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鼓舞と決意





夜。



業務時間も終わり、殆どの憲兵が宿舎、又は自宅に帰った頃、第二部隊の勤務隊舎には明かりが灯っていた。

振り子時計の揺れる音と呼吸の音が静かに反響する部屋の中には、八つの人影があった。


彼等は第二部隊所属の憲兵。

その中にモーガン・チェンバレンも含まれていた。

彼は他の隊員達と同じ様に、大きなテーブルを四方から囲むソファの一つに腰掛けていた。

第二部隊の中でも特に巨大な人物、ホネスト・ウィッテンが静かに口を開く。


「さて、皆の衆。今日は貴殿等に重要な連絡事項を伝えるべく、残って貰ったのだが……この後何か予定がある者はおらぬな?」


その問いに代表して答えたのは特殊な技巧を搭載した剣を携えた魔法剣士、アスコウ・コズロースキーだった。


「特には何も」


その言葉に他の隊員達も頷いた。


「うむ、ならば問題は無いな。それでは話そう」


ウィッテンは柔らかいソファに腰掛けて、真剣な表情を浮かべた。


「第四部隊が麻薬密売斡旋組織ディンガールのアジトの場所を割り出した。場所は南区のドナーダ川に架かる石橋の下にある。要するに下水道だ」


第四部隊に手柄を預けたモーガンが、拷問により売人から絞り上げた情報をウィッテンは読み上げる。


実は一週間前、モーガンが拷問を行った後、彼はカスティーヨにとある依頼をしていた。

それはあの売人より情報を得た手柄をモーガンではなく、第四部隊の物にする事であった。

拷問で他人を必要以上に苦しめる事に抵抗を覚えるモーガンは、今回で呪術を用いた強力な拷問の存在が周囲に知れ渡り、それを利用せんとする上層部より次から次へと拷問の依頼が来る事を恐れたのだ。


組織に属する者として、それはある意味賢明な判断であると彼は信じていた。


「下水道か、考えましたね……」

「うむ。悪臭がある分浮浪者も近付かず、その上夜になれば暗闇に包まれ、憲兵ですらその存在に気が付かぬ。いやはや、これは一本取られたな」


ガンザの呟きをウィッテンはつぶさに拾い上げた。


「……因みに、その情報は事実なんですか?」

「先週一杯、トレイスとアンナが事前偵察を行い、その情報が定かである事を確認した。夜闇に紛れた数人の人間が毎晩下水道の排水口に出入りしている様だ」

「そうですか……敵の規模は判ってるんですか?」

「うーむ……それはトレイスに任せよう。トレイス、頼んだ」


ウィッテンが視線を向けた先に座っていた、巨大な鎌を側に携えた女性、トレイスはおもむろに立ち上がった。


「はい。『霧散する気配』と『鏡の身体』を使ったメッセンジャーが偵察した結果、およそ数は六十程度っス。多分…殆どの構成員が魔法を会得、又は銃火器を持っているみたいっスよ」

「銃火器か……」


ガンザは鉄兜の下の顎を手で撫でた。

銃火器、厳密に言うとマスケット銃は高価で命中精度は低いが、その分強力で、魔法を使えない狩人や冒険者からは重宝されている一品だ。

だが一度発砲すると再装填までに時間を要し、その間は完全に無防備となるのだが、それはあくまで銃使いが単独だった場合の話。


銃は大挙を成す事で、悪魔的強さを誇る。


いくつかの隊列を組み、前方で発砲、中央で点火、後方で球の装填、といった風に役割分担をすれば、間髪入れずに連続して発砲する事が出来、まさしく弾丸の雨嵐を築く。

だがそれでも魔法や奇跡に比べて一発で攻撃出来る範囲、そして威力が劣る為、やはり戦争で使われるケースは少ない。


だからといって完全に淘汰されている訳でも無く、この様に訓練を受けずとも誰でも簡単に使える兵器としては重宝されており、高価ながらも民間にそれなりの数が流通していた。


恐らくディンガールの構成員達も、そういった利点を鑑みて、銃を装備しているのだろう。


そう思考に耽っていると、ガンザが成る程、と声を上げた。


「……こういう索敵や斥候は、メッセンジャーの独壇場だな」

「はい、そりゃあこういう為に色々と魔法教えたりしてまスから」


彼女の言う『メッセンジャー』、とはトレイスの召喚獣であり相棒である大鷹の名前である。

鋭い眼光を放ち、檜皮色の羽毛が生えた巨大な翼を広げ、空を滑る様に舞う姿は雄々しく、その鋭い爪はサヴィルア程度なら易々と掴み上げてしまうだろう。


そんなメッセンジャーを操るトレイスは従者とは異なり、鋭利というイメージからは掛け離れている。

ややウェーブが掛かった長い黒髪、輝く琥珀色の瞳、下がった目尻はほんわかとした雰囲気を醸し出している。


ふとその時、ウィッテンが「貴殿等、話はまだ続いているぞ?」と鶴の一声を上げると、ガンザとトレイスは申し訳無さそうに頭を下げた。

その様子を見て彼は微笑を漏らす。


「まぁ良い。それでは、本題に入る………三日後の深夜零時、そのアジトに突入する事が決定した」


その言葉を聞いた刹那、モーガンは胸の高鳴りと高揚感を覚えた。


アジトへの突入は、騒動の根源を叩き潰し、全てを終わらせんとする事を意味する。

初めて体験する、多対多の入り乱れた戦場。

今迄闘技場での一対一に慣れていたモーガンの初陣。

戦闘に愉悦を感じる彼が喜ばない筈が無かった。


「三日後……? やけに……早いね………」

「上層部がこれ以上ドローガが広まる事を恐れたのだろう。些か軽率過ぎる気もするが……やはり一刻も早く組織を排除する為だ、可能な限り迅速に事を済ませたいと考えるのも無理は無い」


ウィッテンの碧眼が煌びやかに輝いた。


「連中はアジトに大量のドローガを備蓄、及び生産ラインを設けている。潜んだ構成員を全て無力化した後、それらを片っ端から処分し、破壊する算段だ」

「処分って……どうするの………?」

「団長が言うには本部の敷地内の隅に埋めて土に還すらしい。焼却という手もあるが、クスリを外で燃やしてしまうと中毒性の高い煙が出てしまう。それを吸い込んでしまえば、憲兵のみならず住民にも少なくない影響が出る。だからこそ、埋め立てを選んだのだ」


サヴィルアの問いにウィッテンは饒舌に答えた。

その豪快な性格とは裏腹に、他人への説明や計画の策定には繊細に取り組み、一厘の妥協も許さない。

ウィッテンがそういう人間である事は、ここ一ヶ月でモーガンも分かりかけてきた。


「……さて、それでは次だ」


ウィッテンはユラリと立ち上がると、壁に立て掛けられた黒板の元へと向かい、白いチョークを握った。


「隊列の確認をする。敵は銃火器を有しているという話だが、基本的な隊列は先月の闘技場制圧と何ら変わらない。ただ一つ違うのは、モーガンが本作戦に参加するという事だけだ」


そして彼は濃緑の板の上にチョークの先を走らせる。

其処には隊員の名前を胴に記した人間の図が描かれ、その傍に各々が何をすべきかが丁寧な字で書かれていた。


「まず斥候はガンザとトレイス。貴殿等は俊敏に突入し、アジト内を撹乱させ、ある程度敵の数を減らせ」

「了解」

「了解っス」

「そして次に私が行く。特大剣を振って暴れ回り、全身全霊を賭して敵勢力を削ごう」


ウィッテンは自分の図を書いた所で筆を止め、モーガンの方に目を向けた。

その力強く光る碧眼は真っ直ぐで、いかに彼が真剣であるかを表している様にも見える。


「その後にモーガン、貴殿だ」


名前を呼ばれたモーガンはウィッテンと視線を交えた。


「貴殿には呪術を用いて前衛が仕留め損ねた者を確実に始末してもらう。だが、くれぐれも私達に害が無いようにな。毒霧なんて撒き散らすなよ?」

「……はい!」


嬉々とした表情を浮かべ、彼は返事をした。

ウィッテンはそんな彼を見て微笑を漏らすと、徐に立ち上がった。

彼はモーガンに向けてゆっくりと歩を進め出す。


「まぁ……これが貴殿の初陣であるが、別に気を負う事は無い。多少の傷は癒やす事も出来る。だが、もし本当に命の危機が迫った時は私が貴殿を護ろう」

「………本当ですか?」

「うむ。私は貴殿の上司であるぞ?私には常にこの第二部隊に属する七名の命運を握る権利と義務がある。とどのつまり、貴殿等は私の手駒という訳だ」


そしてウィッテンはモーガンの眼前で、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「………怖いか?」


その問いを、モーガンは一笑に付した。


「こんな強くて頼もしい大男がバックに居るんです。これなら安心して背中を預けて、大暴れ出来ますよ」


すると、ウィッテンは高らかと豪快な笑い声を上げた。


「ガハハハハハハハ!! そうかそうか、そんな頼りにされているなら、私も尽力せねばな!」


ウィッテンはモーガンの肩をバンバンと叩き、


「貴殿には一目置いておる。頼んだぞ!」


と力強い激励の言葉を放った。


「……はい!」


モーガンは確かな正義を執行する使命感と自らを信頼してくれる上司に対する忠誠心の芽生えを感じていた。

隊長という肩書き、そして常人離れした膂力、そして大らかで頼り甲斐のある人間性。

モーガンにとって、ホネスト・ウィッテンは師匠の次に尊敬する人物であった。

そんな彼は気を取り直して、説明を再開した。


「さぁ、そしてモーガンの後続はサヴィルア。貴殿は近接攻撃を行う五名を魔法で援護。アスコウはサヴィルアを護れ」

「……どのくらい………加減したらいい…………?」

「むぅ……『安堵の壁』や『鋭利な太い氷柱』程度で抑えてくれれば私達も楽に立ち回れる。だが、モーガンにも言った様に、私達に危害の無いレベルで頼むぞ」

「分かった……私………頑張るね…………」


サヴィルアは決意めいた表情を浮かべ、頷いた。


「アンナとアテンシアは入り口に留まって、増援が来た場合はそれを食い止める。そして残党が逃げ出そうとした場合もな。前後に注意を払わなければならんからな、注意しろ」

「はい」

「分かったわ」


アンナと第二部隊副隊長であるアテンシア・クレイドは真っ直ぐな視線をウィッテンに向けた。

それに呼応する様に彼は一瞬微笑んだが、直ぐに眉を顰めて真剣そうな表情を浮かべた。


「本作戦に於いて、貴殿等は閉所での戦闘行動及び索敵行動を強いられる。先の闘技場制圧の折の様に広い空間は無い。だからこそ、常に奇襲を受ける可能性が付き纏う」


夜間で視界も悪いからな、と彼は続ける。


「闇に紛れて放たれる毒矢、魔法には常時警戒を続けろ。他の隊員の力を借りれば多少のリカバーは出来るが、重傷なら手を付けられない事は念頭に置いておくのだな」


刹那、妙に『死』という概念がリアルな物に感じられた。

闘技場で幾度と無くそれと隣り合わせにメイスを振るってきたが、やはりこの感触は未だに慣れない。

まるで心ではなく、人間としての本能自体がそれに恐怖している様な、不定形で掴み所の見当たらない恐怖を感じた。


「……だが、断言しておこう。私は貴殿等を死なせない、こんな場所で、貴殿等の様な有能な部下を失って堪るか」


ウィッテンの声が静かな隊舎内にやけに大きく反響する。


「確かに貴殿等は私の持つ捨て駒。だが、それを私は簡単に使い捨てる事は決してしない、必ずだ。然る時、第二部隊が英雄として死ぬる時が来たのなら、私は喜んで貴殿等を死地へと送り出そう。だから……」


彼は、静かに笑った。


「だからその時まで、くれぐれも死に場所を間違えるな」


その語り口は雄弁で、聴く者全てに安心感、そして戦場へと身を投ずる為の勇気を与える様であった。

ウィッテンの言葉に、思わず気合が入る。

モーガンは唾を飲み込み、その言葉を噛み締めた。


「………まぁ、細心の注意を払えという事だ。人間の命という物は簡単に尽きてしまうからな、大事にするに越した事は無い」


モーガンの脳裏に一瞬、あの闘技場で頭をペシャンコに叩き潰された新米剣闘士の姿が過ぎった。


「さぁ、作戦開始は三日後。それまでに各々、心の準備と鍛錬をしておけ」

『はいっ!』


七人の隊員達の声が、重なる。

モーガンは彼等と出逢ってまだ一月程度だが、そんな短い時間の中でも厳しい訓練や業務を共にした戦友だ、友情が生まれない訳が無い。


他人に背中を預けるのも良いかもしれない、ずっと独りだったモーガンに、そういった考えが芽生え始めているのは確かであった。


「うむ!それでは今日は解散、各自充分な休養を摂るように!」


ウィッテンのその言葉で、この集会はお開きとなった。





~~~~~~~~~~~~~~~




「あの、チェンバレンさん!」


宿舎に帰ろうかとしたその時、モーガンはアンナに呼び止められた。

揺れる彼女の青髪を眺めながら、尋ねる。


「アンナか、どうした?」

「いえ……その、初めての制圧作戦で前線を任されるなんて、凄いなと思って……」

「前線、じゃねぇだろ。どっちかというと、俺は残党処理に近いだろ、立ち回り的には」

「そうですけど……やっぱり、まだ入団から一ヶ月なのにもう作戦に参加出来るなんて、チェンバレンさんは凄いですね。私なんて、最初の数ヶ月は警邏にも入れなかったんですよ?ずっと剣術指導で……」


モーガンは思わず、苦笑を漏らした。


「買い被り過ぎだろ。単に俺は場数踏んできただけで、もしアンナが俺の立場なら、きっとお前がこうなってた筈だ」

「いえいえ、そんな……私なんて……」

「おいおい、自分に自信持たなきゃ咄嗟の時に動けねぇぞ?」


ふとその時、彼の脳内にあるアイデアが生まれた。


「あっ。折角だし、今度呪術を教えてやろうか。それなら剣術が苦手でも充分に補えるだろうし。まぁ、蟲に触っても平気ならな」


悪戯っぽい口調でそう提案すると、アンナは引き攣った笑みを浮かべた。


「えぇ……蟲に触るんですか?ちょっと私苦手なんですけどね、蜘蛛とかゴキブリとか……でも、もっと強くなりたいですし……」

「ははは、少しずつ慣れれば良い。まぁ、サヴィルアみたいに本当に蟲が嫌なら、蟲の媒介を使わない呪術だけ重点的に教えてやるよ」

「いえ、でも……私、頑張ります。呪術さえ覚えれば、貴方みたいに強くなれる筈ですから!」


眩しい程の笑顔で、健気に彼女は答える。


その真っ直ぐで純真無垢な眼光を放つ瞳を見ていると、不意に、師匠の姿を思い出した。


そして、モーガンはアンナの頭を撫でた。


「…………きっとなれるさ、お前なら」


確信を持って、彼はその言葉をアンナに投げ掛けた。

それに応える様に、彼女は笑みを浮かべる。


「はい、チェンバレンさんも見てて下さいね。私、いつか貴方と肩を並べれる様に、頑張りますから」


その時の二人の様子はまるで、互いに尊重し合う師弟の様だった、とその場に居合わせた第二部隊の隊員全員が後に口を揃えて語った。




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