「雨が止むまで、よろしくたのみます」
「あんなに、怖がって聞かなくてもいいのに」
「相部屋を嫌がって、怒鳴る客もいるのさ」
「おれは、そんなことはしないぞ」
「そうだな――だが、誰が怒鳴るか怒鳴らないかは、あの子にはわからないだろう」
釈然としない様子の汀の頭に、孝明がぽんと軽く手を置く。そこに、再び少女が顔を覗かせて、声をかけてきた。
「あい、すみません。こちらの方との相部屋を、お願いいたします」
少女の背後に居たものは、胸を反らせてずいと部屋に入ってきた。一見して浪人者と分かる風体に、孝明が先に声をかける。
「雨が止むまで、よろしくたのみます」
じろりと男は孝明と汀を検分するように眺め、頭を下げたままの少女の背中を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「この雨で足止めを食らうものが多く、相部屋もまぁ仕方が無いと、納得をしてやる。だが、相部屋になったからといって、親しく言葉を交わすつもりなぞは、無い。そのつもりで、居るように」
居丈高な様子に、少女が顔を上げて泣き出しそうな目を孝明に向ける。大丈夫だと言うように、笑みを浮かべて頷いて見せた孝明が、男に向き直った。
「それでは、こちらもそうさせていただきましょう」
そう答えた孝明の目が、ほんのわずかに悪戯っぽく光った。その目の光を人好きのする雰囲気で隠し、孝明が少女に声をかける。
「こう雨続きであれば、気を紛らわせることが欲しくなるな」
そう言って、懐からいくらかを取り出し、少女の手に握らせる。
「おれと、汀の夕餉をよろしく頼むと、店主に伝えておいてくれ。いいね」
少女の手を両の手のひらで握りしめると、少女は真剣な顔で頷く。そっと手を離した孝明に、ぺこりと少女は頭を下げて襖を閉めると、軽い足音を立てて去って行った。
「さて、汀。夕餉の時間までは、することもない。焔の様子でも見に行こうか」




