分かる。

ガンザの聴力を頼りにした探知の情報に、間違いは無いと。


「その情報は、伝えないのか? 他の隊員達には」

「……あの人達は俺のこれを知らない。仮に忠告しようとも、妄言として片付けられるのがオチだ」

「そう?」

「人間ってのは封鎖的な思想を持つ生物さ。自分達の理解や力を超えた能力やら存在が出た時、混乱し、疑心暗鬼になる。第二部隊の皆は理解してくれているが、他の部隊の奴等は俺の聴力を知らない」


何か言われたってハイそうですか、と首を振ってはくれないだろう。

そう言うガンザの眼は憂いを帯びていた。


「……だからこそ、俺達だけでも警戒しておこう。それに、他の隊員達も手練れだ、そう簡単に不覚は取らない筈だ」

「あぁ、そうだな……」


モーガン達は下層へ向かう一行の後ろに付いて、階段を下った。

壁に付いた湿った松明の下を潜りながら、所々端の欠けた石段を踏んでいく。


慎重に階段を下っていくと、遂に下層に辿り着いた。

其処は開けた、さながら宮廷や屋敷のダンスホールか何かのような空間だった。

壁は塔の形状に沿って円柱形になっているようだが、光源が無い為ハッキリと遠くまで見る事は出来ない。


「左右異常無し、前にも。このフロアに何かしら動く物は居ません」

「よし、それなら先へ進もう。出来るだけスピーディに動く事を念頭にな」


斥候の二人が前に出て、その後ろに他の憲兵達が続く。


「松明は無いのか?」

「はい、有りません。ですが、魔法で多少の光源は確保出来ます」

「よし、んじゃあそれをやってくれ」

「はっ」


魔法剣士である憲兵が前に進み出て、魔法を使う為に剣を鞘に納めて、懐から杖を取り出した。

そしてそれを掲げて、魔法を繰り出そうとした。


その刹那、天井から白い刃がその憲兵の頭上に降り注いだ。


「へ?」


先頭の憲兵は咄嗟に盾を構えようと腕を上げたが、反応が遅れてしまい、その脳天に斬撃が叩き付けられた。

モーガンが呆気に取られる中、それと同じ物が他の隊員達にも襲い掛かった。

無論、彼にも。


「おおっ!?」


メイスを頭上に掲げて鋭い一撃を防いだ。

体重の乗った重い振りだ、これをまともに頭に喰らえば真っ二つになってしまうだろう。あの憲兵のように。

得物は鉈、それも所々錆び付いた古い物だ。

モーガンは冷静に襲撃者の風貌を分析しようと、メイスを払い退けて距離を取った。


そして、気付いた。

襲撃者の奇々怪界な外見の恐ろしさに。


それは人間と蟲が混ざり合ったかの様な風貌をした、奇怪な化け物だった。

皮膚は光沢を持つ甲殻に変わり、双眸の代わりにドス黒い複眼が蠢いており、その額からは一対の長い触角が生えていた。

だが、それは首から上だけの頭部の話。

胴体は至って一般的な人間と大差無かった。

強いて言えば、その背中からガラスの様にキラキラと輝く翅が生えている事くらいか。


「な、何だこりゃ…!?」


これが蟲妖精、なのか。

いや、それにしてはこの外見、余りにも厭世的で、気味が悪過ぎる。

しかも現れた蟲男はその一体だけではない。

十数体にも登る蟲男が天井から飛び降りてきてモーガン達の前に立ちはだかった。


「な、何でこんなに蟲が居るんだよ!? 塔は今の今まで密室だっただろうが!」


誰かが悲痛に叫ぶ。

モーガンも同感だった。

この地下塔の入り口は強固な魔法で固く閉ざされている、それこそ大砲の砲撃を喰らっても原型を保っていられる程に。

だからこそ、成人男性に近い体躯を持つ、この蟲男達が塔内に侵入する事は不可能なのだ。


たった一つある方法を除けば。


その方法である事を確信したモーガンはガンザの元へ迅速に駆け寄る。


「おいガンザ」

「何だ」

「お前の予想、当たってたな」

「……そうだな」


モーガンとガンザは肩を合わせ、それぞれの得物を引き抜いた。


「だが、この蟲は一体? 入り込む隙間など無かった筈だが……」

「多分コイツ等は外から入り込んだんじゃねぇ……元から中に居たんだよ(・・・・・・・・・・)

「……どういう事だ?」


モーガンは腰のポーチの中から媒体の詰まった小ガラス瓶を掴み取りながら言った。


「錬金されたんだよ、コイツ等は」

「錬金、だと?」

「あぁ。この地下塔は元々追放された弟王子を幽閉する為に作られたんだが、どうやら奴さん……錬金術に手を染めてたらしい」


その言葉に、ガンザの鉄兜が揺れた。


「錬金術!? まさか……」

「そのまさか」


ガーランド王国にて、錬金術の伝授、習得は固く禁じられている。

この法令は遥か昔から存在する物で、その歴史は古く長い。


錬金術とは、生物の肉体や鉱石、薬草など、様々な物を特殊な薬液に投入する事によって、新たな物質を創造するという技術だ。

古くはその名の通り、当時貴重な金属であった金を精製する為に使われていたのだが、時代が経つにつれて人体や悪魔といった倫理的な問題の生じる物を錬成する技術も発達してしまった。


それ故に錬金術は禁じられ、それ以降もタブーな技術である、と敬遠されてきた。


だが、そんな危険な物に、若かりし頃のセルヴィ弟王子は手を出した。

結果的に彼は錬金術がバレ、王都から追放されてしまったのだった。

罪状と理由は伏せられたが、それでも『国王一族の中から禁忌を犯した罪人が出る』というスキャンダルは当時世間を賑わせ、師匠の元で修行を行っていた九歳の頃のモーガンの耳にも届いた。


直後は追放された詳しい理由も出なかったが、まさか錬金術だったとは。

モーガンは内心驚いていた。


「この蟲みたいな怪物は全て、錬金術で作られたと?」

「あぁ。多分この塔を動かしてる砦蟲も、一緒だと考えていい筈だ」


砦蟲も錬金術で作られた。

そう考えると、突然あれ程の巨大な蟲が、しかも本来生息域ではない筈の新大陸に現れた事も頷ける。

モーガンは思わず苦笑を漏らした。


「……相手が錬金術が使えるって事は、これ以上の数の生物を作り出してる可能性が高いって事だ。お前の索敵は正確だったって事さ」

「そうか……良かった」

「ハハハ、まぁ別にお前の耳を疑った訳じゃねぇけどな」


彼等は薄く笑い合ったが、直ぐにその笑みも消える。

それは戦地に命を擲つ憲兵の顔だ。


「敵の正体はどうでもいい……まずはこのピンチを、どう切り抜けるかだ」

「あぁ、そうだな」


蟲男達が持っているのは皆、一様に錆び付いた武器だが、それでも裂傷は与えれる程の斬れ味は残っているらしい。

それに、腕力も並大抵の物ではない。

気を抜けば簡単に殺されてしまうだろう。


「蟲は好きだろう?」

「あぁ、好きだぜ。頭から上だけだけどな」


モーガンはメイスの柄を握り締めた。


「さぁ、やるか」


そして次の瞬間、彼はメイス片手に群を成す蟲男達に飛び掛かった。






《死亡者》

エミュ・サンド

ティミー・パンプス

レーメン・デュワー


計三人



《生存者》

エスクド・ホイットマン

ヘナメル・ヒューストン

ザド・エクレア

ロロ・ジェンキンス

ホール・トーラン

アラン・ナーバック

オーレン・ラディッシュ

ガンザ・シュライデン

モーガン・チェンバレン


計九人



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