気にすることないよ、おじさん。
「これほど見事な細工であるのに、不服という理由を教えてもらえるか」
苦虫をかみつぶしたように、店主が言った。
「この職人の腕は、こんなもんじゃあ無いんだ。――領主様のことを毛嫌いしているんで、手抜きをしているんだろう」
「親父が、手抜きをするわけがねぇだろう! どんな相手に渡すモンだって、誠心誠意、心を込めて作るのが、職人ってぇモンだ」
唾を飛ばす勢いで、男が店主にくってかかるが店主は鼻を鳴らしてあしらった。
「とにかく、最高の品を用意してもらわなけりゃあ、こっちだって困るんだ。次が最後だと思って、もう一度作り直して納品してもらうよ」
ふん、と鼻を鳴らした店主は踵を返して去ってしまった。残された孝明は、悔しげに拳を握り店主を見送る男に声をかけた。
「もしよければ、これを作った職人に合わせてくれないか。汀がとても気に入ったようで、礼が言いたい」
「いや、そんな――礼を言われるようなことは、しちゃいねぇです。それに、おれらの村は街はずれのそのまた先で、何も無い汚らしい場所なので、旦那さんと坊ちゃんみてぇな方を迎えるのも恥ずかしいボロ家ですから」
その言葉に、孝明と汀は顔を見合わせ同じ笑みを浮かべた。
「気にすることないよ、おじさん。ぼくの家と、きっと同じようなものだろうし、孝明は荒寺でボサボサのボロボロの格好で、住んでいたんだから」
「へっ――? あっはっはっは。そうかいそうかい。優しいなぁ、坊ちゃんは」
汀の言葉を慰めと取ったらしい男は大きな笑い声を上げ、そう言ってくれるのなら案内しようと承諾し、自分の名前は喜助だと名乗った。
「そうか――喜助。おれは、孝明と言う。こっちは、汀だ」
ぺこ、と頭を下げた汀に喜助が目を細め、裏口から入った喜助は店表に回り、表から入った孝明と汀は草履を取りにもどらなければならないので、店の入り口で待ち合わせることにした。孝明と汀が店表に戻ると、心配げな顔の番頭や店番に出迎えられた。それに、何事も無かったかのような顔で邪魔をしたなと孝明が告げ、じゃあねと手を振る汀の手に竜の根付があることに、番頭と店番はそれぞれの頭の中で事態の結論を導き出したらしい。