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究極魔王の無茶ブリ。  作者: 大久保ハウキ
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9

 駆け寄る隊長さんを、軽く手を上げて制した。飛び付きそうだった勢いの隊長さんが止まる。

「陛下に聞いたよ。お前等、俺の言った通りに、札幌を守る為に修行しているんだってな。」

「はい! 俺たちは暴走と踊る事しか脳がねぇですけど、生まれ故郷の役に立つ事に、命懸けました!! 今は全員でも、まだススキノにあるビル一ヵ所守るのが精一杯ですけど、そのうち追い付いて!! 追い越します!!」

 熱い人だね。あたしには圭介くんって、そんなに熱い人には見えないんだけど、ビストロ洋泉の事務所に集まったメンバーは、皆暑苦しいくらい熱い人ばっかりだったと思い出す。圭介くんは良く見ると、前のあたしと同じで、トンネルのギリギリ淵に立っている。一人前になるまでは、札幌の地を踏まないとか考えていそうだね。

「諒子様。お迎えに参上しました。藤村陛下は現在、第二階層に入られて、大暴れ中ですので、俺がお迎えに参りました次第です。」

「御苦労さま。そんな大変なら、あたしの迎えを寄越さなくても良いのに。失恋中のミヤ様でも、あたしの護衛は出来るわ。でも、仲間に会えて良かったね?」

「はい。」

「染屋先輩! その人凄ぇんですよ!? 札幌上空に来ていたでっかい酸性雨の親玉を、一撃で仕留めて、仲間にしちまったんです!!」

 ミナ様が閉じ込められていた雲塊は、酸性雨の親玉か……言い得て妙って所かな。

「一撃は言い過ぎです。元々あの白猫、ミナ様はあたしの仲間なんですから。」

「だって、諒子師匠!! 本当に大スペクタクルだったんですぜ?」

 師匠? 先輩より上は先生とかじゃないの? まあ、先生とか呼ばれてもむず痒い感じしかしないけど、ツッコミ所の多い人だ。

「ああ、それも陛下に聞いたよ。諒子様の末が恐ろしいとも聞いている。だが、魔界ってのはそんな場所だ。お前も将来来ようと思っているなら、覚悟しとけ。」

 なんか、あたしの知る圭介くんじゃない人みたい。

「オスっ!!」

 この人が魔界に来たら、また戦闘バカが増えてしまうなぁ。

「それはそうと、どうしてお前が此処に?」

「八つ裂き丸様に頼まれて、私が連れて来たのよ。」

「陛下に頼まれて、揚子江さんが?」

「ええ、彼がどうしても圭介くんに渡したい物があるって、聞かないからね。」

「渡したい物だと?」

 圭介くんが怖い顔をして、彼を睨んだ。こんな表情をする圭介くんを見た事がないよ。目上の者に頼みごとをする時に、ちゃんと礼は尽くしたか。という睨み方。

「オス! 染屋先輩にどうしても受け取って欲しかったので、揚子江教授に無理を言いました。スンマセン!!」

 揚子江様は教授なんだ。

妙に熱い彼はそう言うと、道路脇に停めていたバイクを一台押して来た。

「俺の単車?」

「ええ、俺たちはバカばっかりなんで、直すのに手間取りました。メンバーに一人工場の親方を親戚に持つ奴が居て、親方に習って、ようやく完成しました。染屋先輩のッス。それと、魔界にはラジカセも無ぇって聞いたんで、皆からカンパして、ラジカセ一台と、先輩の好きなダンス系のカセットッス。」

 カセット? それは、あたしがたまに藤村と使うビデオテープより古そうな代物。

「お前……貧乏なクセに、俺の為にこんなに……。」

「先輩は飛べるって聞いたから、要らねぇかとも思ったんスけど、シルヴィス大佐のお世話になってる王様のおとっつぁんが、革ジャン破れて引き篭もったって聞いて、ひらめいたんス。」

 そう言えば、鉄明様がそうなったって聞いた時、この人もその場に居たんだよね。ところで、シルヴィスさんって、大佐だったの? 揚子江様の顔を見ると、苦笑い。繭鋳さんも苦笑い。つまりこの人は、上司に対しては知っている言葉をくっつけるタイプの人間なのね。シルヴィスさんが大佐で、あたしが師匠、揚子江様が教授か。まあ、呼ばれて悪い気はしないかな。

「ありがとう。」

 圭介くんが照れながら礼を言う。今日の圭介くんは、あたしの知る圭介くんとは別の表情を持っている人みたいだよ。

「仲間って良いわねぇ。」

 揚子江様がお姉様の口調を真似すると、圭介くんは赤くなった。なんで? 繭鋳さんが苦笑いしながら、あたしの耳元で囁くくらいの声で説明してくれた。

「圭介さんは、綾乃の事が好きだったのよ。八つ裂き丸様に嫁ぐと聞いた時は結構ショックだったみたいよ?」

 そう言えば、圭介くんはお姉様が八つ裂き丸様に嫁いだ日だけ、任務で王宮を離れていたっけ。と言う事は、八つ裂き丸様も勿論圭介くんの気持ちを知っていたんだ。

「綾乃はもてるからねぇ。」

 いつの間にか揚子江様もあたしの隣に居る。

「今はただの主従関係です。」

「その話は有名なの?」

「…………。」

 圭介くんが固まった。揚子江様に説明を求める視線を送る。

「私の未来の夫を助けた時、圭介くんも一緒に助けてね。暫く私の家を隠れ家にしていたんだけど、私の彼の競技パートナーと、圭介くんは、世話をした綾乃にすっかり惚れ込んでしまったのよ。八つ裂き丸陛下が圭介くんとその彼にチャンスを与えたと言えば、言い過ぎかも知れないけれど、綾乃が嫁ぐ日までにそれぞれの特技で綾乃を口説き落とせた場合、綾乃の気持ちは無視して譲ると言ったのね。」

「……女の気持を無視ですか?」

「ええ、男は女を自分の所有物だとでも思っているのかしらね? 綾乃は、元々八つ裂き丸陛下が好きだったのにね。まあ、それでも強いて言えば、綾乃もその提案に乗ったのよ。圭介くんと、ミノルのパートナーもね。その年、日本代表に選ばれたミノルと彼が、世界大会で優勝したの。ミノルはアシスト王になり、彼は得点王になった。彼は勇んで綾乃に告白して、玉砕。」

 魔界に長く居るあたしも、その話は知っていた。でも、その後の事は流石に知らなかったよ。

「圭介くんは、その年八つ裂き丸陛下に弟子入りし、少しでも綾乃の好みの男になろうと頑張っていたのよ。つまり強い男ね。」

「いくらなんでも、八つ裂き丸様に近付くというのは無茶なんじゃないですか?」

 本人が目の前に居るけど、無謀にも程があるので、つい口が動いてしまったよ。まあ、顔だけ見れば、圭介くんも相当格好良い部類に入るんだけどさ。

「三年間の修行で副官になった圭介くんは、その期間の短さを『売り』にして、綾乃を口説いたのよ。」

「揚子江さん……過ぎた事ですので、ご容赦ください。」

 圭介くんは、仲間に貰ったラジカセを抱えて感動するやら、揚子江様に数年前の痴態を暴露されて恥ずかしいやらで、俯いてしまっている。

「教授。染谷先輩の傷を抉らんでください。綾乃の姐御には悪いですが、俺たちの染屋先輩と結婚しなかった事をきっと後悔するくらい、先輩はヤル男ッス!」

 お姉様は姐御なのね。そして、彼だけはこのメンバーの中で奇妙に思える程熱いよ。

 積もる話もあったみたいだけど、魔界はまだ第二階層との戦時下にあるので、ゆっくりもしていられない。まあ、そんな中で一週間も休暇を満喫しちゃったあたしに言える事でもないんだけどね。あたしは圭介くんの運転するバイクの後ろに乗っていた。ミヤ様は無言であたしの肩に乗っている。多分魔界に続くトンネルの中を初めて走る機械だね。結界で周囲を固めて走るバイクの速さは、多分新幹線より早いんじゃないかな。シイくんなら確実に乗り物酔いだね。

「……あいつらの無学無礼はお許しください。」

「大丈夫だよ。最初に会った時は面喰ったけど、刺青ベイベーは良い仲間と、なかなか独創的なダンスと、何より熱いハートの持ち主だと理解したからね。無学ならあたしも最終学歴『園卒』だしね。これからはあたしも圭介くんじゃなく、圭介さんと呼んだ方が良いかな?」

「ありがとうございます……呼び方は、特に気にしていません。」

「ところで、お姉様の事はまだ諦めていないの?」

「過去の出来事です。俺は前に向かって進むだけが取り柄ですから、陛下と奥方様を命賭けでお守りするだけですよ。」

 そう言った所で、トンネルを抜けた。藤村の領地に出たけど、結構森が破壊されている。第二階層の犬が暴れた跡みたいね。木々が薙ぎ倒され、所々火の手と煙も見える。バイクは藤村の私邸に向かった。

「流石に私邸は無事みたいね。」

「いえ、奇襲でしたので、結構攻め込まれました。」

 バイクを降りて見ると、藤村の私邸に続く道が確かに結構荒れている。そして、藤村が第二階層に攻め込んで、大暴れしている理由を初めて知った。

「これなの?」

 頭を垂れる副官に聞くと、小さく頷く。あたしは足元に転がった菫の花の茎から折れた部分を指差している。確かに食べたりは出来ないけど、この花はあたしが最初に育てた地球の植物で、大事にしていたのは、藤村の部下や領民の殆ど全てが知っているよ。

「それと、その花を守り切れずに、アッキーが……。」

 言葉に詰まった副官。愕然とするあたし。

「なんでそれを先に言わないの?」

「陛下より緘口令が出ておりまして、諒子様が帰られるまでは伏せよとの事でした。」

 アッキーに、あたしが帰るまでの間の中庭の世話を依頼したのは、確かにあたしだよ。でも、命懸けで守れなんて言ってないよ。

「殆どの犬を第二階層に押し戻したので、油断したと言われれば、それまでですが、昨晩、夜襲を仕掛けられた時、丁度アッキーはこの中庭に居りまして、陛下も我等も残党狩りに出ていて不在でした……急行したのですが、間に合いませんでした。申し開きの仕様もございません。」

「くっ!!」

 駄目だ、キレるな、あたし。犬を皆殺しにしても、失われた命が蘇る訳じゃないんだ。

「藤村がキレて、第二階層に攻め込んだのは、この為なのね?」

「はい。あれ程怒りを露わにした陛下を見るのは、初めてです。」

 藤村は魔王にしては冷静な男なの。あたしとの付き合いの中で、キレた事もない。戦闘バカだけど、温厚な方なのよ。

「ミヤ様。」

「なんだ? 俺はもう独りではない。」

「第二階層に住む、犬の成れの果てという生物は、話し合いの通じないような生物ですか?」

「……話をした事は無いが、見た目からして通じんと思うぞ? そもそも言葉を奴等は持っておらん。俺はもう独りではない。」

「意志疎通はどうしているの?」

「主に威嚇と吠える事が彼等のコミュニケーション方法だ。共食いしている所は見た事が無いので、噛み付いて何かを伝える手段もないだろうな。俺はもう独りではない。」

「つまり、駆逐する以外に対処法は無い?」

「ああ、あまり諒子様には言いたくないが、定期的に『エサ』を第二階層に落としてやれば、大人しくはなるだろう。エサは人間以外の生物でも構わんが、条件は『生きている』事だ。屠った肉を落としても、奴等は喜ばんし、大人しくもならんよ。俺はもう独りではない。」

 あたしは、実は生き物を殺した事がないの。そりゃあ、お肉もお魚も食べる事はあるから、間接的に殺しているんだろうけど、自分で捌いた事はないのね。厳密に言えば、あたしが育てている植物だって生物な訳で、あたしの水やりが悪かったり、肥料が少なかったりして、枯れさせた事はあるよ。自分の足で自由に動き回れる生物を、好んで殺した事はないって話ね。でも、いつか藤村が窮地に陥った場合、あたしは相手を殺してでも藤村を守る事になる。それを避ける為に今日まで色んな術を覚えたり、防御結界だけでなんとか敵を退けたりして来た。でも、それは藤村の為であって、アッキーがあたしより先に死ぬなんて考えた事が無かった。領民の一人であり、あたしの世話係だったアッキーを守れなかった。王として、その婚約者として、領民の命を守れないというのは、屈辱なんだよ。

「ミヤ様はあたしが、戦いを避けたがっている事を知っているよね?」

「まあな。喧嘩は良いけど、戦争は駄目という奴だろう? それは領民に被害者が出、多くの森が焼かれる事になる事を諒子様が快く思っていない現れだろう? 俺はもう独りではない。」

「ううん。そうではないの。あたしは7歳の時に此処に落ちて来た。4家神埼の長女だから、退魔士の仕事をしていると思われがちだけど、修行も始めたばかりのただの小学一年生だったのよ。本当の理由は、人の形をしている者を殺すのが怖いからよ。」

「成程。それは俺の持っていた、諒子様の記憶や考え方の中には無い物だったな。諒子様の慰めになるとも思えんが、一応言っておこう。俺も長年生きているが、人を含めた生物を殺した事はない。俺はもう独りではない。」

「はい?」

 戦闘バカで、エロ猫のミヤ様が、生物を殺した事がないというの。これは驚いたよ。

「目の前で同胞を殺された事はあったがな。その憎しみを復讐に使えば、泥沼の戦になる事くらいは、この小さな脳味噌でも理解出来るからだ。俺の姿が猫だから、本能的にネズミでも追い掛けているイメージがあるんだろうが、俺はそもそもが化け猫なのだよ。魔界の生物で食事をする者が殆ど居ないのは、諒子様も知っているだろう? 揚子江と共に第二階層に居る犬の成れの果て共をとっちめていたが、一匹たりとも殺しておらんよ。俺はもう独りではない。」

「この場合のとっちめる方法は何?」

「奴らが口を開く前に発見し、あの鬱陶しく発達した『毛』を丸刈りにしてやるんだよ。奴等は闇に溶ける術として、全身の毛を黒く長く伸ばし、ハリセンボンみたいな状態に自分たちの体を改造した。手足を排除し、口をでかくし、今では丸い生物だが、毛を刈り取ると、犬だった頃の名残である皮膚の色がまだ残っている。それは闇に乗じて気配を消して近付く事の出来ない状態という事だよ。シルヴィスではないが、見えてさえいれば、対処法はいくらでも考えられるだろ? 勿論藤村殿にも、この方法は伝えてあるぞ? 俺はもう……」

 言い終わる前に、ミヤ様を抱き締めていた。

「それを早く言ってよ。生きたエサだとか、屠った肉は喜ばないとか、散々あたしを怖がらせて、何が楽しいのよ?」

「ムウ……諒子様は育ったから、抱き締められると、霊体の俺でも苦しいぞ……。」

「このエロ猫。」

「抱き付いて来たのは諒子様ではないか。あまり俺の格好良さに惚れ込むと、藤村殿が嫉妬して、本当に殺し合いになり兼ねんので、止めてくれ。しかし、藤村殿がアッキーちゃんの死を見てキレたのであれば、俺の言った事を忘れたかも知れんぞ? 俺はもう独りではない。」

「それもそうね。じゃあ、行って藤村を落ち着かせなきゃ。副官!」

「ハッ!!」

「これよりあたしは援軍として、藤村の元に向かいます。アッキーの仇討ちはあたしに任せて、他の領民を含めて、誰一人あの犬を殺してはいけません。勿論襲って来れば撃退して構わないよ。八つ裂き丸様にもその旨を報告し……それは圭介くんにお願いするわ。第二階層と繋がった穴の周囲を全力で防御しなさい! 第二階層内には誰と誰が入っているの?」

「宴脆陛下、藤村陛下、鉄朗陛下、副官のシルヴィス殿の四名です。」

 宴脆様が厄介だけど、他は全員話の通じる相手ね。

「ミヤ様、最悪あの穴埋めるけど、肉体は本当に動かせないのね?」

「ああ、動かすと霊体の俺に変化が出てしまうからな。俺はこの方が動き易いので、肉体に固執はせんよ。穴を開けたのは俺なのだから、埋める時は言ってくれ、この第一階層にある物でなんとかしよう。俺はもう独りではない。」

 あたしの中にあった生物を殺す事に対する葛藤みたいなものは、ミヤ様の発言で払拭されたよ。殺さずに勝つ方法は今教えて貰ったからね。あとは、キレた藤村が残忍な事をしていなければ問題ないけど、宴脆様の命令だと、結構残忍にもなるから、早く行って止めたいってのが本音。だって、大好きな藤村が、例え犬の成れの果てでも、生物を殺す所は見たくもないし、想像もしたくない。あたしの考えるアッキーの仇討ちは、誰も殺さない事なんだもん。死ぬよりも生きる事の方が何十倍も辛いって事を、あの犬たちに教え込んでやらなきゃ気が済まない。

「ミヤ様は揚子江にも幽体離脱の術を施していたよね? それってこの場で出来る?」

「ああ、それくらいなら、この階層でも出来るぞ。俺はもう独りではない。」

「先に全員幽体離脱をしてから入れば、犬に殺される心配も無かったんだ?」

「それは宴脆の判断だろうが、あやつはもっと奥まで探索したいのだろう? それには肉体を置いて行くのは無理がある。俺も第六階層までその方法で行ったが、それ以上は進めなかった。相手が触れないというズルは、そこまでしか出来ん。だが、今の状況で第二階層まで行くなら、その方が安全だな。俺はもう独りではない。」

 ミヤ様があたしの背後に回って、お尻を押した。押すのはお尻じゃないとダメなの? なんて思っていると、あたしの肉体を残して、霊体と分離した。

「副官! 霊体のあたしは見える?」

「は、はい。」

 副官が戸惑ったのは、霊体のあたしが服を着ていない事みたいね。ミヤ様を睨む。

「霊体に服を着せるのは俺には難しいのだ。そもそも猫に服という概念は無いんだよ。服を念じて自分で作ってくれると有難い。俺はもう独りではない。」

 成程ね。それは気付かなかったよ。

「圭介くん。八つ裂き丸様は第二階層には入れないって聞いた覚えがあるけど、本当?」

「あ、はい。元々大天使クラスの陛下は入れない……です。」

 視線のやり場に困っているので、あたしは先に頭の中で服をイメージして、霊体に着せる作業を行った。今回は皆に見える上に、上半身だけじゃなく全身だからね。

「では、八つ裂き丸様には他の三人の王の牽制をお願いして、それから圭介くんは、鉄明様の所に行って、なんとか立ち直らせて頂戴。感覚が刺青ベイベーの人と似ているなら、元気にさせる方法もあるでしょう?」

「やってみます。」

「鉄明様の結界と鉄朗さんの副官、藤村の副官、それと圭介くんで、結界を強化して。足りないなら、あたしが他の王に頭を下げても良い心持があると言って、矢魔でも相魔でも蝋羽でも引っ張り出して。これは第一階層の危機なんだから、今は領土問題の事は忘れなさい。」

「はっ!!」

 圭介くんと副官が頭を垂れるのを確認してから、あたしはミヤ様のシッポを掴んだ。

「ミナ様の時は護衛の任を忘れたでしょ? 今回はミヤ様に来て貰うよ?」

「護衛の任は忘れておらんが、ミナに俺は手を上げられんのだ。言われんでも、相手が犬なら、俺は容赦せん。俺はもう独りではない。」

「あ、それから、あたしの本体って此処に寝かせておかなきゃダメかな?」

「否、動かしても平気だ。此処は第一階層だからな。私邸の中のベッドに運んでおくと良い。俺が誰も手出し出来ぬ結界を張ってやる。俺はもう独りではない。」

 体の安全を確保して、第二階層に霊体で入るのは、確かにズルだね。でも、他の方法を探している時間もないようだし、仕方が無い。副官に本体を預け、ミヤ様があたしの部屋ごと結界を張った。圭介くんは依頼を果たす為にバイクで走り去り、副官二名と共に穴に向かう。

「穴の傍に強い念を感じます。」

 副官があたしより早く探査結界でそれを見ていた。鉄朗さんも中に入っている筈だから、穴の周りに今誰も居ない筈なんだけど。

「探査結界が触れました……ろ、蝋羽様です。」

「蝋羽が?」

 呼び捨てにして悪いけど、蝋羽は王の中では唯一の女王。肌の色が水色な以外は、人間と殆ど姿は変わらない。魔界の生物らしく、羽はあるけどね。

「む? 藤村の嫁か!?」

 蝋羽は穴の周りに副官を集め、結界を張らせている最中だった。

「はい、諒子です。この結界は蝋羽殿が?」

「ああ、私は嫌だったんだが、宴脆の爺様に頼まれては、断れんからな。貸しを作っておくのも、後々役立つかも知れんので、仕方なく受けたまでだ。本当はこの穴を埋めて宴脆の爺様ごと葬り去ろうかとも考えたんだが、八つ裂き丸の奴が残っているのでは意味が無いと気付いたので、止めた。」

 それって藤村も一緒に埋めるって事じゃない? よくあたしの前でそんな口をきけるものだよ。まあ、そんな感じで、蝋羽は矢魔と相魔と並ぶ悪魔らしい魔物なのね。

「わかりました。現在こちらに八つ裂き丸様の副官と鉄明様が向かっておられますので、協力をお願いいたします。あたしは中に入って藤村を連れて戻りますので、あとのご判断は宴脆様にお任せしますが、埋め戻し作業がある場合は、それもお願いします。」

 実際には、まだ鉄明様は引き篭もったままだけど、此処で本当の事を言う理由はひとつもあたしにはないもんね。それに、誰か向かっているとでも言わなければ、本当に穴を埋めて生き埋め状態にし兼ねないくらい、蝋羽は残忍で知られているから、牽制はしておかなければならないのよ。

「……まあ、良い。ここは私に任せるが良い。宴脆の爺様が戻った時に何か褒美は貰うがな。あの犬共は私の領地に入り込み、領民を虐殺したので、本来は私が行きたいくらいだが、藤村の嫁に任せるとするわ。」

 何か企んでいそうだけど、この場は仕方ないので、蝋羽に任せる。帰還後に何かが起きても、その時にまた対処法を考えれば、問題は無い筈だよ。それに、あたしの魔力がこの前より更に上がっている事に、蝋羽は気付いた筈。迂闊に裏切りが出来ない事くらいは、いくらなんでも気付いたよね? 領民虐殺の話が本当なら、第一階層の生物として、裏切る予定を作っている場合じゃない事にも気付いている筈だよ。

 あたしは礼を言って、闇の第二階層に入った。ミヤ様とあたしの体が発光する。

「諒子様、発光を少し抑え気味にした方が良い。犬共は空中浮遊が下手だが、その代わりに咆哮砲を使えるので、的になってしまう。俺はもう独りではない。」

 ミヤ様を吹き飛ばす威力のある咆哮ってのも、興味あるけど、試しに受けている場合でもないからね。このまま降りれば、ミヤ様の本体が眠る結界に接触する筈だから、そこまでは気を抜けない。

「む? 俺の体の傍に誰か居るな。俺はもう独りではない。」

 第二階層の中は、この前入った時より明るく感じられる。ほんの数瞬だけど、あちこちで光が放たれているの。これは多分、宴脆様と藤村、鉄朗さんとシルヴィスさんが暴れているからね。今から降りるミヤ様の本体の位置に、光を放つ生物が居る。

「鉄朗さんとシルヴィスさんだね。」

 ミヤ様の本体を守る結界に触れたので、あたしたちはそこから飛び降りる。40メートルくらいだけど、空中浮遊の術のレベルもかなり上がったから、平気だよ。

「諒子殿?」

 先に気付いたのは、鉄朗さんだった。ミヤ様の防御結界と融合して、結界強化しながら、この場の確保をしているみたい。シルヴィスさんはその結界ギリギリに立って、たまに口を開ける犬が見えた瞬間に殴り飛ばしていた。

「宴脆様と藤村の姿が見えませんが?」

 降り立ったあたしは、ミヤ様に結界強化の作業を代わってもらい、鉄朗さんと話す。

「宴脆様が助力に回って、藤村殿と一緒にその辺で暴れている。俺はシルヴィスと組んで、この場を確保しつつ、犬が襲って来た場合はシルヴィスの修行も兼ねて、一人で対応させている。藤村殿があれ程キレたのは、近年見た覚えがない。」

 それくらい領民の死は藤村のプライドを傷付けたんだと思う。しかも私邸の中庭での惨劇。その怒りはあたしにもある。でも、一緒にキレている場合じゃない。

「シルヴィスさん! 殺しているんですか!?」

 あたしが話し掛けるのと同時に、シルヴィスさんが犬を一匹殴り飛ばした。

「あっ? おう、諒子じゃないか、何時来たんだ?」

 シルヴィスさんの拳が血に染まっているけど、犬の尖った体毛にシルヴィスさんの拳が傷ついて血が出ているだけみたい。

「今来ました!」

「そうか。俺は一匹も殺してねぇよ。この犬とかいうのは、ぶん殴っても、弾き飛ばすのが精一杯だ。口を開ける寸前まで見えないから、クリーンヒットさせるタイミングがまだ掴めん。なかなか厳しい修行だぜ!!」

 まだ一匹も殺していないと聞いたあたしは、何故か安心した。鉄朗さんは結界強化をしている間、手を出していないみたいだし、そうなると問題は藤村ね。

「出来れば一匹も殺さないでください。」

シルヴィスさんの隣に立って、あたしは犬が現れるのを一緒に待った。例の1メートルくらいの横線が見えた瞬間に、あたしはその周囲を、手から光の刀を出して斬る。バラバラという硬い音を立てて、犬の毛が地面に落ちた。闇の世界で肌の色が見える程の丸刈りにされた、醜い犬の成れの果ては、ミヤ様の言う通りに目立つ。見えない事を利点としていた犬の狼狽ぶりはちょっと滑稽ね。

シルヴィスさんは、あたしの攻撃の仕方に驚きつつ、地面に落ちた犬の毛を拾って眺める。毛と言っても、一本の直径があたしの小指の太さくらいあるんだけどね。

「……根元から切れば、こいつは戦意喪失って訳か?」

「はい。」

 流石に戦闘のプロであるシルヴィスさんは、飲み込みが早い。腰に挿していたナイフを抜き、その毛を切って見ている。

「成程、ナイフで切れるなら、話は早い。」

 この会話中も、丸刈りにされた一匹はあたしたちの目の前に居るけど、戦意の無くなった者をシルヴィスさんは無意味に攻撃しない。それは鉄朗さんも同じ。

「これが体毛の進化したものだと考えれば、こいつはまた元に戻るんだな?」

「犬は共食いをしないと聞きましたので、暫くおとなしくなる程度ですけど、闇に乗じて悪さはしないでしょう。後の問題は咆哮砲と呼ばれる叫び声の進化した物ですが……。」

「それの特徴も見えない事だな?」

「ええ、姿の見えない犬が、見えない音波系の術を飛ばして来ます。でも、音を聞く能力があれば、口を開く音を拾える筈ですから、来る方向の予測が出来ます。名前の通りに咆哮です、術事体に音がありますから、撃った後でも、素早く動けば、避ける事が可能と考えます。それと、その術の弱点として、犬も狙いを定めなければなりませんので、その場に留まらなければなりません、そして、撃った後、口を開いて数瞬は止まっています。」

「口を開いて止まっている、つまりは俺たちからも見える。その犬に近付き、丸刈りにしてやりゃあ、戦意は喪失って寸法か。」

「はい、動きながらの砲撃は的中率が悪過ぎますので、犬は必ず止まります。しかも、口から吐き出す咆哮砲は、口のある方向にしか撃てません。簡単に言えば、後ろに回り込む事で、咆哮砲を受ける事は先ずありません。」

「うーむ。俺の解説をあそこまで昇華させ、自分の物にしてしまうとは、流石は俺の唯一の主、諒子様だ。む? 何が可笑しい? 若き最後の王? 俺はもう独りではない。」

「ああ、これは失礼した、ミヤ殿。俺は諒子殿の事を勘違いしていたようだ。諒子殿はお主やお主の奥方に能力を返されたから強くなったのだと思っていたのだ。しかし、それは俺の思い込みで、諒子殿は元々強いのだと判ったのだ。ミヤ殿と奥方はきっかけに過ぎなかったのだな。俺もまだまだ人を見る目の修行が足りん。その自分を笑ったのだ。」

「左様、俺もミナも諒子様の器の大きさを知って、自分の魔力である名前の二文字を預け、対価として、記憶の一部を預かっただけなのだよ。此処まで育ってしまえば、妹殿に少々の能力を預けた所で何も問題はなかろう。究極魔帝の相が完全発動する日も近いだろうな。俺はもう独りではない。」

「その時が来たら、俺はどうなる? 敵になるか部下になるしか選択肢はないのだろうか?」

 そんな会話が後ろから聞こえるけど、あたしは前に神経を集中する。その答えはミヤ様がきっと簡単に答える筈だから。

「そのどちらでもあるまい。諒子様の優しい心はお主も感じているだろう? 敵である犬を殺さずに勝利するという考えを平気でする甘ちゃんだ。考え方とちょっとしたヒントを与えれば、諒子様は答えを導き出す。お主が諒子様の下僕になりたいなら話は別だが、その答えは既に諒子様の中で出ている。お主は『仲間』なのだよ。そこに主従関係はない。あるとすれば、それは『仲間としての絆』だ。友としての絆でも言葉に間違えはあるまい。俺はもう独りではない。」

「成程、それは目から鱗という奴だな。」

 流石ミヤ様、なかなかあたしの考えに近い答えよ。化け猫も捨てたものじゃないね。

「諒子。俺が道を開こう。お前は藤村さんの所に急げ。」

 シルヴィスさんはそのまま鉄朗さんの結界から飛び出し、あたしはその後ろに続く。鉄朗さんとミヤ様があたしたちの上と左右に壁状の結界を作ってくれる。その中であたしは防御結界を球状に作り、シルヴィスさんを包む。これを破れるような犬はこの階層には居ないと考えられる。犬が現れれば、シルヴィスさんがナイフに無意識で気を込め、瞬間で毛を刈り取る、戦闘の天才とはこういう人の事を言うのだと思うよ。

3キロ程離れた場所に光の点滅が見える。多分宴脆様と藤村が戦っている光。シルヴィスさんみたいに生の拳で殴るんじゃなく、少なくとも藤村は拳に気を集中して殴っている筈で、その光が点滅に見えるのね。時折その光が見えない位置がある場合は、あたしたちの視線の先に障害物が居るって事。つまり犬がこちらを向いているの。

その場所に辿り着くと、意外な事に、その場に居るのは藤村一人だった。

「藤村!!」

 あたしが叫んでも、キレた藤村には聞こえていない。シルヴィスさんより威力のある拳が犬に当たっているけど、犬は弾き飛ばされるだけで、すぐに起き上がって攻撃を再開して来る。無限に近い魔力の持ち主である藤村でも、これだけの数にエンドレスで攻撃されては、弱ってしまう。

「シルヴィスさん! 犬の相手を! あたしに3分ください!!」

「オウ! 任せろ!!」

 シルヴィスさんが突進し、藤村の前に立つ。キレた藤村の拳が、見境なくシルヴィスさんを襲うが、シルヴィスさんは背を向けている。その間にあたしが飛び込んで、思い切り藤村の頬を殴る。幽体離脱中でも、生物を殴る事は可能なのよ。

「ヌウっ!? なんだ今のは!?」

冷静さを失った藤村はあたしの姿もシルヴィスさんも見えていなかったみたい。基本的に噛み付き以外の接近戦方法を持たない犬の攻撃に慣れていた藤村は、意外そうに頬に手を充てた。

「拳? 諒子!?」

 気付いた藤村に抱きついていた。頬に充てられた手にキスする。

「ただいま。」

「……おかえり。」

「宴脆様と一緒じゃないのね?」

「ん? さっきまでその辺に居たような気がするんだが……まさか殴っちまったか?」

 我を忘れて味方を殴るなんて、有り得ないけど、キレた藤村ならやりかねない。でも、宴脆様を殴るなんて、簡単に出来る事じゃないよ。

「お前たちの左斜め後方に何か倒れているぞ!!」

 手に持ったナイフ一本で、犬の毛を刈りまくっているシルヴィスさんが叫ぶ。そこにはボロ雑巾のようになった宴脆様が倒れていた。藤村に殴られたのではなく、犬の鋭い毛に攻撃され、体中に擦り傷を作っている状態に見える。

「宴脆様!!」

うつ伏せに倒れている宴脆様を助け起こす。良かった、生きているみたい。

「……ヌウ……やはり冒険のし過ぎで、腕が鈍っておるのう。藤村の気迫に押されてよろめいた所を、50発くらい喰らってしもうたわい。」

「そんな程度で、死ぬ事はありませんよね?」

「当たり前じゃ。儂はこれでも究極魔王の名を持つ者ぞ? 諒子ちゃん……10日程会わぬうちに大きゅうなったのう。体だけでなく、魔力も殆ど儂と同等とは……八つ裂き丸から報告は受けたが、これ程とはな。」

「宴脆様、此処は一旦退きましょう。犬の弱点と戦意喪失は、今シルヴィスさんがしている通りです。やり方さえ間違わなければ、犬を傘下に組み入れる事も可能です。」

「殺し合いに反対な所は相変わらずじゃが、その魔力で言われると、流石の儂も従うしかなさそうじゃのう。」

 あたしが肩を貸して宴脆様を立たせると、藤村がシルヴィスの真似をして、犬の対処法を習得していた。それでこそ藤村よ。

 あたしは結界を最大に広げ、3キロ先の鉄朗さんとミヤ様まで入れ、瞬間移動を念じる。

「!? 宴脆の爺様っ!?」

 一瞬で穴の外に全員放り出した。あたしの霊体半分だけがこの闇の中に残ったの。今のあたしの魔力なら、犬の対処は半分で充分。そして、これから生きて行くのに、半分残っていれば、修行次第でなんとでもなる。よくわからないけど、そういう確信が何故かある。

「これで!! 大人しくなりなさい!! 犬の成れの果て達っ!!」

 両手に殆ど全ての魔力を集め、あたしは第二階層の天に向けて放つ。これが出来れば、第二階層の大半を領有する犬を退治出来る筈。つまり、闇の世界に光がれば、犬は更なる進化を遂げなければ、絶滅する恐れもあるくらい、強い光。それは、太陽の光。

 あたしの放った光の玉は、第二階層の天井に当たる寸前で止める。これ以上穴を増やす事に意味はないもんね。光に照らされた犬たちは逃げるけど、人工といっても太陽の光から逃げる事は不可能、宴脆様とほぼ同等の魔力を持つあたしに、第二階層の気象をコントロール出来る能力が無い訳がない。第一階層だって、遥か昔は闇の世界だったんだから。

 殆どの犬が逃げ去った石畳の中を、一匹だけこちらに向かって来たのが見える。その黒い体の上に、闇の結界を張って日陰を作っている。噛み付きと咆哮砲以外の能力を持つ犬。

「……ミヤ様。聞こえる?」

『ああ。』

「ひょっとして、犬は食べた生餌の能力を吸収出来たりする?」

『……俺も今、穴から下を覗いているが、そいつの頭の上に、暗黒結界を確認している。それを使える人間は、揚子江とシイだけだ。そいつはシイの足を食った奴だと考えられる。左足の膝から下を食って能力を吸収したんだろう。それと、諒子様。霊体の分割はかなり高度な術で、魔界にも扱える者は少ないし、危険だ。』

「それは承知の上よ。でも、皆にお世話になり、助けて貰っていた分の借りは、今返しておく事にしたの。帰ったら、あたしの魔力は半減して、また元の役立たずに戻る可能性もあるけど、その時はミヤ様が修行に付き合ってね。」

 シイくんの能力を足一本分吸収した犬が、最後の相手になりそうね。

『諒子。』

 藤村の声が割って入った。

「なに?」

 犬から目を放さずに、口だけ動かす。

『俺もそっちに行く。お前になにかあれば、俺は生きて行けん。』

 嬉しくて涙が出そう。でも、堪える。

「大丈夫。今回の件のケリは、あたしが着ける。藤村……。」

『なんだ?』

「これが終わったら、魔界では無いのかも知れないけど、アッキーの葬儀をさせて。それから、あたしと正式に結婚して。証人はこの会話を聞いている、宴脆様とミヤ様ね。」

『なんじゃ、バレておったか。藤村と諒子ちゃんが正式に結婚すると、魔界のパワーバランスが悪くなるのう。』

『それを今論じている場合ではあるまい?。』

「ううん。重要な事。あたしが生きて帰る目標が、あるのとないのでは雲泥の差よ。パワーバランスの件は後程検討します。藤村、あたしと結婚してくれる?」

『俺の妻はお前しか居らん。それは出会った時から、今まで。そして、未来永劫。俺は唯一お前を愛し、妻として大事にする。お前が8歳の時に約束した事だ。それは今でも変わらん。正式な結婚の意味する所はなんだ?』

──抱いて欲しい。──

 とは、流石に言えないよ。恥ずかしいじゃない。

「新婚旅行に連れて行って。」

 精一杯の答えだよ。新婚旅行初夜に何をするのか、朴念仁の藤村でも気付いて欲しいけどね。16歳になるまで何もしないという約束だけど、ミヤ様とミナ様に能力を返して貰ったあたしは、胸だってぺったんこの貧乳じゃなくなったし、体だけなら16歳を超えているもん。

『わかった。行きたい場所があるなら、俺が連れて行く……宴脆様、俺に休暇をください。』

『わかった、わかったから、そう儂を睨むでない。』

『だ、そうだ。許可も下りたので、お前はそいつを早くぶっ飛ばして、俺の元に戻れ。』

「了解。」

 念話は其処まで。あたしの結界範囲に犬は簡単に入って来ている。シイくんの方足分の能力だけど、あたしの結界と融合も出来るみたい。防御結界の無効化は結構難しいのに。まあ、元々防御結界を食べる事の出来る生物だから、覚えれば簡単に使いこなせるのかも知れない。

 犬の口が開く。距離は30メートル以上あるから、これが噂の咆哮砲ね。術者であるあたしを倒さない限り、第二階層に突如現れた人工太陽は消せないもんね。いきなり必殺技繰り出すのは、相手もそれだけ必死だって事。

 でもね。

 来る方向が判っていて、防御結界が融合されている状態。あたしは、そんな不利な状況で、咆哮砲を正面から受け止めてみたいと思うような戦闘バカじゃないのよ。

 霊体を左にちょっと移動しながら、向こうの動きを見る。止まって開けた口を右に向けよとしている所。やっぱり撃つ時に止まるよね。さっきシルヴィスさんには言わなかったけど、問題はもう一つあるんだよ。それは連射の有無ね。一発撃った後のチャージ時間。

「ガ……オオオオオオオオオオオォォォォンッッッッ!!!!!」

 音と一緒に見えない咆哮砲が発射される。ただ、闇の中では見えないけど、光の下では空気を揺らしているのが見える。あたし4人分くらいの大きさの空気の渦と思えば良いかな。30メートルの距離をあっという間に通り抜ける。来る前に勿論避ける。

「うっ!!」

 避けたつもりだったけど、咆哮砲の起こした風が、あたしの肩を掠めた。霊体だけどね。咆哮砲は霊体にも影響が出る。ちょっと掠っただけで、右腕が無くなっちゃった。霊体だから血が噴き出したりはしないけど、気分の良い物じゃないよ。瞬時に気を込めて腕を生やす。犬は一度口を閉め、こちらに向かって突進して来る。連射は出来ないという事だろうか? それとも、溜めの時間を利用して距離を詰め、急停止して目の前で確実にあたしの全体を捉える戦法かな。流石に5メートル以内に入られると、あたしの今の能力で避けるのは不可能ね。それなら、犬の速度に合せて下がれば良い。

 間合いが詰められない事を流石に認識した犬は、その場に止まって口を開ける。その時間は1秒強。これは連射と言っても問題ないね、こいつは咆哮砲を連射出来る。何発連射出来るかも知りたいけど、探究心で身を滅ぼすのはバカだと思う。

 瞬間移動を使って犬の真後ろに出る。復活させた右腕を刀状に変形させるのも同時。着地した時には、腕は振り上げた状態。振り下ろす瞬間に、犬の咆哮砲が放たれ、その勢いのまま下がって来る。真後ろに居たあたしの全身に針状の毛が突き刺さり、突き抜けた。霊体でなければ、全身貫かれて死んでいたよ。

「危ないなぁ。」

 なかなか戦闘力が高い。止まっていてくれれば、丸坊主にしてチェックメイトだったのに、それを察して、咆哮砲をロケット噴射みたくして後ろに転がった。回転しながら下がったから、全身の毛が無数の刀みたく振り下ろされて、あたしは切り刻まれた。すぐに霊体を回復し、その場から瞬間移動。もっと早く動かなきゃ、こいつを丸坊主には出来ない。

 今度は犬の右側に出る。出た瞬間にはもう腕を振って、犬の毛を捉えていた。20本程毛を刈ったけど、犬は左に転がってかわしている。転がった先に再度瞬間移動。なかなか犬の肌が見える程は刈れない。あたしの魔力の消費も大きい、これでは共倒れか、先に魔力の尽きた方が負ける。まあ、あたしの後ろには藤村も鉄朗さんも、シルヴィスさんも居るし、宴脆様も居る。でも、こいつを此処で仕留めないと、第二階層が壊滅するまで、宴脆様は侵攻を止めない、それでは多くの血が流れる。あたしが出しゃばった意味も無い。

「これはあんまり、やりたくないんだけどな。」

 犬の目の前で動きを止め、両腕を広げた。犬は口を開ける時間を惜しんで、突進してあたしを串刺しにしてくれる。霊体のダメージは結構大きいけど、刺さった瞬間、犬の動きは止まる。あたしから見れば、抱き止めたんだよ。広げていた両腕を刀に変えてそのままゾリゾリっと毛を刈る。半分刈ってやった。地肌が見えてしまった犬の動きがあからさまに悪くなる。あたしはその眉間の辺りに思い切り拳を叩き込んだ。人工太陽の光が届かない位置まで犬は吹き飛ぶ。日陰は殆どないけどね。照り返しもあるから、もう犬は闇に紛れる術はない。

『諒子ちゃんや。もう上がって来て良いぞ。そろそろこの穴を埋めてしまおうかと思うのじゃ。』

 宴脆様からの念話が聞こえ、あたしは天井に開いた穴に向かった。

「諒子!!」

 穴から出ると、藤村に抱き締められた。ちょっと、皆見ているから、恥ずかしいよ。それに、霊体のあたしを抱き締めないで、実体のあたしを抱き締めて欲しいな。

 あたしが上がったのを確認してから、宴脆様と鉄朗さんと蝋羽が協力して穴を埋める。あたしの作った人工太陽はそのまんまだから、犬たちは他の進化を長い年月掛けてする事になると思うよ。進化した頃にあたしが寿命で死んで、人工太陽が無くなった時はごめんね。

 宴脆様は簡単に穴を埋めてしまったけど、ちょっと残念そうだ。

「蝋羽。」

「なんだい? 宴脆の爺様。」

「儂の領地にあの穴をもう一度開けようと思うのじゃが、手伝ってくれんかのう?」

「私はあんたの下僕じゃないよ?」

 蝋羽は手厳しい。

「それなりの褒章は用意するがのう。」

 その言葉で、蝋羽の目の奥が光ったようにあたしには見えた。お金という概念のない魔界で、最も欲張りと言われる蝋羽らしいよ。

「私の考える褒章と違った場合は、爺様でもぶっ飛ばすよ?」

 究極魔王にこんな口調で喋るのは、八つ裂き丸様くらいだと思っていたよ。

「フフ……まあ、良かろう。儂に付いて来れば判るよ。諒子ちゃんや。」

「はい?」

 あたしは、まだ藤村に抱き締められた格好のままだった。

「儂は諒子ちゃんが好きじゃったよ。」

「はぁ? 宴脆様、犬に何発か喰らって、頭でも打ちましたか?」

 あたしの口調も人の事は言えないかな。でも、なんで突然そんな話?

「いやいや。儂はまともじゃよ。藤村には悪いがの。儂はなんとか諒子ちゃんと藤村を死別させられぬかと、画策しておったんじゃが、今回の一連の流れで、不可能と判断したのじゃ。」

「宴脆様。藤村がもう一回キレますよ?」

「だから悪いと言うておろうに、藤村、そんな目で儂を睨むでない。」

 藤村が、あたしの霊体を更に強く抱き締めながら、宴脆様に顔を向けて威嚇していた。

「色々な理由を付けて、諒子ちゃんと藤村を引き離し、なんとかその間に儂の元に来させようと策を弄したが、どれも失敗じゃった。返ってお主たちの絆を深めてしまったのう。」

「八つ裂き丸様も似たような事を言っていましたが……皆さん本気ですか?」

「何? 八つ裂き丸殿が?」

「あたしを側室にしたいって言った件だよ。ちゃんと話したじゃない?」

「ああ、それか……」

「多分本気じゃろうて。なにしろ、諒子ちゃんは究極魔帝の相の持ち主じゃからなぁ。藤村や鉄朗には無い野心を、儂や八つ裂き丸は持っておる。儂は生粋の悪魔じゃからな。諒子ちゃんを奉じて、魔界の奥を制覇するのは、なかなか男のロマンじゃよ。」

「成程な。確かにそれは悪魔らしい行動理念だ。俺はもう独りではない。」

 ミヤ様まで、なんて事言うのよ。鉄朗さんは腕組みして難しい顔しているし、シルヴィスさんは同じく腕組みだけど、苦笑い。流石に蝋羽の部下や他の副官は、聞いていないフリしてるけど。

「5年程前に、藤村を異世界に派遣して、なんとか聖戦士と相討ちにし、伴侶を失った悲しみの底に居る諒子ちゃんを儂の元に呼ぼうとしたんじゃが、揚子江と、あのやたら長い苗字を持つ女の子の活躍によって破綻してしまったのじゃよ。」

 繭鋳さんの事ね。

「その後、その娘を使って藤村を籠絡しようと思ったんじゃが、これも揚子江に邪魔された。返って二人の仲を深める結果を招いてしまったのじゃ。今回の件も、使えそうじゃったので、色々裏で糸はひいたのじゃが、結果は諒子ちゃんの能力を高め、藤村との仲を裂くには至らなんだよ。折角邪魔をする揚子江が大人しく第二階層に留まっていてくれたと言うのに、儂は助けに行ってしもうたからのう。」

「神系の侵攻は、自作自演ですか?」

「否、それはない。儂は今言うた通りの悪魔での、神系に知り合いは居らん。あれは本当に神を名乗る者が宣戦布告して来たのじゃ。あれの侵攻で地球が滅び、トンネル内で戦う諒子ちゃんを、格好良く助けて、藤村への想いを絶ち切らせる作戦にしたかったんじゃが、流石にシイちゃんは揚子江の息子じゃな。まさかの堕天作戦で、地球どころか、魔界に続くトンネルに入れる事もなく勝ってしもうた。更には、自分の母を救うと言って、儂まで巻き込み第二階層にちょっかい出させおって。」

「宴脆様は第二階層の存在を知っていたんですか?」

「ミヤに言われるまでもなく、儂は探索の王じゃ。魔界が横に広いだけなどとは思うておらんかったよ。もっとも、儂が遥か昔に訪れた時は、第二階層に犬もミヤも居なかったがの。揚子江に探索依頼したのは、その奥にまで興味を持った揚子江が、我を忘れて探索に没頭すると思うたからじゃよ。まさかミヤと第二階層に留まって、犬と遊んでいるなどとは思わんじゃろ? 其処でミヤと会ってしまった諒子ちゃんが、更に強くなり、藤村との婚姻に闘志を燃やしてしまったのは、実に計算外の出来事じゃった。更に、諒子ちゃんの休暇中に、前回の復讐を企む神系が再度地球にあんな物を寄越すとは思っておらなんだよ。計算外はまだ続き、その落ちて来た雲塊の中に、ミヤの伴侶まで居て、諒子ちゃんを更に強くしてしまった。そこに急行して、なんとか阻止しようとしていた儂じゃが、今度は第二階層からの侵攻が始まり、その阻止にも失敗してしまった。キレた藤村が第二階層で自爆でもせんかと見に行けば、儂の予想を遥かに上回る奮闘振りだし、本当にこのひと月は踏んだり蹴ったりじゃよ。」

「俺は自爆なんてしませんよ。」

「兎に角。儂の目論見は水泡に帰したという訳じゃ。そこで別の事に興味が沸いたのじゃよ。」

「今度はなんです?」

「まだ秘密じゃ。」

 この悪戯小僧みたいな笑顔で言われると、藤村を謀殺しようとしていたのも忘れちゃうわね。

「まあ、また解説の機会があれば、その時に解説しよう。今は蝋羽と今度の悪だくみについての打ち合わせと、これからの魔界の王システムの再構築、そして、藤村と諒子ちゃんの正式な結婚式と新婚旅行が先じゃて。」

 この宴脆様の言葉で、今回の件については解散となった。隣接する藤村の領土の傍までシルヴィスさんが見送りに来てくれる。

「ミヤ様は、さっき宴脆様の言った、悪だくみってなんだか判った?」

「俺の考えられる事なら、宴脆も考えられるだろうが、そこには諒子様も藤村殿も関係しない筈だ。蝋羽を使うという点で、俺はピンと来たが、見える物ならなんでも殴れる男よ。お前さんはどう思ったかね? 俺はもう独りではない。」

「ああ、それは俺も思った事だ。魔界唯一の女王を引っ張り込む悪だくみなら、俺にも見当が付く。王のシステムの再構築も含めて、ちょっとしたイベントが続くんだろうぜ。」

 あたしと藤村はポカンだよ。それを見てとったシルヴィスさんが苦笑い。

「宴脆殿も男だぜ? 爺さんの格好はしているけどな。魔物は年齢を自由にいじれるんだろ? それが究極魔王なら、屁でもねぇ作業だろう。先ずは若返って、蝋羽を籠絡するんじゃねぇかな? どうだい? 俺の考えは?」

「フム。俺もそう考えておったよ。男は皆バカばっかりだな。その後、蝋羽との婚約か結婚を発表し、宴脆と蝋羽の組が出来、王の戦力バランスを書き換える。蝋羽はあれでも相当な能力者だからな、更に言うなら、強欲だ。そこには勿論権力欲も含まれる。究極魔王の王妃という座は、前から欲しがっていてもおかしくはあるまい。俺はもう独りではない。」

「七人の王が六人になっちゃうけど……?」

「それは、残りの王のどちらかを排除する算段を付けているに決まっているさ。藤村さんを謀殺しようとしたみたいにな。なんなら二人排除して、誰か別の王を建てるかも知れん。」

「五王制に戻す企みって事なの?」

「あの口振りではそんな所だろうな。」

「でも、矢魔は前まで帝相を持っていて、今は持たない観察対象の筈だから、そうなると、相魔を排除するって事かな?」

 あんまり聞いていて気分の良い話じゃないけど、巻き込まれる可能性があるなら、聞いておいた方が良いよね。ミヤ様はあたしと藤村が巻き込まれないと言うけど、この世界に居る限り、可能性はあるとあたしは考えるよ。

「その役目を、俺か八つ裂き丸さんにやらせれば、帝相が俺か八つ裂き丸さんから消えるぜ? まあ、その役目は俺かな。鉄朗さんの副官になった時点で、俺は宴脆殿の部下も同じだからな。観察対象って言葉は嫌いだが、俺もその帝相の力だけを頼りにしていては、腕も鈍るんでな。任命されれば、引き受けるだろうよ。」

「帝相同士が戦った場合に、消えるんじゃなかったの?」

「ああ、あの話を八つ裂き丸さんに聞いた後、俺は各王の領土内での修行を続けていたんだが、話の通じる物知りな奴に出会った時に、教えて貰ったんだ。元帝相の持ち主を倒した場合でも、現在持っている帝相を失うんだってよ。魔界って所は面白ぇよ。王以外にも話の通じる奴も居るし、物知りな奴も居る。今度魔界に俺の仲間が移住して来たら、全部覚えさせようと思っているくらいだぜ。洋泉が適任だな。」

「え? 洋泉さんって、能力者じゃないですよね?」

「ああ、でも、あいつは物覚えがバカみたいに良いんだよ。戦闘能力は皆無でも、あいつの記憶力は賞賛に値するぜ? それに洋泉は、指揮者としての才能を持っているんだよな。この前のミナ殿降下騒ぎの時も、最初は訳が判らずに机の下で震えていただろうが、状況が掴めて来れば、刺青ベイベーの連中を的確に配置し、運用出来るんだ。太郎に書き取らせて、洋泉に覚えさせる。必要な時はその書き取ったノートを読むか、洋泉に聞けば、俺が忘れていても、思い出せるって仕組みだ。これに六郎が加われば、俺たちも結構最強チームなんだが、奴は4家の跡取りだからな。魔界に移住はねぇだろう。」

 流石にシルヴィスさんは、ただの戦闘バカじゃないね。あたしが休暇で居ない間も、各王の領土を回って、主に戦闘に絡む事だけど、色々情報を仕入れている。洋泉さんは軽いノリの人だけど、やっぱりシルヴィスさんの仲間なんだと感心したよ。ミヤ様は元々情報通みたいな猫だしね。あたしはちょっと魔力が上がったくらいで浮かれていちゃ駄目ね。

「まあ、暫くは各王の領地の復旧が先だろう。俺たちが閉じ込めた犬以外に、第一階層に残った奴も結構な数居るし、掃討作戦くらいはやらねばならんだろう。アッキーの葬儀と、俺とお前は正式な結婚式と、新婚旅行に行かねばならん。」

「俺は掃討作戦の手伝いと、八つ裂き丸さんと地球で約束した通り、組手の相手をしなきゃならねぇし、緊急で帰った時にリンに拗ねられたんでな。手紙を書かなくちゃいけねぇ。」

「俺は新婚旅行にまで付いて行く程、野暮ではないのでな。ゆっくり留守番しながら、宇宙空間で戦うミナを見守るとするかな。まあ、宴脆殿の悪だくみが、二人に及ぶような場合は、揚子江に代わって邪魔くらいはしておくよ。俺はもう独りではない。」

「本当に、悪魔なのに、良い仲間と表現出来る仲間が居るって良いね。」


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