39話 久々の神様
「えーっと……ここは?」
ふと意識を取り戻した時、視界がおかしかった。いや、視界じゃなくて、俺がいる部屋がおかしいのか。
天井も地面も壁も、全てが白い部屋にいたのだ。
何でこんな場所に……? そもそも俺、何をしてた?
「えーっと、寝てたんだっけ……?」
「うん。君の体はまだ寝てるね。今は精神だけの状態だ」
「え?」
突如耳元で少年の声がした。
だが、振り向いてみても誰の姿もない。しかし、声は聞こえてくる。
「やあやあ。お久しぶり」
「どちらさん……?」
「ボクだよ、ボクボク」
「ああ、A社のシバタさん……」
あの人、電話でいつもボクボクとしか言わないんだ。詐欺師かっつーの。事務の仕事をしてた時に、一番会話した人だから覚えている。まあ、直接会ったことはないけど。同じ会社の人とは全く喋らなかったしな。
「そうそう。シバタです。発注の件で――ってなんでだよ! セルエノンだってば! 寝ぼけがひどすぎる!」
「あー、そっちかー」
「まったく。僕に突っ込みをさせるとは侮れないな」
そんな台詞とともに、俺の前に一人の青年がいきなり湧いて出た。まるで瞬間移動でもしたみたいに。
狩衣っぽい着物を着た、狐似のニヤケ男だった。見覚えがある。それは俺がこの世界に転移するきっかけとなった神様、セルエノンだった。
まじでセルエノンである。いったい何の用だ?
「まずはこっちの世界で10日生きのびたねぇ。おめでとう」
「ああ、それはご丁寧に」
「どうだい異世界の生活は? 僕に言いたいこととかあるんじゃないかい?」
言いたいこと? 確かにあるな。
「そうだな……。ありがとうございました」
「え?」
「うん? ハトが豆鉄砲でも食らったみたいな顔して、どうしたんだ?」
おれが深々と頭を下げると、セルエノンが目を丸くして驚いた顔をしている。
「まさかお礼を言われるとは思わなかったからさぁ」
「そりゃあ、最初は色々と文句もあったがな」
何故かVRゲームじゃなくてカードゲームの能力を与えられ、魔獣や盗賊たちと殺し合う日々である。
だがそれでも元の世界より充実していることは確かであった。死ぬ代わりに転移させてもらった身としては、それで十分なのではなかろうか? むしろ今では、色々と能力をもらって有り難いとしか思っていなかった。
「カードゲームの能力も面白いが、強靭な精神力が有り難いんだ。あれのおかげで、人を殺しても意外と平気だった。人とも思ったよりスムーズに話せるし」
精神力を強化してもらっていなければ、今頃もっと苦しい異世界生活になっていただろう。コボルトや人を殺しては気に病み、ゼド爺さんやエミルとは話もできず。というか、2人を見捨てて一人ぼっちのままだったかもしれん。
「最初は精神をいじられたって聞いてちょっと怖かったんだが、今では感謝してる」
「あー……」
「どうしたんだ?」
「せっかく感謝してくれているところ心苦しいんだけど、勘違いしてるよ? 確かに頑強な精神を与えるとは言ったけど……。それは精々、生き物を殺した時にショックが少ないとか、心が壊れるくらいの恐怖心をちょっとだけ緩和するとか、その程度のものだよ。コミュ障が直ったりするわけじゃない」
「え?」
「だって、そこまでいったらもう性格が変わっちゃうじゃないか。性格が面白いから選んだのに、僕が変えるわけがない」
じゃあ、俺がゼド爺さんやエミルと普通に接することができてるのは? 特に女性のエミル。そりゃあ最初は軽く人見知りしたが、今では会話くらいは問題ない。
「環境的な問題じゃない?」
「環境?」
「うん。そりゃあ、君が元々多少の人見知りをする性格なのは確かだと思うよ? ただ、そこに人と会話する必要性を感じなかったっていうのと、会話しなくても問題なく生活できるっていうのが重なって、いつの間にか人と全く話さなくなってしまったんだろうね。そのせいで人と話すことに苦手意識が生まれて、いつの間にか会話自体をしたくないと思うようになってしまった」
セルエノンに言われてみると、思い当たる部分があった。
「言ってしまえば、深刻なコミュ障じゃなくてコミュ障気取り? 中二病と似たような物だね」
「……うぐ」
まあ、それは正直自分でも分かっているんだが、他人に言われるとグッサリくる。
「飲み会で「ほら、俺ってコミュ障じゃないですかぁ?」って言い出す、自分は人とは違うんだぞ感を出そうとするウザい新人と同じ?」
「……飲み会なんか参加したことないから分からん」
「ああ、そうだったねぇ。コミュ障じゃないけどボッチではあったね。でも、それを変えたいって願っていたんだろ?」
「まあ……」
「実際君はクレナクレムに来て生まれ変わった気持ちっていうのかな? 心機一転の気分なんだろ? それに、人と話せないなんて言ってたらとてもじゃないけど生き残れないというのも、君自身は無意識で分かってたんだろうね」
それが環境的な問題ってことか。日本にいた時とは違って、会話できなきゃマズい状況である。だから、人見知りを発揮している余裕もなく、むしろ積極的に会話をしようという気持ちになれたのだろう。
「だとしても、感謝しているのは確かだ。ワフにも色々と助けられているしな」
「ふーん。やっぱり君は面白いねぇ。僕にお礼を言った転移者は君が初めてだよ?」
なに? どういうことだ?
「ほ、他に転移者がいるのか?」
「まあね。実は君と同じタイミングでこちらに転移した人間が他に3人いるんだ」
「そ、そいつらは今どこに?」
上手く接触できれば協力し合えるかもしれない! だが、セルエノンは無情にも首を横に振る。
「ごめんね。今も生き残っているのは君だけだよ」
「は? だって、俺と同じタイミングで転移したって……」
「うん。つまりこっちの世界で10日間生きのびることが出来たのは、君だけってことだ。だから祝福しにきたんじゃないか!」
「……」
セルエノンの邪気のない笑顔を見て、背筋が冷たくなるのが分かった。ああそうだった、こいつはこういう神だった。悪戯好きな遊戯の神。人の生き死にさえも、セルエノンにとってはゲームの代わりでしかないのだろう。
「ふふ。そう怖い顔をしないでよ。まあ、誰が一番生きのびるか興味があったのは確かだけど、別に僕が敵をけしかけたわけじゃないし。というかね、僕からしたらこんなに早く死んじゃうなんて思わなかったんだよ。何せ、君以外の3人はある意味ちゃんとしたチート能力を持っていたんだからさ」
「俺と同じカードの能力じゃないのか?」
「そうさ。君ら4人は全員が違う能力を与えられていた。むしろ君のカード能力は特殊枠? ある意味大穴だよ」
そんなことを言いながら、セルエノンは他の転移者に与えた能力を軽く説明してくれた。
「1人目は勇者だね」
「勇者? 職業ってことか?」
「うーん、全部? 祝福された肉体に、勇者にのみ与えられる聖なるスキル。それと伝説級の防具を最初から持った状態で転移したんだ」
なんだそのチート。ズルくない? 俺と大違いだ。
「でも、弱者を見捨てられないとか言って、凶悪な魔獣に挑んで行ってあっさり死んじゃった。ある意味勇者的な最期だったねぇ。地球にいた時は君と同じようなドライ系の性格だったから、まさかそんな英雄的行動をするとは思わなかったよ」
「なあ、それってその勇者の意思だったのか?」
「ふふ。君が考えているような、魔術的な洗脳や、僕の介入は一切なかったよ?」
最近の転生勇者モノの定番だ。王族とかに洗脳されかけたり、魔術で奴隷にされたりな。
「本当に自分の意思さ。助けた人間や、仲良くなった貴族のご令嬢、あとは可愛い神官さんに「勇者様ぁ!」とか言われてその気になっちゃったんだろうね」
10日も生きのびられなかったって言ってたわりには、随分と色々な人間関係を構築していたみたいだな。さすが勇者。しかし、そんなチートを持っていてもあっさり死んじまうようなヤバい魔獣がいるんだな。俺も気を付けよう。
「2人目は賢者だ」
「まあ、それもチート転生の定番だよな」
「ありとあらゆる魔術を使いこなし、オリジナルの魔術を作り出すことさえ可能な、究極の術師。もちろん、普通の魔術師100人分の魔力もサービスしておいたよ」
これまた超チート。それでどうしてあっさり死ねる?
「竜さえ滅ぼす究極魔術を開発してウハウハしているところを、小さい毒虫に刺されてね。地球で例えると、スズメバチかな? 痛みで集中できないところを、ゴブリンの群れに襲われてジ・エンドさ。いくら魔術が使えても、集中できなければただの人だからねぇ」
酷い。酷い死に様だよ! 竜にさえ勝てる魔術師が、スズメバチとゴブリンに殺されるなんて。自動障壁くらい張っておけ!
「そして3人目が成長チートって奴だね」
「勇者、賢者ときて、また定番だな」
「ありとあらゆる魔術や技能を高速で習得可能で、鍛えれば鍛えるだけ強くなれるっていう、大器晩成型のチートさ。もちろん、最初は弱いから、お供は戦闘型を付けておいたよ? 君の感覚で例えるなら、剣の達人で3/3くらいの能力を持った大男さ」
「ず、ずるい! ワフは全然戦闘力がないのに!」
「まあまあ、その代わり色々と役立つ技能があるだろう? 向こうの従者は戦闘能力しかないタイプだから」
「むぅ」
まあ、確かにワフは有能だ。それに可愛い。今更その大男タイプに変えてやると言われても拒否するだろう。
「そいつはどうして死んだ?」
「彼は女好きでねぇ。どうもむさ苦しい従者が気に食わなかったみたいでさ。ずっと従者を奴隷みたいに扱ってたんだけど、娼婦とアレをいたす時に自分の側から離してしまったのさ。その娼婦が美人局だって分かった時には、後の祭り?」
「こっちの世界の美人局は、命も奪うのかよ」
「相手によるんじゃないかな? 彼は僕に渡された魔法の武器を持っていたから、殺して奪われたんだろうね。ふふ、今頃ただの剣に変わってるから、殺し損だったと思うけど」
なんだろう。同じ転移者が死んだって聞いたのに、全然悲しくないな。死に様がマヌケ過ぎないか? いや、でも俺だってボスコボルト相手に危険な状態だった。人のことは笑えんか。
「ということで、僕が思いつきで考えたカードゲームの力を与えられた面白枠の君が、唯一の生き残りって訳だ。これからもぜひ頑張ってよ」
「そりゃあ当たり前だ。俺だって死にたくない」
たとえネタ枠だろうとも、絶対に生きのびてやる!
「うんうん。あとね、能力のアップデートを実施することにしました!」
「アップデート?」
「カードゲームに合わせるあまり、ちょっと分かりづらい部分があったと思って。例えばターンの部分とかさ」
ああ、確かにあれは分かりづらかった。1ターンがどれくらいの時間なのか、自ターンや相手ターンの概念はどうなるのか、未だに完璧に分かっているとは言い難いのだ。
「君が迷っている姿を見て、さすがにまずいと思ってさ。ターンの部分は、しっかりと時間を表示するよ。1日の場合、24時を起点にするのは変わらないけどね。カードによっては使いやすくなると思うよ?」
「つまり、カードによっては使いづらくなることもあると?」
「ははは! 正解!」
こいつがただ俺のためになる事だけをする訳がないと思っただけだ。
「じゃ、僕は帰るよ。これからも色々と試練があると思うけど、頑張ってね~」
「去り際に不吉な言葉を残すなよ!」
「……」
だめだ。消えやがった!




