280話 混沌の王の末路
「くそぉ! 端末との繋がりが途切れ……! まずいまずまずい! このままではっ! 馬鹿な! 我は理外の存在ぞ! それが、たかが遊戯に負けた程度でぇ!」
混沌の王が、その場でうずくまりながら喚き散らしている。
俺たちから見ても、混沌の王から力が失われていくのが分かった。
「我は不滅にして無限の存在ぃぃ! 滅ぶわけがないのにぃぃぃ! 馬鹿なぁ! あり得ないぃ! こんなのはおかし過ぎるぅぅぅぅ!」
言葉遣いが、白井とも違っているな。混沌の王の素が出ているのだろうか?
俺たちが混沌の王の狂態を見つめていると、空から声が降ってきた。
「ご苦労様!」
聞き覚えのある声だ。こんな時にでさえ、悪戯っぽさが抜けていない。
俺たちが上を向くと、狩衣のような衣装に身を包んだ人影が、ゆっくりと降りてくるのが見えた。
神々しいオーラのようなものを放つ、若い男だ。
「セルエノン?」
「セルエノン様!」
「転生の時お会いした神様!」
受肉? 降臨? とにかく、俺たちが呼ばれるのではなく、セルエノンがクレナクレムに現れるのは初めてだった。
ユイもイオリも驚いている。
「この会場は僕の神殿みたいなものだから。短い時間なら、姿を現せるんだよ。使徒たる君たちが偉業を成し遂げた場面だからね! 神くらい登場しなくっちゃ!」
「偉業……。つまり、俺たちは、勝ったんだよな?」
未だに呻き声を上げている混沌の王。ゲームが終了したのは分かるが、混沌の王はどうなるんだ?
負けたら死ぬと言われていたが、混沌の王は未だ健在だ。このままゆっくりと死に向かうのだろうか?
勝敗を問いかけた俺に、セルエノンが満面の笑みで返してくれる。
「その通りさ。おめでとう! いやー、カードゲームの対決で、最後が直接攻撃になるとは思わなかったよ!」
「す、済まん」
セルエノンの言葉を聞いて、思わず謝ってしまった。だが、セルエノンは相変わらずの笑顔である。
「なぜ謝るんだい?」
「いや、勝ち方が……」
「はははは! ルールの中でやっていいことをやっただけだろう? 謝る必要なんかないさ! むしろ、楽しませてもらったよ! ブラスログンなんか、拍手して喜んでたしね!」
ゲームに関しては厳密なセルエノンだ。怒られやしないかと思ったが、問題ないらしい。それどころか、褒められてしまった。
混沌の王を倒せるかどうか瀬戸際の戦を見ながら、楽しめたなんて発言が出るとは……。さすがセルエノン。
「さて、そろそろ煩いから、アレを黙らせようか?」
そう呟いたセルエノンの顔から、笑みが消えた。厳しい表情で混沌の王を睨むと、手をスッと翳す。俺たちが初めて見る、神としての顔なのかもしれないな。
「ぬぅ……?」
「いい加減、黙ってくれないかな? 醜過ぎて、吐き気がするよ」
「この波動は……! 貴様、先程我に語り掛けてきた神だな? 我に何をしたぁぁ!」
「何って、ルールに則って処理をしているだけだが? 敗者には死を。それがゲームのルールだ」
「我は死なぬ! 不滅の存在ぞ! 数多ある分け身、全てが我! いずれ、復活する!」
「確かに、君は数多の端末を持ち、それぞれが残っていればそこから再び増殖する。ある意味、たくさんの命を持っているね?」
「我は下等種どもとは違うのだ! このリシューという端末は滅びるだろう。それは確かに計算違いだ! だが、我にとって命など、無数にあるものの1つに過ぎん!」
「勝ち誇っているところ悪いけど、それは無理さ。さっきも言ったけど、敗北者は命を失う。それがルールなんだよ。僕の課したルールは、君であっても破れない」
「ふざけるな! たかが遊戯に敗北しただけで!」
「そうだね。たかがお遊びだ。でも、ルールはルールだからねぇ」
「ルールルールとうるさい! ならば! そのルールごと、貴様を消し去ってくれる!」
「それも無理だ。僕はゲームの審判。審判に対する攻撃は許可されていない」
混沌の王が放った魔力弾は、セルエノンに当たる前に威力を弱め、その直前で消え去っていた。
この建物の中では、セルエノンの定めたルールが強制されるのだろう。
「君は理を超える存在だ。神のルールすら捻じ曲げる。だからこそ、いくつもの世界が滅ぼされた」
「その通り! 我は混沌! 神の力さえ食らい、飲み込み、乱して消し去る絶対存在!」
「恐ろしい力だね。正面から戦えば、僕なんか瞬殺だろう。怖い怖い」
セルエノンは怖いなどと言っているが、そこに恐れの色は微塵も感じられなかった。明らかに、挑発している。
「でもね、僕は遊戯の神」
セルエノンが掌を開くと、そこには1つのダイスが握られていた。そのダイスを手で軽く弄びながら、セルエノンは深い笑みを浮かべる。
柔らかさなど欠片もない、寒気がするような笑みだった。
「遊ぶこと以外に能がない、ダメな神様さ。でも、だからこそ、遊戯に関することでなら、ありとあらゆる神々を凌ぐんだ」
セルエノンがそう言って、ダイスを軽く投げ放った。すると、そのダイスが引力に引かれるかのように、速度を増しながら混沌の王に向かっていく。
そのままダイスが直撃すると、混沌の王の周囲を光の壁が取り囲んでいた。
「君は自分の意思でカードの力を取り込み、この神殿で僕の使徒とカードで対戦した。ふふふふ。それはもう、僕にとっては最高位の儀式を行うに等しい。その結果として起こる現象を覆すことなど、この世のどんな存在でさえ不可能なんだ! 定めの通り、君は死ぬ」
その言葉を聞いて思ったが、死ぬっていうのは具体的なように思えて、意外とそうではない。
俺たちみたいな人間なら、問題ないんだろう。しかし、混沌の王のような特殊な存在の場合、死ぬっていうのはどういう意味を持つんだ?
分身全てが本体と繋がり、そこから無限に増殖でき、精神生命体のような性質も持ち合わせている。そんな存在にとっての、死とは?
無数の解釈があるだろう。そして、その解釈を決めるのは、ルールの決定者であるセルエノンだった。
彼の神が定めたルールは、単純だ。
「がぁぁ! 馬鹿な! 端末が……我の全てが滅んで……!」
命が沢山あるなら、その全てを失う。それが、セルエノンが定めた死。混沌の王の末路であった。
「さよならだ、混沌の王」
「死なぬ! 我は死なんぞぉぉぉぉ――」
ある瞬間に、混沌の王の声がピタリと消えた。その終わりを、明確に示すかのように。
同時に、その体が風化するかのように崩れ出す。これで、混沌の王が滅びたのか?
声も出せずに成り行きを見守る俺たちの視線の先で、新たな変化が始まる。混沌の王のいた場所に、バランスボールサイズのナニかが浮かんでいたのだ。
大きさを加味しないのであれば、植物の種に近いだろう。黒いヒマワリの種といった感じだ。
だが、放たれる禍々しい雰囲気は――?
「やれやれ、往生際が悪い」




