汀は小走りで厩に向かい、焔の傍に寄る。
その言葉に、汀は顔を輝かせた。しっかりとヒョウタンを抱きしめて孝明の傍に寄る。そんな二人を、相部屋となった浪人者は顔を向けずに様子を伺っていた。その気配を感じながらも気付かぬふりで、孝明は汀と共に部屋を出て、階段を下りぎわに小さく唇をゆがめる。焔の様子を見に行くことに気を取られている汀は、それには気付かず草履を履いて、宿の裏手にある厩へ向かうため、編笠をかぶった。
「どちらへ、おいでで」
店の主人が、揉み手をせんばかりの腰の低さで顔を出す。どうやら少女は、すぐに店主に孝明の用意した心づけを渡したらしい。この宿に泊まることに決めた時は、他の客の対応に追われ、最低限の接客に必要な笑みと挨拶を寄越しはしたが、こうして真っ直ぐに顔を向けての対応はされなかった。
「馬の様子を見に行こうかと思ってな。夕餉の頃までには、戻る」
「さようですか」
「膳の支度を、頼む」
「それは、もちろん。雨脚が強うございますので、お気をつけて」
「ああ」
軒先で、待ち遠しそうな顔をしている汀とともに、店主に見送られて宿の裏手に回る。地に落ちた雨が跳ねあがり、足だけでなく着物の裾まで、すぐに濡れて汚れた。それを気にする様子も無く、汀は小走りで厩に向かい、焔の傍に寄る。
「ほむらっ」
弾んだ声で汀が呼べば、焔がこちらに顔を向けた。ふんふんと鼻息荒く首を伸ばしてくるのに、汀は手を伸ばして鼻づらを撫でる。
「雨続きで、狭いところに押し込められて、退屈だろう」
それは、焔を心配しているというよりも、自分の気持ちを他人事のように口にした響きを持っていた。
「汀」
ぽん、と焔の首を軽く叩きながら、孝明が厩の中に入り編笠を外してしずくを落とす。汀もそれをまねて編笠を振って水を落とした。その傘に手を伸ばして受け取った孝明が、周囲に意識を向けて人の気配が無いことを確認し、汀と同じ目線になるよう膝を折る。




