前編
「ユリウス、起きろ、ユリウス」
真夜中、ドアを不躾にノックする音と、遠慮のない大声に、私は文字通り飛び起きた。
団長!?
何が何だかわからないながらも、枕元の剣だけひっつかみ、ドアまで走っていき、開け放つ。
「何用ですか!?」
「ユリウス・アルティン。宰相閣下より、女王陛下の元に今すぐ参じよとの命令だ。急ぎ衣服を改めよ」
ほっとする。緊急事態ではないらしい。
流行病によって先王と王太子が死に、内乱寸前の泥仕合の末に、ファリアナ姫が王位に就いて、未だ三年。暗殺は減ったが、今度は夜這いと若い男の不審死事件が頻発している。
「は! ユリウス・アルティン、衣服を改め、陛下の元に赴きます」
下穿き一枚で敬礼をし、取って返す。ランプの灯りを大きくしていると、背後から落ち着いた指示が掛けられた。
「騎士服ではなく、私服にしろ」
「……は。私服でありますか?」
「先日夜会で着ていた、白いのにしろ。あのキザったらしいやつ」
「あれでありますか」
私は躊躇した。実家がらみで出席した時、着ていったのだが、陛下に上から下まで二度ほど視線を走らされた挙げ句に、鼻で笑われた。たいへん不興を買った一着だった。
曰く、『チャーミングだな、ユリウス』。
……褒められたのではない。貶されたのだ。
私は、頭が悪い。難しいことはよくわからない。読み書き計算こそできるものの、政治なんてちんぷんかんぷんだ。
唯一の取り柄はこの体だ。丈夫で運動神経も悪くなく、父と母のいいとこ取りの甘い顔立ち。……と親兄弟やご令嬢がたは褒めてくれるのだが、ファリアナ、あ、いや、改め、女王陛下は、何かというと、幼い頃からそう言ってからかう。特に、失敗したときなんかに。
『その顔で、そんな態度で謝られたら、許さずにいる方が難しい。チャーミングで良かったな、ユリウス』
ファリアナは昔からいじめっ子気質で、私は何度意地悪を言われて泣かされたことか。しかし、頭の悪さ故に他の子からいじめられた時、庇ってくれたのも、ファリアナだった。
曰く、『ユリウスを泣かせていいのは、私だけだ!』と。
私は、出会ったその日から、ファリ……、女王陛下の一の子分なのだ。
「何故これが良いと仰るのですか」
私は一応、ベンチから上着を引っ張り出して首の下にあて、団長に尋ねた。鼻で笑われるとわかっていて着ていくほど、頭は悪くない。
「よく似合っている」
「……陛下はそう思っていらっしゃらないようでしたが」
「それを着ると、見た目に引っ掛かるご令嬢が増えるからな」
「ああ、そういうことでしたか」
黙って立っていれば、私はキラキラしい見てくれの優良物件なのだ。侯爵家の三男坊だから、家柄も悪くない。ただ、それを補ってあまりある頭の悪さで、ご令嬢の親族から忌避されるわけだが。
それで親御さんから諦めるように言われたご令嬢が、ごくたまに思い詰めて、いろいろやらかす。夜這いならまだしも、いや、それも困るんだが、もっとすごいと婚約破棄とか(誓って、ご令嬢とはご挨拶した間柄でしかない)、最悪、無理心中とか(誓って、誓って、ご令嬢とは公式の場でごく一般的なご挨拶をした間柄でしかない!)。
ご令嬢が、ご令嬢に惚れている身分の低い男たち(複数)に体をゆるし、その見返りに私を攫わせたなんてのもあって、本当にびっくりした。
ファリアナを人質に取っているなどと言われ、半信半疑でいるうちに両手両足を縛られて裸にひんむかれ、同じく裸になったご令嬢にせまられているところに入ってきたファリアナを見たときには、顔を青くしたらいいんだか赤くしたらいいんだかわからなかった。
やっぱり人質になっていたのかと焦った直後、すぐに先輩方が大挙して駆け込んできて胸を撫で下ろしたわけだが、我に返れば、今度は情けなさのあまり、死ぬかと思った。
シーツを体に巻いただけの私に、冷めた目で見下ろして曰く、『今日もチャーミングだな、ユリウス』。
羞恥で死ねたらいいのにと、どのくらい思ったことか。
「ユリウス・アルティン、急げ」
「あ、はい!」
止まりそうになっていた手を急いで動かし、団長に寝癖を手荒く直されて、私は団長と団長を警護する同僚に囲まれて、陛下の私室へと連れて行かれた。




