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これから、オマエは汀と名乗れ
「でも、ぼくはなんて名乗ればいいのか、見当もつかないよ」
不安げな目をした子ども――兵太に、大丈夫だと頷いて見せる。
「おれが、名を付けよう――そうだな…………」
腕を組み、しばし考えてから男が手のひらをうちあわせた。
「汀、というのはどうだ」
「みぎわ――?」
「どうだ、気に入ったか」
ううん、と唇をとがらせて考えてから、子どもが言う。
「おんなの名みたいだ」
「そう言うな。これから、オマエは汀と名乗れ」
「アンタは、なんていう名前にするの?」
汀となった兵太は、男の名を知らなかった。
「俺か? 俺は孝明だ」
「こうめい?」
「そうだ――孝明だ」
こうめい、こうめい――と俯き口の中で数度繰り返した子どもが、わかったと顔を上げる。
「おれは、汀。アンタは、孝明」
「そうだ」
よくできた、と言う代わりに子どもの頭を撫でる。くすぐったそうに肩をすくめた子どもは、跳ねるように立ち上がった。
「みっぎわ、みっぎわ~と、こうめ~い」
でたらめな節をつけて歌いながら馬に近づき、手を伸ばして首を撫でながら馬の目を覗き込んだ汀が
「おれは、今から汀っていうんだぞ」
わかったか、と馬に話しかければ、馬はブルルと鼻を鳴らした。満足そうに、よしと頷いた汀が着物をかぶった孝明を振り返る。




