孝明は悪戯っぽい顔をした。
「うまいか」
「こんなにうまいものは、初めて食べた」
「そうか、そうか」
部屋の中に広まる香りすらも味わうように、汀は箸を進め孝明も舌つづみを打つ。そうして食事も後半に差し掛かったころに、遠慮がちに襖の向こうから声がかけられた。
「失礼いたします」
そっと襖が開き、少女が顔を覗かせた。
「あの、旦那様がお酒は召し上がられるかどうか、聞いて来いって……」
おずおずと問うてくるのに、孝明は少し考えるそぶりを見せてから声をかけた。
「そうだな――では、いただこうか。ついでに、何か汀にも用意をしてくれ」
「はい」
少女が答え、再び襖が閉められる。不思議そうな顔で汀が見上げてくるのに、孝明は悪戯っぽい顔をした。
「こう雨続きでは、美味しいものを食べたりしないと、気がふさぐだろう」
ふうん、とわかったようなわからないような声を出した汀は、食事を再開させる。それに目じりを下げながら、孝明は男がこちらに全身の意識を向けていることを確信していた。
食事が終わるのを見計らっていたらしく、襖の向こうから声がかかり返答をすると、燗の用意が出来ましたと、女が部屋へ入ってきた。芳醇な酒の香りが部屋に残っていた磯の香りとまじりあい、なんとも言えぬ腹をくすぐる匂いとなる。
「ぼっちゃまには、これを」
孝明の前に銚子と杯、漬物を置いた女は汀の前に、とろりとした白濁の温かなものを置いた。椀の中には、米粒を炒ったものが入っている。
「葛湯か」
「はい」
嬉しげに答えた女は銚子を手に取り、孝明は杯を持ち上げ酌を受けた。
「よい、香りだ」




