出会いと邂逅
最後までよんでね
朝、目が覚めて。カーテンを開けると目の前には田畑が広がっている。窓を開け、田舎の新鮮な朝の空気をめいっぱい吸い込む。
階下からは、朝食の香りと、俺の名前を呼ぶ母さんの声。
今なら胸を張って言える。僕は大好きだった。この日常、あたり前の日々が。
もう会えない君が。君と過ごした日々が。今になって胸の奥から押えられない感情と共にこみ上げる。
俺は、君の事が好きだった。どうしようもなく好きだったんだ。涙が溢れるくらいに。
「おーっす皆本!どーしたよ?今日はやけに早えじゃねーの。」
朝方の通学路で友人と出会い
「おーっす。てかおまえなぁ、いつも遅刻してんのはお前だし、俺はいつもこれくらいの時間にこの辺歩いてるよ。」
「あ、そっかぁ・・・早いのは俺の方か!ははは、ワリィワリィ!じゃ、俺先行ってるから!」
「お前、わざわざそれ言うために話しかけて来たのか・・・」
何気ない会話を交わす。
最大限に幸福とは言えないが、俺はこの極々普通の平凡極まりない人生を、それなりにエンジョイしていた。明確な未来が見えているワケでも、未来に期待が持てるほどの才能も俺には無かったが、このままこの田舎の町でのんびりと一生を過ごすのだろうとそう思っていた。
俺、皆本 水が暮らすこの洋湖町は、海辺の田舎町だ。
まぁ、田舎といってもそれほど不便ではない。町には大きな道路も通っているし、海沿いには国道も走っている。携帯ももちろん使える。コンビ二だって24時間営業だし、町内に二つもあるし、駅にはなんと改札口も付いている。電車は30分に一本出ているし、二駅先は大きな終着駅で、駅前大通りには大きな書店やカフェ、娯楽施設へ向かうバスのターミナル等が完備されている。
まぁ、要するに何も不便していないのだ。田舎っ子によくみられる都会への憧れも、近くにそこそこ大きな街があることで、この町の若者はそうそう抱いていない。
しかし、そこは片田舎というべきなのか、町の住民の収入はもっぱら農業等の第一次産業で、活気溢れるというより、静かでどこかおっとりとした町だ。
海辺の町ではあるが、今は埋め立て等の開発が進み、あまり海産資源はとれない。かわりに大きな工業団地が作られ、企業を誘致し、工場が立ち並ぶ区画が海上に作られた。まぁ、その団地はそこそこの規模らしく、この町からは当然の事、各地から働き手を募集しているようだ。今は何の意味があってか建てられた大きな風車が町のシンボルになっている。
ぼーっとしながら海辺の道を歩いて学校へ向かう。今までは工事などで毎日少しづつここから見える景色も変わっていたのだが、これからはそうもいかない。また退屈な、変わらない景色と付き合っていかねばならないという事だろう。
「わぁ・・・海だ・・・きれい」
その声にハッとし、前を向く。そこには俺と同じように、海の景色を眺める少女がいた。髪は肩口辺りで長さをまばらに切っていて、朝の海風になびいて揺れている。こちらの事はまだ気が付いていないらしいが、注意深く見ると俺の学校指定の制服に身を包んでいるのがわかる。見ない顔だ・・・転校生だろうか。
「その海、朝は日に当たって輝いて確かにきれいだけど、よく見ると漂着物とか浮いてて汚いぞ。」
何故だろう。無性に少女と話をしたい衝動に駆られ、声をかける。少女が少し驚きながらこちらを向く。
一目で美人だと分かった。あまり女性に詳しい訳ではないが、少なくとも眼前の少女は朝日に照らされ、神々しさを覚える程、美しかった。
透き通った白い肌。大きく優しそうな目。すらりと伸びる細くしなやかな腕。どこをとっても、非の打ち所がない。俺がその容姿にあっけにとられていると、少女が口を開いた。
「そうなんですか。すみません、私、海というものを初めて見ましたもので・・・」
その言葉に、再び呆気に取られる。海を見たことがない?この島国の日本でか?果たしてそんなことがあるのだろうか。俺が不信のまなざしを向けると、慌てて取り繕うように少女が喋りだした。
「い、いえ、その、海を見たことがない、というのはあれです、あの、生でといいますか、液晶の中でなら何度か!ええ、何度か見たことがありますとも!」
液晶の中か・・・つまりネットかテレビでしか海を見たことが無いという事だ。いよいよ怪しい。そう思い、視線を鋭くする。ふと少女の下げているスクールバッグに視線がいった。黄色のお守りがぶら下がっている。注目してみると、そこには卍が描かれていて、その下に長野県にある有名な神社の名が書いてあった。随分と古い物のようだが、もしかして長野県の出なのだろうか。そうだとしたら海を見たことが無いのにも合点がいく。長野は内陸県だから、県外に出ない限り、その目で本物の海を間近で見ることはできないだろう
「へぇ、お前、長野県から来たんだな。その制服、うちの学校だろ?転校して来たのか?」
そういうと、焦っていた顔が一転、安堵の表情に切り替わる。
「そ、そうなんです!長野県から転校してきました!そうそう、長野ですよ長野!よく分かりましたね!」
何やら怪しいが、まぁいいだろう。相手は慣れない土地で、きっと色々と大変なのだろう。とりあえず名を名乗り、挨拶を済ませる事にした。
「そうか。遠いところからどうも。俺は皆本水。生まれてこの方、ずーっとこの洋湖町で暮らしてる。好きな食べ物は餃子だ。お前と同じ、洋湖高校の1年生。よろしく。」
そう言って手を出す。少女は少し困惑したような顔をした後、ゆっくりと手を出してきた。
「こちらこそどうも。昨日からこの町で暮らさせていただいてます。咲崎 響と申します。ずっと海に憧れていました。好きな食べ物は、林檎パイです。よろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げる少女と肩を並べ、他愛もない話と簡単な町の説明をしながら学校へ向かう。吹きける風は、6月にふさわしい、夏の前の涼しさと、潮の香りがした。
「それでは私はここで。職員室へ行かねばなりませんので。また後で会いましょう。皆本くん。」
校門を入ってすぐ、咲崎と別れる。端正な顔だちもあるが、咲崎響という少女は、なかなか俺に好印象を残した。親の都合で、親戚の暮らすこの洋湖町にやってきた事、勉強には少し自信があること、水泳が好きで、体育の授業を楽しみにしていること等が、今朝一緒に登校してきて分かった咲崎の情報だ。詳しくは聞かなかったが、”親の都合”とは何だろう。気になるが、あえて尋ねなかった。俺の陳腐な脳ではこの時期の”都合”などそこまで多く思いつく訳でもなく、もしそれが咲崎にとって触れてほしくなかった物で、思い出したく無い記憶だったら嫌だと思ったからだ。
俺はクラスに辿り付くと特にすることもなかったので、ぼんやりと窓の外を眺めていた。別にクラスに話す友人がいないとか、そういう理由ではない。友人はいるが、どうにも今朝は誰かと会話をする気になれないのだ。まぁ先程まで、今日初めて会った少女と和気藹々《わきあいあい》と・・・そうでもないか。まぁ、見知らぬ女性と話していたのだから、おかしな話だとは思うが。
騒めくクラスは、いたって平常運転である。このまま担任が到着するのを待って、ホームルームが始まる。おそらくもう何分もしないうちにやって来るだろう。それまではボーっとしていようと俺は心に決めた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・遅い。
いったい何をしているのだろうか。別に担任が少し遅れても何も困る事は無いのだが、今日はなんだか妙な胸騒ぎがする。俺は今日転校生に出会った。他のクラスは、もうとっくにホームルームを始めている。これが何を意味するかは、もう大体予想が付いた。
そして間もなく、教室の引き戸が軋んだ音を立てて開けられた。頭の禿げあがった、いかにも中年といった感じの教師がクラスに入ってくる。
「おはよう諸君。遅くなってすまないね。早速だが、今日は皆に伝えたいことがある。」
クラスから騒めきが消える。やはりそうか。知らないんだな。咲崎の事。少し考えてみれば当然のことだが、他人が知らない事を知っているというのは気分が良い。正体不明の優越感が俺を包む。
「突然だが、このクラスに転校生が来ることになった。」
クラスが再び喧噪で包まれる。
イケメンかなぁ?と黄色い声を出す女子、可愛い娘だといいなと騒ぐ男子。まぁそうなるだろうと予想はしていた。なにせ転校生など滅多にあるものではない。それに6月だからなぁ。事情を知っている俺でも何故今頃・・・と思う。あと一月二月《ひとつきふたつき》待てば夏季休業だ。本当に待てなかったのか?まぁ人様の家庭事情に口を出す気はさらさらないが、
「それでは、新たな仲間を歓迎しようじゃないか。入っておいで。」
開け放たれたドアから、少女の白いスラリと伸びた足がのぞく。朝と同じく、学校指定の制服に身を包んだ少女が教室に踏み込んだ。男子からは歓喜の声、女子からはため息が聞こえたが、すぐに収まった。皆、彼女の一挙一動に目を奪われていた。
今朝出会った時とはまるで違う、凛とした表情。気品あふれる仕草。まるで中世の貴族を彷彿させる完璧な美少女へと変貌していた。朝から美しい少女だとは思っていたが、朝のまだ垢ぬけていないような、幼そうな部分が全く無い。俺は驚きの色を隠せずに黙って少女を見つめていた。
「それでは、自己紹介を頼むよ。」
担任教師の一声に軽く会釈した後、黒板に自らの名前を書き始めた。丁寧で美しい字で黒板一杯に名を記すと、少女は振り向いた。
「咲崎響です。皆さん初めまして。」
そういうと腰を折り、深く礼をした。担任が不十分だと判断したのか、補足説明を加える。
「咲崎はご両親の都合で、青森からこちらへ越してきた。まだまだこちらには慣れないだろうから、皆仲良くしてやってくれ」
そういうと担任は、俺の席から程遠くない所の席に座るよう指示すると、面白くない冗談を交えながらホームルームを進めていった。俺はその日、一日窓の外を見て過ごした。
とある地下の喫茶店にて
「どうやらこの町に厄ネタがやって来たらしい。特上だ。警戒レベルを4に引き上げてくれ。」
注文したコーヒーには一切手を付けず、眼鏡をかけた男性が告げる。
「承りました。潜伏中の全メンバーに通達しておきます。」
ここのマスターだろうか。初老の、白髪を伸ばした男性が蓄えた髭《ひげ》を触りながら、答える。席を立ち、店を後にしようとする眼鏡の男性が、歩みを止めずに呟く。
「それと、あいつにはくれぐれも勝手なマネはするなと言っておけ。奴は優秀だが、どうもこういう事態の収拾に向いていない。」
伝わったのか、伝わっていないのか、白髪の男性は髭を触って微笑している。ふん。とさしたる興味も無さそうに店を後にする。
「まぁいい。このまま私の掌の上で踊って貰おう。」
男は夕暮れの闇に消えていった。
咲崎響は、同級生と別れを告げ、一人帰路に就いた。どうやら一日中、クラスメイトから良くしてもらったようだ。一人になっても微笑みが絶えない。
「そういえば、皆本君には感謝しなきゃですね・・・」
今日一日、一番気を使って接してくれていた。やはり、どこへ来てもああいう人がいると心が楽だ。あぁ、明日からの学校も楽しみだなぁ。心が弾み、足取りも軽やかになる。
「おーい、足元には気をつけろよ」
どこからか、注意の声が聞こえた。
「はーい!・・・・え?」
足元には鮮血。ぽつぽつと、先程歩いてきた道に垂れている。背中には、鋭く尖った刃物の感触。
「ぐふっ・・がぁ・・・」
言葉を発しようとする度に、口から血の塊が際限なく溢れてくる。必死で手を伸ばした先には、黒いローブに身を包んだ男が立っていた。
最後の力を振り絞り、口を開ける
「誰・・・貴方はいったぃ・・・・」
暗くなっていく視界。薄れゆく意識の中、ローブの男が近づいてきた。倒れる響の顔の前にしゃがみ、顔を覆っていたフードを外した。
なんで貴方が・・・こんな事を
「水・・・くん」
(´・ω・`)