冬桜花 −とうおうか−
この背景色は《ライトコーラル》だそうです。
赤は背景色としては強すぎるので今まで敬遠していましたが、このライトコーラルはきれいだったので思い切って使ってみました。
赤い服の女は、初めて見る冬咲きの桜の花を見つめながら思い出していた。
昔、誰かに言われたセリフをだ。
「あなたは、桜を見て『わぁ、綺麗ね』で終っちゃう人でしょ?」
「そう! 大正解。よく分かりましたね」
女は驚いた。
その人の考察は見事だった。さほど親しくもないのに、一言でズバリと女の本質を言い当てていた。
綺麗な花はそのままで咲かせておきたい、折るのは可哀相…女は、そんな風に思ってしまう。
桜の花は九分咲きくらいだろうか…
真冬に咲いた桜を眺めた女は、思わず笑みをこぼした。
それは、深夜、瓶に詰まった色どり豊かな飴玉を見つめながら、その心が温かくなるのを感じてるのに似ている。
女が幼い頃から欲しかったのは枝を折る力だった。
『綺麗な枝を折って自分の物にしたい!』と願望を抱き『何があっても絶対に折ってやろう!』と、己の欲望を実現していく為のエゴと、前進する為の行動力を保ち続ける強い心だ。
それは、色にたとえれば赤だ。
しかし、実際には
「あなたは絶対に辞めないと思ってたよ」
退社する旨を告げた時、上司は、まるで意外だと言わんばかりの表情で言うのだった。それを聞きながら女は心で呟いた。
『そんなに強そうに見えますか?』
女は、皆が思う程強くなかった。
女は、強くなりたいと願いながら生きてきただけだ。
女は、泣き虫だからだ。
だから女は赤い服を着た。自分の欠けを補う為に。
赤いロングブーツ、赤い下着、赤いバッグにガーネットのピアス…
女は、自分には赤の持つ力が足りない事を知るや否や、赤い物を集め、身につけた。
『おまじないみたい…』
そう軽んじながらも、未来の自分が赤い力を持っている事を願ったのだ。
赤は母親の色、赤は自己顕示欲の色…そして、炎は水を蒸発させる色だ。
「赤がお好きなんですか?」
赤い服を着た女がベロア素材の深紅のジャケットを物色してると、店員が笑顔で声をかけてきた。
女は笑顔で答える。
「大っ嫌いなんです」
まるで「大好きなんですよ」そう告げる様な微笑みだ。
それを聞いた店員は答えに窮したのか、戸惑った表情を浮かべると無言のままそそくさと姿を消した。
全てを覆してしまえる程の洪水の様な勢いはないくせに、灯火ほどの炎もない中途半端な自分が女は疎ましかった。
冬に咲き誇る桜の下は寒く、白や桃色に色づく花びらが凍えて見えた。
ボルドーカラーの手袋はめた女は、立ち並ぶ冬桜の花いきれにぼんやりする頭で水色のミネラルウォーターを口に含むと、可憐な花を静かに見上げていた。
08.12.6