281話 混沌の種
混沌の王が滅んだ。セルエノンの手によって。
だが、跡形もなくとはいかなかったらしい。
混沌の王だったモノの肉体が崩れ去った後、そこには不思議な物体が残されていた。
巨大なヒマワリの種のようにも見える、黒い楕円形のナニか。
それは、見ているだけで背筋が冷たくなるような、不気味な気配を発していた。
息が詰まり、呼吸が苦しい。傍らのセルエノンに質問をしたいのに、口が動かせない。
「……あれは、何だ?」
ようやく声が出た。俺は、カラカラの喉から、それだけの言葉を捻り出す。
「おっと、僕らの加護があるとはいえ、この距離でアレと接するのは辛いか。ちょっと待っておくれ。そうだな、混沌の王に勝利した報酬って扱いで、ライフバリアを少し強化しよう」
セルエノンがパチンと指を鳴らす。すると、途端に体が楽になっていた。荒い息を吐いて震えていた自分が何だったのかと思うほど、何も感じなくなったのだ。
「ふぅぅ。楽になったな?」
「やっばー! あれ何?」
「よかった……。体が動きます」
確認する余裕はなかったが、ユイとイオリも俺と同じような状況に陥っていたらしい。同じように安堵の息を漏らしている。
「あれは、混沌の王が残した分身みたいなものだね。自分に繋がる全ての命が失われると判断した奴が、自分から完全に切り離した種みたいなものさ」
敗者が命を失う。そのルールが混沌の王を滅ぼしたが、そのルールが適用されるのは混沌の王のみ。つまり、自分とは完全に切り離した別の存在を滅ぶ寸前に生み出し、後を託したってことかな?
「あれは、白井君たちを取り込む前の、原初の混沌に近い。食欲と野生の勘のみで動き、ありとあらゆるものを無差別に食らう存在だ。君たちが恐怖を覚えたのも、捕食者であるアレを魂が恐れているからだね」
「そ、そんな存在、まずいのでは?」
「マズいねぇ。だから、頑張って!」
「どういうことですか?」
イオリとユイが尋ねると、セルエノンがニヤリと笑った。混沌の王を滅ぼした時の神々しい姿とは違う、悪戯を思いついたかのようなムカつく表情だ。
「不幸中の幸いで、まだ僕の神殿が存在しているからね。奴は逃げられない。そして、ここには戦う力を持った使徒がいる」
「お、俺たちが戦うのか? セルエノンが直接どうにかする方が早いと思うが」
「無理無理。僕は戦闘力皆無だから。ライフバリアを強化するついでに、魔力も回復しておいた。さ、頑張ってよ! 僕は特等席で観戦させてもらうからさ!」
セルエノンは一方的にそう告げると、客席に向かって飛んで行ってしまった。
「がんばれー! この場所で倒せば、今度こそ混沌を完全に滅ぼせるからー!」
サッサと客席に腰かけ、こちらに声援を送り出す。しかも、観客はセルエノンだけではなかった。
「ここはどこじゃ?」
「あ! トールさんがいますよ!」
「おお! 主でありますぞ! ご無事でありますかぁぁ!」
なんと、いつの間にか仲間たちが客席へと連れてこられていたのだ。転移させたのだろう。
こちらに気づいたエミルとワフが、手を振ってくれている。
混沌の種の気配に当てられやしないか心配になったが、そこはセルエノンが何かしてくれているのだろう。仲間たちが恐怖する様子はない。
ゼド爺さんにエミル、ワフだけではなく、アイオールの姿も見えた。心配げにユイを見ているな。
こっちへ降りては来れないらしく、ワフが悪戦苦闘している。
その内、ワフがセルエノンに気づいたらしい。というか、ワフ以外の面々には、ニヤニヤと笑う謎の青年としか見えないだろうからな。
「あああああ! セルエノン様がなぜここに!」
「仕事だよ。決してサボって、トール君たちが戦う姿を観戦してるわけじゃないよ? 大事で真面目な仕事なのさ」
「嘘であります! セルエノン様が真面目に仕事をするわけがないのでありますぞ!」
「……一応、君を創造した神様なんだけど?」
「それとこれとは別でありますぞ!」
「ははは、ハッキリと言うねぇ。まあ、今はそんなことより、君の仲間たちを応援しようじゃないか」
「あの黒いのが敵なのでありますか? ワフも一緒に戦いますぞ!」
セルエノンに応援を促されたワフだったが、再び客席から降りようと奮闘し出す。
「それは無理。使徒しか戦えないんだ」
「むうう。無念であります!」
「まあまあ、トール君たちがアレをやっつけて、世界を救うところなんだ。一番いいところで招待してあげたんだから、感謝してよね?」
「うおおおぉ! それは大感謝でありますぞ! 主ー! ワフが付いておりますぞ! 頑張って下されー!」
なんか、凄い久しぶりにワフの顔を見た気がする。自分でも笑っちゃうくらいに、肩の力が抜けたのが分かった。
きっと、ワフの間抜け面のお陰だろう。
エミルやゼド爺さんは――固まっているな。いきなり自称神様が現れたうえに、どうも本物っぽいとなれば、仕方ないだろう。
地球と違って神様の存在が確認されているクレナクレムにおいて、もっとも怒らせてはいけない存在なわけだし。
「難しい話は後にしようよ。ほら、君らも仲間を応援しなよ。僕のことは気にせずにさ」
「……分かりました。トールさぁぁん! 頑張ってくださーい!」
先に動き出したのは、エミルだった。ゼド爺さんとアイオールがどうするべきか悩んでいる間に、状況を受け入れたらしい。
神様であるセルエノンの横に立ち、こっちへと声援を送ってくれる。その姿を見て覚悟が決まったのだろう。ゼド爺さんたちも動き出した。
「恰好悪い姿は見せられないな」
「そうだね!」
「俺は、ライフバリアは20まで回復してる。魔力は万能が15、白5、黄5、赤5、黒5、緑5だな」
「私は万能20、白20」
「私は青40ですね」
セルエノンが言っていた通り、魔力が回復していた。ただ、手札に変化はない。
生物即死、復讐の堕天使、バルツの森の号令役、バルツの森の偵察者、風読みの白鷹、バルツの森の見張役の6枚だ。
俺はまず、復讐の堕天使を手に取ってみた。こいつの特殊召喚条件を満たしているかどうか、確認するためだ。すると、問題なく召喚が可能だった。セルエノンに回復してもらったとはいえ、ライフが減ったという事実は残っているらしい。
こいつは、仲間のモンスターが撃破されるほどに強くなる。奥の手にして、まずは他のモンスターでバリバリ攻めてみよう。
「バルツの森の見張役召喚! バルツの森の号令役召喚! バルツの森の偵察者召喚!」
「「「ガオオォォォ!」」」
咆哮を上げながら、バルツビーストたちがその姿を現す。相変わらず頼もしい姿だ。その背中を見ているだけで、勇気が湧いてくる。
こっちの世界で散々助けられたからな。
「混沌の種を攻撃しろ!」
「「「ガルルォォォ!」」」
低い唸り声を上げながら、バルツビーストたちが一斉に駆け出していった。




