6話 手札確認
コボルトの血の匂いが他の獣を呼び寄せるかもしれない。早く移動したいが、何かカードを使っておく方がいいか?
俺は現在の手札を確認する。
灰色狼 モンスター:獣
緑1 2/1 C
ミミックトレント モンスター:植物
緑3 1/3 C
擬態(相手からのアタック、スペルの対象にならない)
群狼 モンスター:獣
緑1X 1/1 UC
召喚時、支払った緑魔力X分の1/1狼を召喚
生命回復 緑2 スペル C
対象のダメージを3点回復。毒を回復。
肉体強化の呪印 緑1 スペル C
対象のモンスターをターン終了時まで+3/+2強化
緑地の首飾り 緑2 オブジェクト UC
毎自ターン、緑魔力を1生み出す。破壊すると、緑魔力2を生み出す。
モンスターが3枚。スペルが2枚。オブジェクトが1枚か。
スペルというのは、そのまま魔術の事で、様々な効果を発揮できる使い捨てカードだ。セルエノンに俺は魔術が使えないと言われたが、これがある意味魔術みたいなものかもな。
オブジェクトというのは、道具や兵器のような、いわゆる無機物のことである。剣や鎧のようなものから、城や宝物のような特殊な物まで、多種多様な種類がある。手札にある緑地の首飾りは、毎ターン魔力を生み出してくれるカードなので早めに召喚しておきたいところだ。
スペルの肉体強化の呪印は、どれくらい効果があるんだろうか? +3/+2というのは、それなりに大きい数字だ。灰色狼に使用すれば、5/3となる。これはMMMの世界においては巨人族に匹敵する能力値なのである。
まあ、巨人とまでは行かないかもしれないが、かなり強くなれることは確かだと思う。問題は効果時間だろう。ターン終了時までとなっているが、ターンとはどれくらいの長さだ?
1分? 1時間? 1日? それとも次のカードをドローするまで? 確かめてみたいが、非常に有用なカードなので無駄に使うことはできない。
さらに生命回復が重要だ。ゲーム内では最初にデッキから抜かれてしまう雑魚カードだが、リアルに命の危機がある世界において、回復魔術というのは絶対に確保しておきたい最優先事項である。
結局、俺は何もせずにそのまま移動することにした。何か不測の事態に備えて、魔力を温存することにしたのだ。
「当面の目標は人里に出る事、もしくは拠点をゲットすることだな。そうすれば魔力もゲットできるし」
「ワフも賛成ですぞ!」
ただ、どの程度のものなら拠点と認められるんだろうか。洞窟などでいいのか。それとも自分で家を造らないといけないんだろうか?
「うーん、とりあえずあっちに行ってみるか」
「あの岩を目指すのですな!」
「そういうことだ」
どっちに行くか指針も何もないので、当面は遠くに見えた大きな岩に向かって歩くことにした。
「よし、行くぞー」
「はい!」
「ガウ」
灰色狼に周囲を警戒させながら、森の中をゆっくりと進んでいく。
ワフは意外と移動速度が速かった。ちょこまかと小さい脚で小走りをしているのだが、一向に疲れる気配がないのだ。さすが精霊。下手したら俺よりも速いかもしれなかった。
しかも今は灰色狼の背に乗っている。灰色狼がもう少し大きければ俺も乗れそうなんだけどな。いや、乗れないことは無いが、動きがかなり遅くなってしまうのだ。
しばらく歩いていると、不意に狼が足を止めた。
「グルル」
「……何か居るのか?」
「不穏な空気ですぞ」
俺たちが身構えた瞬間、右側の草むらから何かが飛び出し、俺たちとは逆側に逃げていくのが見えた。あまり大きくはない。
「ガウウウ!」
「わふー?」
「ピキー!」
俺はただ見送る事しかできなかったが、灰色狼はさすがだ。凄まじい速さで謎の生物に跳びかかると、一噛みで仕留めてしまったのだ。
上に乗っていたワフは、ガクガク揺すられて目を白黒させているけどな。
灰色狼が運んできた物を見ると、それはユニコーンのような鋭い角の生えた兎であった。改めて地球じゃないと思い知らされるな。
光を失ったイノセントな瞳が俺を見つめている。もっと嫌悪感を覚えてもおかしくないんだが、意外に平気だった。自分の想像以上に鈍感人間だったのか?
いや、セルエノンが精神的な頑強さを与えるとか言ってたはずだ。多分、それのおかげなんだろう。
精神を勝手にいじられるってかなり怖いんだが、この世界で生きるには必須の能力かも知れん。悩んだってどうもならないんだし、ここはポジティブに受け入れておこう。なんていう前向きな気持ちすらセルエノンによって――やばい、堂々巡りになりそうだ。この話題は考えないようにした方が精神衛生上よさそうだった。
灰色狼が仕留めた角兎を確認する。
「うーん。これは上手く捌けば食べれそうだけど……」
ヨーロッパじゃ普通に兎を食べるって聞いたことがある。これも一応兎だし、食べられないことはないだろう。動物を捌いたことなんかないが、一応ナイフがある。これで何とかするしかなさそうだった。
「血の匂いで他の生物が寄ってきそうだな」
しかし貴重な食料だ。捨てるのは勿体ない。本当は背嚢にでも仕舞いたいんだが、今も血が滴っており、このままでは背嚢に入れることはできそうになかった。
「どうするか……」
「主! ワフが捌きますぞ!」
悩んでいると、ワフがシュタッと手を挙げて自分がやると言い出した。
「え? できるの?」
「当然であります!」
なんと、ワフができる雑用には獲物の解体も含まれていたらしい。俺が角兎とナイフを渡すと、素晴らしい手際で兎をバラしていった。
首筋に切れ目を入れて血抜きをしつつ、その間に皮を剥いでいく。さらに腹を割いて内臓を取り出し、肉を部位ごとに分ける。素人目に見ても完璧だった。
「凄いじゃないかワフ!」
「ムフー。ワフは凄いのです!」
「後は持ち運ぶのに何か容れ物があれば……」
「ならばこの葉を使うとよいです! これをこうしてこうすれば――」
ワフが近くに生えていた樹から葉を何枚かもいでくる。バナナの葉のように大きく長い葉だ。それで何重にも肉を巻き、蔦で厳重に縛る。
「これで血も零れませんし、抗菌効果で腐敗も防止できるのですぞ」
「ほ、本当にすごいな」
犬耳幼女は超優秀だった。ワフが居ればこの世界でも生き延びることができるかもしれん。
「この残った内臓とか骨はどうする?」
「これは狼殿に進呈です!」
「ガウ!」
ワフが葉に載せた兎の骨と内臓を差し出すと、灰色狼が嬉しそうに齧りつく。なるほど、捨てるところがないわけか。
「角だけは何かに使えるかもしれないし、持って行こう」
「了解であります」
木の先に括り付けて、槍みたいに使えるかもしれない。その後、俺たちは狼が兎を食い終わるのを待って、再び大岩に向かって歩き出した。
「もうちょっとだな」
「はいです!」