278話 窮地と勇気
互いにライフバリアを減らした状態で、向かい合う俺たちと混沌の王。
このままスペルを打ち合って、斬り合う。俺はそう考えていたのだが、ここで混沌の王が賭けに出ていた。
「……これは危険だが……食らうがいい! 邪悪なる痛み分け!」
ここでそのカードか! 確かに危険だな!
邪悪なる痛み分け 黒3 UC スペル
使用者に1点のダメージを与え、その後対象に1点のダメージを与える。使用者は手札を3枚捨て、カードを3枚引く。その後、対象は手札を3枚捨て、カードを3枚引く。使用者は最も多く所持する魔力を1失う。その後、対象は最も多く所持する魔力を1失う。
要は、使用者と対象、両者ともにダメージを受け、手札を捨て、魔力を失うというカードだった。
こうやって追いつめられている場合では、博打的になってしまう。それに、手札の入れ替えが相手の有利に働く可能性もあるのだ。
実際、それで奴は失敗している。暗愚なる王の勅命によって、俺はデッキの入れ替えを行えたからな。
混沌の王も、そのことに気づいているだろう。それを承知で使うということは、相当追い詰められている証拠だった。
ライフバリアが3に減り、手札を選べという、無機質な声が聞こえた。俺は、現状では使うことのできない神なる獣、バルツの森の大牙、バルツの森の号令役の3枚を選ぶ。
その後、バルツの森の偵察者、風読みの白鷹、バルツの森の見張役をドローしていた。モンスターの召喚禁止でなければ、最高の引きなんだがな。
その後、最も多い万能魔力が1減り、残り10となる。
手札の入れ替えも無意味だったので、俺に対する攻撃としては成功だろう。さて、向こうはどうなっているのか――。
そう考えて混沌の王を見た俺は、背筋に悪寒が走るのを自覚できた。
混沌の王が、ニヤリと笑っているのだ。奴は、カードゲーマーとしては失格なレベルで、感情を隠すのが下手だ。
だからこそ、相当な切り札を引き当てたのだと分かった。
「いと昏き冥府の支配者よ! 我が魂を贄として――」
詠唱を紡ぐ声の、なんと力強いことよ。このままでは危険だ! 俺は手札からスペルを取り出し、混沌の王に続いて詠唱を開始した。
「力強き巨岩よ! 我が敵を打ち、潰せ! ストーン・キャノン!」
奴のカードは詠唱が長かったらしく、俺のスペルが先に完成していた。
巨大な岩が撃ち出され、混沌の王を下敷きにする。これで詠唱を途切れさせていれば、カードの使用を邪魔できたはずだ。
だが、俺の願いも空しく、巨岩の下からは混沌の王の詠唱が漏れ聞こえていた。ライフバリアに守られていても、精神的なショックはあったはずなのに!
知らないうちに、奴を下に見ていたのかもしれない。白井のような小物だと。だが、相手は世界を滅ぼす化け物、混沌の王なのだ。
こちらの想定の1つや2つ、超えてくるのは当然のことだった。
俺の撃ち出した巨岩が消え、その下から地面にめり込む混沌の王の姿が現れる。岩の圧力で、大地に押し付けられていたのだろう。
その状態で、混沌の王は呪文を完成させていた。
「氾濫せよ! 死よ! 死よ! 死よ! 暴走する墓地!」
暴走する墓地 黒5 R スペル
詠唱
全ての墓地に存在するモンスターカードを−1/−0し、さらに全ての能力を失った状態で、あなたのフィールドに出す。それらのモンスターはアンデッド扱いとなる。ターン終了時、このカードで場に出したカードを全て各墓地に戻す。その後、貴方のライフバリアを1にする。
ここにきてこのカードか!
混沌の王だけではなく、俺たちの腰のデッキケースから、バラバラとカードがあふれ出していく。
俺たちの墓地のカードも、奴の支配下のモンスターとしてフィールドに顕現しようとしているのだ。
圧倒的な戦力差だろう。俺たちはモンスターを召喚することもできず、生み出される魔獣を倒す術もない。
ユイとイオリが、蒼白な顔で手札を見つめている。彼女たちも、もうどうしようもないのだろう。
負け、なのか? 本当に?
俺の意思に反して、腕から力が抜ける。ダラリと垂れ下がり、力が入らない。体が絶望の想いに負けてしまったのか?
そして、腰でカチャリと音が鳴った。
デッキケースではない。視線を落とすと、そこにあったのは一本の短剣だった。エリオを殺した、短剣だ。
あれから、護身術と一緒に、これの使い方も鍛えてきた。ゼド爺さんに基礎を習い、エミルやワフたちと一緒に毎日振ってきたのだ。
そうだ。仲間たちと――。
不思議と、腕に力が戻る。心の内側を黒く塗りつぶす絶望が薄れ、ゼド爺さんやエミル、ワフとの思い出が蘇っていた。
走馬燈?
いや、違う。これは、もっと前向きなものだ。だって、こんなにも俺に力を、勇気を与えてくれる。
俺は腰から短剣を抜き放つと、そのまま前に向かって駆け出していた。奴のスペルによってモンスターが呼び出されているが、まだ全ての顕現が終わったわけではない。
墓地のモンスターの数が多すぎて、術の完成までに僅かに時間がかかっているのだろう。
せいぜい、4秒や5秒なのだろうが……。
「うらあああぁぁぁ!」
「近寄るな! 下等種が!」
「下等種の根性、なめるんじゃねぇぇ!」
スペルの完成まで動くことができない混沌の王は、俺のタックルを無防備に食らうことしかできなかった。




