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あたしが個人的に呼ばれるのは珍しい。今日は藤村抜きで話があるんだって。
「ホウホウ……相変わらず若い女子じゃのう」
そう言って私室に招き入れる姿は好々爺にしか見えない。でも気をつけないと、このお爺ちゃんは時々とんでもない事を言い始めるのよね。後で考えれば、今日がその無茶なお言いつけの日だったけど、まだ話を聞く前のあたしはかなりの油断をしていたと言わざるを得ないよ。
あたしはあれから6年経って13歳になった。まあ、地球とは時間の流れ方が違う世界だし、精神状態で肉体を維持する世界でもあるから、あたしの姿は10歳くらいにしか見えないけどね。これでも人間にしては頑張って成長している方なんだよ。あたしより後にこの世界に来た圭介くんっていう人は、来てから5年経つけど、15歳の姿のまんまだもんね。この世界に来て肉体の成長をさせたり止めたりを完全に出来るようになるには、結構な修行が要るんだよ。
「まあ、掛けよ」
「ありがとうございます。宴脆様」
この仙人にしか見えない白髪の老人はあたしが座るまでじっと見ている。流石にまるっきり隙の無い魔物ね。藤村や他の王を束ねるだけあるよ。たまにねちっこ過ぎて、あたしに気があるんじゃないかと勘違いしそう。
「今日呼んだのはほかでもない。諒子ちゃんに頼みがあってのう」
「藤村ではなく、あたしにですか?」
藤村に教えて貰ってもいるので、あたしの能力はこの世界に来た時とは比べ物にはならないけど、宴脆様のお仕事を手伝える能力は無いと思えるのよね。
「ウム。いきなりじゃが……地球を滅ぼしてくれんかのう?」
「はいっ?」
油断していたあたしは宴脆様の言う意味を捉え兼ねて固まった。宴脆様は長い顎鬚を手でさする。このお爺ちゃんは何事も無かったように重要な話を切り出すの。
「儂が思うた程、地球人は利口にならん。諒子ちゃんや、八つ裂き丸に嫁いで来た娘とは違ってな。惑星一つを掌握した種族が肌の色やら言語の違いやら、宗教の違いやら政治思想の違いやらでいつまでも争うておる」
あたしは唾を飲み込んだ。この爺さん、あたしに何を言っているの?
「諒子ちゃんも知っておろうが、この魔界を滅ぼすと公言しておる愚かな種族が居る。儂でさえ全てを知る事の出来ぬこの世界に攻め込もうという類の人種じゃ」
「ええ、神系と呼ばれる種族がこの世界を滅ぼそうとしているのは存じています。しかし、それと地球を滅ぼすのに何の関係があるんですか?」
「ウム、少し飛躍したのう」
そう言って立ち上がった宴脆様はあたしに飲み物をくれた。あたしの手が怒りと恐怖で震えているのを確かめるかのようだ。ついでに、諒子ちゃんって呼ぶのを止めてくれないかな。
「神系と呼ばれる連中は正義の為と称してこの世界に攻め込む気じゃ。儂はそれを5千年程食い止めて来た。儂の力が弱ったとしても、八つ裂き丸や諒子ちゃんの夫になる予定の藤村が居る限り、そう簡単に攻め込ませはせぬ。されど、弱点があるのだ」
「……弱点ですか?」
「ウム、それはこの世界と繋がるトンネルの存在じゃよ。トンネルの先には諒子ちゃんも知っておる通り、地球がある。現在までに大小合わせて614本のトンネルが確認され、今も増え続けておる。それに対する守人は年々減っておる現状がある」
あたしが6年前に落ちたのもそのトンネルのひとつ。
「儂の命によりこちらからは特別に許可した者しか地球に行く事を許しておらぬ。その説明は藤村にもされたであろうが、地球のような狭い世界を攻めたところで儂等には何も得る物が無いからじゃ」
魔界は広い。あたしも調べるのを手伝ったりしているけど、解っているだけで地球の100倍は陸地がある。異空間に浮かぶ巨大な島だと思えば良いと教えられた。その浮島の中には湖は勿論、海も存在する。この世界が惑星なのかも定かじゃないの。
「じゃがのう。神系を名乗る愚かな者たちは、天界と同じくらいの広さを持つこの土地を欲しがっておる。この世界に住む自由を愛する魔物たちを全て殺してな」
あたしは手に持ったカップを落としそうになる。地球の人口より魔界の人口の方が遥かに多い事くらいはその広さから考えても解る。その全てを殺せる戦力が神系の種族にあるのは今初めて聞いたよ。
「その尖兵を送り込むのに神系の連中が選んだのが地球なのじゃ。トンネルを通る術さえ解ってしまえば、地球を足掛かりにしてこの世界に攻め込む気なのじゃな。地球に神系の連中と対等に戦える者は殆ど居らん。大挙して攻められた場合、とても抑えられる物ではない」
変な汗があたしの背中を流れる。
「八つ裂き丸や藤村を増援として送っても良いが、その際邪魔になるのは地球の生物じゃ。今までのように、魔界からの反逆者との戦いと違って、地球人になるべく死者を出さぬような戦い方では神系は押し戻せぬ。そこで考えたのが、地球人類を滅ぼし魔界と統一し、トンネルを守りつつ地球上にて迎撃する戦法じゃ」
「神系と戦う為に地球という惑星ひとつを犠牲にすると言うのですか?」
あたしは声が震えるのを必死で抑える。
「天秤に掛けるのはどうかとも思うたがのう。神系の連中は魔界の人類を全て殺す事に地球全体も含めておる。元々その繋がりの度合いは魔界の方が地球と深い。故に引導を渡すのは儂等の方が良かろうと思うての」
「何故その役目をあたしに!?」
あたしは椅子から立ち上がっていた。そんな理不尽な命令が聞ける訳が無い。あたしの生まれ故郷をあたしが滅ぼす理由は何?
「諒子ちゃんの生まれた星だからじゃよ。命令するのは儂じゃ、故に諒子ちゃんが儂をいくら恨もうと構わん。だが、行動は諒子ちゃんにして貰いたい。八つ裂き丸や藤村、鉄朗に行かせても良いが、諒子ちゃんは実行者その人を恨むのではないか? 諒子ちゃんと藤村の夫婦喧嘩などという無意味な揉め事は見たくないのじゃ。諒子ちゃんも魔界の一員である事を忘れてはいかんぞ?」
確かに地球より魔界を優先するのが当たり前ね。魔界に不利になる事をあたしがする訳には行かない。あたしは魔界に居る七人の王の一人である藤村の妻になる予定なんだから。
「しかし……」
「現在、諒子ちゃんも含めて魔界には三人の地球人が暮らしておる。八つ裂き丸の妻になった綾乃と部下に居る圭介。それと諒子ちゃんじゃ。地球の守護者たちは味方にはなってくれまい。綾乃と圭介には別の用件があってな。諒子ちゃん一人で地球を滅ぼし、その後に地球守護者を新たに決め、神系との決戦を試みるつもりなのじゃが、どうかの?」
即答はしかねる。
だって、地球を滅ぼすって何? 神系との決戦はまだしも、地球を滅ぼす事にあたしは賛成出来ない。そりゃあ単純な戦闘能力はこの6年で飛躍的に伸びたから、地球の能力者であたしと対等に戦えるのは確かに殆ど居ないわよ。でも、そんな事に使う為に修行した訳じゃない。守護者に任命されるならまだしも、地球に住む人類を絶滅させる側に任命されるなんて、有り得ない。
「あまり時間もないのでな。諒子ちゃんがやらぬのであれば、他の者に行かせる。勿論、諒子ちゃんは儂を恨むだろうがのう。それを差し引いても現在この世界を守る為の犠牲は少ないに越した事はないのじゃ」
「地球人類とあたしだけで神系の連中を抑える方法があれば、滅ぼす必要はないのでは?」
「ホウホウ……方法があればな。儂もあれこれ考えては見たのじゃが、地球人類に犠牲を出さずに神系の連中を止められる方法は思い付かなんだ。先程も言った通り、魔界さえ滅ぼし兼ねん戦力を神系は投入する。地球は通過点に過ぎぬが、其処に住む人類を神系は儂等と同類と思っておる。それであれば地球人類の大半が思い描いている通りに、悪魔である儂等が神に救いを求める人類を滅ぼすのが、死にゆく者たちへの手向けになるとは思わんか?」
思わないよ。
そりゃあ宴脆様はあたしがこの世界に住む事を認めてくれた恩人で、あたしは魔王の恋人だけど、そんな簡単に一つの別世界を絶滅させるなんて出来る訳がないじゃない。それがあたしの出身地なら尚更。
「帰って藤村とも相談するが良い。まだまだ諒子ちゃんは幼い感覚しか持っておらぬからのう」
宴脆様の淹れてくれたお茶を一気に飲み干し、足早に退出した。藤村の私邸に戻ったあたしは思い切り藤村に愚痴る。これが子供っぽい事くらいは理解しているけど、どこかに八つ当たりしないと納まらなかったの。
「そりゃまた、無理難題を押し付けられたな」
藤村は心底同情した顔をしてそう言ってくれた。
「地球人類だって『はいそうですか、魔界が助かる為なら喜んで殺されます』とは言わんわな。共闘を申し出るならまだしも、いきなり滅ぼすってのもどうかとは思うな」
膨れっ面のあたしの頭を撫でてくれる。
「……神系の戦力はどれくらいなのかしら?」
少し落ち着いたあたしは藤村に訊ねる。藤村は過去に神系との戦闘をした事がある筈だ。
「そうだな。奴等は八人一組だ。宴脆の爺様が大挙という言葉を使って、しかも魔界全土を制圧する数となると……少なくとも二十組、百六十人くらいか……」
宴脆様と藤村、八つ裂き丸様、鉄朗様の四人で迎え撃つ場合の事を藤村は言っている。この世界には軍隊は存在しないの。魔界の考え方は単純なのよ、向こうが何人だかは別として、戦闘でこちらが死ぬのは最大四人。その後に神系の連中がこの世界を蹂躙してしまっても、その時はその時だと考えている。悪魔のくせに変に潔い武人の集まりなのよ。
「前にも一度他の惑星でそういう事があったが、あの時の聖戦士の数は六組四十八人だったな。惑星の原住民を守りながらの戦いだった。あの惑星に居た原住民は半分くらい死んだ筈だ。地球より進んだ文明を持つ人種だったけどな。鉄朗がまだ王に任命されていない頃の話だが、鉄朗の実父である鉄明殿の主君である斬鬼殿が死んだ戦だ。今もそれ程仲良しな訳でもねぇが、残り三人が謀反を起こして宴脆の爺様にこっぴどくぶん殴られたのは印象的だったが……」
その残り三人の王、矢魔、相魔、蝋羽は今もこの世界に居る。だけど彼等に頼る事は出来ない。彼等は今でもその時の事を根に持っているらしく、藤村とも宴脆様とも仲は悪い。
「ちなみにその惑星はどうなったの?」
「連中を追っ払った後暫くは静かだったが、今から5年くらい前に聖戦士の生き残りが復活しちまってよ。仕方なく俺が処分したよ」
その話はそう言えば聞いた事があった。基本的に聖戦士は殺せないので、藤村たちは肉体と魂を分離して封印していたの。封印を破った肉体が一体居て、魂は既にほかの生物に転生していたんだけど、そこから奪い返して生き返ろうとしたんだ。あたしはまだこの世界に来たばかりだったから連れて行って貰えなかったんだったっけ。
あたしの頭の中で何か思い出し掛けたけど、それこそ封印しているみたいにその先が思い出せない。なんだっけ? まあ、今は良いや。
肉体がしつこいくらい復活する聖戦士にキレた藤村が惑星ごと消滅させたんだよね。
「その時確か生き残った原住民は、魔界に引っ越したんじゃなかった?」
「ああ、今も俺の領地の領民だぜ。」
あたしは少しだけ光明を見出した気分になった。
「その数ってどれくらい?」
「百万人くらいだと思うが……」
今地球の人口ってどれくらい居るんだろう? 六十億人だっけ? それって助けた事になるんだろうか? 見え掛けた光明は萎む。
「と言うかだな。本土決戦になると魔界に犠牲が大勢出るから地球を戦場にしますってのはちょっと飛躍した考えに思えるんだよな。しかも現住生物を全て先に殺しておくのは納得行かん」
流石はあたしの未来の旦那様。
「ちょっと宴脆様に会って話の内容を確かめて来る。だけどよ。宴脆様の言う通りお前はまだ子供だ。それは自覚しろよ」
そりゃ子供だけどさ。
「そう膨れるな。俺の大事な嫁さん候補の美人が台無しだぞ? どうにも何か裏のある話に思えるんでな。真意を確かめて来る」
そう言って藤村は颯爽と空中に浮いて飛び去った。
その格好良い黒衣の魔王を見送って、あたしは小姓を呼ぶ鈴を鳴らした。藤村の副官の一人がすぐに現れる。
「推参」
藤村と彼が違うのは、藤村に余計な喋りが多いのに対して、彼は無口だって事かな。まあ、此処は異世界で彼は異世界人だから、いきなり王である藤村が地球の言葉を公用語にするなんて事もなく、普段から日本語で喋っているのはあたしと藤村だけなのよね。それでも彼も含めた魔界人は地球に住む人間より頭も良いから、藤村の妻候補の為に日本語を覚えるくらいは朝飯前な筈なんだけどね。あたしが日本語で喋っている理由は簡単で、この世界の言葉はあたしを含めた地球人には発音出来ないのよ。
「八つ裂き丸様の奥方との面会を希望します。手続きをお願いします。」
「承知」
彼は一礼して下がった。これでお姉様には会える筈。地球での手続きよりは簡単なんだけど、この世界の住人は悪魔なのに妙に礼儀を重んずるのよね。
「ええ、その話は先程聞いたわ」
あたしは宴脆様の説得を藤村に任せ、八つ裂き丸様の奥方である綾乃御前お姉様の所にお邪魔していた。あたしの方が先に魔界に来ているけど、元々の年齢があたしより上だし、藤村より八つ裂き丸様の方が先輩でもあるので、こんな呼び方をしている。
「お姉様はどう思われましたか?」
アイヌ民族紋様の入った日本人らしくない服装のお姉様は優雅にお茶を一口飲みながら、少し言葉を選んでいるようだ。あたしの最も尊敬する4家の長である揚子江様のご息女らしい佇まい。今年18歳とは思えない程落ち着いていて、更に美人なんだ。
「そうねぇ……私の生まれ故郷を殲滅されるのはちょっと気が引けるわねぇ。確かに地球の各国家戦力で神系は倒せないとは思うけれど、王に匹敵する個人なら居るわよね? 私たちにとってはもう別の星の話なのだから、地球の事は地球に今住む人々に任せたいわねぇ。それに、これは人間を選別しろと言われている気がしたわ。選別は神系の得意分野であって、私たちの仕事とは思えないのよねぇ」
少々間延びしたような喋り方だけど、お姉様の言葉は重い。
「私が心配しているのは、その中に弟が含まれているって事なのよぉ。弟は地球側の人間だから、勿論私たちが攻め込んでも神系が攻め込んでも地球を守るでしょう? 私とあなたの二人でもシイちゃんは倒せないよ? あれでも4家筆頭の跡取りだからねぇ。4家じゃないけれど例の傭兵シルヴィスさんも居るし……」
お姉様の弟さんはあたしと同い年で、母親の戦闘能力をかなり受け継いでいると聞く。地球で最も武力を持つと言われるシルヴィス・ウィンザールさんは、視認出来る物なら何でも殴れるという特技の持ち主で、見えてさえいれば神だろうが悪魔だろうが殴って殺せる人だ。あたしも何度か会った事がある。味方であれば心強い人たちだけど、敵に回したいとは思わない。
お姉様は地球を滅ぼす事より家族と戦うのが嫌みたいだ。そんな事を言えばあたしだって、かくれんぼの途中で置いて来てしまった妹が地球に居る。遠い世界に居る人たちの話だからあまり実感はないけど、お父様とお母様は飛行機事故に巻き込まれて死んでいると聞かされた。
「神系の軍勢が地球に現れる前に攻撃して、地球制圧をやめさせられないかしらねぇ」
それが出来るなら、宴脆様もこんな事を言い出さないんじゃないかな。神から任命された聖戦士って呼ばれる軍団は神出鬼没だって聞いたもん。まあ、聖戦士なんだから、堂々と名乗りを上げて攻めて来るだろうけど、地球に降りる前に殲滅は無理だよ。
「まあ、母さんは宴脆様の依頼で魔界の奥地を調べに行って戻っていないのよねぇ。だから母さんと戦う事にはならないけれど、戻って来たなら怒られるわ」
「え? 揚子江様が?」
「宴脆様を恨んで良いというのはそういう事なのよぉ。母さんが戻れない程の敵が魔界の奥地に存在し、捕縛或いは殺されたと考えた場合ねぇ。この世界で最も能力の高い宴脆様は動けない。それに呼応したかまでは推測の域だけれど、神系の動きが活発になった。魔界奥地の未知の敵と神系両方を相手にするのは無理でしょう?」
あたしなんかは足元にも及ばない能力者の揚子江様を捕える能力を有する敵。その相手を宴脆様はしなくちゃならない。だから地球方面をあたしたちに任せるなんて言い出したんだ。
「じゃあ、お姉様は何人の能力者が居れば神系の地球侵攻を食い止められるとお考えですか? 藤村は少なくとも聖戦士百六十人が攻めて来ると考えていました」
「そうねぇ……藤村殿は自分の能力を基準に考えているだろうから、先ずはその倍を想定しなさいよぉ」
お姉様の顔が少しだけ引き締まった。
「三百二十人の聖戦士に完勝出来る能力者の数ねぇ……藤村殿クラスで三十人、完勝を目指すなら四十人は必要かしら?」
藤村の武力を持つ人間が四十人も地球に居るとも思えず、あたしは肩を落とした。
「それは単純計算の話だろ? 藤村が五人居れば諒子ちゃんの指揮運用次第で抑えられるって話だぜ?」
お姉様の夫にして魔王の一人、八つ裂き丸様がそう言いながら部屋に入って来る所だった。見た目は藤村とも変わらない人間型の魔物だけど、その背中に黒い大きな羽があり、更に頭に黒く光る輪がある。凄く格好良いんだけど、その名の現わす通り残忍なイメージがあるのよね。
「どういうこと?」
立ち上がって迎えるお姉様を軽くハグして、八つ裂き丸様はお姉様の座っていた椅子に掛ける。あたしも立ち上がってその掌に口づけする。八つ裂き丸様の国での挨拶だよ。
「聖戦士は名の通り、聖なる戦士。卑怯な真似はしねぇって事だよ。先程オヤジの所に行って話の内容を確かめて来たんだが、神と名乗る奴から宣戦布告の書状が届いたんだとさ」
宴脆様をオヤジと呼ぶのは八つ裂き丸様だけ。他の王たちはそんな恐れ知らずな事は出来ないのよ。
「その書状によるとな、地球時間の八月十五日に聖戦士八人による地球攻略を行うそうだ」
十五日はひと月後。
「地球制圧後、この世界に続くトンネルに二十組の聖戦士を送り込み進路を確保した後、あと二十組足して攻めて来るみたいだぜ? 単純計算なら合計四十一組、三百二十八人の聖戦士による大攻勢だな。これを一度にやられれば、いくら俺たちが出張った所で勝つのは難しいだろうさ」
そう言いながらも、なんだか八つ裂き丸様は楽しそう。
「オヤジがお前じゃなく藤村の嫁候補を使うと言い出したので、どういう事か聞きに行ったのさ。俺の副官である圭介とようやく互角の戦闘能力しか持たない諒子ちゃんに何をやらせるつもりだとな」
諒子ちゃんは止めて欲しいな。そりゃあこの中で最も年下だけどね。
八つ裂き丸様はあたしたちに椅子を勧めて、副官圭介くんに飲み物を持って来るよう言い付けた。確かにあたしは圭介くんと互角くらいの能力しか持っていない。今だって圭介くんが入口に控えているのに気付かなかったもん。これが戦闘であれば先手は確実に圭介くんの物で、あたしは簡単にひねられたかな。
「最初の八人をどうやって止めるかが諒子ちゃんの第一課題なんだよ。八月十五日、八人の聖戦士を倒せる能力者が五人居れば地球は救える。だが、問題は現在地球には戦士が一人しか居ないって事なんだよな。それは俺ともオヤジとも殴り合いの出来る能力者、シルヴィスなんだが、奴の弱点は一ヵ所でしか能力を発揮出来ないって事だ。八人の聖戦士がバラバラに地球に降りれば、シルヴィスはその内の一人しか倒せない。聖戦士の武力で地球が耐えられるのは良くて三日が限度だろうな」
「……瞬間移動の出来る能力者を傍に送って、一人倒す度に聖戦士の元へ瞬間移動する?」
「おお、なかなかの策士だぜ諒子ちゃん。しかし、シルヴィスは人間だ。俺や藤村みたいな無限に近い体力は無い。三日の間に八人倒すのはいくら地球で一番の戦力でも不可能だ」
八つ裂き丸様はあたしを試しているんだ。考えろあたし。
「プラス回復系の能力者……プラス助力系の能力者?」
時間移動の出来る能力者に知り合いは居ないのでこう答える。八つ裂き丸様は喜んだ。
「おお、なかなか良いパーティだぜ。それで三日凌いだとして、地球制圧を信じて疑わないトンネル工作隊の二十組百六十人が来るぜ? 今度は瞬間移動でも間に合わない」
「使うトンネルの特定は出来ますか?」
あたしはあんまり良くない頭を振り絞る。
「ああ、奴等は卑怯な真似はしない。使うトンネルは二十ヵ所だ。指定もされているぜ。」
「トンネル出口付近一ヵ所につき最大八人の武力系能力者を配置し、迎撃する?」
「二回繰り返せる奴等で頼むぜ? ちなみにこちらから出られるのは藤村だけだ。オヤジはよく解らない敵の監視をしなきゃならん。どうして綾乃が使えないかと言うと、オヤジでさえ掴めない揚子江の行方を探れる能力者はこいつしか居ないからだ。俺と鉄朗は他の三人の王を牽制しろと言われてる。相手は三人だが、俺の副官は圭介の他にもう一人居るし、藤村の副官二名も使える。それと鉄朗の親父である鉄明殿が隠居の身だが出てくれる。これで魔界のいざこざはなんとかなる。さて、諒子ちゃんがしなくてはならん事はなんだ?」
ちなみに宴脆様に副官は居ないし、国民も居ない。宴脆様は一人で六人の王を束ね、魔界の全てを知る為に日夜努力をする方なの。領土欲みたいな物があんまり六人の王に無いのは、トップが宴脆様だからなのね。
「シルヴィスさんへの依頼と、その周囲を固める人材の発掘。トンネル出口を守備する百六十人分の聖戦士に匹敵する武力系能力者を探す?」
「まあ、そんなもんだろう。問題はシルヴィスクラスの人材が地球に居るかって事だよな。期間はひと月しかないから、育成している時間はねぇぜ? ついでに言うと、地球に存在する退魔師と呼ばれる連中は殆ど使い物にならねぇからな。俺たち魔物を駆逐する為に修行を積んだ連中だ、奴等は正義の味方である筈の神系が敵になる事をまるっきり考えてねぇからなぁ」
確かにあたしの実家である4家のひとつ、神埼家も魔物や悪霊に対する一族で、神系の連中を相手にする事は考えられていない。元々神系から能力を借りているという現状があるから、聖句や呪術の殆どは神系に相殺されちゃう。
「それ程育ってはいないが、札幌に能力者を集めている学校がある事は知っているよな?」
揚子江様が基礎を築かれたマンモス校の存在はあたしでも知っている。
「私立最華学園ですね?」
「ああ、それだ。あそこは揚子江が作っただけあって、神系が敵になる事を想定した教育もやっているぜ?」
八つ裂き丸様のヒントは小出しで困るわ。
「私もその学園の出身ですが、どれくらいの人数が育っているかしら?」
揚子江様は元々札幌に存在する魔界とのトンネルを守護する方なの。後継者を育てる目的で作られた学園は現在も能力者の卵を育成中。お姉様もその学園の高等部までを卒業している。ちなみに一年病気で留年した後、二年飛び級している特待生だったのよ。
「お前と同じ主席クラスであれば、使えるとは思うが、お前の弟に問い合わせてみてくれるか?」
そう言われたお姉様は立ち上がって懐から短冊を一枚取り出し、文机に置いてある筆を持つ。この世界から地球に連絡する方法はそれしかないの。基本的には敵である魔界と繋がる電話線を引く程、人間も馬鹿じゃない。他に念話っていうテレパシー能力もあるんだけど、得手不得手があるから、滅多に使う魔物も居ないんだよ。
書き終えた短冊が宙に舞い、瞬きの間に消えた。数秒で同じ短冊の裏に何か書かれた返信が戻って来る。お姉様の弟さんは能力者としてはかなり有能な人で、中学一年にして最華学園中等部生徒総代を務めているの。あたしと素子にかくれんぼによる修行方法を教えてくれた人ね。
「……最華学園生でも百六十人の武力系を集めるのは不可能。ただし、組み合わせによっては姉の意志に添える内容は揃えられる。と言って来たわ」
「相変わらず見た目より有能だな、義弟はよ」
あたしはその組み合わせを考えてみた。
武力系シルヴィスさんに瞬間移動能力者、回復能力者、助力能力者を付ける以上の組み合わせを学園生のみで構成する場合、最も足りないのは瞬間移動能力者の筈。
分身系統の術は高度過ぎて、日本の戦国時代の忍者ならまだしも、現代には伝わっていないし、魔界にもその能力者は居ないと言われている。
先程からの話の流れでわかるだろうけど、地球に存在する国家軍隊はこの場合何の役にも立たない。魔物も聖戦士も核ミサイルの爆発に耐え、銃弾より早く動ける肉体を持っているから、正直盾にもならない。神系の戦士を倒すには、最大魔力を持つ魔王か同じ神系の能力を操れる能力者しかいない。
生憎小説みたいに白魔道と黒魔道に魔術師が分かれていないのが現状なのよね。簡単に言うと神から能力を授かった白魔道師は聖戦士になる。聖戦士同士は戦わない。だから地球上に白魔道師は居ないの。
もう片方の黒魔道師は沢山居るけど、その中で宴脆様や八つ裂き丸様、藤村、鉄朗様レベルの悪魔から能力を借りている人間は殆ど居ない。だからレベルが低くて神系の相手は出来ない。どうして宴脆様たちが人間にその能力を授けないかと言うとね。それは彼等が悪魔だからなのよ。これは人間が悪魔に抱くイメージそのままで、魔物は自分の能力を人に貸したりしない物なの。お姉様も圭介くんもあたしもこの世界に居て、助けては貰っているけど、基本的には自分の能力は自分で磨き、育ち、独立するのがこの世界の決まり。ちなみに魔道師と退魔士は別の職業だよ。
だから藤村はあたしを甘やかし過ぎだと八つ裂き丸様にはよく言われる。だいぶ魔界の大気を改造出来るようになったけど、まだあたしはかなり藤村の力を借りているからね。その点お姉様は大気の改造方法も戦闘力も殆ど地球で修業して身に付けてから嫁入りしているんだ。まあ、その辺りあたしは偶然魔界に落ちたんだからかなり大目に見て貰っているけど。
話が逸れちゃった。今は聖戦士を迎え撃つベストパーティを考えなくちゃならない。
あたしの長考を見兼ねたお姉様がもう一枚短冊を取り出す。細かい現状と質問を書き入れ宙に舞わせる。今度は戻って来るのに1分以上掛った。
宙に現れた短冊をお姉様が受け取り、隣に座る八つ裂き丸様と眺める。表情が二人とも曖昧な感じだ。何が書いてあるんだろう?
「……半数を堕天させると言って来たわ」
お姉様は呆れ顔だ。攻めて来る精鋭聖戦士を堕落させ、味方に引き入れると言うの。それはかなり無茶な提案だとあたしには思えた。
八つ裂き丸様はその提案を苦笑いで受けた。その容姿からも解るけど、八つ裂き丸様は堕天使なの。堕天して悪魔になった理由をあたしは聞いた事がない。
「面白い着眼点だとは思うがなぁ……」
ご自分が堕天したのだから、その方法も知っていそうな物だけど、腕組みして八つ裂き丸様は考え込んでしまった。
勿論あたしもそんな方法を知らない。
でも、あたしも神系から能力を借りている一族の末裔だけど、今は魔界の住人なんだから、これは堕天と呼ぶのかも知れないね。神埼の家で習う呪法や呪術は神系の能力なんだけど、結界って言われる能力だけは、神系からも魔物からも力を借りずに使える唯一共通の能力だから、あたしが魔界に落ちた時も使えたんだよ。
あたしが堕天した理由を考えて見る。
意志とは無関係に魔界に落ちたあたしを藤村が助けてくれた事に恩義を感じたから。いえ、そんな事で嘘を言っても仕方ないね。正直藤村に一目惚れしたから。だって格好良いんだもん。
でも、色恋沙汰で八つ裂き丸様が堕天したとも思えない。八つ裂き丸様は人間の年齢に換算すると二千年くらい生きている訳だし、お姉様は本当の年齢だもん。お姉様と出会う前にそんな大恋愛があったなら、あたしの耳にも入っている筈。それに、あたしじゃないんだから、恋愛感情で堕天は考え難い。
八つ裂き丸様は天使の中でもかなり高等な種族だったと聞いた覚えがある。
ああ、そうだ。言ってなかったけど、八つ裂き丸様も藤村も他の魔王も皆偽名なのよ。元々魔界の言語は地球人であるあたしたちには発音出来ないから、便宜上付けた名前なのよね。どれくらい前かまでは知らないけど、揚子江様が初めて魔界と接触した際に付けたんですって。そうなると揚子江様って何年生きてるのって話になるけど、正確な揚子江様の年齢はあたしも知らない。今の姿はあたしが初めて出会った時と同じ17歳だけどね。お姉様が母親と同い年になって、抜いてしまったのを嘆いておられた事は覚えてる。
そういう意味では時間移動能力者に知り合いは居るって事になるね。揚子江様は自分の時間を止められる能力者だもん。でもこれは魔界の能力とは異なるんだよ。八つ裂き丸様や藤村がその姿を20代後半で止めておくのには魔力を使っている。揚子江様は使っていないけど年齢が止まっている。お姉様と弟さんが生まれた時に時間を動かして15歳から17歳の姿に変わったとは聞いたけど、まだまだ子供のあたしにはよく理由がわかんない。
ただ、どの能力も映画とか漫画に出て来るみたいに過去に戻って未来を変える事は出来ない。パラレルワールドに近い異世界はあるって聞いているけど、無限に分岐する未来っていうのは存在しないのがあたしの居る世界なんだ。だから、あたしが死んだら生まれ変わる事はあっても、過去に戻ってあたしを生かす事は出来ないの。でも、その揚子江様があとひと月で戻って来て全てを解決してくれる保証は何処にもないんだよね。
神系の聖戦士を堕天させる方法をお姉様の弟さんは知っている。確かに半数を堕天させて残り半数と戦わせれば、地球の被害も最小で済む。それはあたしがいくら頭が悪くても解る。
「……パーティの例が書いてあるけど、自分で考える? それとも読む?」
またもや長考に入り掛けていたあたしにお姉様が声を掛ける。考えている時間はそんなに無いから、悔しいけどあたしは頷いた。
「攻撃者、三樽別川繭鋳。助力者、回復系鷹刃氏かなみ。攻撃助力未曾有麻生。瞬間移動能力者藤村藤村。堕天担当は自分でする……だ、そうよ。」
「三樽別川!?」
思わず叫んでしまった。




