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痛みに悦ぶ者共





「そうか……クスリが絡んでいたか」


執務室でモーガンの報告を受けたウィッテンは溜め息を吐いた。

彼はその身に合った巨大な椅子に腰掛けており、赤褐色のファレンの兜は机の傍に置かれている。

今はその強面と鋭く輝く碧眼が露わになっていた。


モーガンは腰のポーチから先程回収した鉄瓶を取り出すと、それをウィッテンに見せ付けた。


「…クスリはこの中に入っています。えっと…確か……あっ、そう、『ドローガ』でしたっけ」

「うむ」


ドローガ、とは最近この王都ロジェスで凄まじい勢いで広がっている新型麻薬の呼称である。

原材料は主に大陸北部の山岳地帯に自生しているという『昏い月光草』の花、強い毒性を含むそれの蜜に特殊な増強剤や薬草などを混ぜ、結晶化させた物がドローガだ。


少量でも確かな幻覚作用と高い中毒性を兼ね備えたそれは、今まで流通していた麻薬などよりも安価かつ高性能。

それ故に広がるのも、当然だと言えるだろう。


ドローガはここ数ヶ月で王都の侵食を始め、特にこの一ヶ月はそれが顕著であった。


郊外の裏路地に入ればドローガを使用してラリった廃人の姿をよく見かける様になり、地下街ではドローガを求めてゾンビの様な形相をした人々で溢れ返っている有様だ。


だからこそ、現在憲兵団ではドローガを目の敵としており、一日でも早い根絶の為に取り締まりを強化しているのだが、未だに目立った成果は出ていない。


「だが……やはりドローガは危険な代物よ。いかなる聖人や賢者だろうと、簡単に堕落させてしまう。こんな少量でもな」

「そうですね…。先程の暴漢、明らかに正気を失っていましたし……」


ウィッテンはその蒼い双眸をモーガンに向けた。


「今後その様な事件が多発する可能性も否めない。一刻も早く諸悪の根源を叩かなければ、手遅れになってしまう」

「ですね……」

「………今、捕縛した数名の売人の取り調べ、及び拷問を第四部隊が行なっている。彼奴らが有益な情報を吐くまでの辛抱よ」

「まぁ………そこまで時間は掛からないとは思いますけどね」


モーガンは苦笑を漏らしながら答えた。


憲兵団第四部隊は警邏や事件の捜査を主とする第二部隊とは異なり、主に捕縛した罪人の取り調べ、つまり拷問を行なっている。


受ける側は勿論、行う側も精神的苦痛を伴う拷問は並大抵の精神力を持った者が出来る筈が無く、当然そういった行為に苦を感じない精神的に屈強な憲兵が集まる事となる。

隊員の殆どは強い正義感を持つが故に罪人を痛め付ける事を顧みない者、又は他人を痛め付ける事を何とも思っていない者、そして拷問に快楽を覚える狂人で構成されている。

それ故に第四部隊は数ある部隊の中でも最恐と呼び声高く、表舞台には立たないものの憲兵からは恐れられている。


「第四部隊の隊員達は拷問と尋問に於いては最強。確実な情報を迅速に引き出す事に長けている。直ぐに有益な情報が出るだろう」

「はは、凄まじいですね……」


ふとその時、執務室の重々しいドアが三回叩かれた。


「む、入れ」


その中から姿を現したのは、細身の魔法使い、サヴィルアだった。

彼女は分厚い紙の束を胸の内に抱えていた。


「失礼…するよ……。あっ…モーガンも……居たんだ………ふふふ……」

「あぁ……ガンザは何処に行ったんだ?」

「今…第四部隊の人と……話してる………。捕まえた人の…これからの対応………について……協議中…」


モーガンの問いにサヴィルアは視線をあちこちに向けながら答えた。


「でも…やっぱり……ドローガが絡んでた………みたいだね……歯も…結構ボロボロ……だったし…」


歯が溶ける、というのはドローガを日常的に乱用している中毒者に現れ易い症状だ。

例えどんなに白く整った歯だろうと岩肌の様な凹凸が増え、歪な形になってしまう。

どんなに醜い姿になろうとも蟻地獄の様な禁断症状から抜け出せず、最後にはクスリを貪るだけの廃人と化してしまう。

心底恐ろしい。


「最近…増えてるよね……ドローガ絡みの………事件……」

「うむ。私達もそれを憂いておるのだ。今はまだ強盗や窃盗、恐喝などで済んでいるが、乱用者共が何をしでかすかも判らない。民間人に死者が出る前に、確実に排除せねば」


ウィッテンは両腕を組みながら、低い声で唸った。

その肩をトントンと小さな手が叩く。サヴィルアだ。


「これ…第四部隊の人から………隊長に渡してくれって……頼まれた…」


そう言ってサヴィルアは抱えていた十数枚の紙の束を机の上に置いた。


「む?これは……」

「今まで捕まえた…売人とか……乱用者から………聞き出した……情報を…纏めた書類……」

「そうか」


それを聞いたウィッテンは紙面に軽く目を通した。

モーガンとサヴィルアも机に身を乗り出して流れる様な達筆で描かれた文字を読んだ。


曰く、大抵の売人は『ディンガール』と呼ばれる麻薬カルテルの下っ端からドローガを仕入れ、それを売り捌いていると。

彼等は組織の下っ端としか交流が無く、それ故に組織の全容やどの様なルートで麻薬が流通しているのか分からないという。

乱用者もまた同様に、ドローガは売人を介して購入しており、元冒険者だった男は麻薬を手に入れる為に装備や道具、はたまた家などの全財産を使い込んでしまったらしい。


………と、ある程度読んだ所でモーガンはウィッテンに尋ねた。


「あの、ディンガールって一体何なんですか?」


彼がいくら王都の裏社会で六年間も名を馳せていたからといって、行なっていた事といえば精々闘技場での戦闘と同僚であるエスパダなどの剣闘士との雑談程度だった。

だからこそ、そういった麻薬については無知に等しく、勿論使用した事も無かった。

それの元締めとなる組織に至っては、尚更だ。


ウィッテンは視線を一切動かす事無く、口を開いた。


「…ディンガールは数年前から急激に勢力を上げている、大陸西部のマテュート地方を拠点に活動していた組織だ」


マテュート地方といえば新大陸最大級を誇る火山帯を有するカトライア山脈が連なる山岳地帯だ。

険しい山々に囲まれた環境である為か、鉱物資源が豊富で、鉄鉱石や銀鉱石の他にもカートライト鉱石やフラクライト鉱石、テルトライト鉱石などの希少な金属が採掘される。

だが、そういった劣悪な環境に合わせて独特の進化を遂げた屈強な怪物が集まり、炭鉱夫や周辺の集落に住む人々を悩ませている。


そういった地方は外界から断絶されている故に特殊な植物が自生する。

恐らくドローガの原料となる『昏い月光草』もその一種なのだろう。


その様な事を頭の片隅で考えているモーガンを見ながらウィッテンは説明を続ける。


「人身売買や違法カジノの経営をしていたが、いずれも小規模なマーケットだった。私の知る限り、遠方へ進出出来る程の力は無かった筈だが………」

「ドローガを扱い始めてから力を付けた、と…」

「そうだ」


ウィッテンは書類の束を机の上に置いた。

パサリ、という紙同士の擦れる音が無性に大きく響いた。


「……ドローガは従来の麻薬とは比べ物にならない程中毒性が強い、かつ安価だ。それを利用し乱用者を増やし、金を巻き上げる。そうして膨れ上がっていたのだ、ディンガールという組織は」

「成る程………って、何で『活動していた』って過去形なんですか?」


モーガンはウィッテンに疑問をぶつけた。


「それはディンガールがマテュート地方から拠点を移したからだ。理由は定かではないが、彼奴らは数年前拠点を変え、此処王都ロジェスに腰を据えたのだ」

「……此処に?」

「うむ。その情報は今まで私達憲兵団の耳にも届いてはいたものの、目立った行動を取っていなかった為放置していた」


その結果がこれだ、とウィッテンは天井を仰いだ。


「今やドローガは王都全体に蔓延している。早く手を打たなければ、手遅れとなるであろう」

「ですね……」


モーガンは机の上の鉄瓶を取ると、手首を動かしてそれを揺らした。

中に詰まった純白の砂がサラサラと鉄の壁に当たる音が微かに聞こえる。


「にしても……こんな小さなクスリが、簡単に人生を狂わせるなんて……」

「いやはや、恐ろしいものよな。たった一回で骨の髄まで、魂までもがしゃぶり尽くされてしまう」


彼が鉄瓶をポーチの中に仕舞い込んでいると、サヴィルアが不意に口を開いた。


「………あ…そうだった……」


彼女はモーガンの纏う右籠手を華奢な手で掴むと、言った。


「第四部隊の…隊長が……モーガンに………来て欲しいって……言ってた…」

「え?俺?」

「うん…モーガンの……毒に………興味を持った……みたいで…」

「そ、そうなのか……」


やや引き攣った笑みを漏らしながらモーガンは言った。

会った事すら無いのに恐怖の念を抱いている第四部隊、最恐と謳われる彼等と実際に会うのだ。

一体どの様なサイコパス集団なのだろうか。


彼は恐怖と好奇心を同時に感じていた。


「多分…毒で拷問……させたいんじゃない………かな……?」

「うへぇ、俺拷問とか執拗に敵をいたぶるのってそこまで得意じゃないんだよな……」

「え…そうなの……?」

「そう。苦痛を与える前に、殺しちまうんだよ。呪術の毒は」


『毒霧』ならまだしも、蜥蜴人に使った『蠍星の祝福』や敵の身体中に毒性のカビを生やす『深緑の死神』などの上級呪術は余りにも強力過ぎて、術を掛けた瞬間に敵を殺めてしまうのだ。

それは毒自体の持つ性質が関係している。


「毒ってのは対象を殺す為の物であって、苦痛を与え続ける事が目的なんじゃない。まぁ、呪いなら別だけどな」

「呪いって事は……『苛み』とか『石化』…『甘美な誘い』……とか………?」


サヴィルアは得意げな表情のまま笑った。


「あぁ。『苛み』とかは明らかに苦痛を与える為だけに開発された呪術だからな。その辺なら苦しめるにはもってこいだと思う」

「そう…なんだ……。まぁ…あの人達は……苦しませるなら………大丈夫だと……思うよ…」

「……流石最恐の部隊。っていうか、お前よく知ってんな。呪術の名前」

「ふふ、ふふふふふ………だって…教えて貰ってるから……」


そう、モーガンは入団してから呪術にまつわる様々な事をサヴィルアに教えている。

理由は彼女が『更に見識を広めたい』と懇願してきたからだ。

魔法の腕だけでも憲兵団有数の実力を持つ彼女が何故呪術にも手を染めるのか?と疑問に思ったが、モーガンは呪術が広まるのならそれで良い、と簡単な呪術や呪術の歴史などを教えた。

すると、彼女は様々な情報をスポンジの如きスピードで吸収した。


このまま修練を積めば更に難解で強力な呪術が使えるのだが……


「これで実際に呪術が使えれば何も言わねぇんだけどな…」

「だ、だって…虫怖いもん……!しょうがないよ……!」


サヴィルアは大の虫嫌いだったのだ。

百足や蠍、蜘蛛などの呪術の媒介としては必須品と呼ばれる蟲に嫌悪感を示し、それどころか蜂やミミズといった人間の身に害を及ぼさない種の蟲も敬遠してしまうのだ。

だからこそ呪術の発動に必要不可欠な媒体を自分で作る事が出来ず、それに伴い呪術を扱う事も出来ないのだ。


それさえ無ければサヴィルアは強力な呪術師として大成出来る筈なのだが、非常に勿体無い。


「ガハハハハハ!まるで兄妹の様だな!」


豪快な笑い声を上げたウィッテンの方に目を向けてモーガンは笑った。


「えぇ、そうですか?」

「うむ、いやはや、仲良き事は良い。部隊全体の雰囲気の向上にも繋がる」

「そう…。それなら…もっと……」


そう言ってサヴィルアはモーガンの首に腕を回して、その背中に飛び乗った。


「ちょっ、サヴィルア!?」

「これが一番…落ち着くから……」

「えぇ……」


モーガンが困惑しているとウィッテンはまた再び豪快に笑った。


「ガハハハハハ!良いではないか、モーガンよ。サヴィルアはかなり軽い、別に苦ではないだろう?」

「まぁ、そりゃあそうですけど……」


モーガンは肩越しにサヴィルアを見た。

彼女はモーガンの耳元に口を近付けると、


「お願い……」


と、その幼女の如き外見からは想像も付かない程の妖艶な声を出した。


「……ッ!」


思わず身震いがした。

まるで淫靡なサキュバスの細い舌が脊髄を舐めたかの様な、ゾワリとした快感が走った。


そして、溜め息を吐いて一言。


「………仕方無ぇな。ほら、しっかりと腕締めろよ」


その言葉を聞いたサヴィルアはニコニコと幸せそうな満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう…モーガン……」


彼女の色素の抜けた長髪からは石鹸の様な良い匂いがした。

モーガンは彼女の細い太腿に手を回して彼女の身体をしっかりと固定すると、ウィッテンに向けて頭を下げた。


「それでは、失礼します」

「うむ」


そうして彼等は執務室を出ると、第四部隊が活動する拷問室や取り調べ室のある地下へと向かった。










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