がんばりました、じゃ飯は食えないんだよ
「こういうものは、初めてか」
「うん!」
孝明の問いかけに、あちらこちらの店先を物珍しそうに見て回りながら、振り向きもせずに弾んだ声を上げる。孝明は、そんな汀に目をやわらかく細め、好きにあちらこちらへと行かせ、珍しがる姿を楽しんでいた。ところが、見たことも無い品々に目を輝かせ、あちらこちらへ飛び回る蝶のように、店々へ移動していく汀のうきうきとした気持ちを、一瞬で凍りつかせるような怒号が、ある店の奥から響いてきた。
「こんな品で、満足をされるわけがねぇだろうが!」
びくっと身を竦めた汀が、軋む音がしそうなほどの動きでこわばった顔を上げ、店の奥に目を向ける。
「もっと繊細なものを用意しなきゃ、満足なんぞされるわけが無いだろうが!」
再び怒声が響き、汀はさらに身を縮ませた。その肩に、安心をさせるように孝明が手を乗せて店の中を覗き込む。そこは、さまざまな細工物を扱う店であった。二人の様子に気づいた店番が、恐縮したような笑みを顔に貼り付けて、すみませんねぇと額に手を当て謝ってくる。
「何が、あったんだ?」
「いえね。領主様が、珍しかなものを大名様に献上したいっておっしゃっているってんで、てまえどもの主が良い細工物をお送りしようとしているんですが、なかなか納得するようなものが出来ず、苛立っているという次第で」
心の底から弱っていることを表す店番に、そうかと言いながら汀の頭を撫でる。事情が分かった汀は、体の緊張を解く代わりに憐れみを浮かべた。
「怒られている人が、かわいそうだ。きっと、一所懸命がんばっているはずなのに」
「ありがとよ、坊ちゃん。けどな、職人はなまなかな事で満足をしちゃあ、いけねぇ職業だ。がんばりました、じゃ飯は食えないんだよ」
店番が汀と目を合わせて目じりを和らげる。ふうん、とわかったようなわからないような声を出し、汀は店番に聞いた。