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円卓を囲む

7月23日付の日間ランキングの上位に載っていました


いつも読んで下さっている読者の皆さん方、本当にありがとうございます






憲兵団本部。


団長の執務が行われる団長室の隣にある会議室、此処は隊長と団長を交えた特別な会議によく使われる場所であった。

その部屋の中央に置かれた巨大な円卓を囲む様にして置かれた椅子。その中の一つにエスパダは腰掛けていた。



彼は黙って自らの膝に視線を落としていた。

いつもなら緊張を紛らわす為に出来るだけ多く話そうとする彼だが、今は特別だ。

彼には、この状況で発言出来る程の勇気は無かったのだ。


(……マズイ、何でこんな状況に?)


視線を上げると、まず見えたのは瞼を閉じて部下の到着を静かに待つ団長。

その傍らに鎮座する副団長と思わしき三人の男。

そして彼等と同じ様に円卓を囲む、何人かの憲兵。恐らく彼等が分隊を任された隊長なのだろう。


個の戦力なら憲兵団の中でもトップクラスの憲兵達、彼等は何故この会議室に集まっているのだろうか。

それは、この一人の少女の為だった。


ギア、と名乗る蟲妖精。


およそ素性の知れない彼女とは、先日馬車で知り合った仲。

ただそれだけ。気分を悪くさせてしまったお詫びとして王都を案内したが、まさかこの様な事態になるとは夢にも思っていなかった。


ふとその時、会議室のドアが開いて、外から見上げる程の体躯を誇る大男が入室してきた。


「失礼する、第二部隊隊長ホネスト・ウィッテンだ。遅れて申し訳無い」

「構いませんよ、ウィッテン。他一名遅れていますから」

「ふむ……」


ドアがウィッテンの背後で勢い良く開かれた。

その隙間から姿を現したのは、糸目の憲兵だった。彼女の纏う分厚い革の前掛けは赤黒い血で薄汚れている。

だが、彼女にはそれを気にする様子は見られなかった。


「第四部隊隊長エルダ・カスティーヨ、ただいま到着っと」


彼女は椅子に腰掛けると、大きな息を吐いた。


「ふぅ〜、疲れた」

「……オイオイオイオイエルダ、オメェもうちっと緊張感ってのを持てよ。緊急会議だぞ? それなのにオメェ、そんな血に塗れた物着てきやがって……」


火を付いていない煙管を右手の中で弄る第五部隊隊長が軽い口調で戒めた。


「えぇ? だって急いで来たんだもん。いきなり『全隊長は会議室に集合』だなんて言われて、走ってきたんだよ? 身支度なんてする暇無かったし」

「だけどよぉ……」


その時、団長が軽く咳払いした。

それを聞いた二人の隊長は肩をビクンと震わせた後に口を閉じた。


「さて、そろそろ会議を始めましょう。皆も集まった事ですし」


団長は澄んだ瞳で隊長達を一瞥すると、静かに語り出した。


「先程、私の元にある人物からの使者が訪れ、この便りを手渡されました。その使者というのは、あのギアという蟲妖精の少女です」


一斉に好奇と疑念の視線がギアに送られる。彼女は隊長達を睨み返していた。


「内容を読み上げますと、『近日中に王都は崩壊する。都民の避難を最優先に動け』という物です。これを皆さんはどう考えますか?」

「そんな物、イタズラの類でしょう。態々会議にかける必要も無い」

「そうだ。そんな物、毎日の様に来てる筈だ。ただのイタズラ目的で。何を気に病む必要がある?」


各所より湧き出る、否定的な声。

だが、それを受けても尚団長は冷然としていた。


「確かにそうかもしれません。私もそうするつもりでした、あの少女と差出人の名前が無ければ」

「差出人?」


糸目の憲兵が小首を傾げた。


「はい。この便りの差出人は、『セルヴィ・ジェルドラ・ガーランド』となっています」


刹那、俄かに会議室が沸き立った。

皆に多大な動揺が走り、全員が口々に感情を露わにした。

反応は大きく二つに分かれた。


「セルヴィって、あの!?」

「何だそりゃ、生きてたのか!」

「確かどっかの牢獄で幽閉されてるみたいな事を聞いたけど、あれはデマだったのかた?」


予想外の名前が出てきて驚く者と、


「まさか、どうせ悪戯の類であろう」

「そもそもあの王子が使者など持てる筈が無いじゃないか、なぁ? 相棒」

「そうだね、相棒」


余りのビッグネームの存在に懐疑的になる者と、実に様々であった。

だが、少なくともこの場に居る全員に、巨大な衝撃が走ったのは明らかであった。


そんな中、エスパダは息を潜め、隣に座るギアを横目で眺めていた。


(……まさか、コイツがこんな騒動を巻き起こすなんてな)


それにしても、まさかここでセルヴィ弟王子が出てくるなんて夢にも思っていなかった。彼は数年前に王家、延いては王都から追放された身。大半の国民は彼を死んだ者だと認識していた。

だが、ギアの言う事が事実であれば、彼はまだ生きている。

この広い大陸の何処かで。


「セルヴィ弟王子は皆さんの記憶通り八年前、王都から追放されました。そしてガーランド帝国領最東部に位置する『迷いの森』の奥深くにある塔に、幽閉されています。厳重に監禁され、到底文など出す隙が無いのです」


それなら、と彼女は続ける。


「どうやって彼は憲兵団に便りを出す事が出来たのでしょうか?」


団長はエスパダのギアを見て尋ねた。


「ねぇギアちゃん、貴方のご主人様はどうやって貴方に文を渡したんですか? 確か牢獄は地下ですよね?」


ギアは目線を逸らして答えた。


「………知らない」

「そう、ですか。嫌なら別に答えなくても構いません」


団長は傍に座る副団長達にふと目配せをした。

すると彼等は机の下から古ぼけた地図を出し、それを机上に広げた。


「近い内に、弟王子が幽閉されている『地下塔』に冒険者を派遣して、調査させましょう。依頼金は私が出します。わざわざ団の金庫から出す訳にもいきませんし」

「うむ、それには私も賛成だ」


大男は頷いた。


「……冒険者なら赤等級くらいが一番であろう。費用も安く、腕も立つ。冒険者にツテがある、それを使って集めよう」

「あ、いいですね。ありがとうございます、ウィッテン」


ウィッテンと呼ばれたその大男は微笑んで頭を下げた。


「勿体無きお言葉」


するとその時、坊主頭の中年の憲兵が手を挙げた。


「すまねぇ、ちょっと提案があるんだけどさ、いいかな?」

「はい、構いませんよ。ホイットマン」

「良し」


男性、ホイットマンは椅子を引いて立ち上がった。


「あー、俺はさ、その女の子が言ってる事が信用出来ないんだ。だってさぁ、急に出てきた奴の言う事を信じれる筈が無ぇよな? それに自分は八年前追放された弟王子の従者だって言いやがる。 俺はちょっと、信じれないな」

「何……!」

「落ち着け落ち着け」


椅子から腰を浮かべたギアを、エスパダは右手を伸ばして諌めた。


「……そういえば、青い鎧を着たオメェ。名前は?」

「えっ、ドメイル・エスパダです……」

「ふーん……ドメイル・エスパダね……よし、それならエスパダ。オメェはその子の何? 親か、兄妹か、友人か」

「いえ、ただ依頼を受けて王都へ帰ってくる時に偶然知り合って、王都の案内をしてただけです。まさかこんな事になるなんて……」


元々目上の人間との付き合いが苦手なエスパダだ、思わず口調が尻すぼみになってしまう。

そんなエスパダを、ホイットマンは静かに眺めていた。


「つまり、オメェは完全に無関係っていう事だな?」

「はい、そうです……」

「そうか……」


彼は手に持った煙管の頭に草を詰めると、その先に魔法の炎で火を灯した。

それを吸い込み、細い煙をスーッと天井に向けて吐く。


「……エルダ、コイツはシロだ。本当に何の関係も無ぇ。ただの冒険者だ」

「ん、オッケー」


その淡々とした言葉に、エスパダは驚愕した。

目を見開く彼の姿を見て、ホイットマンは静かに笑った。


「もし二人組で本部をメチャクチャにしようって魂胆なら、二人で露骨な目配せとか合図とかしたりするよなぁ?作戦の遂行に意思疎通ってのは必要不可欠だから」


でも、と言った所で彼は小馬鹿にする様な笑みを浮かべた。


「その隣の子、明らかにお前を信頼してないんだもん」


思わず、呆然とする。

その様子を見たホイットマンは、静かにエスパダの元へ歩み寄り、その肩を優しく叩いた。


「強くあれよ」

「……はい」


エスパダは横目で仏頂面のギアを見ながら、頷いた。

二人の会話にひと段落が着いた事を確認した団長は、その透き通った声を発する。


「それでは、ギアの所在を決めましょうか。あの手紙の真偽、そして内容……全てが鮮明に解析され、そして真実が明るみになるまで、この本部の領地から出る事は一切許可出来ません。窮屈でしょうが、どうかお許しを」


団長はギアに向かって小さく頭を下げたが、彼女はぶっきらぼうに団長を睨むだけだった。


「それで、どこかの宿舎で数週間程住まわせて頂きたいのですが、どなたかいらっしゃいませんか?」


その呼び掛けに、ウィッテンは右手を小さく挙げた。


「私の管轄、第二部隊が預かろう。貴殿等の隊の様に兵数こそ少ないが、個人の戦闘能力は高い。万が一逃走を図ろうとも、簡単には逃さない筈だ」


その言葉からは自らの部隊に対する絶対的な自信と部下への信頼感が滲み出ていた。


「第二部隊……」


ふとその時、ポツリとギアが呟いた。


「え?」

「何でも無い」


そうして会議はその後もトントン拍子で進んでいき、一時間程度で終わった。

エスパダはそのまま自宅へ帰宅、ギアは会議で決定した通り第二部隊の宿舎に引き取られた。

仕方無い事だと自分に言い聞かせたが、やはり少し寂しい気もしたのだった。








~~~~~~~~~~







「おいおい、どうして俺達がこんな辺鄙な場所に来ないといけないんだよ」

「依頼だからだろ」


ギアが憲兵団本部を訪れて数日後、ギルドを通じて公募された憲兵団の依頼を受注した冒険者達は『迷いの森』へ調査に行っていた。

三人組の彼等は全員が薄赤級、そこそこの手練れという格付けに収まる程度だ。

彼等は草木を掻き分けながら、月光が淡く照らす森を慎重に突き進む。


「にしても、何かこの辺変な怪物共も出ないな、何故だ?」

「知らん」

「分からねぇな」


実はここまでの道中、彼等は一度も怪物に遭遇していなかった。

ただ単に運が良いのだろう、当時の彼等はそう割り切って特に深く考えなかった。


それが大きな勘違いだという事に気付かないまま。


ふとその時、彼等の目の前に深い森を掻き分けて人工物の影が姿を現した。

それは石材のブロックを積み立てられた狭い倉庫の様で、その上にはボロボロの国旗が靡いていた。


冒険者達はその元へ走って駆け寄った。


「あ、もしかしてこれが例の調査対象か?」

「あぁ、そうみてぇだな」


その建築物の周囲を見渡してみたが、やはりただの倉庫だ。壁全体に形状固定系の魔法が使われており、侵食やダメージの痕跡は見られず、木製のドアも鎖でグルグルに巻かれその上に南京錠と、誰も入れない様な設計になっていた。


「これが、『地下塔』……」


この倉庫の様な建築物はあくまで地中から顔を出しているに過ぎない。

何故なら、この『地下塔』は名前の通り、天ではなく地下に向かって伸びる塔だからだ。

ずっと昔に君臨していた皇帝が謀反や暗殺を企てた重罪人をここに閉じ込め、永遠に陽を当てない為に作り出したこの建物。

依頼主、憲兵団から支給された見取り図の模写によると、今彼等を見ている倉庫は丁度塔の頂上。あくまで入り口に過ぎないのだ。


「んで、調査って言ったって……何するんだよ」

「いや、ただ鍵がちゃんと閉まってるか、建物自体に付与された防御系魔法の効力が切れてないかを確認するだけで大丈夫みたいだ」

「たったそれだけ? 楽な仕事だ」


依頼内容が思ったより簡単だった事を知った彼等の間の雰囲気が軟化する。


「そんなので金貰えるんだったら、儲け物だ」


彼等は三人で笑い合った。

周囲に自分達以外の気配が無い事を確認すると、そのままピクニック気分で調査を始める。


壁を指先で撫でて、風化や雨水による腐食で脆くなっている部分が無い事を調べると、鎖で厳重に巻かれた木製の扉を引く。

ガチャリという重苦しい金属音が鳴り響いただけで、扉が動く気配は一切無い。

全体重を傾けても同じ事で、剣を振ってみたが、やはり傷一つ付く事も無さそうだ。


「わぉ、凄ぇ頑丈だな……」

「防御系魔法も健在だ、ビクとも動かない」

「こんな強力に守られてるなら、向こう百年は安泰だろうな」


リーダー格の魔法使いの冒険者は懐からメモ帳を取り出し、その上に携行用のペンを走らせる。

調査結果は『鍵も閉められ、外壁が破壊された様子も無い。到底外部へ出られる状況ではなく、完全に密閉されている』。

これで充分な筈だ。


「にしても、何で憲兵団は俺達をこんな調査に行かせたんたんだろうな」

「知らん」

「まぁ、兎に角調査も終わったんだ。さっさと帰ろう」


彼等は満足して、その場を後にしようとした。


その時だった。


「なぁ、なんか揺れないか?」

「は?」

「何言ってんだ? お前」

「お前ら、感じないのか? 地震だよ、地震」


彼等は首を傾げ、その場に立ち止まった。

すると、足裏から確かに身体に伝わる、小さな小さな振動。

しかもそれは、徐々に大きくなっていく。

いや、近付いてきている。


「…………ヤバくないか?」


魔法使いがそう呟いた瞬間、彼等の身体を突如巻き上がった砂煙と轟音が包み込んだ。


何が起こったのか理解出来ず、ただただ慌てふためく彼等の頭上を、大きな影が覆い隠した。


それは、巨大な柱だった。

突如出現したそれは地面に突き刺さり、その直下に居た冒険者達を細切れにした。


それだけに飽き足らず、他にも同じ形状をした柱が塔の入り口を中心に五本、合計六本の柱が地面から姿を現した。

いや、それは柱ではなかった。

脚だ。

太く硬く、強靭な外殻を纏った大樹の如き脚。


地鳴りは激しさを増し、迷いの森に棲まう全ての生物の五臓六腑を均等に揺らしていた。


そして、一際大きな音が鳴り響き、遂にそれが姿を現した。


それは、天高く聳え立つ影の塔だった。


砂埃を纏う、巨大な石塔。

そしてその下で塔を背負う、ドス黒い紫色に輝く不気味な玉座。

先程地面から顔を出した脚は、玉座の物だったのだ。


『ギチギチギチギチギチギチ……!!』


玉座は歯を低く鳴らしながら、空に浮かぶ月を無機質な眼で眺めた。

そして暫くすると、その月光を背に、太い脚を巧みに動かしてゆっくりと進み始めた。





その視線の先の地平線の向こうにある、王都ロジェスを目指して。





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