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その男、凶暴につき







ガーランド王国首都、ロジェス郊外。

小さな住居が肩を寄せ合って形成されたその町にポツンと建つ年季が入った酒場。

そのドアの前に私は立っていた。


私の名はアンナ、アンナ・ジークバルド。帝王設立憲兵団第二部隊所属というのが今の肩書きである。


私はそのドアを開くと、酒場に足を踏み入れた。


酒場は外見と同様非常に簡素で年季が入っていた。

酒樽を利用した椅子とボロボロな机が何台か置いてあるだけで客は誰も居ない。

カウンターでタバコを吸っていたマスターが私の来店に気が付いたのか、露骨な営業スマイルを浮かべた。


「いらっしゃいませ」


私はカウンター席に座り、有無を言わさずこう尋ねた。


「闘技場へ行きたいのですが、此処で合ってますよね?」


刹那、マスターの顔から笑みが抜けた。


「………会員証を出しな」


低い声で催促したマスターに私は既に作成していた偽造会員証を渡した。

マスターはそれの内容に軽く目を通した後に、


「よし、大丈夫だな」


と私に会員証を返した。どうやら受付の目を欺く事が出来たようだ。

この偽造会員証は任務に就く前、上司から捜査に必要不可欠な備品として手渡された物だ。

出来上がりは完璧で、製造者も本物と見分けが付かないかもしれない。


「このカウンターの傍にあるドアに入りな。その先に階段があるから、それに乗って地下に降りろ」


私はマスターの言葉通りカウンターの傍にあったドアを開け、その先にあった鉄製の螺旋階段を降りていく。


(よし、これで第一関門は突破……)


長い長い階段を降りた先の踊り場にあったのは重厚感溢れる鉄製のドアだった。

簡素な彫刻が施されたドアノブに手を掛けた瞬間、私は微かな魔力を感じた。


(これは……転移魔法?)


ドアに付与された転移魔法。

その効果によりこのドアを開き、それをくぐった者は此処ではない何処かへ強制的に転移させられるのだ。

恐らく万が一この入り口となる酒場に憲兵が押し掛けてきた場合はこのドアの魔法を打ち消して、それ以上の被害の拡大を防ぐのだろう。


私は意を決するとドアノブを回し、ドアの中に足を踏み入れた。


その瞬間、僅かに感じた身体を撫でる不快感。

これが転移魔法が作用した証であった。


ドアの向こう側には薄暗く湿った通路が伸びていた。

微かに歓声が聞こえる事から、私はこの先に闘技場がある事を確信した。


私は廊下を歩きながら思案した。


(本当に此処で違法な賭け試合が……)


巨額の金銭のやり取りが行われている違法な闘技場、それを取り締まりに憲兵団が動く前にこうして潜入捜査を行い、粗方の建物の構造や規模などを把握する事が今回私に課せられた任務だ。


今日の私は憲兵団が制定した鎧ではなくある程度裕福な商人が着るような上等なドレスコートを着ている。

剣も持っていないので、私の事を憲兵だと判る者は恐らく居ないだろう。安心しよう。


通路を抜けると、事前の情報通り其処にはかなり大規模な闘技場があった。

円形のスタジアムを囲うように観客席が設置されており、大量の観客が溢れ返っていた。


(ビンゴ……やっぱり………)


我がガーランド王国では金銭を賭けた闘技場の設立、観戦、参加などの行為が全面的に禁止されている。

それは暴力的な思想が国民に浸透する事を防ぐ為であり、また人身売買や違法薬物の密輸など、別種類の犯罪の温床にも成り得る事から国も躍起になって撲滅に力を入れているのだ。


闘技場は地下に地層を削って造られており、天井付近には大きな水晶の塊が顔を覗かせていた。


この規模なら憲兵20人程度でも制圧する事が出来るだろう。

だが、そういった推測だけでの判断は禁物。更に詳しく調べる必要がある。

そう思い立った私は近くにあった空いている席に腰掛けた。


『さぁさぁ、本日の見所!アイツの出番が遂にやって来た!』


拡声魔法を通した実況の声が闘技場全体に響き渡る。


「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」


観衆達が色めき立ち、喉が張り裂けんばかりの歓声を上げた。


『黒い甲冑を身に纏い、一心不乱にメイスを振るう!脳筋?いやいや断じて違う。ソイツはなんと呪術も使える!


黒鉄の呪術師、モーガン・チェンバレン!』


その実況の声と共にゲートから現れたのは黒鉄の甲冑を身に纏う長身の男だった。

彼が紹介されたチェンバレンなのだろう。右手には棘の付いたメイスが握られている。

兜を被っておらず、その表情を窺う事が出来た。


彼は照明の明るさに眉を顰めていたが、その口元は獰猛に吊り上っていた。


私はその姿に違和感を覚えた。


「あれ?呪術、師……?」


本来呪術師という者は甲冑を装備しない。

仮に身に付けたとしても弱点や局部を守る簡素な物で、大抵の場合は防具というよりもローブなどの衣類を着る。

だからこそ、その黒鉄の鎧を身に纏ったチェンバレンの姿には違和感を覚えたのだ。


続いて彼が現れた物とは真逆の方向のゲートが開いた。


『瘴気の洞窟で捕獲された狂気に苛まれる亜人、蜥蜴人(リザードマン)!』


「キシャァ………」


胴体は人間の物だが、首から上が恐ろしげにうねる毒蛇。

そんなアンバランスな体型をした亜人が直剣を携えて現れた。


『さぁ、両雄対峙した!皆さんお待ちかね、死闘の開幕を告げるゴングが鳴るぅ!』


蜥蜴人がチェンバレンの姿を視界に捉え、外敵と認識すると同時にゴングが鳴り響いた。


先制攻撃を繰り出したのはチェンバレンだった。


「『蟲王の御手』!」


呪術師は高く跳躍すると紫色に発光するその左手で蜥蜴人の顔を覆った。

刹那、毒々しい赤黒の煙が一気に放出された。色合いで判る、あれは恐らく毒。

しかも濃度が非常に高い劇毒だ。


「キシャアアアアアアッ!?」


突然の出来事に驚いた蜥蜴人は自らの顔にへばり付く男を剥ぎ取ろうと両手を伸ばした。

しかし彼はそれの間をスルリと潜り抜け地面に降り立つと、そのウネウネと蠢く首元にメイスの一撃を喰らわせた。


「ッオラァ!」


一瞬態勢を崩した蜥蜴人は済んでの所で足を伸ばして転倒から逃れると、今度は呪術師にその右手の直剣を振り下ろした。


「遅過ぎんだよ!」


彼は蜥蜴人が振り下ろした直剣の斬撃をメイスの柄で流し受け、ガラ空きになった脇腹にメイスの打撃を浴びせた。

メイスの鋭利な棘が胴を護るプロテクターを破砕し、直接内臓にダメージを与える。


「キシャアッ!」


吐血し、よろめいた蜥蜴人が必死に反撃するも彼はそれを飛び退いて回避し、直ぐ様頭部に得物を振り下ろした。


「無駄ァ!」


敵に安堵する暇すら一切与えない豪雨の如き連撃。

絶え間無くスタジアムを駆け回るその姿はまさしく鬼神のようだった。


「す、凄い………」


私は思わず、そう呟いた。その小さな声に反応した、隣に座る裕福そうな身なりをした老人が此方を向いて口を開いた。


「お、もしかしてアンタ、チェンバレンを初めて観るのかい?」

「あ…はい……何しろ初めて来ましたから……」

「ほうほう、そうかい」


老人はスタジアムで鬼神の如き立ち回りを繰り広げる男を指差した。


「アイツはあんなガッチガチの装備をしているが、実況が言った通り立派な呪術師だ。実際に初級呪術程度ならクールタイム無しで連発出来る」


初級呪術、とは基本的に呪術の興りである『蠱毒』を活用した術式だ。

私自身も呪術にはそこまで詳しくないので簡単な説明しか出来ないが、毒蟲の遺骸を媒介として『毒霧』や『苛み』などの毒属性を孕んだ呪術を発現する事が出来るらしい。


「まぁ、時稀に儂も知らん変な呪術を使うが……兎にも角にも、アイツはかなり強いっつう事だ」

「成る程………」


私は再び呪術師、チェンバレンに目を向ける。


試合は最早彼の手中にあった。

メイスによる近接攻撃を軸としながらも呪術で牽制するその独特な戦闘スタイルに蜥蜴人は翻弄されていた。


蜥蜴人は身体の至る所から血を流し、頭をグラグラと揺らしていた。

恐らく毒が完全に全身に回ったのだろう、無機質な眼には光が宿っていなかった。


チェンバレンはその姿を見て肩を落とすと、ブラリと両腕から力を抜き右手のメイスを地面に落とした。


「…終わりにするぞ、『蠍星(さそりぼし)の祝福』」


両手を大きく広げた彼が死刑を宣告するかのように低く呟く。

黒鉄の甲冑を身に纏うチェンバレンはまるで生者を死へと誘う死神のように見えて、私は思わず恐怖を覚えた。

彼は蜥蜴人にゆっくりと歩み寄り、その鞭のようにうねる首元に抱き着いた。


刹那、彼の全身を覆い隠す甲冑の僅かに開いた隙間から紫色の煙が溢れ出てきた。


「おぉ、出た!チェンバレンの十八番!」


「あれをされちゃあ、もうあの蜥蜴人もお終いだな」


会場の至る所から上がる感嘆と得体の知れない呪術の餌食となる蜥蜴人への同情の声。

何が起こっているのか判らずキョロキョロと辺りを見回していると、先程の老人が私に口添えした。


「あれは『蠍星の祝福』っていう上級呪術の一つだ。ああやって身体中から劇毒の霧を出しながら密着する事で確実に獲物を殺めるんだ」


彼はタバコに火を付け、その端を口に挟んだ。


「さっきまでメイスであの蜥蜴人をボコボコにしてたのも、体力を削って動きが鈍くなった所であの術で確実に仕留める為だったって訳よ」

「何ていうか、こう………呪術師っていう感じがしないですね」

「だろう?」


その時、チェンバレンと蜥蜴人を覆い隠していた紫の毒煙が晴れた。

その中から姿を現したのは白目を剥いて斃れた蜥蜴人と自らの鎧に付着した血液をはたき落とすチェンバレンの姿だった。


『勝者モーガン・チェンバレン!やはり彼の操る七色の呪術には手も足も出なかった!』


「ウラァッ!」


彼は床に転がっていたメイスを手に取ると、それを高らかと頭上に挙げ、雄叫びを上げた。


「うおおおおおお!!やっぱチェンバレン凄ぇ!」

「そりゃそうよ!なんたって、この闘技場の一番星だからな!」


歓声から察するに、恐らくあの男は相当の手練れで、名が知れ渡った実力者なのだろう。

確かにあの戦い振りには数多の犯罪者や喧嘩人を見てきた私でさえも恐怖を感じた。


「…………呪術師、チェンバレン」


私には彼と一対一で戦って勝てる自信が無い。単純な鎧では呪術による毒の進行を防ぐ事が出来ないからだ。

それは恐らく他の憲兵も同じだろう。呪術は呪い(のろい)。高品質の解毒剤が無ければ甚大な被害を被るだろう。


(………まだ、踏み込めないかも)


闘技場で戦う剣闘士達は多額の報酬を目当てにその命を賭す。

どこの騎士団にも入団出来ない悪人達にとっては闘技場は唯一腕っ節だけで金を稼げる良い金ヅル。手放したいと思う筈が無い。

恐らく憲兵団が強制捜査に踏み込んだ時、彼等が反撃してくる可能性もある。勿論、あのチェンバレンも。


そう思うとゾッとした。


気が付けばチェンバレンはゲートへ戻り、蜥蜴人の亡骸も回収されて次の試合が既に始まっていた。


「…………帰るか」


やはりまだ調査が足りない。

戦力もまだ正確に把握が出来ていないのは余りにも大き過ぎる。護衛や警備員の数や具体的な規模、何もかもが解らない。


どうやら、数回に渡って足を運ぶ必要があるようだ。


にしてもあのチェンバレンという呪術師。もし彼が憲兵団に所属していればどれ程犯罪の抑止力となっただろう。


勿体無い。


そう彼に評価を下し、私は闘技場を後にした。






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