突然の来訪と案内人
新章、本格的にスタートします
制圧作戦から三ヶ月。
冬は終わりを迎え、命の萌芽が顔を覗かせる春がやって来た。
遥か彼方に臨むセリーバス山脈の山々の腹から白が徐々に消えていき、斑点模様と化していたある日の事。
第二部隊の隊員達は広い訓練場の端を陣取り、訓練に明け暮れていた。
とは言っても、その半数が警邏や事務作業に回っており不在で、今この場に居るのはモーガンとアスコウ、そしてトレイスのみだった。
「ほら、見んねモーガン。『纏わり付く炎』」
そうアスコウが呟くと、彼女が掲げる銀の剣が轟々と燃え滾る火炎に飲み込まれた。
「おぉ、凄ぇな」
「んふふふ、これでもウチは魔法剣士だけん。魔法は得意とよ!」
幹に背を預けて、ブンブンと剣を振って宙を斬り裂く彼女を見て、モーガンは呪術の媒介を調合する手を止めた。
「へぇ……付与魔法か。俺の『結晶の恥骨』とは違って、炎の熱で追加効果を狙うみたいな感じだろ? 火傷とか、痛みを増幅させたりとか」
「そう。他にも冷気を纏わせたりとかも出来るばい!」
「毒は?」
「いや、毒は……お門違いたい。魔法に毒を操る様な物は無かと」
魔法と呪術は全くの別物。
用途も術の方向性も異なる為、攻撃手段としての優劣を付けるのは些か間違っていた。
「でも、この前、なんかメイスに付与魔法しとったたい。あれは確か結晶だったど? 」
「いや、あれは正確に言うと付与魔法じゃない。あの『結晶の恥骨』はあくまで武器に結晶を生やすっていう呪術だからな、別に属性を纏わせてるっていう訳じゃない」
モーガンは一瞬考える素振りを見せた後に、言った。
「……いや、まぁ一応呪術にも付与魔法と似た類の術式はあるけどな」
「あら、そうとね!」
「あぁ。だけど、出来れば使いたくないようなヤツだけどな」
その答えに、アスコウは首を捻った。
「どうして?」
「え、えっと……発動条件がかなり面倒なんだ」
「面倒?」
「そうだ。まず媒介を口に含んで、飲み込む」
「の、飲み込む!?」
驚愕に顔を染めるアスコウを尻目に、モーガンは説明を続ける。
「それで、剣やら槍やらの刺突系武器で腹をブッ刺して刃に毒を塗り込む」
「え、えぇっ!?」
「す、凄いっスね……そんな事が出来るなんて……」
木の幹に背中を預けてメッセンジャーの頭を撫でていたトレイスも一様に驚いた様なリアクションを取った。
「あぁ、『蜜蜂の毒牙』っていう呪術だ。腹をブッ刺す分痛みも出血もあるから、滅多に使わない。いや、使えねぇんだ」
「……存在しても使い勝手が最悪だから使えない、って事っスか。面白いっスね、それ」
「まぁ……俺だって習っただけで使った事は一度も無ぇからな」
恐らく二度と使わないであろう死に呪術。
それが『蜜蜂の毒牙』であった。
一度針を外敵の身体に突き刺せば二度と外れる事は無く、引き抜くには自らの肉体を引き千切らなければならないというリスクを背負った蜜蜂が繰り出す渾身の猛毒。
この呪術は、それを鮮明に表現していた。
説明に一段落着いた所で、モーガンは手元に目を落とし、再び媒介の調合作業を始めようかとしたその時、
「………ん?」
不意に彼等の元に一人の憲兵が駆け寄って来た。
「おい、第二部隊」
彼は第二部隊の面々の前に立ち止まると、三人を見渡して言った。
「この中に、モーガン・チェンバレンという者が居るか?」
「あ、俺ですか?」
モーガンは手を休め、立ち上がった。
「そうだ。君に来客が来ている」
「来客……?」
「確か『ドメイル・エスパダ』と名乗る冒険者だ」
「え、エスパダが!? 」
「今門の前で門番が検査をしている。早く行ってあげなさい」
「は、はい! 分かりました」
ドメイル・エスパダ。
その名前を聞いただけでモーガンの胸は高揚した。かつての友人が、どうやら訪ねて来たらしい。
「知り合いとね?」
「あぁ。かつての戦友だ」
「ふーん……」
彼は調合書を閉じると、媒介の元となる毒蟲の粉末を空の瓶の中に戻した。
「それじゃあ、ちょっと行ってくる」
「はーい」
そうして彼は芝生を踏み締めながら、足早に大門の方へと向かった。
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門前には顔馴染みの二人の門番、そして暗青色の鎧を全身に纏った体格の良い男の姿があった。彼等は円を組んで、何かを話しているらしい。
近付いてみると、モーガンの存在に気付いた男は嬉々とした表情を浮かべて右手を挙げた。
それはエスパダだった。
「よう、チェンバレン! 久し振りだな。やっぱり憲兵になってたか」
「あぁ、そうだ。お前も頑張ってるみてぇじゃねぇか、エスパダ。その成りは立派な冒険者だな」
「勿論だ。お前もその鎧姿、似合ってるぞ」
彼等は握手を交わし、数ヶ月振りの再会の喜びを共に分かち合った。
「モーガンさん、アンタの知り合いか? この人は」
「はい。まぁ、腐れ縁みたいな物ですけどね」
門番の問いに、俺がそう答えると、エスパダは何かを思い出したかの様に声を出した。
「あぁそうだった。おいチェンバレン、聞いてくれよ。この門番達、俺達を中に通してくれないんだ」
「え、何でだ?」
「身分証明書が無いから、だって」
「違う。君じゃない、あの子の事を言っているんだ」
エスパダの言い分に反論した門番は、不意にある一方向を指差した。
その先には、ボロ布の様なローブを身に纏い、フードを深々と被った少女の姿があった。
子供は堀の間に架けられた桟橋の端で水苔の浮いた水面を眺めている。
その姿はどこか幻想的で、まるで夢でも見ているかの様な錯覚を覚えた。
「………何だあの子。お前の隠し子か?」
「馬鹿言え。あの子は偶然知り合った旅の子だ、名前はギアって言うらしい」
「ギア? 変わった名前だな」
「あぁ。何しろ憲兵団団長に用事があるらしくてな」
「成る程ね……」
ふとその時、俺達の視線に気付いたのか、ギアと呼ばれた少女は俺達の元へ歩み寄って来た。
その時にローブの裾下から見えた裸足は透き通る様に白かった。
「まだ、入れないの?」
「そうみたいだ、ごめんなギア」
「別に、大丈夫。ボク、待つよ」
「そうか……もう少し待ってくれよ」
門番は眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていた。
「すまないね、エスパダさん。あの子を通したいのは山々だが、これは規則なんだ。その子の要件を聞いて、君が伝えに行くというのはどうだい?」
「いやな、それも考えたんだが、どうにも用事の内容を言ってくれないんだよな、それが」
「え?」
モーガンは思わずギアの方に目を向けた。
「ご主人様から、口外するなと」
「……ご主人様って、誰だ?」
「偉大なる帝王、セルヴィ様」
「セルヴィ様……?」
恐らく地主か貴族、または他国の王族か何かなのだろうか。
するとこの少女は使用人か。奴隷制は十年程前に大陸全土で廃止されたので、その線は無い筈だ。
それにしても、何故こんな浮浪の如き格好をしているのだろうか。使節であれば、それに相応しい正装を着るが。
益々増幅している違和感と猜疑心に訝しんでいるモーガンを尻目に、ギアは話を続けた。
「セルヴィ様は尊く、聡明で、とても強いお方。ボク達を導き、進むべき道を示して下さる。だからこそ、ボクは忠誠を誓った」
饒舌に語るギアの姿に、モーガンは信仰じみた忠誠心の片鱗を見た。
まるで、邪神に魂諸共肉体を捧げた狂信者の様な、異様なまでの愚直さを感じていた。
彼は一つ咳払いをすると、苦笑いを浮かべた。
「そのセルヴィ様の事は解った。で、お前は団長に会いたいんだろ?」
「そう」
「そうか……団長がそれを許可すれば良いが、あの人がどうするか分からねぇ」
団長、エクティ・スタンドリッジはその肩書きがある分、その生活は多忙を極めている。
いくら三人の副団長による補佐があるとはいえ、忙しい事に変わりは無いだろう。
「多分今は執務室で書類仕事をしてるだろうからな、態々呼びに行くのも迷惑だ」
「あら、そうですか?」
「あぁ勿論。あの人は忙しい筈だ」
「そうとは限りませんよ? 例えば仕事を早く終わらせて、空いた時間で散歩してるとか」
「そんな事ある訳が……」
ふと、異変に気付いたモーガンは慌てて声のする方を振り向いた。
其処には、彼が話題に挙げていたエクティ・スタンドリッジ。その人が立っていた。
「だ、団長!? いつの間に……」
「ふふ、先程申した通りですよ。今日の分の事務は終わったので、気分転換に散歩してて、それで丁度面白い物を見かけたので」
「そ、そうですか……」
モーガンは唖然としながらも、何とか言葉を紡いだ。
(……全く気付かなかった……)
ごくごく自然に会話に入り込み、数回言葉を交わしてやっとその存在に気付いたのだ。
それ以前、背後まで音も無く近寄って自然に会話の間に滑り込むまで、まるで気配を感じなかった。
もし本気を出せばどうなるのだろうか。
彼女の底知れぬ実力に、モーガンは思わず身震いした。
「さて、ところで…ギアちゃん、でしたか? 貴方は私に会いに来たんですよね。一体何の御用で?」
「貴方が、団長?」
「はい。私の名はエクティ・スタンドリッジ。こんな成りですが、憲兵団団長の任を任されています」
「そう。それなら、話は早い」
エクティが屈み込んでギアに尋ねると、彼女はローブの下で手をモゾモゾと動かし、何かを取り出した。
それは革紐で丸められた羊皮紙だった。
「これ、読んで」
そう言って少女はそれをスタンドリッジの眼前に突き出した。
「あら?これは……」
怪訝に思いながらも、彼女は封を開いて羊皮紙の紙面に目を向けた。
少しカビ臭いそれには、達筆な文字でただ言葉少なな要件だけが記されていた。
『近日、王都は滅亡する。
急いで都民を避難させろ、手遅れになる前に』
そして、紙の端に小さく記された送り主の名は、確かな威圧感を放っていた。
『セルヴィ・ジェルドラ・ガーランド』
「………まさか」
全てに目を通したスタンドリッジはいつに無く真剣な表情をしてギアを睨んだ。
「まさか貴方は、あの弟王子よりの使者なのですか?」
「弟王子と呼ぶな、あの人はこの世の帝王だ」
「…………!」
不意にスタンドリッジの顔が驚愕の青白に染まる。
そして彼女は、静かに憲兵の方に向けて言った。
「この子を通して下さい」
「なっ、で、でも…!」
「特例を認めます。責任は私が全て負いましょう」
「ッ……解りました」
一瞬の内に門番を言いくるめたスタンドリッジは今度はエスパダとギアを一瞥した。
「貴方方に今から行われる、私達憲兵団の幹部達が出席する緊急会議へのご同席をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「……は、はい…」
「分かった」
妙に元気の無くなったエスパダと毅然とした態度を取り続けるギアは二人揃って首を縦に振った。
「特にギアちゃん、貴方には訊きたい事が山ほどあります。何故貴方が十三年もの前に追放、投獄された弟王子からの便りを持っているのか」
そして、と続けた所で、スタンドリッジはギアが深く被っていたフードの端を掴んだ。
慌ててギアは両手を伸ばしてそれを防ごうとするが、それよりも一拍早く、スタンドリッジはフードを払い除けてギアの素顔を白日の下に晒した。
「………ッ!」
「……マジかよ」
初めて目の当たりにしたギアの素顔。
血行の良い肌、肩で切り揃えた黄金色に輝く髪に琥珀色の瞳。整った顔立ちは宛ら、人形か何かの様だった。
その頭頂部から生えた対を成す触角が無ければ、の話だったが。
「やはり、ですか……」
蟲妖精。
かつて戯曲や詩で唄われた伝説の存在が、目の前に存在していた。
「ッ、見るな」
「蟲妖精。何故伝説上でしか知られていない様な稀少な物が?」
「それは、ボクが、セルヴィ様に選ばれたから」
「もしかして、貴方は弟王子に創られて……」
「違うッ!」
ギアは声を荒げて、スタンドリッジを睨み付けた。
「セルヴィ様は、瀕死のボクに、救いの手を差し伸べられた! 人工的に、生物を創るなど……」
「その、人間に近い肉体はどう手に入れたんですか?」
「くっ……」
彼女はジッと、静かにギアを注視しながら言葉を紡ぐ。
「私の知る蟲妖精という種族は自尊心の塊だった筈です。自らの容姿に絶対的な自信を持っていて、その様な厚手のローブで美しい翅や四肢を隠す事など、絶対にしないんです。特に、貴方の様な年頃の雌個体は」
スラスラと流れ出る豊富で潤沢な知識を武器としてギアを追い詰めていくスタンドリッジの姿に、モーガンは何処と無く拷問師の姿を連想した。
退路を断ち、袋小路に追い込んでからジワリジワリと嬲り殺す。
その拷問の手順と現在のケースが、余りにも酷似していたのだった。
「それに、妖精族が得意とする魔法にも長けてる様には思えません。だからこそ、貴方のその触角は紛い物であると、判断したんです」
「…………」
ギアは押し黙ったまま、俯いていた。
そしてポツリと、呟いた。
「……黙れ」
刹那、彼女は堰を切った様に喉が張り裂けんばかりの声で叫び出した。
「黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェェッッ!!」
ギアは素早く、その懐から刀身の短いダガーを取り出すと、その刃先をスタンドリッジの喉笛に向けた。
「ッ、団長!」
「テメェ何してるんだ、ギア!」
モーガン達はギアの暴走を止めようと武器に手を伸ばしたが、その動きをスタンドリッジは右手で制した。
ギアは震える両手でダガーの柄を力強く握り締めてきた。
「お前に、セルヴィ様の、何が解る。暗く、湿った場所で、ずっと独りっきり。その原因を、作り出したのは、帝王や大臣。だからこそ、セルヴィ様は憎んでいる。およそ全ての、身勝手な正義を」
そして、ギアが肩で激しく息をしたまま束の間の静寂が訪れる。
それを掻き消すかの様に、彼女はだが、と付け加えた。
「あのお方は、民に対して寛大。憲兵団に民の避難をさせる為、その文書を、ボクに託された。セルヴィ様は、憲兵団を信頼している」
彼女はゆっくりとダガーを下ろし、鋭い視線をスタンドリッジに向けた。
「だから、ボクも憲兵団に、協力する。あのお方の望みを、叶える為に」
その言葉を聞いて安心したのか、スタンドリッジは微笑を湛えた。
「それは良かったです。さぁ、それなら会議室へ行きましょうか。私が案内しましょう」
「………分かった」
そうして彼女達は門の下を潜り抜けて、本部の方へと歩いていった。
その場に取り残されたモーガン達は呆然としたままその場に立ち尽くしていた。
ふと、エスパダが一人疑問を口にした。
「……あの女の人が、憲兵団団長なのか?」
「あぁ、そうだ」
「そうか。成る程、手強い」
エスパダは力の抜けた笑みを浮かべて、言った。
「あんなのが団長なら、向こう二十年は憲兵団は安泰だな」
モーガンは何も口に出さぬまま、静かに首肯した。
誤字報告をして下さった方、本当にありがとうございます。
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